ドラフォンの劣等感
「…ロロは魔力があって、魔法が使えるね」
思ったよりも恨めしい口調になっていることにドラフォンは気づいた。
ロロが視線をドラフォンに戻す。ドラフォンは止められなかった。
「僕は、ロロが羨ましい」
「…ドラフォン??」
「だって、僕は…魔力なしだから。グラフィス家の次男なのに…」
膝の上で両手に拳を作る。ギュッと握りしめた。
目は自然と膝に落としてしまった。ロロの顔を見られない。
(ああ…こんなこと言うはずじゃなかったのに)
せっかく。
せっかくロロとようやく二人で話しているところなのに。
ユーリが魔法を使っているところを見て、いつも胸の中にくすぶっているドラフォンの劣等感が溢れ出てしまった。
固く握りしめた拳をふんわりとロロの手が包み込んだ。
思わず顔を上げる。
「ドラフォンは、魔力がほしかった? 魔法、使いたいの?」
ロロがまっすぐな瞳でドラフォンを見つめていた。
綺麗なアイスブルーの瞳はさきほどのドラフォンの恨みがましい「羨ましい」という言葉なんて気にしていないと物語っていた。
「…ほしかった。いや、ほしい」
大きく頷く。
「だって、僕はグラフィス家の人間だから」
ポツポツと話し出す。
ロロはドラフォンのたどたどしい話に静かに耳を傾けた。
グラフィス家の人間は、ドラフォン以外全員魔力持ちだ。
ルシファーは火の属性でAランク。フィオナもAランクで属性は水だ。
ルシファーの下にはもうすぐ3歳になる弟がいるが、ランクはまだはっきりしないものの魔力持ちであることが判明している。それだけでなく、おじやおば、いとこに至るまで親族は皆魔力持ちなのだ。
魔法を使うためには魔力がいる。魔力持ちはその持っている魔力の量でランク分けがされ、上からSSA→SA→S→A→B→Cと分かれている。たいていの魔力持ちはA~Cに分かれるが、ロロとユーリはランクSである。
また、それぞれ属性があり、ほとんどの者は火、水、風、土、まれに光と闇の属性を持つ者がいる。
「それに僕の両親は魔番だから」
魔番は魔力持ちでも特別な物だ。
あまりにも膨大な魔力を持っている魔力持ちは溢れ出てくる使いきれない魔力を相殺しなければならない。溢れる魔力は周囲の者を危険に晒すだけでなく、自分の身の安全も脅かす。
そう言った魔力持ちには魔番と言われる相反する属性を持つパートナーが自然といるのだ。
魔番かどうかは体に痣がでているのでわかる。魔番同士同じ場所に痣を持つ。
痣の模様は魔番によって違うのだが、学園にいる魔番のリーリアとガイは絡みつく茨の木の枝の痣が片腕の指先から首の根本まで続いている。ドラフォンの両親は嘴に氷の結晶を加えた火竜の痣が首にある。
「うちは魔力持ちでない人間は僕だけだから。特に魔番の両親から生まれたのに…。僕が双子じゃなければ、グラフィス家の人間かどうか怪しまれたと思う」
陰で言われているのだ。
「…出来損ないだよ、僕は」
自虐的に笑う。
ロロは困ったように笑った。
「魔力持ちが優秀とでも?」
「…実際、この国では重宝されてる」
「ええ、そうね。でも」
ロロはしっかりとドラフォンを見る。
「魔力があるかどうかは、その人の持って生まれてきた天性の物であって、その人が努力したとかじゃないわ」
「…」
「いわば、魔力持ちは『ただのラッキーな人』よ。たまたま持っていただけ。わたしもその一人。平民だけど魔力Sランクだったから、わたしの人生は激変よ?」
片眉を上げて「わたし、孤児だから」と何でもないように言う。
「孤児なのに、今や三大公爵のルーク様のところで居候。グラフィス家のお茶会にも参加して。ラッキーでしょう?」
ニッコリと笑う。
「でもわたしは、『ただのラッキー』で偉そうぶる人よりも『ちゃんと努力できる』人の方が尊いし偉いと思うわ」
「…」
「ドラフォン、あなたは努力できる人よ」
そう言ってロロは両手でドラフォンの握りしめた拳を開かせた。
「ほら、このマメ」
手のひらにはたくさんのマメができている。剣術によってできたマメだ。
「公爵家の人間なら、ここまでマメができるまで頑張る必要なんてないでしょ? 少なくともルシファー様の手のひらにはないわよ?」
「…ルシファー兄さまは魔法が使えるから、剣術をしなくても自分の身が守れるからさ」
「でも、だからといって剣術ができるに越したことはないわ。それに、今日はわたしのエスコートもしてくれたし、わたしのお菓子の好みをしっかりと把握してくれていたわ。それだって、努力の結果でしょう?」
「…そうかな?」
「そうよ。少なくとも、才能に胡坐をかいている人間よりも、なんとかしようと頑張っている人間の方が尊いと思う」
ロロはギュッと手を握りしめてくれた。手のひらのマメをやさしくなでてくれる。
「こんなに頑張っている自分を『出来損ない』なんて言わないで。自分だけは、自分を否定しては駄目よ」
ドラフォンは心が震えるのを感じた。今までそんな風に考えたことがなかった。
この国では、魔力持ちの存在は貴重だから。
魔力持ちが偉くて、尊い。魔力持ちでない自分なんて、出来損ないでしかない、そう思っていた。
ルシファーやフィオナがドラフォンをそんな風に思っているわけではないとはわかっていたけれど、いつも後ろめたかった。
「僕は僕の才能を、努力で開花させてみせる」
ボソッと呟いた。
自分の方向性が見えた気がした。
長い間、暗いトンネルの中をひたすら歩いていたが、不意に出口の光を見つけたかのような救われた気持ちになる。
気持ちが晴れていくのを感じる。
「うん、頑張って」
呟きの言葉はしっかりとロロに伝わっていたのだろう。
ロロは励ますように応援してくれた。
ちなみにドラフォンが自分の劣等感を話している間にルシファーとユーリは少女達から逃げて、屋敷でチェスを始めています。これもルシファーのユーリとロロを離す作戦の一つです。