2弾:成人の儀式
成人の儀式を迎える朝。
いつもと同じように目を覚まし、いつものように朝食をいただく。
違うのは母の表情くらいだろうか。
「アレク、今日はあなたが待ちに待った心刃を授かる時がやっと来たわね」
息子の待望の日とあって母親の表情も明るい。
「今までのアレクの努力は母さんが一番よく知っているんだから、きっと神様も特別な心刃を授けてくださるはずよ」
これまでの俺が努力する姿を見てきた母親の力強い言葉に励まされ、根拠のない自信が溢れ出してくる。
「母さん期待しといてよ!誰にも負けない凄い心刃を授かって、俺は魔王を倒してこの世界に平和を取り戻してみせるから!」
ついつい力が入り過ぎて、席を立ち拳を握り締めながら大言を吐いてしまった。
相手が母親だろうと少し恥ずかしくなってきた頃、母は嬉しそうに微笑み、「アレクならきっと出来るわ」と言ってくれた。
その言葉は俺の事を心から信頼しているようですこぶる照れくさかった。
朝食を済ませ、母親に見送られながら教会へと向かう。
残念ながら母さんは仕事があるので一緒には行けない。
村の中心にある教会の周りには今日、成人になる子供らの晴れ姿を見ようとたくさんの人集り、中には優秀な心刃を授かった成人を自身のパーティーへスカウトする為だろう、現役のブレイバーの姿も見える。
そんな人垣を掻き分けて、教会の中へと踏み込めば、すでに俺以外の成人を迎える子供達は揃っているようでどうやら俺が最後だった。
空いている席に座るため、最前列の一番端へ移動する途中、みんなから「遅せぇよ!」みたいな視線で刺されたが気にしない。
着席し、一息吐く暇もなく全員が揃ったのを確認した神父様が一段高くなっている壇上に上り、教会内を見渡し、俺達を一瞥すると声を張る。
「静粛に」
流石に教会内で大声で話すような輩はいなかったが神父様の声にザワザワと響いていた話し声はピタッと止んだ。
「これより成人の儀式を執り行う」
壇上に居並ぶ、この村の村長にブレイバーギルドのマスター、教会に仕える教徒達が改めて姿勢を正す。
「本日は新たな成人を祝うが如く、晴天にも恵まれ、神は彼等を歓迎するであろう」
ついに始まったと思いつつ隣を見れば、みんな緊張しているようで椅子の上で固まっている。
「それでは一人ずつ行う。名前を呼ばれた者は壇上へと上り、神への祈りと決意を示したまえ」
神父様は正面から少し横にずれると名前を呼ぶ。
「クラフトの息子、ブッシュ」
呼ばれたのは俺の隣に座る緊張芳しい青年。
普段はジンバの腰巾着のようについて回り、ジンバがいる時に限り俺に突っ掛かってくるヤツだ。
「はいっ!」
極度の緊張のせいで左右の手足が一緒に動いており、教会内に小さな笑いが起こる。
それでも本人は緊張で気付いていないのかそのまま壇上へと上がると膝を着き、手を組んで祈りを捧げる。
窓から射し込む朝の陽射しが角度を変えて、スポットライトのようにブッシュに集まりだすと教会内は眩しい光に満たされ、俺はあまりの眩しさに手で視界を遮る。
光が徐々に弱まり、視界を遮っていた手を退かすとブッシュの前には一本の槍が浮かんでいた。
「ブッシュ、受け取りなさい」
奇跡を体験し、放心しているブッシュに神父様が優しく告げる。
ブッシュは神父様に言われるがまま、槍に手を伸ばすと槍は光の粒子となって体へと吸い込まれていった。
まだ、実感が沸かないのかブッシュは手を引かれて、壇上に控える教徒達の元へ連れて行かれる。
これから行われるのは【心刃】の能力の確認だ。
教徒の指示に従い、【心刃】を発現させると何やら石版のような物を近付けられる。
「こ、これはっ!?」
教徒の驚いた言葉に教会内の人々の意識が惹き付けられる。
教徒が足早に石版を神父様に渡すと一瞬、神父は眼を見開くも冷静な声で結果を告げる。
「クラフトの息子、ブッシュの【心刃】はランクB」
静まり返る教会は次の瞬間、歓声と祝福の声で溢れる。
【心刃】には強さのバロメーターであるランクが存在し、上からS・A・B・C・D・E・F・Gとある。
ブッシュの授かったランクBは8段階中、上から3番目と高位の心刃であり、年によっては一人も出ない年があるほど、かなり珍しい。
ブッシュは壇上で自身の【心刃】のランクを聞いて、驚愕と喜びで両手を握り締めてガッツポーズをとっている。
例年でも稀にみない幸先の良い結果に教会内には期待が高まる。
行きとは大違いに軽やかなスキップで席へと戻るブッシュ。
ジンバには「俺、やりました!」みたいな顔をしていたくせに俺には「へっ!見たか!」みたいな顔をしてきて、ちょっとイラッとした。
「次はロイドの娘、マリー」
ブッシュが席に着くのを確認すると神父様は次の名前を呼ぶ。
「はいっ!」
今回、成人になる子供は俺を入れて5人。
ブッシュの結果が良かったからか、マリーにも期待する空気が流れている。
マリーも同じように祈りを捧げ、教会内に溢れ出す光。
マリーの前に顕れた【心刃】は弓。
同じように確認されて、皆が期待しながら見つめる中、紡ぎ出された結果はランクC。
ブッシュよりランクは一段下がるがランクCも十分に高位の【心刃】と言える。
その為、教会内のボルテージは上がり、そこかしこから今年は豊作だ、なんて言葉が聞こえてくる。
そして、儀式は終わらない。
次に神父様が告げた結果は・・・。
「エールの娘、サシャの【心刃】はランクB」
「「「おお~~!!」」」
3回続けて高位の【心刃】が出たこともあり、例年とは異なる様相で繰り広げられる成人の儀式は異様な盛り上がりを見せる。
この雰囲気に呑まれたのか次に呼ばれるであろうジンバの表情は強張っていた。
「次はラリーの息子、ジンバ」
「は、はい!」
皆が固唾を飲んで見守る中、重い足取りで壇上へと向かう。
プレッシャーのせいか、固い動きで祈りを捧げるジンバ。
光に包まれ、顕れた剣をしまうと緊張した面持ちで結果を待つ。
「こ、これはっ!凄い!」
教徒のこのリアクションは完全にフライングである。
そのせいでさっきまで血の気の失せた青い顔をしていたジンバの表情に余裕が戻る。
「ラリーの息子、ジンバの【心刃】はランクA」
その瞬間、歓声が爆発する。
ランクBならば、かなり珍しいが全くいないわけではないのだ。しかし、ランクAになると10年に一人出るくらい。
Sランクに関しては最早、伝説と言われ、現在では確認すらされていない眉唾物のため、実質的にランクAの【心刃】を得た者は勇者や英雄のような扱いを受ける。
壇上で固唾を飲んで見守っていたジンバの父、村長も喜びのあまり飛び出してジンバと抱き合っている。
今、教会内で唯一喜べないのはまだ儀式を済ましていない俺だけだろう。
正直、これまでの結果を想像していなかった身としては最後に呼ばれるのは勘弁してほしい。
それでも無情にも俺の名前は呼ばれる。
「メアリーの息子、アレク」
「はい!」
ゆっくりとした足取りで壇上に向かう。
背中に受ける期待の視線は重く、鉛を背負っているようだ。
「さあ、祈りを捧げない」
神父様に促され、膝を着き、手を組んで必死に祈る。
「(神様、お願いします!)」
光に包まれ、一瞬のことなのに長く感じる時間が過ぎて、ゆっくりと瞼を開ける。
目の前には一対の黒い鉄の塊。
それは前世で見たことのある二丁の銃だった。
所々で「あれは何だ?」と声が上がっているが銃の存在もそして、その威力も知っている俺は内心でガッツポーズを決めて、教徒の元へ颯爽と向かう。
案の定、「こ、これはっ!?」と声を上げた教徒を尻目にしたり顔をして、神父様の発表を待つ。
「メアリーの息子、アレクの【心刃】はランクG」
神父様の発表を聞いた皆は口を閉ざし、恐ろしいほどの静寂が訪れた。
俺はまさかのランクGに聞き間違えたかと思い、自分の耳を疑い、神父様に尋ねる。
「神父様、すいません。ランクGと聞こえたのですが間違いですよね?」
しかし、無情にも神父様は首を振り、もう一度俺にランクはGだと告げた。
そして、そのやり取りを見ていた衆人達から笑いが漏れ出す。
「最後の最後にランクGの【心刃】を授けるなんて、神様もオチを分かってるねぇ」
誰が言ったかわからない、一言で教会内は爆笑に包まれてゆく。
あれだけ期待していた俺はドン底に突き落とされたように膝から崩れゆき、目の前の視界がグニャリと歪むのをただただ感じていた。
気付けば儀式は終わり、どうやって席に戻ったのかも思い出せない中、ボンヤリと今朝の母親との会話を思い出していた。
あれだけ見栄を張っていきったのにこの結果では目も当てられない。
「よう!アレク。残念だったな!はっはっは」
声を掛けられ、ゆっくりと視線を上げれば、そこには供に儀式を受けた4人が立っていた。
「どうやら神様はお前を見放したみたいだな!今までさんざん、俺達の事をコケにしていた罰だ!」
「そうだ!そうだ!」
今までの鬱憤を晴らすかのように4人は俺に対して罵ってくる。明らかに自分達の方が高位の【心刃】を手に入れたことで高揚しているのだろう。
「何が最強の【心刃使い(ブレイバー)】になるだ!ランクGだったお前はもう終わったんだよ!ギャハハ」
人の事を見下し、蔑む笑いが癪に障る。
「そうだ、俺達4人でパーティーを組むことにしたんだ」
俺の反応が楽しいのかジンバの口の端が吊り上がり、醜悪な笑顔になる。
「でも、お前はいらねぇ!足手まといは邪魔だからな!ギャハハ」
「ジンバさん、仲間外れは可哀想っすよ!せめて、雑用係にしてやったらどうっすか?あっ!でも、ランクGじゃ、すぐに死んじゃうか?ヒッヒッヒ」
「ちがいねぇ!せいぜい、ママに慰めてもらえよ!よわっちいランクG野郎!」
言いたいことは言ったのだろう。
4人は揃って、教会を出ていった。
俺は4人に振り返ることもなく、ただ残念な結果を母親になんて伝えようと考えて、落ち込むのであった。