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ビブリオテーカ ~黒魔女の物語を綴る~  作者: マソラ
第1章 冒険のはじまり
7/21

ミドルフェイズ

「……それで、私たちはその少女……アーシャの依頼を受けることになった……というわけですね」

「振り返るのは良いが、随分と最初からだったな」


 色々と起きたのが悪い。まあ、その色々の大半の原因は私にあるが。


 回想は終わり、アーシャが統治しているという村へと馬車で移動中だ。

 私が寝る前とは外の風景はそこまで変わってはいない。馬車で半日の距離とのことであったため、そこまで遠くないというのは本当だったのだろう。


「んで、肝心の依頼内容は?」


 ルプスは私に問いかける。私は外の景色を見ながら答える。


「村人の消失事件の調査と解決……でしょう? ちゃんと覚えてます」


 私たちに依頼を申し込んできた少女。

 彼女は、自分をアーシャと名乗って来た。

 何でも酒場での雄姿を見て、私たちに依頼したい仕事があるとのことだった。

 これは、後でルプスから聞いた話ではあるが、導き手というのは、この世界でも不思議な力と知恵を持っており、時折、このような難事件の解決依頼を受けることがあるようだ。ルプスが訝しむ目で話を聞いていたが、この依頼の達成が、今回の話の本筋と判断して、依頼を受けたのだとか。


「しかし、不気味な話ですよね。突然、村人が消えてしまうだなんて……」

「おかしな話じゃねえだろ。異界の住人が、あちこちで跋扈してるクソッタレな世界だぜ。異空間に攫ったと考えてもおかしかねーな」


 異界の住人。異界から現れる異形の生物。

 彼らをヒストリアの人々は異界の民「アルブム」と呼んでいる。

 アルブムたちは、意味も無くこのヒストリアの人々と世界を襲っており、ヒストリアの認識としては全人族の宿敵とのことだ。

 そして、私たち導き手は、アルブムに対する有効打を持っているらしい。

 それが今回の事件を依頼された大きな要因なのだろう。


「十中八九、アルブムが関わっている事件だろうな」

「まあ、そこら辺の調査はお任せします。どうやら、森暮らしの私は、まだ世間知らずのようなので。私が気になっているのはアーシャとあの近衛騎士……ジフの二人ですよ。なんか、怪しくありませんか?」


 アーシャは自分のことを村長と名乗って来た。

 若い村長だ。しかし、村長が世襲制で、前代の村長が事故や病で故人となったのならば、年齢が若いことについては納得できる。腑に落ちないのは、辺境の村であるのに対し、衣服が高価値のものが高かったことだ。それに、なぜ、辺境の村に、装備が十全に整った騎士がいる? 辺境の村といえば、あんなに立派な装備など……そもそも騎士などいないと思うのだが。


 そのあたりの疑問をルプスへと投げかけると、ルプスは「そうだな」と手を口元に当てる。


「じゃあ、わかった。俺はこの村と村人消失事件について調べる。お前は、村長と騎士について調べろ」

「……まあ、役割分けは良いですけど、もしその……村人と同じように私たちのどちらかが消失とか、いなくなったりとかしたらどうします?」

「二人一気に消えるよりはマシだろう」


 ルプスはぶっきらぼうな言葉を投げかけて来て、私は反論を考えるが、とくに思いつかず、諦めてチャットに入力した。


 フラン:ぶっちゃけ心細いです。

 ルプス:可愛いこと言うね。

 んー……団体行動したいっちゃしたいけど、時間も無さそうだし、ここは二手に分かれた方が良いんじゃない?

 フラン:戦闘とかなったら……。

 ルプス:魔法の使い方とか教えてあげたでしょーに。


 教えてもらったけど、肝心の覚えている魔法が……思ったより頼りなかったのだ。

 少なくとも、戦闘向けじゃないし、戦闘になったら諸手を上げて降参した方が良い気もする。

 チャットで意見を交わしたが、やはり二手に分かれた方が良いという結果になった。

 言ってしまえば、仮にアルブムに攫われるのも、攫われて取り残された方も、どちらも役割的にはおいしいという結論に達したのだ。


 助ける方も、助けられる方も、物語としてはおいしい役割じゃない?


「っと、ぼーっとしてたら村が見えて来たな」

「ほう、どれどれ」


 ルプスの言葉を聞き、私は御者台へと顔を出し、街道の先に見える村を見た。

 村という言葉に騙されていた、と私は反省する。

 辺境という言葉に思い込みがあった、と私は猛省する。

 ちっぽけな村を想像していたが、そんなものじゃない。

 住宅地の周りは高い石壁に囲われ、それは城壁となっている。城壁の上には、明らかに武装した兵士が見え、村の周りを見張っている。石壁を超える高さの建物は、どれも石造りの強固な建造物だ。石壁の周りには畑が広がり、これからもまだ開墾を続けていく様子を伺える。


「こ、これは……いったい」

「なるほどなあ。ここは辺境の地……つまりアルブムたちとの戦いにおける最前線だったわけか」


 ルプスの言葉を頭に残しつつも、私はこれから向かう村……いや、これは砦だ。

 陽が落ち始め、夕日に照らされたその石壁の砦の光景を、私は目に焼き付ける。

 辺境の村……そして、人界の最前線、フォール村に、私たちは足を踏み入れた。


 ■ ■ ■


 村に到着し、アーシャが用意したという宿屋に腰を落ちつける。

 この後は、打ち合わせ通り各自で情報収集することになっている。

 オープニングが終われば、ミドルフェイズを経て、クライマックスというのがセオリーだろう。


 私は一旦ベッドに腰を下ろして、ぐっと身体を伸ばす。

 実際、私がこのヒストリアの世界に潜って、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。

 ゲームプレイ時間としては、導きの書のスキップ機能ーー旅路をめくれば、先のシーンまではイベントスキップできる。今回は、就寝から馬車道中までのイベント大幅にスキップした。ーーで道中の時間を省略したため、まだ1時間半というところだろうか。しかし、そうとは思えないほどに、疲労感がある。それうほどまでに、どっぷりとこの世界に没頭していたらしい。

 私は短い睡眠時間でも活動可能な人間であるが、シオ……詩織はそうもいくまい。

 一応、チャットで問題ないか訊いてみた。


 フラン:キリ良さそうだけど、ここで終わる? 明日も学校あるし。

 ルプス:無問題。

 フラン:りょ。


 遠回し過ぎたかなと思ったけど、本人が問題ないと言っているのだから、その言葉を信じよう。

 ベッドから立ち上がり、私は装備を整える。

 導きの書を開き、「道具・装備」のタブから、装備欄を選び、小さなナイフと黒いローブを身に着ける。これは、先ほどまでいた街で購入した装備品だ。ちなみに、お金はルプスから借りた。こ、今回の依頼で返済できる値段だから、だいじょーぶだいじょーぶ。


 ナイフは腰のベルトに吊られている導きの書の近くにホルスターを着け、そこから咄嗟に取り出せるかどうか確かめる。何度か練習し、違和感なく手に持ち、前に構えることができた。

 ナイフはあくまで護身用の武器であり、これで敵を倒すなんてことは考えていない。

 私の使用する魔法の性質上、杖が必要ないので、それならばナイフで最低限の近接戦も出来るようにした方が良いということになったのだ。


 黒いローブは別になんてことはない。普通のローブだ。

 ただ、フランちゃんの筋力的に、装備できるものがこのローブしかなかったのだ。

 防御力は期待できないし、特殊な力が備わっているわけではないのだが、初期装備よりは良い。

 しかも、初期の町娘の服装からこれに着替えるだけで、ぐっと魔法使いっぽく見える。


 最後に、最低限揃えた方が良いという薬草を入れたポーチを、同じようにベルトに吊るす。

 ビブリオテーカでは、アイテムの使用、装備は、すべて実際の動作で行う必要がある。

 そのため、すぐに使うものについては、こうしてアイテム用のポーチに入れておく必要がある。


 そして、それらは戦闘においても同様だ。

 このゲームは、なぜかリアルな方向性に特化し、ゲーム性を失っている。

 何せこのゲーム、不便なことに、導きの書を開かなければ自分の残り体力すらわからない。


 乱闘後に自分の残り体力を確認したら、全体の三分の一程度まで削られていた。

 先の乱闘時でのダメージは、酒瓶での殴打、そして首絞めの二回だ。後者は、継続的なダメージがあったと考えても良いけども、それでもたった二回の攻撃で、私は危険域に片足を踏み入れたことになる。


 どうやら、またもやフランちゃんの貧弱さが浮き彫りになったようだ。

 同時に、フランちゃんの残り体力を把握する術が必要になったとのことだろう。


 ルプスはどうやって体力調整をしているのかと訊けば、ダメージを喰らったときの衝撃の強さと()()でダメージ量を判断し、また戦闘継続した際の身体の疲労、消耗から、残りの体力を推測するしかないとのことだった。


 それは、初心者の私にはちょっと難しい。

 なので、まずは攻撃を喰らわないようにするのが良いだろう。


 ではどうすればよいのか。簡単だ。攻撃される前に倒してしまえばいい。

 そして、幸運なことに、私の魔法は()()()()()()()()だ。


 窓の外を見れば、すでに陽は落ち、夜の帳が降りてきたところだ。

 近くに酒場があるのか、賑やかな騒ぎ声が聞こえて来る。

 情報収集といえば酒場がRPGのセオリーではあるけども、酒が苦手という設定が生えつつあるフランちゃんが行くのは違和感がある。それに、私の容姿は、明らかに舐められやすい。小柄で貧弱、アーシャのような凛とした雰囲気も無く、どちらかといえば弱々しい第一印象が強いだろう。


「まあ、酒場にはルプスが行くでしょうし……私は別方向から探りますか」


 窓から見えるは、明らかに重要と思われる大きな建物だ。

 入口らしき場所からは金属鎧を纏った騎士が出入りし、それだけに巡回や見張りも厳重だ。

 アーシャから聞いた話では、あそこは騎士団の本部……いや、一応は、村に設置された支部にあたるらしい。何か調査で困ったことがあれば、アーシャか……近衛騎士のジフがいるから、支部に来ても問題ないとの言質は取ってある。


「真正面から潜入して、正々堂々と情報を()りますか」


 私の役割は、アーシャとジフの身辺調査だ。

 とくに、冒険前の受付さんの話を元に考えると、どちらかが物語の助っ人キャラとして考えても良いだろう。それを見極めるためにも、そして二人がどういった存在なのかをはっきりする必要がある。


 現状で、問題なく信頼できる存在は、自分とルプスしかいないのだ。


 そう考えに至ったとき、私はふと鏡を見る。

 そこには、無造作に伸びた赤毛に、なんだか眠そうな目をした小柄な少女がいた。


 フランちゃんは……こういうとき、どう考えるのだろう。

 無条件に他人を信頼できるほどに純粋な子なのだろうか。


 いや違う。

 彼女の家族は、商人である父親が商売に失敗して、一家心中まで追い込まれたのだ。きっと、その過程には、他の商人からの裏切り、貶め、罠があったことだろう。それを知らない無垢な少女であるはずがない。


 魔法使いの師匠からはどう教えられただろう。

 それは、考えてもわからない。師匠がどういった存在なのか、(葉子)は知らないのだから。

 けど、きっと……世俗とは隔離された世界で育ったのだから、他人との関係性について触れることは無かっただろう。


 私が想像できるのは、ここまでだ。

 ならやっぱり……相手が信頼できるかどうか、見定めるのがフランちゃんになるだろう。

 裏切られないために。貶められないために。罠に嵌らないために。


 私は改めて服装と確認し、ローブのフードを被って、目立つ赤髪を隠す。

 テンションを上がってるけど、頭は最高にクールだ。

 いい感じに、フランちゃんっぽくなれて来たんじゃないかと思う。


 同時に、なんとなく、大事なものを掴めそうな気がした。

 それがなんなのか、わかりそうで、わからない。

 数秒、私は思案を巡らせたが、結局脳裏をかすめた手ごたえの理由が思い至らなかった。


「ま、いっか……」


 私は夜の街へと足を踏み入れる。

 騒がしい酒場の笑い声。少し歩けば、静寂な路地。吹く風は、やはり冷たく、それが心地よい。

 少し灯から遠ざかれば、すぐにでも静寂は深い闇へと姿を変える。その底知れ無さに息を呑むも、月明かりがさせば、そこはなんてない細い道だ。ほっとして、月明かりの下を陽気に歩く。


 夜の道を楽しみながら、私は目的地である騎士団支部前へと辿り着く。

 私には、そこがダンジョンのように思えて仕方が無かった。

 最奥にボスが待つ、ダンジョンに。

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