魔女フランの旅路
シオによると、初期作成は完全ランダムらしい。
その後、ある程度そのキャラクターで物語を完成させていくと、キャラ成長と同様に、自分で設定を色々と変更できる機会があるらしい。あとは……課金とかすると、キャラをかなり自由に設定変更できるそうだ。
私はキャラ作成のあるゲームだと、かなり時間をかけて作成してしまう典型的なタイプなのだが、まあ最初からランダムだとわかっていると、諦めも出て来る。課金は……お財布事情的にしたくはないし、よほど嫌なことが無ければ我慢しよう。
シオと雑談して3分が過ぎただろうか、カク婆さんが「できたよ」と言って羽ペンを置く。
すると、カク婆さんの前に置かれていた本がふわりと宙へ浮き、私の手元まで移動してくる。
私がその本を恐る恐る手に取ると、白いカバーが深緑色へと変わり、タイトルが滲み浮かんでくる。
"魔女「フラン」の旅路"。
本のタイトルはそう書かれていた。
魔女……うん、魔法使い系のキャラクターということだろう。フランというのが、私のキャラクターの名前で……多分、女の子かな。
シオへちらりと目線を向けると、どうぞとウィンクをとばして、私に本を開けるように促して来る。
本を開けば、そこにはフランの肖像画が描かれていた。
年齢は私と同じくらいの女の子で、中背中肉……いや、細い子だった。赤い髪を無造作に伸ばし、それで、眼鏡の奥にはどこか自信が無さそうな弱気な目線を私に向けている。魔女というわりには、三角帽子もローブも纏っていない、ただの町娘のような服装であるが……まあ、魔女なんだろう。
「へえ、可愛いじゃない。ふんふん、種族はヒトかな。魔女ってことは、クラスは魔法使い系」
「魔法使い系ってことは……魔法使いってひとつじゃないの?」
「扱う魔法によって、魔法体形が違う設定だね。自然に宿る精霊の力を借りる『精霊魔術』。言葉に秘められた力で世界の理を歪める『秘言呪文』。とか、まあ、色々あるわけ」
ふーん。まあ、詳しい設定は後で調べるとして、気に入った魔法を後から覚えていけばよいだろう。
「さあて、大事なのはここからだ、リーフ。キャラ作成時に、ランダムで『経歴』が決まる。それによって、キャラが最初から覚えている技能が変わるし、君のキャラクターの個性も決まるわけ」
「あー……なるほどね、んじゃあ読み進めてみますか」
魔女「フラン」の旅路を読み進めて……まあ、彼女の今までのことがわかってきた。
フランには、魔法使いの師匠がいた。師匠がどういった存在か……性別も種族もわからないけど、年齢だけは親子くらいの差があるようで、フランは師匠のことを親のように慕っていたらしい。……んじゃあ、フランには本当の家族はいないのかって話だけど、昔はいたらしいんだけど、親の商売がうまくいかず借金が重なり、最後には一家心中を試みて……それで、そのときにフランだけは、何とか師匠に救われて、生をつかみ取った……と。
「どうしよう、シオ。この子、重たいよ。重たすぎる過去があるよ」
「ま、まだわからない。これから! これから楽しい旅路が待ってるから!」
フランが旅に出た理由は、師匠が突然姿を消したためである。一切の痕跡を残さずに、師匠は二人の家からいなくなり、フランだけがその森に残された。また、家族に捨てられた悲しみに三日三晩泣いて、その後に師匠を探すことにした。それが、長い旅路の始まりとは知らずに……。
「……まあ、うん。王道だと、私は思うよ。わかりやすいじゃん、人探しの旅って」
「そうだけど……。いや、別に不満とかはないんだけど、この子を私が動かすわけでしょ? いやあ……難しいなあって」
「リーフならできるって。ほら、これもキャラを理解する練習だよ。頑張ろう」
シオに励まされながら、私はフランの旅路を読み進める。
その中で、フランの旅路にも落丁や欠損……そして、文字が滲んで読めない場所があることがわかった。どういうことだとシオに尋ねれば、「後からわかるよ」のことだった。そのときのシオのにやついた顔に、ちょっとムカついた。
カク婆さんの部屋を後にし、私たちはエントランス一階の受付前まで戻って来ていた。
相変わらず、多くの人で賑わい、受付の白ケープの人たちも忙しそうであった。
シオは背筋を伸ばし、「さて」と仕切り直る。
「これでリーフのキャラクターもできたし、早速冒険かな」
「とはいっても、私このヒストリアのこと、何も知らないけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと初めて向けの物語を選ぶから」
私とシオが受付に辿りつくと、白いケープを羽織った眼鏡の知的そうな女性が現れた。
シオが「こいつ、初めてなんだ」と私を指差して言うと、眼鏡の女性は「なるほど」と頷く。
「であれば、ちょうど良い、導入向けの物語がございます。そちらのピリオドをお願いできますでしょうか」
「ピリオド……?」
「物語を完成させるってこと。まあ、物語の最後の一分まで書き綴り、最後のピリオドを打つ……ってことだね。基本的に、物語のピリオドって言われたら、そういう意味だから」
シオが解説を挟みながら、淡々と処理が進んでいく。
受付の人が一冊の本を持って来て、それを開くと、文字を指で追いながら、物語の概要を説明する。
「この本の名前は『冒険のはじまり』でございます。二人の旅人の元に、魔物退治の依頼が来るというよくある物語でございますね。初心者の方もいらっしゃいますので、冒険の一歩としては良いかと思います」
「物語の登場人物は二人で大丈夫?」
「登場人物は二人で問題ありませんね。戦力的には……そうですね、どうやら道中で仲間になるヒトもいるようです。このキャラクターを頼りにすれば良さそうですね」
「了解。それじゃ、手続きお願い」
「かしこまりました」
シオは本――多分、シオのキャラクターの本だろう――を受付の人に渡すと、私もそれにならって「フランの旅路」を渡す。
何をするのかと見ていると、受付の人が私たちの本の背表紙をゆっくりと撫でた。すると、本は深緑色の光を柔らかく放ち、みるみる内にその姿を栞へと変えていく。そして、その栞を『冒険の一歩』へと挟み込むと、受付の人が「それでは、準備はよろしいでしょうか」と尋ねて来る。
「ああ、準備は――」
「ちょ、ちょっと待って!」
私はたまらず、シオを制止した。
いや、なんというか、流されすぎだろ、私。
さっきから、目の前のものを見て「はへー」と言ってるだけだぞ、私!
「説明! 説明を求む! これから何をするのか!」
「え? いやだから」シオが受付嬢の持つ本を指差す。「あの本の中に入って、あの本に書かれた物語を完成させに行くだけだよ?」
「完成させに行くって、そこがよくわからないんだけど……。結局、何をすればいいわけ?」
「それは、物語によるなあ。物語によっては、ハッピーエンドじゃないとダメっていう条件もあるし、別に騒動が収束すればオッケーていうこともあったし。まあ、今回は魔物の討伐依頼だから、魔物をぶっとばせばいいシンプルなシナリオだと思うよ」
そんなものなのだろうか。
それに、私はまだフランが何を出来るのか、どんなことが得意なのかも把握できていないのだ。それなのに、早速冒険とは、シオが……詩織が楽しみだからって、急ぎ過ぎではなかろうか。
「やってみればわかる。というより、やってみなくちゃわからない。気を楽にして行こうよ。こういうこと言うと、怒られるかもしれないけど、所詮はゲームなんだからさ。楽しんだもんの勝ちだよ」
シオはそう言って、私に手を差し伸べる。
正直、まだ不安なところはあるけど、でも……たしかに、言ってしまえば、これはゲームなのだ。
それこそ、成功も失敗もあるだろう。ゲームだから、失敗したって問題ない。むしろ失敗を糧に、次の冒険へと役立てれば良いのだから。
今は、この物語を楽しもう。
私はそう決意して、シオの手を取った。