未来からのメール
■ 2018年5月7日(月)
今朝は少し憂鬱な気分だった。ゴールデンウィーク明けが月曜日というのは気が重い。せめてゴールデンウィーク明けが木曜日とか金曜日なら、またすぐに週末が訪れるのに、月曜日からだと次の週末まで5日もある。
朝からそんな気分になっていた水嶋祐樹はさっさと洗面所で顔を洗ってキッチンに向かった。母親がキッチンで朝食の準備をしていると「おはよう」と声をかけられた。「おはよう母さん」と言ってすぐにテーブルに腰かけるとテレビのリモコンでスイッチを入れて、朝のニュースを見ていた。母親がテーブルに朝食を並べはじめた。今日の朝食はコーヒーにトースト、スクランブルエッグとサラダという組み合わせのようだ。母親がテーブルに腰かけると「さあ、いただきましょう」と言った。父親がいないことに不思議に思ったので「父さんは?」と聞いてみると、母親は「父さんは今朝早く出勤していったわ」と答えた。今日は母親と二人で朝食かと思いながらトーストを一口食べると母親が話しはじめた。「祐樹は今年で30歳になるのよね?そろそろいい人いないの?」またその話か・・・と思いながら「そんな人いないよ」と答えた。「佳織は24歳で結婚してもう子供までいるのよ。それなのにあんたは登山ばかりで、もう少し将来のことについて考えなさい」と母親は言った。佳織は2つ年下の妹で24歳の時に結婚をして今は3歳の子供がいる。しかし、俺は22歳からはじめた登山に夢中で結婚や恋愛には興味がなかった。
「朝からそんな話すんなよ。そもそも登山をはじめに教えたのは母さんじゃないか」
「祐樹、母さんはね、あんたの将来が心配なの。このままずっと独身ってわけにいかないでしょ」
「だから婚活はしてるだろ。相手がなかなか見つからないけど・・・」
「あんた、どうせ登山の話ばかりしてるんでしょ?そんなんだから相手が見つからないのよ」
「わかったから、この話はもうやめてくれ」
母親との会話はこれで終わったが、両親と顔を合わせるといつも結婚や将来の話をされるのだが、正直面倒に思っている。それより週末はどこの山に登るかのほうが俺にとって大事なことなのだ。もちろん結婚について興味がないとはいえ、母親が言うようにこのままずっと独身のままでいるわけにもいかないので、時々はお見合いパーティーや合コンに参加して婚活はしている。しかし、これといった相手が見つからない。別に婚活で出会った女性に登山の話ばかりしているわけではないが、自分と気の合いそうな人と出会わないだけなのだ。
朝食が終わって部屋で着替えをする。俺の働いている会社は私服でいいのでわざわざスーツにネクタイなんて着なくてもいいいのは楽なのだが、毎朝の服装選びがちょっと面倒なところでもある。今日はカジュアル系の服装にするか。白の長袖Tシャツにジーンズ、黒のジャケットを着て出勤した。俺の働いている会社は電車一本で行ける場所にあるのだが、最寄り駅から会社のある駅までは40分ほどかかる。いつも出勤時の電車の中ではスマホで山の記事を閲覧しているのだが、今日はなんだか憂鬱な気分だったので車窓から外を眺めていた。
朝10時前に会社に到着した。月曜日は社内全体の朝礼がある。社長の会社に対する意気込みなどの話をしているが、ほとんど上の空で聞いている。ゴールデンウィーク明けの月曜日だというのに元気に話す社長はまるで超人のように思えた。少し長い社長の話が終わると社長秘書である西浦真美さんが「今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼は終わった。
自分の席に座り、パソコンを起動させた。ちなみに俺はシステム開発部に所属している。仕事はシステムエンジニアで社内のネットワーク環境やサーバーの管理をしている。今は社内のメール管理システムの開発をしているのでシステムプログラマーといってもいいだろう。パソコンが起動すると今まで憂鬱だった気分が仕事に集中する気分へと変わった。開発途中のメール管理システムはゴールデンウィーク前にプログラミングを終えていたので、あとはバグの修正とサーバー側の設定、動作確認テストといった感じだろう。開発スケジュールを確認していると、システム開発部の日根野部長から呼び出された。
「水嶋君、現在開発中のメール管理システムの進捗状況はどんな感じ?」
「プログラミングはもう終わらせていますので、あとはバグ修正とサーバー側の設定をすれば、動作確認テストをする予定です」
「なるほど。では今週中には終わらせて、来週の頭から本番環境で稼働させられそうだね」
「はい。動作確認テストが終われば、本番環境に移行させて、来週から稼働させようかと思っています」
「じゃあ、来週から稼働させるということを社内案内しておくのでよろしく」
「わかりました。では失礼します」
自分の席に戻ってメール管理システムの画面を見ていると、デザインのレイアウトが少し崩れていた部分を見つけた。すぐにデザイン担当の池上有希に伝えた。この開発メンバーのリーダーは俺で一番年上なのだ。他のメンバーは年下で後輩であるので、俺が先頭に立って小さなミスまで探し出さないといけない。少しのミスが大きな障害につながることさえあるので、几帳面になってしまう。その分、仕事が終わった後に疲れがどっとくるのだ。
午後になり、サーバーの設定をしていた俺に話しかけてきたのは開発メンバーの一人で俺のプログラミングのバグやミスを確認してもらっている児島信二だった。
「水嶋さん、ここのプログラムのロジックなんですが、設計書と少し違うように思うのですが見てもらえますか?」
「ああ、ここはね、セキュリティのことを考えて処理が停止したらログに出力するようにしたんだよ。ごめん、設計書に書き忘れていた」
「そうだったんですね。わかりました。僕のほうで設計書も修正しておきます」
「ありがとう。じゃあ設計書の修正もお願いするね。ここ以外でおかしなロジックとかなかった?」
「今のところ大丈夫です」
「了解。じゃあもうすぐプログラミングの確認も終わりそうだね。終わったらみんなで動作確認テストを開始したいのでよろしくね」
「わかりました」
児島信二は細かいところをよく見てくれているようで本当に助かっている。この調子だと予定より早く本番環境へ移行できそうだ。ここで少し休憩でもするか。席を離れて会社の休憩室に行くと、社長秘書である西浦真美が座っていた。「お疲れ様です」「お疲れさま~」と挨拶をした。休憩室にある自動販売機で缶コーヒーを買って休憩室の椅子に座ると西浦真美が話しかけてきた。
「水嶋君、ずいぶんとお疲れのようね」
「連休明けってのがあるからかもね。西浦さんはゴールデンウィーク中にどこか行ったの?」
「わたしは実家に帰省してたわ。水嶋君はやっぱ山に行ってたの?」
「一泊二日でバックカントリースキーに行ってた。あとは家でゴロゴロしてたかな」
「ふーん、そうなんだ。ゴールデンウィークに一人で家でゴロゴロか・・・ちょっとさみしいわね」
「何もさみしくなんかないよ」
「そう?せっかくの連休なんだから彼女と過ごしたりしたいって思わないの?」
「全く思わないね。そういう西浦さんは実家に帰省するより彼氏と過ごしたいって思わないの?」
「いい人が現れたらそう思うかもね」
西浦真美とは休憩室でよく会うことがあって、こういう何気ない話をしている。俺の一つ年下だが、会社の中では一応先輩というか立場としては上にあたる。まあ、会社の中で最も仲が良いと思えるのは西浦真美かもしれない。西浦真美は黒髪でサラサラのロングヘアーに大きくクリッとした目で細身の美人といった感じだ。最初に見た時はあまりの美人さにドキッとしたこともあったけど恋愛感情などない。これほどの美人なのに未だに彼氏がいないのは不思議なくらいだが、話してみるとわかる気もしてきた。おそらく美人すぎて誰も近寄りがたいのだろう。
19時になり勤務時間が終わった。この会社では残業する社員が多くいるのだが、俺は必要でなければ定時に帰宅するようにしている。残業なんて定められた時間内に仕事をこなすことができなかった能力不足である社員がすること。もしくはオーバーワークで一人でこなせない仕事量を抱えた社員がすること。そもそも俺は残業が大嫌いなのだ。
帰宅中の電車の中、スマホで週間天気予報を確認していた。週末の土日の天気は雨となっていてガッカリした。仕事で一週間頑張れるのは週末の登山があるからこそなのだ。天気が雨ならば週末は家でゴロゴロするしかない。そんなことを思いながら次に行く山を探すために山記事を確認していると、あっという間に最寄り駅に到着した。
家に帰宅したのは20時過ぎ。キッチンのテーブルには母親が用意してくれていた夕食が並べられていた。今夜はハンバーグか。夕食が終わって風呂でシャワーを浴びて部屋に入った。部屋にあるデスクトップパソコンの電源を入れた。ゴールデンウィーク中に行ったバックカントリースキーの写真を整理してブログ記事に投稿するのだ。その前にメールソフトを起動させて、プライベートのほうのメールをチェックすることにした。ニュースメールやDMなんかのメールが数件届いていたが、興味がないので全て既読状態にしてしまうのだが、その中に一件だけ謎めいた件名のメールが届いていた。それは「2018年5月の俺へ」という件名であった。変なメールだと思いつつも気になってメールの内容を見ていると次のように記載されていた。
”
2018年5月の俺へ
信じられないかもしれないけど、俺は2033年の水嶋祐樹だ。
2018年5月の俺へ未来からメールを送ることにした。
このメールのことを信じてもらうために、これから俺に起こることを伝えておく。
1.近々、俺は会社で大きなミスをして社内中が混乱する
→原因はスペルミス
2.会社で大きなミスをした次の週、俺は39度の高熱を出して食事も喉が通らない
→原因は喉の腫れ。何も食事をしないで薬を飲んでも効果なし。卵雑炊を食べること
3.山で婚約者になる人と出会う
→名前は笹原莉奈
5月に起こることは以上。
未来からメールを送ったのは他に警告すべき理由があるから。
しかし今回はここまでにしておく。
またメールを送る。
このメールのことに関しては他言無用。
2033年の俺より
”
変な内容のメールだが、こんなのは誰かのイタズラに決まっている。差出人を見てみると水嶋祐樹となっていたが、このメールアドレスに覚えはない。メールアドレスのドメインを調べてみても、そんなドメインは存在していなかった。メールの詳細をみてみると送信日時等は文字化けしているが、2033という表記だけは残っていた。スパムメールにしてはおかしな内容だし、こんなイタズラをする人物に心当たりはない。水嶋祐樹という名前が記載されていることからして気味が悪いメールだが、消さずに保存しておくことにした。タイムマシーンなどといったオカルト的なことに興味はあったが、未来からのメールが自分に届いたというのは信じがたいしバカバカしいとまで思った。とりあえず、こんなメールのことは気にしないでおくことにした。