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ビブリオテーカ ~黒魔女の物語を綴る~  作者: マソラ
第1章 冒険のはじまり
3/21

古城図書館

 少し埃の被っていたVR用のヘッドギアを取り出す。

 1年近く起動していないため、アップデートのダウンロードとかインストールに時間を取られたものの、夕食後には「ビブリオテーカ」のインストール含めて、準備が完了していた。


 約束通り、詩織に「準備完了」とメッセージを送ると、「了解。んじゃ、ログインしたら、噴水前で待ってるから!」と返って来た。

 噴水? ってなんだそれは、と思うけど、まあ行けばわかるかな……と追及を放棄し、私も久々にヘッドギアを被る。その前に、読みかけの本や漫画が私の視界に入り込み、「ほら、読めよ」と誘惑してくるけども、その誘いを断ち切った。私ってば、偉い。


 1年近く起動していないために、ヘッドギアが上手く作動するか心配であったけども、問題なく起動したようだ。次第に私の身体感覚が薄れ、意識のみがやけに明瞭となり、電脳世界へと心身を送り出していく。重力から解放されて、幽霊とはこんな気分なのかなという浮遊感がしばらく続いたと思えば、再び重力が戻って来る。


 いや、落下してるな、これ。


 目を開けば、私は真っ暗な空間に星々が輝く世界を緩やかに落ちていた。

 星々は光の線を紡ぎ、星座となってこの世界を彩っている。下を見れば、果てしなく続いていく闇。いや、違う。遥か下に、何かがある。何かが見える。そして、どうやら私はそれに向かって落ちているようだった。

 星座へと目を向ければ、まあ、私には中学生程度の星座の知識しかないけど、明らかに私の知る星図ではなかった。この空間……いや、この世界独特の星座なのだろう。


 しばらく落下した後に、遥か彼方に見えていたそれは、次第にその姿を現していた。

 切り取られ、この世界に浮遊する大地の上に、石造りの古い城があった。

 ところどころが朽ちていて壊れかけであるが、古城が放つ荘厳な雰囲気は増しているように思える。そして、古城の周りには幾何学模様が描かれた円環が回り、ときおり白い光を放っては、暗闇へと放っていた。

 しばらくその光景に目を奪われており、気づけば私は古城の前……門前の庭のようなところへと降り立っていた。浮遊感が消失し、しっかりと二本の脚で大地に立つ。


「ここが、ビブリオテーカの世界……か」


 私はそう呟くと、自分の恰好の変化に気が付く。

 すぐに目についたのは、深緑色のケープだった。それが私の腰元あたりまで伸びており、その下は……うーんスカートのようであった。見れば生足が覗いている。……早く、パンツかソックスの類が欲しい。ケープの中を除けば、白い襟立ちシャツに、胸元には紐リボン。そしてその上から同じく緑色のカーディガンを着用しているようだ。ぱっと見、どこかの制服のようなデザインではある。


 私が自分の恰好を確認していると、周りにも同じような服装な人がたむろしている。細部が異なっていたり、女子だけどスカートじゃなかったり、異なる点もあるが、同じような服装……つまり制服であることに違いは無さそうだ。


 うーん? 普通は人それぞれで個性が出て良いものだけど……。

 ここでは同じ服を着るようなルールでもあるのだろうか。それとも、装備のバリエーションが極端に少ないのだろうか。……そもそも、冒険物という前提で考えてたけど、冒険系のVRMMOではない?


 疑問を抱きつつも、ひとまずは詩織との合流を目指す。

 世界地図の目の前……と言っていたが、さてさて、世界地図はどこだろうか。

 砂利混じりの地面をブーツで踏みしめながら、私は古城の中へと足を踏み入れた。


 ■ ■ ■


 古城と呼称としていたが、どうやらそれは外見に限った話であり、中身は城としては機能していなかった。いや、城ではあるのだけども、それ以前の特徴をこの建物は有している。


 目につくのは、すべての壁に設置された本棚と、敷き詰められた本たちだ。

 門をくぐったエントランスのような場所においても、入り口を除き、すべての壁に本棚が設置されている。天井まで届く高さの本棚であり、余分のスペースを許さないかのような徹底している。エントランスの広さは、体感的には私の学校の体育館の二倍程度……さらに天井はもっと高いから、結局は何万冊という本がこの場所にあるのだろう。


「うわあ……さいっこうじゃん」


 まだ、この本を手に取っていないかわからないけど、これが全部物語だと思うと、うへへ……一生ここで暮らせるなあ! なるほど、詩織はこれを見せたくて私を誘ったのかもしれない。それに、このゲームを始めるために、読みたかった本を置いて来たのだ……どんな蔵書があるのか確かめるくらい、良いよね。


 私は近場の本棚の前にたつと、背表紙のタイトルを眺めていく。

 ……うーん、日本語だ。普通に読める。……タイトルとしては、「ウェネ村防衛戦」、「ゴブリンとの死闘」、「裏切りと幕開け」……うーん? 冒険物なのか? よくわからない。ゴブリンはファンタジーでよくある化物の類ではあるけど、「裏切りと幕開け」ってなんじゃそりゃ。

 本当は、本の内容を読みふけりたい気持ちが大きいのだけれど、私の良心が詩織との約束を思い出させる。ぐぬ……いや、うん。後でいくらでも読めるさ。今、読みたいんだけどさ!! 本当は!


 手に取った本を本棚に戻し、私はエントランスへと意識を戻す。

 目につくのは、エントランス中心にある円環状の受付だろう。そこには白いケープを羽織った司書らしき人たちが、深緑のケープを羽織った人たちに案内をしている。あそこに行けば、この場所について知れそうではあるけども、その前に目的地を見つけた。


 受付のさらに奥に、大きな噴水を見つけた。

 周りに多くの人々が集まっており、まあわかりやすい集合場所でもあるんだろう。その横には、何やら空間にたくさんの文字列が浮かんでいたりする場所があるなど、気になることは多いが、詩織らしき人間を探す。たしか、事前に聞いていた詩織のアバターの特徴は……「スカート下にハーフパンツ」だったはず。外にもいたらどうすんだと思いつつも、詩織らしい特徴いえば特徴だった。


 噴水前に辿り着き、スカート下にハーフパンツの女性アバターを探す。

 うーん……、どうしても目線が下に行ってしまうので、この特徴を元に探すのはやや抵抗がある。しかし、私の頑張りのおかげか、すぐにスカート下にハーフパンツの女子アバターを見つけた。目線を上に戻せば、にやにやとした顔をした女の顔があった。


 確信する。こいつ、絶対詩織だ。

 ハーフパンツの女子アバターを探す挙動不審の新人を見つけるために、そんな特徴を私に教えやがったな!


「うーん? どうやら私のハーフパンツを探していたようだけど、何か用かな?」

「うっさい! えーと、えーと……なんだっけ、名前」

「シオでいいよ。そう名乗ってる。君の方は? やっぱり、リーフ?」

「……まあ、いつも通り、リーフね」


 ゲームで主人公の名前とかアバターを決めるときは、決められた名前が無い限りは、「リーフ」で統一している。いちいち別の名前を決めるのも面倒くさいからね。


「オッケー、リーフ……まあ、色々あるだろうけど、ひとまずは」


 詩織……じゃなくて、シオは私の手を握って、言う。


「ようこそ、ビブリオテーカへ!」


 ■ ■ ■


 それじゃあ、さっそく冒険へ……と言いたいところだけど、シオが言うには色々と準備が必要らしい。

 まあ、そもそも私はここがどういう場所で、この世界が何で、これから何を目的に冒険して良いのかもわからないのだ。決して勉強不足というわけではなく、シオ……まあ、詩織が私に予備知識のインプットを禁止したのが悪い。


「まあ、最初から知ってる上で冒険するのと、最初から知らないで冒険するのじゃ、知らない方が驚きも興奮も桁違いじゃない? どんなに良い物語を読み返しても、初見時の感動は二度と味わえないからね。リーフにも、そういう驚きを色々と知って欲しかったからさ」

「まあ、シオの言うことにも一理あるし、別に文句はないけど……それで、これからどうするの?」

「まずはざっと、この世界について教えるよ」


 シオがそう言うと、噴水から離れるように歩き出す。私はそれに従って、隣を歩く。私が隣に来るのを確認すると、シオは語り始める。


「リーフも最初はびっくりしたんじゃない? この建物、この本棚、この本。すごい光景だ」

「びっくりしたわよ。ここで一生暮らせるね、絶対」

「うんうん、でもね、残念なことに、ここの本は……落丁や白紙が多いんだ。それに終わっていない物語もある」

「え? なにそれ、そんなの勿体ない。修復とか、しないの?」

「さっきから、良い感じにパスしてくれるなあ。言ってしまえば、この本たちの修復が私たちの仕事であり、ゲームの目的だよ」


 シオはそう言うと、目線を頭上へと向ける。私もその目線を追えば、そこには天井があった。いや、具体的に言えば、天井に描かれている地図だ。さっきは、本棚に意識を奪われて気付かなったが、天井には世界地図が描かれている。その地図の上部には、私にも読める文字で「ヒストリア」と書かれていた。


「『ヒストリア』それが、あの世界の名前であり、この図書館にあるすべての本のルーツであり、私たちが冒険をする舞台でもある。ここの本にある物語は、全部ヒストリアで起こった事実だし、私たち『導き手』が実際に冒険して、創り出した物語なんだ」

「……え、ちょっと待って。どういうこと、よくわからないんだけど……。うん? 今いる、この世界を、実際に冒険するわけじゃないの?」

「その通り。私たちはここの未完成の本の中から、好きな物語を選び、この古城から物語の世界『ヒストリア』とさらに潜る。それで、未完成の物語を完成させる。それが目的」


 そして、それがこの古城図書館……ビブリオテーカの絶対目標のようだ。

 ヒストリアの世界では、物語が完結せず、永遠に終わらぬ物語を続けている。その原因は、物語に欠けている部分があり、終わりへの道筋が開けていないからだ。シオが言うには、ここにある物語は、すべてヒストリア完結に必要な物語らしい。だから、すべての物語を完成させ、最後のピリオドを打つまで、物語を完結へと導く者……私たちプレイヤーである「導き手」の戦いは続いていく。


「という設定だよ。ここまでオッケー?」

「オッケー、オッケー。なるほどね、じゃあこの服装は導き手の制服みたいなものって感じ?」

「まあ、ビブリオテーカの職員を示す制服であるのは確かだね。因みに、一般プレイヤーで最も位が低い導き手が「深緑」のケープなわけだね。あ、ゲーム側が用意した職員が「白」だよ」


 エントランス二階から、一階の受付を指差してシオが言う

 なるほど、色によって色々とその人の情報がわかっちゃうわけか。

 ざっと二階から色分けを見ると……一番多いのは「深緑」であるが、ちらほらと「黄緑」、「藍」、「青」も見える。


「私も二か月くらいやってるけど、まだ深緑なんだよね。いやあ、なかなかに求められる基準が難しいんだよね」

「ふーん。……まあ、私は別に上に行く気はしないし、基本的にエンジョイプレイ派だから、あんまり興味ないけど」

「お、でもやる気は出てきた感じ?」

「……まあ、設定に心は掴まれたって感じ。掴みはオッケーと思っていいよ」

「了解了解。じゃあ、さっそく初心者向けの物語でも遊んでみよっか」


 シオはそう言うと、二階の奥へと進んでいき、とある扉を開く。

 想像通り、そこにも部屋一面の本が敷き詰められ、部屋の形状が円状であるせいか、本に取り囲まれているような雰囲気になる。何よりも気圧されたのが、そこにある本のすべての背表紙、カバーが白いことだろう。気になり、近場の本を開けば、中もすべて白紙……、つまり、ここにある本がすべてが、まだ何も書かれていない白紙の本なのだろう。


「おや、新入りかね」


 私が白い本に意識を奪われている最中、しわがれた声が聞こえる。

 声の方へと目線を向ければ、受付と同様に白いケープを羽織った老婆がそこにいた。腰が折れ、杖を頼りに歩くその姿からは弱々しさを感じるが、皺が刻み込まれたその顔からは威厳を感じる。

 そして、ケープが白ということは……ゲーム側が用意した人物ということか。


「やあ、カク婆さん。お久しぶり」


 シオがそう挨拶をすると、カクと呼ばれた女性は、「ん」と軽く応える。

 そして、カク婆さんは、私を名踏みするような目線を向けて、じっと見つめて来る。その目線から目を背けたら負けな気がして、私もじーっと見つめる。一体、どのくらいの間、カクさんと見つめ合ったかわからないが、カクさんの方から目線を背けた。よっしゃ、勝ったな! ……いや、何と戦っているかわからないけどね。


 カクさんはというと、部屋の中央にある荘厳な飾り付けをされた机と椅子に腰かけ、詰まれていた白紙の本を一冊取る。そして、羽ペンを手に取ると、何やら書き始めた。


 何がおこっているのかわからず、シオへと話しかける。


「あの人、誰? ここ、何?」

「あの人は、カク婆さん。このビブリオテーカで唯一『書き手』として認められた人だよ。ここは、ヒストリアにまだ生まれていない人物……キャラクターを創作する場所。といっても、基本的にカク婆さんが、ああやってランダムに作成するだけなんだけどね」

「キャラクターを創作するって……なんのキャラクター?」

「そりゃあ、リーフがこれからヒストリアの物語を綴る分身……まあ、リーフの第二のアバターだよ」


 へえ……。

 んん?

 じゃあ、あれ、今これって……私のキャラクター作成中ってこと!?

 そういう大事なことはもっと、最初から言ってよね!!


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