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ビブリオテーカ ~黒魔女の物語を綴る~  作者: マソラ
第1章 冒険のはじまり
9/21

夜を駆ける者

 フラン:なんか、【精霊魔術:夜精霊】っていうのを覚えてるみたい。

 ルプス:夜精霊? それは知らないやつだ。 

     他の精霊とかも行使できると思うんだけど、他のは?

 フラン:や。夜精霊だけ。

 ルプス:まじ? となると、一点特化型なのかも。


 私のできること……魔法についてルプスと相談したときのことを思い出す。


 ルプスも魔法使いについてそこまで詳しくはないため、私の覚えている【精霊魔術:夜精霊】というのが特殊なものかどうかは判断ができない。フランの旅路にも、これが特別な力だとか才能だとかは記述されていなかった。

 精霊魔術というのは、このヒストリアの世界をつくりだす精霊たちの力を借り、世界の理を書き換える魔法らしい。精霊は意識を持たず、意思を持たないが、たしかに世界をつくりだしている存在だ。

 たとえば、炎には炎の精霊が宿り、水には水の精霊が宿る。

 そして、私が契約しているのは夜に宿り、夜をつくる夜の精霊たち。

 昼間は日の精霊が活発化し、夜は夜の精霊が活発化する。

 そうして、この世界の朝昼は廻っている。


 昼間でも夜精霊の力を借りることはできるけど、その力は夜間時の半分にも満たない。

 私が自身のスペックを完全に発揮できるのは、夜間のみなのだ。

 

 場所は騎士団支部前であり、路地から様子を伺えば、門前には見張りの兵士が二人立っている。

 門上には松明が掲げられ、闇の中でも確かな光を作り出している。

 けれど、この夜の中で、完全に闇を消すことなんてできない。


 私は再びフードを被り、自分の身を隠し、闇の中へと姿を沈めていく。

 夜の精霊は、闇、静寂、眠り、秘密を司る。

 私がこうして夜闇と一体化していくのは、精霊魔術のひとつ『夜を駆ける者(ナイトランナー)』の力によるものだ。私は夜とひとつとなり、身体が溶けていくのを感じる。まるで、自信が泥となり、汚泥とひとつとなる気分だ。


 『夜を駆ける者(ナイトランナー)』は、一定時間、自信を夜闇と一体化させ、光無き闇の中を移動できるという魔術だ。有効時間は短いが、夜間であれば空中さえも移動できる。姿と移動時の音を消せるというのが最大の利点であるけども、私にとっては移動速度が著しく上がるのも嬉しい。フランちゃんってば、小柄だから素早く移動するのも一苦労なのだ。


 路地から夜闇の中を滑るように移動する。

 松明の光を避けて塀近くまで移動し、意識を中空へと向ければ、そのまま体躯は夜の空気の中へと飛び上がっていく。身体が闇に溶けているため、泳ぐとか飛ぶだとかという感覚は無く、夜精霊の力を信じてその身を委ねている感じだ。


 私は執務室へと最も近い窓の傍まで来ると、壁へとその身を溶かし、身体を平たく変貌させていく。

 ただの影となった私は、窓の隙間からその身を通し、廊下へと降り立つ。

 廊下の端から端を見渡し、誰もいないことを確認したと同時に、『夜を駆ける者(ナイトランナー)』の効果が消え、私を塗りつぶしていた闇が払われる。


「さてさて、潜入成功」


 正直、ここまで来るのに効果時間ギリギリで焦っていた。

 窓の隙間を透り抜けるときに効果が切れそうになったときは、やばばばって感じだった。

 そして、この廊下に誰もいないのも、幸運だったといえる。


 私は正面に待っている執務室の扉へと手を掛けて開けようとするが、ドアノブが回らない。

 どうやら鍵がかかっているらしい。


「まあ、普通はそうですよね。さて……」


 私は意識を集中させ、周囲に漂う夜の精霊たちに語りかける。


「――我が身を夜に。我は夜を駆ける者」


 その詠唱が終わると同時に、私の身体は再び闇に溶けていく。

 影へとその身を変異させると、扉の下にある隙間を潜り抜け、室内へと這入る。

 室内の灯りは無く、真っ暗だ。ただ、私にとっては落ち着く空間でもある。

 夜の精霊との契約による加護で、私の瞳は暗順応が早く、順応が完了すると昼間と同様の視界を取り戻すことができる。路地裏ですでに暗順応は完了させていたため、問題なしに動き回ることが可能だ。


 室内に誰もいないことを確認すると、私は闇から実体へと姿を戻す。


「本丸にも潜入成功。……しかし、私のやっていることって魔法使いというより、盗賊ですよね」


 独り言を呟き、苦笑しながら、私は執務室にある大きな机へと近づく。

 机上を見れば、作業途中で業務を放り投げたのか、書類や羽ペンが散らかっている。私は近くの書類を拾い上げて内容を読めば、どうやら兵士からアーシャに向けた村人消失事件の報告書のようだった。事件の顛末が記載されており、それはジフから聞いたものと相違ない。


「……でもジフは嘘を吐いている。ということは、騎士団全体での隠蔽? いや、全体はちょっと言い過ぎですかね。少なくとも、ジフとこの兵士は虚偽の報告をアーシャに挙げている」


 報告書を隅から隅まで読み込めるほどの時間は無いが、報告書の最後に書かれている乱れた文章に視線が移動する。明らかに、それは兵士ではなく、誰かがメモのように走らせた文章だ。


フラン …… ヒト。根暗。魔法使い。私の贅沢にケチつけてくる。弱い。酒にも弱い。

ルプス …… ストリム。強い。でも私に挨拶ない。→ 失礼。


「……うええ」


 アーシャ視点での人事査定だった。まあ、私が根暗で弱いっていうのは、私でもわかっていることではあるんだけど、他人からそういう評価されていると思うと、ちょっとがっくし来る。ついつい、そのメモ書きの横に「根暗で悪かったですね」と書き加えてやろうかと悪戯心が芽生えるけども、潜入している身でそんな馬鹿なことはしない。

 メモ書きの最後は、短い一文で締められていた。


 『ライはどこ行ったんだろ』


「……ライ?」


 文脈からして、名前っぽい。

 この一文ではどうにも事情を汲み取るのは難しいからわからないけど、ライってのはどういう奴なんだ? アーシャの友人? 知り合い? いや……それとも、消えた村人の一人?


 情報が足りない。そもそも、私は情報を入手するべく、この場所に来たのだ。

 ライという人物のことは頭に片隅に置いておき、さっそく机を中心に書類などを流し読みしていく。

 何百といえる書類の中から、重要そうなタイトルをピックアップし、それを流し読みしていく作業は、思った以上に堪える。何分……いや、恐らく数時間ほどして、私は書類を読み終える。


「……疲れた」


 ただ、疲れただけに見返りはあったし、危険を冒した報酬はあった。

 ただ、最後までライという人物について不明だというのが、気がかりではある。


 窓の外を見れば、まだ夜ではあるが、しばらくすれば日の精霊が起き出すだろう。夜の精霊たちも、そろそろ眠くなってきたなんてことを言っている。

 タイムリミットと判断し、私は机の周りを片付け……ああいや、片付けちゃ駄目なのか。汚くしたまま、三度夜闇へと溶け込み、執務室を後にした。


■ ■ ■


「おう、おかえり」


 宿屋の受付前にあるベンチに、ルプスが座って待っていた。

 片手に酒ビンを持ち、もう片方の手に骨付き肉を持った状態でだ。


「……マジで、ぶっ殺したいです」

「まあ、待て待て。俺もちゃーんと、今の今まで情報を集めてたんだ。この酒と肉は、それに必要なコミュニケーションツールなんだよ。だいたいの奴は、酒と肉があれば気持ちよくなって、ついつい口をすべらせちまうんだって」

「……師匠の言う通り、酒はやっぱり人を駄目にしますね。……さて、それじゃ互いの情報を共有しますか」


 二人でルプスの部屋へと移動し、私たちは集めた情報を共有することにした。

 ルプスは予想通り酒場を何件も梯子し、兵士、店主、ウェイトレス、村人に対して聞き込みを続けたらしい。


「まあ、わかったことと言えば、事件については、ジフの野郎が言っていたことと一緒だったよ。兵士に限らず、村人も同じ認識だったから間違いねえ。消えた奴は、決まって若い女性。まあ、お決まりのパターンだな。消えたときの目撃情報からして、アルブムってのも間違いない。だから、まあ、アルブムの拠点探して、ぶちのめせば事件解決にはなると思う」

「……詳しくないので教えて欲しいのですが、アルブムは拠点などをつくるものなのですか?」

「拠点……つーか、あいつらは自分たちの領域をつくるんだよ。まあ、異世界が次第にこの世界を侵食してるって感じだ」


 ルプスはこれを好機に、アルブムについて説明を追加する。

 今、この世界の三割程度はアルブムに奪われた異世界になりつつある。領域内は人が生きる環境ではなく、領域内に侵入可能なのは導き手に限られる。これが、アルブムへの対抗手段を導き手が持っていると言われる理由だ。


「……アルブムは若い女性を攫って、自分たちの領域にお持ち帰りしているわけでしょう? 何をしようとしているんですかね」

「さあな。あいつらと対話できればいいんだろうが、言語が違うせいか、何言ってるかさっぱりわかんねえ。ただまあ、安直に考えれば、繁殖じゃねえか? 若い女つったら、そうだろ」

「……ええ、まあそうですけど」


 ルプス:あ、ごめん。こういう話苦手だったね。

 フラン:別にいいよ。大丈夫。


 私の反応を見てか、チャットにて詩織から謝罪が来る。

 まあ、ちょっと苦手なのだ。そういう関係の話題が。恥ずかしいとかじゃなくて、なんていうか、上手く言葉に出来ないけど、そういうことを軽々しく口にして良くない……と思ってる。


 ほんの少しだけ生まれた気まずい静寂を打ち破るべく、私は口を開ける。


「まあ、アルブムが関係しているということは確定で良いでしょう。じゃあ、私の調べた情報ですが……まあ、簡単に言ってしまえば、アーシャは白、ジフは黒よりのグレー……ということですね」

「根拠は?」

「アーシャの執務室にあるやけに豪勢な品々を見て、最初は村人をどこかに売り払って金でも得ているのかと思いましたが、あれは普通に私財でしたね。どうやら浪費癖があるらしく、ストレスがあるとついつい何でも買っちゃうみたいです」


 私財といっても、彼女の懐に入る金は税が元であるため、私財……とは言えないのかな?

 アーシャの日誌に、嫌なことがあった後に、○○を購入した、またやってしまった。と、後悔しているような一文があり、間違いないと思う。


「あと、アーシャはこの最前線を構築するにあたり、首都から派遣された偉い人の娘さんみたいですね。なんで自分がこんな危ないところに! って愚痴がめちゃくちゃ書かれてました」

「まあ、気持ちはわからなくもねえなァ」

「ジフについてですが……まあ、正直なところよくわかりませんでした。執務室に、彼からの報告書とかもあったんですが、いたって普通のものでしたし、裏取りはちょっと難しそうです」


 少なくとも、アーシャは間違いなく敵じゃない。信用できるかは微妙だけど(私のこと嫌いそうだったし)、少なくとも事件解決について私たちに協力して欲しいと思ってるのは間違いない。それに、ジフが怪しいと感じている現状では、アーシャの方が、私たち導き手を探していたという行動が誠でないと整合性が取れない。


「……なるほどなあ。じゃあ、これらどうする? アルブムの拠点探しってのが、セオリーな気がするが」

「ふむ。検討とかつけられるものなんですか?」

「見つかれば、すぐにわかる。けどまあ、見つからないときは、見つからねえし、こればっかりは運だなあ」


 ルプスは導きの書を開き、旅路を読んでいるらしいが、情報共有しても、先のことについてめぼしい情報は無いらしい。

 私もそれに倣い、旅路を読むが、たしかに先のことについて『フランは調査を再開した』としか書かれていない。

 うーん……ゲーム的に考えれば、まだ物語を進めるフラグが足りないのか? と思うが、このゲームは、物語であることを前提としている。そして、いつも物語を動かすのはキャラクターたちだ。キャラクターたちが、物語を、世界を終わりへと導いている。であるならば、そんなフラグとか無視して、一直線に勝利に向かうのもありじゃない?


 ……ここらで、ちょっと大きく動いてみるのもいいかもしれない。


「よし、決めました」

「ん、嬢ちゃん。何を決めたって?」


 ルプスは、私の言葉ににやりと口角を釣り上げる。獰猛な笑み、とでも言えばいいのだろうか。その表情からは、何か面白そうなこと考えついたなら混ぜろ、と言いたげだ。


「この村周辺を歩き回ってアルブムの拠点を見つけるのは、面倒くさいです。私、長時間歩くの嫌いですから。だから、もっと近道しましょう」


 それに、きっと……物語の読み手たちも、そんな長々と歩き回る展開は望んでいない。

 いや、読み手なんていないけど、でも、物語を面白くした方が、思い出深いじゃない。


「……ルプス。あなたの鼻なら、私のこと追えますか?」

「ああ、牙の民(ストリム)なら、匂いが消えるまでなら追跡は可能だぜ。なんなら、香水とかしてもらえれば、もっと追いやすい」

「なるほど。じゃあ、やっぱり、私が攫われた方が良さそうですね」

「……あ?」

「ですから、私が攫われて、それをルプスが追跡すれば、アルブムの拠点がすぐにわかるじゃないですか。幸運なことに、私は杖もいらないので、ナイフとローブさえ脱げば、単なる町娘になります。囮役としては最適でしょう」


 ルプスは、「お前なあ」と大量の毛髪がある頭をがしがしと掻く。しかし、すぐにあの獰猛な笑みを浮かべて、言い放つ。


「そうするか。嬢ちゃんなら、大丈夫だろ」

「決まりですね」


 前も言った通りだ。

 攫われるのも、攫われるのを助けるのも、どちらも美味しい役回りだ。

 それが私と詩織の共通認識であり、停滞した展開を打破する一手になり得るのであれば、やっちゃった方が良いに決まっている。

 単独行動は心細くもあるけども、夜中の冒険をクリアして来た私は、ちょっとハイになっていた。私もやれば出来るんだ! って気がしていた。なにせ、酒場では役立たずだったし、ろくな攻撃魔法も持ってないしで、ちょっと落ち込んでいた。けど、私にも出来ることがあるんだという実感が、ちょっと危険な選択肢を選ぶ後押しをしていた。


 私とルプスはハイタッチをし、互いに最善を尽くすことを誓い合う。

 窓の外からは白い光が差し込み、夜が明けて朝が来たことを告げる。

 そして、それは作戦開始の始まりでもあった。

 

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