人格入れ替わり現象
■ 2018年6月18日(月)
今朝はかなりの快晴。今年はあまり雨が降らないので空梅雨なのかもしれない。通勤中の電車の中で週間天気予報を見ていた。週の中頃に梅雨前線が北上して雨になるようだが、週末の土曜日は晴れになっていた。週末はどこの山に行こうか考えていたのだが、俺はふとある山のことを思い出していた。それは2年前に誘われて登った霊石山のこと。標高は低いのだがカルスト地形が見られてアルプスのような景色を望むことができる。あの時は曇りで写真はスマホで撮影していた。今度は山用に購入したミラーレスカメラで撮影したいと思っていた。そうだ、今週末は霊石山に行こうか。たしか、山仲間の村瀬真也が行きたいと言っていたので誘ってみるか。今夜にでも予定を聞いてみることにした。朝10:00前に出勤して、いつものように朝礼がはじまり、社長の長い話が続いていた。俺はまた上の空で社長の話を聞いていた。そもそも会社に対する意気込みや経営理念なんて聞いても、俺には無関係な話のように思えるからだ。そして西浦真美が「今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼が終わった。
この日はただ業務を続けていて何も起こらない平和な感じがした。19:00になり勤務時間が終了して俺はさっさと退社した。帰りの電車の中でスマホで山記事を見ながら霊石山のルートを確認していた。今回も2年前と同じルートで行くしかなさそうだな。他のルートはアクセスが悪く撮影したいカルスト地形もあまり見られないようだ。電車に揺られながら山記事をみていると、あっという間に自宅の最寄り駅に着いた。家に帰って用意されていた夕食を食べてからシャワーを浴びて自分の部屋に入った。もう21:00を過ぎていた。俺はさっそく村瀬真也に電話して、週末の予定を聞いてみた。予定は空いているらしく霊石山に行くといったら「是非行きたいです!」と言った。いっしー(石岡秀之)は今週の土曜日は仕事だと言っていたのであえて誘わなかったが、俺はふと笹原莉奈を誘ってみようかと思った。もう莉奈は山仲間になったんだし、誘ってもいいような気がした。21:30前だけど、突然電話をしても大丈夫かと心配になったが、恐る恐る電話をかけてみた。
「はい。もしもし」
「あ、もしもし、俺、水嶋だけど、今大丈夫かな?っていうか電話してよかったかな?」
「今大丈夫です。電話全然いいですよ。どうかしました?」
「えっとね、今週の土曜日なんだけど、霊石山ってところに行くことになったんだけど、莉奈ちゃんも一緒にどうかな?」
「山のお誘いありがとうございます。今週の土曜日なら空いてます!」
「じゃあ俺の山仲間もくるので3人で行こう。莉奈ちゃん、霊石山って行ったことある?」
「行ったことないです。霊石山なんて山も知らないです」
「そうなんだ。標高は低い山なんだけど、景色はアルプスのような感じで喜んでもらえると思うから楽しみにしておいて!」
「アルプスのような景色ですか。それは楽しみです!」
「山の方向が莉奈ちゃんの住んでる場所のほうだから、近くまで迎えにいくけど、どこかわかりやすいところない?」
「国道沿いにあるコンビニでいいですか?わたしの家、そのコンビニの裏にあるマンションなんです。あとで地図をメールで送りますね」
「わかった。じゃあ朝早いけど6月23日の土曜日、朝6:00にそのコンビニで待ち合わせでよろしく」
「はい。わかりました」
これで電話を切った。少し緊張したが、いつも通りに明るい莉奈だった。
■ 2018年6月19日(火)
今朝はどんよりした曇り空だが、妙に蒸し暑くなってきた。カラッとした暑さではなくジメジメして体が気持ち悪い感じがする。いつものように10:00前に出勤して自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。今日も昨日と同じように黙々と業務をしていた。すると突然体が熱くなって目の前の景色が変わったのだ。俺は「あれ?ここはどこだ?」と呟いた。今、俺の座っている席を見渡すと後ろに社長室がある。ここは西浦真美の席ではないか。自分の下半身を見ると黒のタイトスカートにストッキングをはいている。体の異常に気付いた俺は胸のあたりを手で触ってみた。すると膨らみがあって胸が少し痛い。髪の毛を触ってみるとサラサラのロングヘアーになっている。なんなんだこれは?挙動不審な動きをしていると総務部の渡辺さんから「西浦さん、何やってるんですか?」と声をかけられた。俺はすかさず「あ、いえ、何も」と答えた。俺は西浦真美になってる?ええ???とびっくりしてすぐに休憩室に走っていった。休憩室に入って頭の中を整理しようとしたが、何が起こってるのか全くわからない。するとドタバタと走ってくる音がして休憩室のドアが開いた。中に入ってきたのは俺の姿をした誰かだった。二人で目を合わせて思わず「あっ俺だ!」、「あっわたしだ!」と二人してお互いに向かって指をさした。俺の姿になった誰かは「もしかして水嶋君?」と聞いてきた。そして俺は「うん、もしかして西浦さん?」と聞き返した。そう、俺と西浦真美の体が入れ替わっているのだ。俺は「西浦さん、とりあえずお互いに落ち着こう」と言った。俺の姿をした西浦真美は動揺していたが少し落ち着きを取り戻した。そしてお互いに何が起こったのか話し合った。
「俺、業務をしてる途中で急に体が熱くなって、目の前の景色が変わったんだよ」
「わたしも同じ。急に体が熱くなって、目の前の景色が変わったの。最初はわけがわからなかったけど、すぐにここは水嶋君の席だとわかった。着ている服装も水嶋君になってることに気づいて、慌てて休憩室に向かったの」
「お互いの体が入れ替わったということで間違いなさそうだね」
「うん。でもこれからどうする?体が入れ替わったなんて誰も信じてくれないわよ?」
「この状態はいつまで続くんだろう?でも、こうなった以上、西浦さんは俺を演じて、俺は西浦さんを演じるしかないかも」
「でもわたし、水嶋君の仕事なんてわからないしできないよ」
「俺だって西浦さんの仕事なんてわからないしできないよ」
「もしかして永遠にこのままなんてことないよね?」
「それは俺だって困る。うーん、まず西浦さんの姿で俺って言うのも変だし、西浦さんって言うのも変で、俺の姿で水嶋君って呼ぶの変だから、この状態の間は言葉遣いに気を付けよう」
「わかった。でもずっとこの状態が続いて、夜とか寝る場所とかどうするの?お互いの家で過ごすのも限界があるでしょ?それにプライベートなこともあるし」
「うーん、ちょっと考えてみるよ・・・あ、あれ、体が熱い」
「わたしも体が熱い」
お互いに体が熱くなった瞬間、目の前の景色が変わった。俺の目の前には西浦さんが立っていた。二人同時に「あ!元に戻った」と言った。お互いの体が元に戻ったのだ。
「ちょっと胸が痛いんだけど、水嶋君、まさかわたしの体になってる時、胸揉んだりしたでしょ?」
「ごめん、何がなんだかわからなくて・・・でも揉んだりしてないよ。ただ掴んでしまっただけで・・・」
「まあ、こんな変なことになっちゃったんだから仕方ないけど、わたしの胸の感触を思い出して変なことしないでよ?」
「そんなことしないよ。絶対、絶対しないよ」
「それより、お互いの体が入れ替わったことはわかったけど、また同じこと起こったりしないかしら?」
「それはわからないけど、もしまた入れ替わったら、とりあえず落ち着いてお互いを演じるようにしよう」
「そうね。それと、このことは二人だけの秘密にしておきましょ。こんなこと誰も信じてくれないだろうし」
「わかった。じゃあ俺は自分の席に戻るね」
そう言って俺は自分の席に戻った。こんな不思議な現象が起こったなんて誰にもいえない。しかし、また入れ替わったりしないだろうか心配でたまらなかった。
昼休みになっていつものように外食にいく。今日は久しぶりにお気に入りのラーメン屋にいくことにした。体が入れ替わる現象が起きないかドキドキして、いてもたってもいられなかった。豚骨ラーメンセットを食べて、外でブラブラしようと思っていたのだが、どうにもそんな気分になれず、さっさと会社へ戻った。午後の業務も黙々と続けていた。15:00を過ぎた頃のことだった。また体が熱くなって景色が変わったのだ。ここはやはり西浦真美の席だ。今回は冷静になっていた。自分の姿を服装をチェックするとまさに西浦真美になっている。俺は席を立ってゆっくりと休憩室へ向かった。休憩室のドアを開くと中には俺の姿をした西浦真美が座っていた。
「また体が入れ替わっちゃったね」
「そうみたいだね。今回俺は意外と冷静だったけど、西浦さんはどうだった?」
「わたしも冷静だったよ」
「これは人格入れ替わり現象だね。さっきは15分ほどで元に戻ったけど、今回はいつ元に戻るんだろう?」
「わたしにもそれはわからないけど、また15分ほどしたら元に戻るんじゃないかしら」
「この現象はランダムで起こるのかもしれないけど、お互いの家で夜中に入れ替わったりするとまずいよね?」
「それは困る。わたしのプライベートな部分を見られちゃうわけだし、そんなの絶対嫌」
「とりあえず、人格入れ替わり現象が起こったら、まずお互いに休憩室に来るようにしよう。あとお互いの家の中で起こった場合は、できるだけ部屋のものには触らないようにしよう」
「わかった。あーでも、なんでこんなことになってしまったんだろう。こんなこと続いたら、わたし、精神的にもたないよ」
「俺もこんなこと続いたら精神的にヤバイかもしれない。それより、今この状態になってる時って、なんだか感じてることが違う気がするんだけど、西浦さんはどう?」
「そういえばそうね。感じてることが違う気がする。水嶋君の姿でわたしを見ていると、なんだか美人だなって感じちゃうの」
「あはは、西浦さん、自分のことを美人って言うんだ」
「違うよ!本当にそう感じるの。ということは水嶋君っていつもわたしのことを見て、美人だなって思ってるんじゃないの?」
「あ、え、ああ・・・まあ、そうだね」
「つまり今わたしが感じてることは、普段水嶋君が感じてることで、水嶋君が感じてることって普段わたしが感じてることってことになるわけよね?」
「そういうことなんだろうね。しかし俺が感じてることがわかってしまうなんて、なんか心の中を覗かれてるみたいで複雑だよ」
「それはわたしもよ。お互い様でしょ」
「あ、あれ・・・また体が熱い」
「わたしも体が熱い」
再びお互いに体が熱くなった瞬間、目の前の景色が変わった。目の前に西浦さんがいるということは体が元に戻ったのだ。
「また15分ほどで元に戻ったね。今、目の前にいるのは西浦さんだよね?」
「うん。あなたは水嶋君だよね?」
「そうだよ」
「水嶋君とわたしだけがどうも人格入れ替わり現象が起こるようね」
「これが複数の人とランダムで起こったら、それこそ大パニックだよ」
「そうね。わたし、社長のところに行かないといけないから、もう行くね」
「わかった」
本日二度目の人格入れ替わり現象だったが、これはどんな状況でどんな時に起こるのか全く見当がつかない。こんな現象はTVドラマで見たことはあったけど、実際に起こってしまうと複雑な心境なのだ。それにしても人格が入れ替わってる時、お互いに感じることまで入れ替わってしまうことがわかった。
その後、黙々と業務を続けていて19:00の勤務時間終了となった。俺はさっさと退社して電車に乗ったのだが、どこで人格入れ替わり現象が起きるのかわからない。そのことが心配でとてもスマホで山記事を見る余裕はなかった。自宅の最寄り駅に着いて家に帰っている間も心配は続いた。家に帰って食事をしてシャワーを浴びて自分の部屋に入った。もしシャワーを浴びてる時に人格入れ替わり現象が起こったりしたら、それこそお互いに大変なことになる。今日はなんだか疲れたのでさっさと寝ることにした。
■ 2018年6月20日(水)
昨日の人格入れ替わり現象から一夜が明けた。結局、昨日は2回、人格入れ替わり現象が起こったわけだが、帰宅途中や自宅では起こらなかった。さっさと着替えて顔を洗って朝食を終えて出勤する。いつものように10:00前に出勤して自分の席に座ってパソコンの電源をつけた。今日も人格入れ替わり現象は起こるのだろうか。それとも昨日だけのことだったのかはわからない。そんなことを考えながら業務を続けていた。11:00を過ぎた頃、また昨日と同じように体が熱くなって周りの景色が変わった。社長室の中、社長の席の前にメモ帳を持って立っていた。
「じゃあ西浦、本日の予定はこれでいくのでよろしく」
「は、はい、社長。了解いたしました」
社長の前で軽く礼をして社長室を出た。どうやら社長と本日の予定を確認している時に人格入れ替わり現象が起こったようだ。メモ帳を西浦真美の机の上に置いて、休憩室へ向かった。やはり俺の姿をした西浦真美も休憩室に来ていた。
「また人格入れ替わり現象が起こったね」
「社長の前で急に体が熱くなってびっくりしたわよ。それより社長は何か言ってなかった?」
「本日の予定はこれでいくのでよろしくと言ってたくらいで、あとは了解しましたと言っておいたよ。メモ帳は机の上に置いといたから」
「そう、それだけならよかった」
「この現象だけど、どうにも会社の中だけで起こってる気がするんだよ。まだ3回目だからなんとも言えないけど、昨日は家に帰っても何も起きなかったし」
「この会社の中に何か人格入れ替わりが起きる原因があるのかしら?」
「それはわからないけど、会社にいる時間より家にいる時間のほうが長いはずなんだけど、昨日の夜は何も起こらなかったから、考えられるのはやっぱり会社の中だけってことかもしれない」
「それならまだいいんだけど、やっぱり心配よ。例えばわたしがシャワーを浴びてる時に人格入れ替わりなんて起こったらと思うと、もう耐えられない!」
「それ、俺も昨日同じことを思ったよ。でも会社の中だけであるなら、その心配はいらないわけだけど・・・」
「あーもう、いつまでこんなことが続くのかしら」
「何か解決策があるといいんだけど、まったく思いつかない。それよりさ、西浦さんの感じてることにちょっと違和感があるんだけど、なんだろ?」
「わたしの感じてることに違和感ってどういうこと?」
「うーん、それがわからないんだよ。なんとなくというか、無感情というか、なんとなく以前に俺も同じような感覚があったというか・・・」
「なにそれ?わたしが無感情って意味わかんないよ」
「ごめん、別に変な意味とかじゃないから・・・あっ体が熱い」
「わたしも熱い」
お互いに体が熱くなった瞬間、目の前の景色が変わって体が元に戻った。
「やっぱりこの現象は15分ほどすれば元に戻るみたいだね」
「そうみたいね。わたしは今日、社長と会議に出席するんだけど、もし会議中に人格入れ替わりが起こったら何も喋らなくていいから、メモだけ取っておいてね」
「わかった」
そうして、昨日から3度目の人格入れ替わり現象が終わった。俺は西浦真美と人格入れ替わりが起こっている時に感じている違和感について気になっていた。何かとても大切な感情に違和感があるように思えた。昼休みになり、いつものように一人で外食をしてすぐに会社に戻った。昨日はたしか15:00くらいに人格入れ替わりが起こったけど、今日も同じくらいの時間に起こるのかわからない。会議があるといっていたので、できればその時間には起こってほしくない。ところが昼休みが終わって10分ほど経った時だった。また体が熱くなって周りの景色が変わった。西浦真美の席に座っていた俺はもう慣れたのか冷静になっていた。社長と会議といっていたが、何時からなのか聞いていなかった。机のメモ帳をみたりして予定を確認しようと思ったが、予定表がどこにあるのかわからない。とりあえず、休憩室に行って本人に聞いてみるしかない。休憩室に入ると俺の姿をした西浦真美が座っていた。
「今日は連続するかのように人格入れ替わり現象が起こってるね」
「わたし、もう慣れてきたわ。水嶋君を演じるのもね」
「俺も慣れてきて人格入れ替わりが起こっても冷静になれるようになったよ。ところで社長との会議って何時からなの?」
「それ伝えてなかったわね。14:00からよ」
「じゃあ、それまでに元に戻れそうだね。会議中には起こってほしくないって思ってたんだよ」
「でも今日は頻繁に起こるかもしれないから油断は禁物じゃない?」
「それはそうだけどね」
「それより水嶋君が女性を見て感じることって、なんだか懐かしい感じがするの」
「懐かしい感じ?それってどういう感じ?」
「うーん・・・なんだかわたしもそんなことを感じてたことがあったような、何か懐かしい感じ。水嶋君はわたしの感じてることに違和感があるっていってたけど、今はも感じてる?」
「西浦さんの感じてることに違和感があるような気はするんだけど、なんか思い出せないというか、無感情な何かがあるというか・・・まだわからない」
「そっか。まあ、元に戻るまで待ちましょう」
それから数分してお互いに体が熱くなり元の体に戻った。
「じゃあ、わたしは社長と会議だから行ってくるね」
「うん。じゃあまた!」
昨日から数えて4度目の人格入れ替わり現象が終わった。西浦真美の感じていることについての違和感が気になってしかたなかった。それに俺は何かを忘れているような気もしていた。それからしばらくは黙々と業務を続けていて何も起こらなかった。この現象は1日2回しか起こらないのかもしれない。しかし、17:30頃になって、再び体が熱くなって周りの景色が変わった。また西浦真美の席にいた。総務部の八木課長が目の前で何か話していた。八木課長から「西浦さん、どうかしましたか?」と声をかけられたので「あ、いえ、ちょっと頭がフラっとしただけです」と答えた。八木課長と西浦真美が何の会話をしていたのかはわからないが、どうやら持っている書類からすると社内規定についての話だったと推測できた。八木課長は「じゃあ、ここにまとめていますので目を通しておいてください」といって去っていった。いつもはすぐに休憩室に行くのだが、どうしても西浦真美が感じていることの違和感が気になったので、オフィス内にいる社員を見渡していた。何も感じないというか無感情というのが違和感のような気がしてきた。もう少しで違和感がわかるような気がしたのだが、さっさと休憩室に行かないと西浦真美に怒られる。休憩室に入ると俺の姿をした西浦真美が座っていた。
「ごめん、八木課長と話をしていて遅くなった」
「そう。八木課長は何か言ってた?」
「ここにまとめていますので目を通しておいてくださいって書類を渡された」
「わかった。今日はこれで3度目の人格入れ替わりよね。本当に会社の中だけ起こるならいいんだけど」
「西浦さんが感じてることの違和感なんだけど、あともう少しでわかりそうなんだよ。西浦さんは俺の感じてることが懐かしいとか言ってたけどどう?」
「まだよくわかんない。懐かしい感じだってことくらいかな」
「そうなんだ。俺の感じてる違和感と、西浦さんの言ってる懐かしい感じが今回の人格入れ替わり現象に関係してるかもしれないね」
「わたしと水嶋君の感情に何か共通点があったりするってこと?」
「それはわからないけど、この人格入れ替わり現象で共通してることってお互いが何かを感じてるってことのような気がするんだよ」
「まあ、そこに解決策があればいいんだけど、明日もこの現象起こるのかな?」
「このままだと明日も起こりそうな気がする。でももしお互い家の中で過ごしてる時に起こったら、そのまま元に戻るまでじっとしていよう」
「そうだね。あと言い忘れてたんだけど、わたしもだけど、水嶋君もシャワーを浴びる時は極力早めに終わらせるようにしてね」
「うん。わかった。じゃあ元に戻るのを待とうか」
それから数分後、お互いに体が熱くなって元の体に戻った。それからというもの、19:00の勤務時間終了までは何も起こらなかった。俺はさっさと退社して電車の中で考えていた。俺は何かを忘れている気がしてならない。何を忘れているんだろう。必死にあれこれ考えていると頭によぎった。そうだ!あの2033年から届いたメールだ。あそこにはたしか「西浦真美と不思議な現象が起こる」と書いてあったのを思い出した。自宅の最寄り駅に到着して、俺は走って家に帰った。夕食もとらずシャワーも浴びず、すぐに自分の部屋に入ってパソコンの電源をつけた。そして2033年から届いたメールを開いた。そこには「一時的に西浦真美と不思議な現象が起こる」と書いてある。もちろん不思議な現象とはこの人格入れ替わり現象のことで間違いなさそうだ。そしてその下には「→そっちの時代では理解不能な現象。解決方法は1番と同じ過去の恋愛を清算」と書いてある。たしかに理解不能な現象だが、1番と同じ過去の恋愛を清算とは何を意味しているんだろうか。その瞬間、はっと西浦真美の感じてる違和感について気がついた。無感情というのは男性を見ても無感情ってことで、これは俺が2006年8月25日に片桐杏奈に告白する前の感情と同じ気がした。俺は他の女性に対して無感情だったのだ。以前に俺も同じような感覚があったように思っていたのはこれだったんだ。だとすれば、西浦真美が俺の感じてることが懐かしいということは、今は忘れている感情ということになる。それだと全てのつじつまが合う。1番と同じ過去の恋愛を清算する必要があるのは西浦真美だ。でも、西浦真美の過去の恋愛について何も知らない。もしかすると、俺と同じように過去に後悔した恋愛話があるのかもしれない。どちらにしても明日、西浦真美に聞いてみることにしよう。
■ 2018年6月21日(木)
いつものように10:00前に出勤して自分の席に座ってパソコンの電源をつけた。俺は早速、西浦真美に「話があるから昼休みに二人で近くのファミレスに行こう」とメールを送った。すぐに返事がきてオッケーとのことだった。午前中に一度、人格入れ替わり現象が起こったのだが、もうお互いに慣れていたので休憩室に入って元に戻るのを待っていた。そして昼休みになって、二人で会社の近くにあるファミリーレストランに入った。ランチメニューから俺はハンバーグで西浦真美はパスタを注文した。食事をしながら、俺は話しはじめた。
「西浦さんに入れ替わってる時に感じてる違和感が何であるかわかったよ」
「その違和感ってなに?」
「西浦さん、男性に対して無感情でしょ?もしかして過去の恋愛で後悔したことない?」
「よくわかったね。一つだけ後悔したことがあったよ」
「そのことを聞いてもいいかな?」
「もう昔のことだから別にいいよ。17歳の頃に好きな人がいたの。わたしはその人に告白しようと思ったの。でもね、結局できなかったの。今はもう忘れちゃったけど、後ですごく後悔したのを覚えてるわ」
「17歳っていうと、西浦さんが高校2年生の時になるのかな?いつ、どこで告白しようとしたの?」
「地元の花火大会があったの。その好きだった人は同級生だったんだけど、当時の友達と一緒に花火大会に行って好きな人と二人きりにしてくれるようにセッティングしてくれたわ。二人きりになった時に告白しようと思った。でも勇気が出なくて結局、普通に話をしただけで花火大会は終わってしまったの」
「それからもう告白しようとは思わなかったの?」
「うん。わたしってダメだなって思った。三年生になって知らない間にその人のことが好きって気持ちが消えていったの」
「ちなみになんだけど、その花火大会があったのはいつか覚えてる?」
「えっとね、たしか、夏休みが終わりそうな時だったのは覚えてるんだけど・・・あれは8月25日だったかなあ」
「ええー!!」
西浦真美が高校二年生の時といえば、2006年ということになる。そして8月25日ということは、状況からして俺と全く同じということになる。同じ年の同じ日に別の花火大会があって、俺と同じ状況になって、告白できなかった。そのことが影響して今は男性に対して無感情であるのだ。つまり西浦真美は恋心という感情を忘れている。今の俺の感じが懐かしいというのはその恋心の感情。今回の人格入れ替わり現象は、現在の科学で説明できないだろうけど、そんな俺と西浦真美の感情、そして同じ年、同じ日に同じことを体験したという共通点があって起こっているのだろう。だとすれば、俺と同じように夢の中なのかタイムリープをするのかして、西浦真美はこの時の恋愛を清算する必要がある。
「西浦さん、今から俺の言うことはオカルトかもしれないけど、ちゃんと聞いてほしい」
「オカルト?なに?」
「2006年8月25日、俺も西浦さんと全く同じ体験をした。おそらくお互いのその共通点が今回の人格入れ替わり現象に深く関係しているんだと思う」
「同じ体験ってことは、水嶋君も告白できなかった人がいたってこと?」
「そうなんだけど、重要なのはここからなんだよ。西浦さん、もしもう一度、告白できるチャンスがあったらその人にちゃんと告白する自信はある??」
「もう一度告白できるチャンスって、今その人に会ったらってこと?」
「いや、もう一度、そのシーンがあればというか、その状況になったらってことかな」
「それって過去に行けたらってことかしら?もしそんなことができたら、もう後悔したくないから絶対告白すると思うよ」
「だったら、もう一度告白できるチャンスを作って、今度こそ告白すれば、この人格入れ替わり現象は終わると思う」
「もう一度告白できるチャンスって、過去にでも行けって言うの?」
「それが夢の中だったらどうかな?俺も同じように夢の中で告白していろんなことを思い出したんだよ」
「そんな都合よくその時の夢なんて見れるわけないじゃない」
「騙されたと思って、俺がやった方法と同じことをしてみてくれないかな?必ず夢を見れる日がくるから」
「わかったわ。それでどんな方法なの?」
「その時の花火大会の写真とかあればいいんだけど、とにかく寝る前にできるだけその時のことを思い出すようにするんだよ。その時の雰囲気とか」
「その時の花火大会の写真ならアルバムに入ってると思う」
俺は必死になって夢を見る方法を説明した。夢なのか本当のタイムリープなのかはわからないが、どちらにしても西浦真美に過去の恋愛を清算させて恋心という感情を思い出させる必要があるのだ。
「やり方はわかった。今晩、寝る前にアルバムを見てできるだけ思い出すようにするわ。それで本当に夢が見れたら、夢の中で告白すればいいのよね?」
「うん。あと重要なのは結果が問題じゃないってことで、告白した後の感情だってことも忘れずにね」
「まあそれで本当に人格入れ替わり現象が終わるのなら、騙されたと思ってやってみるわ」
「一日でできないかもしれないけど、何度かやっているといつか夢に出てくると思うから」
「わかったわ」
昼休みが終わって午後になるともう一度人格入れ替わり現象が起こったが、とりあえずお互いに元に戻るのを待ってやり過ごしていた。それにしても西浦真美がうまく夢を見れる日は一体いつ訪れるんだろうか。
■ 2018年6月22日(金)
いつものように10:00に出勤して自分の席に座りパソコンの電源をつけた。すると西浦真美が走って私の席にやってきた。話があるとのことだったので休憩室へ行った。
「水嶋君の言う通り、昨日アルバムを出して当時のことをいろいろ思い出したりしながらいつの間にか眠ってたの。そしたら朝起きたら、2006年の8月25日に戻っていたのよ。あれは夢だったと思うけど妙にリアルだった」
「それでどうなったの?」
「ちゃんと好きな人に告白できたわ。夢の中だったけど、あの時のわたしの気持ちとか感情が今でも鮮明に残ってるのよ」
「それはよかった。西浦さん、それで恋心の感情を思い出せたんだね?」
「うん。わたし、ずっとそんな感情忘れてた。だから水嶋君と入れ替わってる時に懐かしく思っていたのね」
「これで人格入れ替わり現象が終わるかはわからないけど、俺が思うのはお互いに同じ年、同じ日に同じことを体験したという共通点があって起こっていたんだと思うんだよ」
「そうかもしれないわね。でも水嶋君がいった通り、重要なのは結果じゃなくて告白した後の感情だってこともわかったわ。わたし、告白して気持ちがスッキリしてるの」
「それで、その人とはどうなったの?」
「結局フラれちゃったんだけどね。でもこの感情もだけど、わたしにとって大切な思い出にしようって思ってるの」
「大切な思い出か。俺も同じように大切な思い出になってるよ。まあ夢の中での話なんだけどね」
「それにしてもリアルな夢だったわ。あっそろそろ社長のところに行かないといけない。じゃあまたね!」
「うんじゃあまた!」
こうして西浦真美の過去の恋愛を清算することはできた。その後、人格入れ替わり現象は起きなくなった。やはりお互いに同じ年の同じ日に同じ体験をしたという共通点があって起こったことなのかもしれない。こんな共通体験は天文学的な確率で起こるものなんだろう。それにしても2033年のメールに書かれていたことがまたしても当たっているのだ。そして、これらの体験は夢なのか、本当にタイムリープしているのか、この時の俺にはまだわからなかった。