傷つけた恋そして再会
■ 2018年6月11日(月)
今朝はどんよりと雨が降っていた。梅雨に入ったから仕方ないかと思いながら、電車に乗って週末の天気予報をみていた。今週の土曜日は曇りか。今週の16日土曜日は笹原莉奈と岩登りに行く約束をしている。曇りだとなんとか行けそうな気がする。そんなことを考えているうちに会社の最寄り駅に着いた。いつものように10:00前に出勤して社内全体の朝礼がはじまる。すると、一際目立つ女性が立っていた。それはメール管理システムの開発メンバーでデザインを担当していた池上有希だった。少し髪を染めたのか茶髪になっていて、ふんわりパーマをかけてウェーブがかかっている。メイクもいつもと違って少し濃いピンク色をした口紅を塗っている。おそらく週末にイメージチェンジしてたのだろう。俺はそんな姿を見ていて少し胸がキュンとした。社長の長い話がはじまったが、俺は池上有希のほうをチラチラみていた。すると池上有希がこちらのほうを向いて思わず目があってしまった。俺はすかさず目をそらした。社長の話が終わり、いつものように西浦真美が「今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼が終わった。
俺は自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。左斜め向かいのイメージチェンジをした池上有希が気になって仕方なかった。イメチェンしたんだって声をかけてもよかったが、余計なことを言わないほうがいいとも思う。池上有希は俺より3つ年下の27歳ですこし垂れ気味の目にしょうゆ顔といった感じの女性、細身で身長は160cm程でスラッとしていて、システム開発部の中でたった一人の女性社員。勤務中も顔をあげると何度か池上有希と目が合ってしまって、なんども俺は目をそらした。どうしてイメチェンしたのか気になったが、俺は池上有希のプライベートについては何も知らないし、仕事以外の話もあまりしたことがないのでわからない。昼休みになって、今日の昼食はカレーにしようと思って、いつものように一人でカレー屋に行こうとエレベーターの前で待っていた。すると池上有希がやってきて話しかけてきた。
「水嶋さん、今日、勤務が終わったら少し話があるので、そこの階段の踊り場で待っていてもらえませんか?」
「別にいいけど、今話せないことかな?」
「今はちょっと話せないので、勤務が終わってから少し時間をください」
「そこの踊り場で待っていればいいんだね。わかった」
「ありがとうございます」
そういって池上有希は自分の席に戻っていった。そういえば池上有希はいつもお弁当を持ってきてたっけ。そう思いながら会社の近くにあるカレー屋に行った。ここのチキンカレーはとてもスパイスが効いていてピリッとした辛さがあるのだが、コクがあってとても美味しいのだ。カレーは普通、辛くすればカレーそのものの味がなくなってしまうのだが、ここのカレーは辛くてもしっかりカレーの味が残っている。トッピングされたチキンもよく煮込まれていて、スプーンですぐ崩れるほど。辛いのが苦手な人はここのカレーは食べれないと思うが、俺はこういう辛くてコクのあるカレーは大好物なのだ。路地にある小さなカレー屋で、お昼時間になってもあまり客が入ってないお店なので閉店しないかいつも心配になる。カレーを食べ終えて満足した。本当は昼食を終えても昼休みの時間が終わる直前まで外をブラブラしたいのだが、今日は雨が降っているのでさっさと会社に戻った。それにしても池上有希の話とは一体何なんだろうか。
昼休みが終わって勤務をしていると何度か池上有希と目があった。何の話なのか気になって仕事にならないほどだが、やることはやらないと残業になってしまうので、できるだけ顔をあげないようにしながら業務を続けた。今日は時間がやたらと長く感じる。18:00を過ぎたあたりで本日の業務を終えた。この時間になるともう頭が回っていないので、定時までは軽い雑務をする。そして19:00になって勤務時間が終了した。複数の社員が帰っていくのを待ってから階段の踊り場に行こうと思った。階段の踊り場はエレベーターの横にあって、そこで待っていると変に思われるからだ。そして残業している社員だけになって、エレベーターの前には誰もいなくなったことを確認した俺は、すぐに階段の踊り場へ行った。まだ池上有希は来ていない。踊り場で待っていると階段から降りてくる足跡が聞こえてきた。そして階段の上から降りてきたのは池上有希だった。俺が来るのを階段の上で待っていたんだろうか。池上有希が俺の前に立って話しかけてきた。
「水嶋さん、いきなり呼び出してごめんなさい」
「いや、それはいいよ。それより話って何?」
「あのですね、あの・・・友達からでいいのでわたしと付き合ってくれませんか?」
「え?それって俺のことが好きってこと?」
「は、はい、そうです。水嶋さんのことが好きです」
「えっとね、うーん、池上さんとそこまで話したことないし・・・だからごめんなさい」
「そうですか。水嶋さん、他に好きな人がいたりするんですか?」
「まあ、そんな感じかな・・・本当にごめんなさい」
「そうなんですね。ただ、水嶋さんはわたしにとって憧れでした。でも他に好きな人がいるなら諦めますね」
「本当にごめんね」
そう言うと池上有希が涙目になり走って階段を下りていった。俺は一つだけ嘘を言ってしまった。他に好きな人なんていないのだ。ただ、誰かと付き合うなんて今は考えられないし、登山のことで頭がいっぱいなのだ。人をフッたことなんて初めてのことだが、フルほうも精神的に辛いんだな。そういえば2006年に告白した片桐杏奈も俺をフった時、こんな気分だったんだろうか。まあ、あれが夢でなく本当にタイムリープしていたらの話であるのだが。俺は複雑な気持ちになりながら会社を出て帰宅した。
■ 2018年6月12日(火)
今日もポツポツと雨が降っている。いつものように10:00前に出勤して自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。しかし、俺は池上有希にどんな顔をして接していけばいいのだろうか。もう目を合わすことすらできない。すると「おはようございます」と言って池上有希が出勤してきた。ちらっと表情を見てみると暗い感じでもなくいつも通りの池上有希だった。同じシステム開発部であんなことがあると非常にやりにくい。今後、どうすればいいのか途方に暮れていて仕事にならなかった。そこで俺は西浦真美に相談してみることにした。西浦真美には相談したいことがあるから休憩室に来てほしいとメールを送った。そしてすぐに休憩室に行って椅子に座って待っていると西浦真美が入ってきた。
「水嶋君、相談事って何?」
「実はね、内密にしてほしいんだけど・・・」
そう言って俺は昨日あった池上有希との出来事を西浦真美に話した。
「そんなことがあったんだ。それはやりにくいわね。うーん・・・」
「本当にやりにくいんだよ。今後、池上さんにどう接していいかわからないんだよ」
「とにかく普通に接していくようにするしかないんじゃない?最初はぎこちなくなるかもしれないけど」
「まあ、今のところ開発案件があるわけじゃないので、仕事で話すことはあまりないからいいんだけど、目も合わせられないよ」
「そうよね。それにしても水嶋君は登山バカだと思っていたけど、ちゃんと好きな人がいたんだね」
「いや、それは断るための理由というか、本当は好きな人なんていないよ」
「そうなんだ。なんだかつまらない。水嶋君の好きな人ってどんな感じか聞きたかったのに」
その話をした瞬間、休憩室のドアが開いた。入ってきたのは池上有希で、悲しそうな表情をして涙を流している。
「い、池上さん!もしかして今の話・・・」
すると池上有希は「水嶋さん、酷すぎます!」といってどこかへ走っていった。これはまずいと思ったが俺は追いかけようとはしなかった。西浦真美から「ちゃんと池上さんと話をしたほうがいいかも」とアドバイスしてくれた。そして俺は自分の席に戻ったのだが、池上有希は戻ってきていなかった。昼休みになっていつものように会社の外に出て昼食をとって、さっさと会社に戻ると池上有希の姿がなかった。気になった俺は後輩の児島信二に「池上さんは?」と聞いてみると「池上さん、さっき体調が悪いからって早退しましたよ」と答えた。俺は池上有希を傷つけてしまったことに罪悪感に苛まれていた。これはちゃんと池上有希と話をしなければならないと思ったが、明日はちゃんと出勤してくるだろうか。それにどんな話をすればいいのかわからないが、とにかく謝ろうと思った。そんなことを考えながら業務を続けていたが、池上有希の涙の意味が何だったのか考えていた。やはり西浦真美に話してしまったことなんだろうか。勤務時間が終わって退社して電車の中でもずっと池上有希の涙の意味を考えていた。
■ 2018年6月13日(水)
今朝は曇りだったが、念のために折りたたみ傘を鞄に入れておいた。今日、池上有希は出勤してくるだろうか。わからないが、出勤してきたらすぐに呼び出して話をしようと思う。いつものように10:00前に出勤して「おはようございます」と言って室内を見回すと、暗い表情をした池上有希が出勤していた。席に座ってすぐにパソコンの電源を入れて、池上有希に「どうしても話したいことがあるから、すぐに休憩室に来てほしい」とメールを送った。出勤後すぐに休憩室にいくのは不自然なので、日根野部長に「ちょっと別件があるため席を離れます」といって休憩室に向かった。池上有希が休憩室に来てくれるかわからないが、とにかく俺は休憩室の椅子に座って待っていた。5分ほど待っていると休憩室のドアが開いた。そして暗い表情をした池上有希が入ってきた。
「池上さん、来てくれてありがとう。あのね、本当にごめんなさい。俺、池上さんのことを傷つけてしまったと思う」
「うん・・・」
「でも、あの、言い訳になるんだけど、俺、池上さんと今後どう接していいかわからなかったんだよ。だから西浦さんに相談したんだけど、他の人に話すなんて最低だよね」
「違うんです。西浦さんに相談したことはいいんです。わたしも水嶋さんの前でどんな顔をすればいいかわからなかったので、それはいいんです」
「だったらどうして池上さんは泣いてたの?」
「水嶋さんが、わたしに嘘をついたからです」
「嘘って、他に好きな人がいるってこと?」
「はい。わたしは水嶋さんに好きな人がいるなら、自分は諦めようと思いました。水嶋さんがその好きな人と幸せになってくれればいいって思いました。でも、それが嘘だったなんて悲しかったです」
「そんなふうに想ってくれてたんだ。ありがとう。そして池上さん、嘘ついて本当にごめんなさい。それなら本当のことを聞いてほしい」
「本当のことって?」
「俺、会社ではこんな感じだけど、実は登山バカなんだよ」
「登山バカって何?」
「毎週のように登山に行って、夏は沢登りにいったり冬はバックカントリースキーしたり、仕事をしながらも頭の中は山のことばかり考えてるんだよ」
「そうなんですね」
「登山のことに必死で、登山のために仕事してるようなもんで、毎日毎日登山のことばかり頭にあって・・・だから、恋愛とか誰かと付き合うなんて考えられないんだよ。それより週末は絶対に登山に行きたいって感じで・・・」
「ふふ、それで登山バカなんですね」
池上有希の表情が少し笑顔になって笑いながらそう呟いた。
「誰かと付き合ったりすると週末にデートしたりしないといけないけど、俺は一人でいいから登山に行きたいんだよ」
「水嶋さんにとって登山が生きがいなんですね」
「うん、生きがいになってるね」
「でも、そんなふうに何かに必死に打ち込めるってある意味羨ましいです。わたしはそこまで必死になれることないので」
「だから、その、池上さんとも付き合えないんだけど、好きな人がいるなんて嘘ついてごめんなさい」
「そういうことならわかりました。これでスッキリしましたし、もうわたし大丈夫です。でもそれならちゃんと最初からそう言ってほしかったです」
「うん、そうだね。こんな俺だけど、これからもよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくです」
これで話は終わった。池上有希にちゃんと謝罪できて言いたいことを伝えることもできた。どうにも俺はこういうことには不器用なのかもしれない。そういえば、この出来事って2033年から届いたメールにも書いていたように思える。そう思った俺は勤務時間終了になって、すぐに自宅に戻ってパソコンの電源をつけた。そして2033年から届いたメールを見てみると「池上有希から告白される」と書いてある。そして「→他に好きな人がいるという断り方をして嘘だと気づかれてしまう」と書いてあった。俺はしばらくの間、このメールのことを忘れていたのだ。ちゃんと読んでいれば「他に好きな人がいる」なんて断り方はしなかっただろう。しかし、またもやこのメールの書いていることが現実に起こってしまったのだ。次は「一時的に西浦真美と不思議な現象が起こる」という内容のようだが、何が起こるのかわからない。とりあえず頭に入れておこうと思った。
■ 2018年6月16日(土)
今日は週末でいよいよ笹原莉奈と岩登りに行く日だ。昨日のうちに装備は準備しておいた。忘れ物がないかチェックもしておいたので大丈夫だろう。朝8:40を過ぎた頃、車にザックと岩登り用の装備を積んで駅前のロータリーに向かった。8:50にはもう駅にロータリーに到着した。すると山仲間である石岡秀之が喫煙所でたばこを吸っていた。石岡秀之は177cmの背丈で体を鍛えていて細身のマッチョ、少しクセのある長めの髪型で前髪を下ろしている。キリッとした目と高い鼻筋のイケメンといえる。俺は車を降りて「いっしー」と声をかけた。いっしーとは石岡秀之の呼び名である。いっしーは煙草を消して大きなザックを持って車のほうに向かってきた。「おはようっす」といっしーが挨拶してきたので「おはよう、いっしー荷物は後ろに積んでね」と言った。笹原莉奈はまだ来ていないようだ。9:00になったが笹原莉奈が来ない。連絡先を知らないのでどうしようか迷った時、駅の階段を走って下りてくる女の子がいた。笹原莉奈だ。荒知山で出会った時の紫色のジャケットに濃い茶色のショートパンツに黒のタイツ、登山靴は茶色で小さな赤いザックを背負っている。俺は「笹原さーん、こっち!」と大きな声で呼ぶとこっちに向かってきた。笹原莉奈ははぁはぁと息を切らしながら「ごめんなさい、わたし間違って駅の向こう側で待ってました」と言った。笹原莉奈との再会だ。
「笹原さん、おはよう。ちゃんと俺が北口だって伝えてなかったね。ごめんね」
「あっいえいえ。えっと、おはようございます、水嶋さん。今日はよろしくです」
「こっちは俺の山仲間の石岡秀之。俺はいっしーって呼んでるんだけどね」
「石岡さんですね。いっしーさんと呼んだほうがいいですか?」
「よろしくっす!石岡です。呼び方はどっちでもいいよ」
「じゃあいっしーさんって呼びますね。わたしは笹原莉奈です。莉奈って呼んでもらってもいいですよ」
俺は「だったら莉奈ちゃんって呼んででいいかな?」と聞いてみると「はい。そう呼んでください」と言った。
「ところで莉奈ちゃん、ヘルメットはちゃんと持ってきた?」
「はい、持ってきました。一昨日の夜、買ったんです」
「じゃあ荷物は車の後ろに積んで車に乗って」
「はい」
いっしーが助手席に乗って莉奈が後部座席に乗ると出発した。莉奈は車の中で何度か「わたしに岩登りなんてできるかなあ」と呟いていたので俺は「大丈夫だよ」といったり、いっしーは「全然いけるいける」と言った。俺が向かった場所は立奥岩というあまり人に知られていない場所だった。本来なら宝来峡というロッククライミングで有名な場所があるのだが、人が多いのが嫌だったのだ。細い道の広くなった路肩に車を駐車して、登山道でもない山中へ入っていく。莉奈が「ここ登山道ではないですよね?」と言ったので「登山道ではないけど、この先にちょうどいい岩があるんだよ」と言った。俺といっしーは毎年、ここにきて沢登りのためのロープワークの練習をしているのだ。山中を10分ほど歩いていくと立奥岩が見えた。15mほどの岩なのだが、横に登山道があって上に登っていける。そこからさらに上に登っていくと立奥山の山頂なのだ。しかし今日は岩登りの練習なので山頂までは行かない。
「莉奈ちゃん、この岩に登るんだよ」
「ええー!結構高いじゃないですか。わたしなんかが登れるんでしょうか?」
「そのために今日来たんだよ。大丈夫、ちゃんと登り方を教えるから」
「はい」
俺はザックから40mのロープとカラビナとスリング、ヌンチャク数本を取り出して横の登山道を使って岩の上まで登り、支点構築をしてロープを垂らした。岩の下に戻って母親のハーネスを莉奈に貸して装着するように言った。それぞれがハーネスとヘルメットを装着して莉奈に必要なギアを貸した。
「莉奈ちゃん、まず岩登りの基本は三点支持を意識することなんだよ」
「はい、三点支持ですね」
そう言って俺は莉奈に三点支持の説明をしていった。
「じゃあ莉奈ちゃん、俺が先に登っていくので見ておいて」
「はい」
「いっしービレイよろしく!」
そして俺はじゃんじゃんと岩を登っていった。莉奈が下から「早い!」と言ってるのが聞こえた。そして支点を手でタッチをして「いっしーOK」と大きな声で言った。そしていっしーはロワーダウンをして俺を岩から下ろしたいった。続いてビレイヤーが俺になっていっしーが岩を登っていく。またまた莉奈が「早い」と言った。そしていっしーが支点をタッチして「OKです!」と言うと俺がロワーダウンをしていっしーを岩から下ろした。俺は地についてカラビナを外すと「ビレイ解除」と言った。
「じゃあ続いて莉奈ちゃんやってみようか」
「は、はい!」
「ここにカラビナをつけてネジをしっかりしめてロックしてね」
「はい!えっとこれでいいですか?」
「うん、それでいいよ。ここの岩はホールドできるところたくさんあるから登りやすいと思う。あと腕で登るんじゃなくて足でハシゴのように登っていくように意識してね」
「わかりました」
ゆっくりと莉奈が岩に登っていった。慣れていないのか、どこに足を置いていいのか、どこにホールドしていいのか迷ったりしている。そんな姿を見ながら俺は「莉奈ちゃん、がんばって!」と声をかけた。少し時間がかかったがなんとか莉奈は支点にタッチをして「Okでーす」と大きな声で言った。俺は「じゃあロープを緩めていくから莉奈ちゃんはそのまま足元をみながら手は岩に触れないでね」と言ってロワーダウンをして莉奈を岩から下ろしていった。莉奈はカラビナをハーネスから取り外して「ビレイ解除」と言った。
「莉奈ちゃん、ちゃんと岩登れたね」
「でも、結構時間かかっちゃいました」
「それは慣れだよ。あと3セットくらいすれば、慣れてくるよ」
「そうなんですね。でも岩から下ろしてもらってる時、なんだか宙に浮いてるみたいで楽しかったです」
「ロワーダウンはなんか楽しくて気持ちいいよね」
「はい。楽しくて気持ちいいです」
その後、俺といっしーと莉奈は3人で3セットほど岩登りを続けた。莉奈は飲み込みが早くて3セット目はかなり早く登れるようになっていた。そしてバーナーを取り出してお湯を沸かして3人でカップラーメンを食べた。俺は「昼食が終わったら、懸垂下降の練習をして今日は終わろうか」と言った。
午後になって今度は岩の上から懸垂下降の準備をした。懸垂下降はそこまで難しいわけではないが、失敗したら命に関わるので必死にやり方を莉奈に説明した。
「じゃあ一番最初に莉奈ちゃんから懸垂下降していこうか。まず教えたようにATCにロープをセットして、カラビナに引っ掛ける。そしてカラビナのネジをしっかり閉めてロック。そして、ここでちゃんと体重を倒してもストップするか確認してみて」
「はい。えっとこうして、これでカラビナのネジを閉めてロック。体重を後ろに倒してっと。あっちゃんと止まります!これでいいですか?」
「うん。それで大丈夫。そしてゆっくりロープをゆっくり緩めていきながらゆっくり下りていく」
「わかりました。こんな感じですね」
「そうそう。じゃあそれで岩を下ってみようか」
「はい!じゃあ行きます」
少し怖い感じもしたが、莉奈はコツを掴んだみたいで岩をそろりそろりと懸垂下降をして下りていった。そして地についた時「できました!カラビナ外しますね!」と大きな声で言った。その後、俺といっしーも懸垂下降で下りていった。莉奈は「懸垂下降、超楽しいいです。もう一回やってもいいですか?」と言ったので、俺は「何度でもやっていいよ」といって2度目、3度目と懸垂下降の練習をした。もう疲れてきたのでそろそろ帰ることにした。帰りの車の中で「今日は楽しかったです!これで沢登りもいけますか?」と莉奈が言ったので、俺は「莉奈ちゃんは飲み込みが早いし、沢登りも余裕で行けると思うよ」と言った。車内でしばらく沈黙が続いていたが、俺はあることを思い出して話しかけた。
「ところで莉奈ちゃん。これから一緒に沢登りや登山に行くんであれば、連絡先を聞いておいてもいいかな?入山届も出さないといけないし」
「あっそうですね。わかりました。じゃあ駅に着いたら連絡先の交換しましょう」
そう言って、駅に着いた時、莉奈と連絡先の交換をした。莉奈は俺の自宅の最寄り駅から2駅向こうで意外と近くに住んでいることがわかった。あと莉奈の年齢は24歳で俺のもう一人の山仲間である村瀬真也と同じ年である。今日は莉奈は岩登りや懸垂下降のコツを掴んでくれたみたいで本当に良かったと思った。それにしても莉奈が俺の婚約者になるというのは本当なのだろうか。俺は莉奈に恋愛感情を抱いていないが、2033年のあのメールの内容だとそういうことになるようだが、今はまだわからない。