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ビブリオテーカ ~黒魔女の物語を綴る~  作者: マソラ
第1章 冒険のはじまり
8/21

対談

 アーシャから依頼を受けた導き手だという話を入り口の兵士にすれば、すでに話は通っていたらしく、すんなりと私は支部内へと這入ることができた。


「こちらでお待ちください」


 案内役の兵士が私にそう告げると、他の部屋よりもわずかに凝った装飾が成された扉を数回ノックする。規則的なリズムではなく、不規則的なリズムだ。ノック回数は二十数回に渡り、それが終わった後に、室内の方から扉が開けられる。恐らく、ノックは符丁のようなものだったのだろう。


 顔を覗かせたのは、アーシャの隣にいたジフという名の騎士だ。

 精悍な顔つき、年齢は(葉子)よりも上の二十代であり、フランちゃんからすれば、見上げなければ顔がわからないほどに身長差がある。そしてその慎重に見合った頑強な体躯が、鎧の上からも伺える。間違いなく、鍛え上げられた本物の体躯だ。


 ルプスが細マッチョならば、ジフはムキムキだ。

 ま、私は、筋肉フェチじゃないのでそこまで評価対象じゃないけれど。


 ジフは鋭い目つきで私の方を見ると、しばらく黙った後に、口を開く。


「なぜ、顔を隠す」


 どうやら、私がフードを被って顔を隠しているのが怪しまれているらしい。

 そりゃ、そうだ。私はフードを脱ぐと、素顔を見せてビジネススマイルを向ける。


「気を悪くされたらならば申し訳ありません。魔法使いという者は、色々と隠したがりなのですよ。そのため、普段はこうして顔も隠させてもらっているんです」

「……まあいい。入室を許可する」


 ジフはそう告げると、案内役の兵士に「戻ってよい」と告げて、室内へと踵を返す。

 私もその後を追えば、そこが明らかに異質であることがわかった。


 石畳ではなく、跳ね返りを感じる赤い絨毯。

 一目見ただけでわかる名高い芸術家の作品たち。

 華やかな装飾がなされた家具と、明らかに飾りに特化した鎧と飾り剣。

 そして、執務室の中心にて、アーシャが優雅に茶を楽しんでいた。

 この煌びやかな部屋に、彼女の美しさと気品さがよく似合っている。むしろ、この室内のみが、彼女に許された世界のように感じる。


 アーシャは私を一瞥すると、座ったまま私に声を掛ける。


「驚かれましたか?」

「……ええ、まあ。正直、驚いてますね。よく、ここまで集めたものだと……。私見ですが、この部屋の物だけで、十年は遊んで暮らせます」


 導きの書の「旅路」を読んでいないため、確かなことは言えないが、おおよその品々の価値がわかる。不思議な感覚だった。(葉子)は知らないはずなのに、(フランちゃん)は知っているような、奇妙で恐怖もあるが、不快感はない。


「おや、目利きが出来る方でしたか?」

「多少、齧った程度ですので、間違いがありましたら、申し訳ありません」

「いえ、間違っておりませんよ。私がこの目で選び抜いた、本物のみです」


 アーシャはそう言うと、右人差し指を自分の右瞳の下に当てる。

 それではしたなく舌を出せば、あっかんべーとなるのだが、彼女はそのまま話し続ける。


「私、真贋を見分けることには長けておると自負しておりますの。なので、私が選んだあなた方が、私を困らせている事件を解決してくれる()()の導き手であると確信しておりますわ」


 こんな軽口の中でも、しっかりとプレッシャーをかけて来る。

 アーシャの表情は優しい笑みではあるが、間違いなくその瞳は笑っていない。

 あまり口喧嘩が得意ではない私(どちらかというと、口喧嘩が強いのはギャル妹だ)としては、言葉での戦いはしたくない。そういう駆け引きとかは、苦手なのだ。


 私はアーシャに促され、彼女の正面に座る。

 ジフは、アーシャの後ろに立ち、じっと私を見下ろし来る。その威圧感に、ちょっとビビる。


「それで、どういったご用件でしょうか」

「……まずは、事件の経緯の説明をお願いできますでしょうか。先日、確かに事情はお聞きしましたが、もう一度確認しておきたいことがあるのです」

「わかりました。ジフ?」


 アーシャが傍付きの騎士の名を言えば、一礼して、ジフはそれに応える。


「……これが事件だと発覚したのはつい先日のことだ。村人から、数人の住人が姿を消したと、報告が挙がって来た。調査して判明したのは、消えた村人の共通点は、単独の行動時、そして若い女性ということ。そしてもうひとつは、突然足跡が途切れるように、消息を絶ったということだ」

「足跡が途切れるように?」

「言葉にすると表現に困るが……宙に攫われたとでも言えば良いだろうか。雨の日のぬかるんだ地面に残っていた足跡を追ったのだが、途中で足跡が絶たれていた。まるで、その場でいなくなったかのような奇妙な足跡だ。そこから、我々はあらゆる可能性を考えた」


 ジフ曰く、翼を持つ風の民の犯行であれば、宙に攫われた少女の目撃証言があってもおかしくないが、聞き込み、目撃情報からそれは無いと判断。魔術による転移も考慮したが、そんな大魔法を行使すれば、魔法に精通した兵士が感知できるが、それも無い。

 あらゆる道具、魔術、種族、時間、場所から、考えうる可能性を検証したが、どれも決定打に欠ける。


「そうした可能性を消去して最後に残ったのが、異界の民アルブムの犯行ということだ」


 ジフそう告げると、口を一文字に閉じて、伝えるべきことは伝えた、と黙り込んだ。

 代わりに、アーシャがその続きを口にする。


「ご存じの通り、アルブムたちに対抗できる術を持つのは、導きの書を持つ導き手の方々だけです。運が悪く……いえ、この辺境の村には導き手が訪れておらず、近くの村まで探し、あなた方と出会った……という次第です」


 アーシャはそう告げると、優雅にお茶を口に運ぶ。


 ジフの語った内容は、先日聞いた内容と相違ない。

 これで犯人はアルブムだ、と断言できれば良いのだけれど、それがミスリードなのではないかと勘繰ってしまう。実は真相は――! という大どんでん返しが、物語にはあってしかるべきじゃないか。

 ……というメタ視点から推理するのは、ビブリオテーカとしては一種のタブーなんだっけ?

 まあどうしてもプレイヤーとしてはメタ的思考の枠から離れられないし、口にしなければセーフなんだけど……難しいのは、自分のキャラの言動の合理的根拠が必要だってことだよね。メタ的に、きっとそうなんだろうと思って行動しようとしても、キャラはそのことわかってなくない? となるわけで……物語としては、突拍子な行動に疑問を抱かざるを得なくなる。


 フランちゃん……フランちゃんとしては、疑うだろうなあ。

 だって……フランちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何が嘘かまではわからない。でも、身振り、表情から、嘘を吐いていることが、フランちゃんにはわかっている。それが、ゲーム的なアシストであるあの疼きでしか判断できないけれど、ジフの説明を聞いているとき、明らかにフランちゃんの眼球は鈍い痛みを帯びていた。その痛みが、ジフの嘘を示しているか……その確信はないけれど、私の想像通りのフランちゃんなら、きっと()()()()()()人を見るだろう。


 その後、住民が消えたという地点と時間帯について詳しく確認するが、その情報には嘘はない。

 ということは住民が消えたということ自体は事実のようだ。


「それで……アルブムの拠点については、いかがでしょうか」

「申し訳ありません。我々も異界の領域を狭め、奴らが少しでもこちら側に来ないようにするだけで精一杯なのです。奴らの拠点まで調査する時間も人も、私たちにはないのです」


 当てずっぽうで訊いたのだけど、アルブムって拠点があるんだ。

 てか、拠点ってなんだよ、と言いたくなるけど、それを言えばアルブムってどんな奴なんだよと疑問が沸いて出て来る。……今更、聞ける雰囲気じゃないし、あとでルプスによしよししながら教えてもらうしかないな。


「わかりました。有意義な情報をありがとうございます。アーシャさんの人選に間違いが無いように、頑張ります」

「ええ。願わくば、迅速な解決をお願いしますね」


 そう互いに社交辞令を躱し、私は部屋を後にしようとする。

 しかし、部屋を去る直前に、ふと執務室を全体的に見回す。


「そういえば、この部屋は確かに貴重な数々がありますね」

「ええ。自慢のコレクションです」

「……ここ以外は、そうでもないような気がしますが」


 執務室へと至る支部の通路に、装飾なんてものは一切ない。

 あるのは等間隔に設置された最低限のランプだけだ。

 それ以外は牢屋を連想させる無味な石畳と石壁のみ。まるで、建物全体の華を、すべてこの部屋に集結させたかのような歪を抱かざるを得ない。

 財務を私欲に投じたとしか、思えない。


「……上に立つ者として、あなたのようなお客様を迎える際には、多少の飾り付けが必要なのです。私としても心苦しい限りではありますが、必要なことです」

「なるほど。勉強になります」


 それだけを告げて、私は執務室を後にした。

 まあ……あのアーシャという人もかなり、限りなく黒に近いグレーだね。ただ、それが今回の村人消失事件と関わっているかと訊かれると、やはり判断材料が足りない。


 となれば、やはり予定通りに動こう。

 私は等間隔に置かれたランプの通路を歩き、支部の外へと出る。

 空を見上げれば、かなり話し込んだのか、すで月は頂点へと達しており、夜も更けてきたことを認識する。

 往来を歩く人はおらず、住宅の灯りの数もすでに無いに等しい。

 静寂な夜の時間が訪れたのだ。


 私は執務室の灯りが消えるのをじっと待つ。

 その間に、私は導きの書を読み、フランちゃんの感覚に間違いないことを確信する。

 執務室にあった品々は、やはり価値のある名品であり、ジフの語る言葉には嘘が含まれていた。


 私は今後の方針が固まり、相談しようとルプスへとチャットを飛ばす。


 フラン:ここで入手した情報とか共有するのはあり?

 ルプス:ありだけど、キャラは知らない体で行動するよ。じゃないと――。

 フラン:物語の辻褄が合わなくなる。

 ルプス:せいかーい。

 フラン:ほいほい。まあ、情報だけど――。


 私はアーシャとジフと対面し、得られた情報と私見をルプスへと伝える。

 そして最後に、今回の情報の裏付けを盗って来ると付け足す。


 ルプス:一人で大丈夫? なんなら実際に会ってからでも――。

 フラン:そうしたいところだけど、一人の方が良いかも。魔法的に。


 そう書き終えた後に、執務室の灯りが消えたことを視界の端に感じる。

 私は、導きの書を腰元のベルトに括り付けると、再びフードを深く被って、駆け出した。

 路地を疾走(といってもやっぱり遅い)し、夜風をその身に受けると供に、彼らの声が聞こえて来る。

 その声に意思は無い。

 その声に意味はない。

 彼らはそこにあるだけだ。

 彼らはそこにいるだけだ。

 世界とともに、世界を構築し、世界を成す元素となって、いるだけなのだ。


「いこう……。夜精霊さんたち……!」


 私がそう呟くと、夜精霊たちは私の周りへと集まって来る。

 実際に目に見えているわけじゃない。

 なんとなく、感覚的に、私の周りに何かがいる、と感じられる。

 ひとつひとつは微弱な力だけど、集まった大きな力が私の元にある。

 世界の夜をつくりだす彼らの力を借り、私は夜の一部となって、暗夜の路地を駆け抜けた。

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