さよならの夢『謎夢シリーズ』
これは、謎夢シリーズの第一部の続きとなっております。前作の謎夢湊は、登場致しません。
後悔。
それは、人間誰しも体験したことがあるであろう出来事。
……でも。
心の底から、その選択をやり直したいと。
そう願ったことはあるだろうか?
……僕は、ある。
それは、今だった。
□□□
ただの高校生である僕、謎夢颯斗は、今日も静かな夜道を歩く。歩き慣れた道ではあるのだが、どうにも一人だと慣れなかった。
「比奈…。」
その名をそっと呼んだ。
でも、帰ってくる声は無くて、その声は夜道を反響するだけで、僕には虚しさしか残らなかった。
比奈とは、僕の彼女だった人だ。
そう、彼女だった。
過去形だ。
つまり、もう彼女は僕の彼女ではない。別れたと言われれば、そうじゃない。
言うなれば、あれは
『悲劇だ。』
□□□
比奈「っ〜!……、今日のデートも楽しかったねー。」
「……そうだな。」
デートへの帰り道。
僕と彼女は、いつも通っている道を歩く。
比奈「ねえねえ、颯斗?」
「…どうした?」
比奈「少し気になったことなんだけどね?」
彼女は、僕より二歩三歩前に出たあと、こう聞いてきた。
比奈「颯斗は、私が彼女で良かったって思ったことってある?」
僕は軽く考え込んでから答える。
「ん〜……、パッとは思いつかないな……。」
比奈「…じゃあ、私はその程度だったてことー!?」
「いやいや、違うよ!」
「なんていうか…その……。」
僕は、頬を赤くして言葉を紡ぐ。
「急に聞かれたら、答えようにも答えられないだろ……、恥ずかしい…から。」
比奈「……ふ〜〜ん。」
そうしてニコニコと彼女は顔をニヤつかせる。
「…なんだよ?」
比奈「い〜〜や、別に〜……。」
比奈「結構かわいいところあるな〜…って、思っただけだよ?」
「かっ!?かわいい……って!?」
「それだったらお前も可愛い過ぎるだろ!」
比奈「…えっ!?そっ……そんなこと……ないよ?!」
「……。」
恥ずかしくなって、その場で固まってしまう。
とまあ、彼女とはいつもこんな感じで、毎日を過をごしている。端から見たら、ただのバカップルにしか見えないだろうが、僕たちにとっては、この日常が一番充実していた。
「……お。」
帰路を辿っていると、いつの間にかいつもの別れ場所まで来ていた。
比奈「もう着いちゃったね…。」
名残り惜しく、彼女は言う。
比奈「それじゃ、今日はこの辺でね…。」
「あっ、家まで送っていこうか?」
比奈「大丈夫だって、何度も通ってる道なんだからさ!」
「そうか、ならまたな!」
比奈「うん!また学校でね!」
そして僕は、そのまま帰路を辿った。
……そして、次の日。
比奈は、学校には来なかった。
□□□
「だから、寂しいんだよな、この道は。一人で歩くのは、やっぱり慣れない。」
比奈と一緒に、何度も歩いた道。
一人だと、慣れなかった。
……比奈は、死んだのだ。
なぜ、死んだのか。
それは、交通事故だ。ここらは住宅街。歩道なんてものはない。だけど、事故は起きることはなかった。
彼女が死ぬ、あの時までは…。
運転をしていた者からは、アルコールが検出されたらしく、いわゆる飲酒運転といったやつだった。
その事を知ったのは、比奈が死んだ翌日のことだった。男は逮捕され、裁判で有罪判決を言い渡されたらしい。
だが僕は、それを聞いてもなにも思わなかった。だって、そんな事をしても、彼女は戻ってこないから。
□□□
家に帰っても、ずっと彼女の事ばかり考えていた。
「そうだ…。まだ、あれがある。」
僕の家には、代々受け継がれる力がある。
それは『夢』というものだ。その力の一つには、過去や未来に行ける力があるらしいのだ。だが、らしいだけだ。
確証なんてない。だけど僕は、それに縋るしかなかった。
昔、父が『夢』の力によって、“先の未来を知った”ことがあるらしいのだ。だから、『夢』という力があることは、あながち間違いではないのかもしれない。
だから僕は、強く念じた。
『比奈と別れる前のあの日に、戻してください…。』
………と。
夢の中で、想いを込める。
縋る、この『夢』の力に、縋る。
「……僕は、彼女を救いたいから」
「だから、比奈と別れる前まで…」
『過去に、戻してください…!』
それは、切実なる訴え。
僕の心からの叫び。
比奈を救いたい。ただそれだけを想いながら願った。
瞬間、視界が暗転。平衡感覚がなくなった。
「……これ、は?」
僕は今、どうなっている。
眠っているのか?それとも立っているのか?それとも浮遊しているのか?
わからない、何もかもが、わからない。
すると突然、落下。
僕は落ちていく。どんどんと、下へ下へと落ちていく。
手を伸ばす、がそれはなにも掴めず。
僕はただただ落ちていった。
…そして。
………そして。
……………そして。
□□□
目を覚ますと、僕はあの場所に立っていた。
見覚えのある道で、僕はただ立ち尽くしていた。
「…ここは、過去なのか…?」
やがて、そう小さく呟く。
本当にここが過去なのか、それを知るために、僕はおもむろに携帯を取り出して、今の日付を確認する。
「…うそ、だろ…。」
驚愕した。
スマホに映る日付や時間帯は、間違いなくあの日に戻っていた。
ということは今、僕の隣に彼女がいることは明確で。
僕はゆっくりと視線をそちらに向けた。
比奈「……どうしたの?鳩が豆鉄砲くらったような顔して?」
…川瀬比奈。
僕の彼女だった人。その姿はまさしく、あの日の比奈だった。正真正銘の、僕の唯一の彼女、比奈がそこにいた。幻なんかじゃない。目の前にしっかりと存在していた。
僕は感動のあまり涙が出そうになるが、それを必死に堪える。
まだ、喜ぶ時ではないから…。
救ってからじゃないと、喜べないから。
だから僕は、溢れそうになる涙を、グッと堪える。
「…いや、なんでもない。心配してくれてありがとう。」
比奈「そう…、なんにもないなら、それでいいんだけど。」
そうして僕らは歩き始める。
…そして。
やがて、“分岐点”に到着する。
比奈「それじゃ、今日はこの辺でね…。」
そういって、彼女はいつも通りにそこで別れようとした……が。
僕はそうはいかなかった。
だから、僕もこの道を歩き始める。
比奈「えっ?…颯斗、あっちでしょ?どうしてついて来るの?」
「どうしてって……。」
そこで、僕は一瞬言い淀んだが。
やがて、言葉を吐く。
「…彼氏だからに、決まってるだろう。心配だから、お前の家まで送ってやる。…それに……。」
と、一拍を置いて
「お前とまだ、一緒に居たいし……。」
と、柄にもない事を口にする。
比奈「…ふふ、ありがと!」
そう一言礼を言って、比奈はそのまま歩を進めた。それに続いて、僕も後をついて行く。
さあ、ここからが正念場だ。この後から、飲酒運転をするドライバーが通りかかる筈だ。その時が、彼女を救う唯一の時だ。
失敗は許されない。
いや、失敗なんてしない。絶対に救うから…。
そう心に言い聞かせ、だんだんと時間だけが過ぎていく。
のんのんと二人で彼女の帰路を辿っていると、いかにも危ない運転をする車がこちらに向かってきた。
間違いなく、あれだろう。
だから僕は、『彼女を、身を呈して守った。』
ガンッ!!
という轟音と共に僕の体は吹っ飛んだ。
僕は、彼女を抱きながら、車に吹っ飛ばされて、そのままゴロゴロと転がっていって、やがてそこで止まった。
痛かった。いや、めちゃくちゃ痛かった。
だが、心は爽やかだった。
比奈「…ねえ!?大丈夫、颯斗?!」
比奈が、必死に僕に呼びかける。微かに見える視界の中、僕は彼女の姿を認識する…が、そのまま僕の意識は、だんだんと小さくなっていく。
比奈「颯斗!?ねぇ、颯斗!目を開けてよ!颯斗!」
彼女の声がまだ聞こえる。
そうか、僕の意識は、まだ微かながら残っているのか…。なら、最後に…これだけは……言っておかねばならない。
もう、前は見えないけど、近くに居るであろう彼女の身体を引っ張って、弱りきった力で、力強く抱きしめながら、言った。
「……愛し、てるよ……ひ、な…。」
「…お前は、ぜ…たい、強く…いきろよ…。」
そう言い終えると同時に、僕の手から力が抜けて行く。そして、そのまま脱力して、僕の意識は暗闇に飲み込まれていった。
そして、もう二度と、僕はこの世界で目覚めることはなかった。
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