表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビブリオテーカ ~黒魔女の物語を綴る~  作者: マソラ
第1章 冒険のはじまり
2/21

ビブリオテーカ

 学校へと向かう足取りは重かった。

 久しぶりに長時間の睡眠を得られたせいか、慢性的な頭痛と眠気は無くなっていたが、気分は憂鬱だった。

 その理由は決まっている。詩織に、私の書いた作品を読まれたからだ。

 はっず。めっちゃ、はずい。小学校からのつき合いで、気を許せる仲ではあるんだけど、それとこれとは話が別なんだろう。あの作品には、私の頭と心の中の妄想が、想像が、書き綴られているわけで、それを他人に読ませる、なんだこの……羞恥プレイは! 

 しかし、すでに読まれてしまっていることは確定だし、ここは覚悟を決めるしかないのだろう。


 学校へと到着し、私が席についたころを見はからかったのように、扉を開け放ち、彼女は現れた。

 陽気な春の気候が彼女にとっては暑いのか、学校指定のブレザーを着用せず、ワイシャツのみの上半身。相変わらず防御力が低いスカートだけども、その下にはハーフパンツが着用済みである。短く刈った髪に、整った顔立ちであるが、目の下に隈があるせいか、不健康そうな雰囲気がある。まあ、毎日が元気すぎるせいで、相対的に気分が悪く見えるのかもしれないけども。


 ロミオが似合う女子生徒全校ナンバーワン。

 見た目は良いのに中身が残念な女子生徒全校ナンバーワン。

 愛すべき馬鹿。保健室の番犬。

 犬童詩織(けんどうしおり)その人だ。


「おっはよー! 葉子。元気してるー? 私は絶不調! 理由は貫徹だから! いやあ、なんであんな夜遅くに面白そうなもの送って来るかなあ! ひとまず、私は保健室でサボタージュするから、昼休みにね! じゃ!」


 そう言って、詩織は教室を去っていく。恐らく、そのまま本当に保健室へと向かうのだろう。

 詩織が絶不調なのは本当かもしれない。ああ見えて、彼女は本当に身体が貧弱なのだ。

 詩織の体調のことは、詩織自身が一番よくわかっているし、私は再三「読むな! 寝ろ!」と言ったのだから、それでも読んだのであれば自己責任だろう。……私のせい、とかじゃない。うん。


 まあ、今わかったことは、詩織は、「昼休みにはお前の作品をレビューするから、首洗って待ってろ」ということだった。ええい、くそ。何も考えずに、ただただ物語に没頭していたい。私もサボタージュして、図書館に籠って「図書館の令嬢」とか呼ばれたい。いや、ごめん。令嬢は無理だわ。


 とにもかくにも、授業に集中すれば、昼休みまであっという間なわけだった。

 購買で自分と詩織の分のパンと飲み物を買うと、迷うことなく保健室へと向かう。

 保健室のドアをノックすれば、中からは保健室の先生ではなく、「はーい」と元気そうな幼馴染の声が聞こえてきた。


「葉子、お腹減った! 早く飯くれ!」


 詩織の言動に溜息を吐いて、私は保健室へと這入る。


「あんたねえ、私以外だったらどうすんのよ。本当に気分が悪い子がいて、その人にそんなこと言っちゃまずいでしょ」

「え、いや、葉子じゃないかくらい、匂いでわかるし」

「あんた本当に犬だったの?」


 軽口を交わした後に、詩織はベッドから降りて保健室の中心にあるテーブルの定位置へと移動し、私もいつもの位置へと腰掛ける。ちなみに、養護教諭である小野先生は、昼休みは大抵外食している。本当は駄目なんだけど、ヤニ成分を補充するには仕方がないらしい。子供にゃ、わからない世界だった。


「はい。好きなもの取りな」

「はいはい。んじゃ、これで」


 詩織はホットドッグを手に取る。ホット()()()とは、本当に犬の立場を狙ってんじゃないかと勘繰るが、まあ考え過ぎだろう。

 私は必然的に残り物である質素な菓子パンを手に取り、むしゃむしゃと食べ始める。


「体調はどんな感じ?」

「んー、まあぼちぼち。絶好調の5割程度ってとこかな。ホットドッグ食べれば8割まで回復する」

「ホットドッグはHPを回復するアイテムだったのね」

「空腹の状態異常回復も付与されてるよん」

「へ、へえ……」


 元気そうにホットドッグを頬張る詩織を前に、そわそわとする私。

 ほら、来い! 受け止めてやる! どんなに酷評であったって、受け止めて、そのまま私もサボタージュしてやる! だから、さっさと、さっさと楽にして欲しいんだよね。


 そんな私の挙動不審さに勘づいたのか、詩織はホットドッグを片手に口角を釣り上がらせた。


「そういえばさー、昨日のあれだけどさ」

「ひょえっ!? あ、あれって、あー妹が送ったって言った奴? ごめんね、本当、あんな深夜にさ! 困ったもんだよねえ。忘れていいから、忘れて、ね?」

「普通に面白くなかった」

「ごはっ」


 私は机に突っ伏し、詩織はまたホットドッグをもぐもぐと食べ始める。

 ぐぬ、くふう、いや、まあ……私自身も面白くないと思ったものだから、他人から同じような評価をもらったとするならば、やはり面白くなかったのだろう。だとすると、ギャル妹も実は面白くなかったのかもしれない。それを「わからない」と評価したのは、ギャル妹の優しさだったのだろうか。


 私が顔を上げると、詩織はホットドッグを食べ終わったのか、口元と指先をティッシュで拭っていた。そして食後のジュースを流し込むと、「んっとね」と話し始めた。


「私もそこまで本読むわけじゃないから、あくまで素人の感想だけど、世界観とかは『ああ、葉子が好きそうなファンタジーだ』と思った。文章も誤字脱字は無かったし、ちょっと回りくどい表現とかはあったけど、まあ読みやすいテンポだったよ。だけどね、なんか登場人物が、活き活きしていないっていうのかな? 台本に沿ったことを淡々と進めてるだけど、そこに意思とか感情とか……そういうのが感じられなかった。キャラが、死んでるっていうのかな……。うん、こんな感じ」

「……思ったより、ちゃんと読んでくれたんだ」

「思ったより、ってどういうこと? そりゃあ、読むよ。読む読む。だって、読んで欲しかったんでしょ?」

「ん……別に――そんなことは思ってない」

「素直じゃないなあ」


 そう言って、ケタケタと笑う詩織。私はそれを横目に、残りの菓子パンを飲み込んだ。


 しかし、キャラが死んでいる、かあ。

 確かに、私は物語をつくる上で、キャラをストーリーのための舞台装置として配置してしまったかもしれない。最初から最後まで、キャラの台詞もすべて計算して、キャラの内面とか、感情とか、そういうのを蔑ろにしてしまったかもしれない。

 じゃあ、キャラを重視して作品を作り直せば……と思うが、そう簡単には閃かない。

 このキャラが何を思って動いているんだ? 何を考えて戦っているんだ? 使命? 感情に従って? それともただ何となく? 最強を目指して? 守りたいものがあるから? そもそも、なんで戦う? なんでこの世界に生きている? なんで……なんで、私はこのキャラで作品をつくろうと思った?


 私が缶コーヒーを口元にあてたまま、思案に耽っていた。でも答えが出てこない。どうやら、私は壊滅的にキャラの内面とかを設定をつくるのが苦手らしい。なるほど、詩織の指摘どおり、キャラに深みや厚みが無いわけだ。


「ん、お困りかい、葉子」

「……思い返せば、詩織の言う通り、たしかにキャラが死んでるんだなあってわかったよ。んじゃ、それからどうしようかなって思ったけど、頭の中でまとまらなくって。はあ、やっぱり、私は読み手に専念した方がいいのかな」

「私は、遅かれ早かれ、葉子が自分で創作するだろうとは思ってたけどね。それに、一旦書き手から離れたとしても、きっとまた葉子は書き出すよ」

「根拠は?」

「……他人に自分の作品を読ませることの、恥ずかしさと快感を知ったから……かな」

「なにそれ。たしかに、恥ずかしかったけど、快感って別に――」

「そう? 私には……私が読んだって言った時の葉子、すっごい嬉しそうに見えたけどなあ」

「………………」


 この話題で、きっと私は詩織に口では勝てないだろう。

 そうそうに白旗を振って、私は缶コーヒーを飲み干した。

 詩織は鼻で笑うと、私の弱点について触れ始めた。


「……まあ、キャラのことがわかんないっていうなら、キャラになるのが一番かもね」

「はあ? どういうことよ、それ。自分の作品のキャラになりきれってこと?」

「あ、惜しい。てか、それでも良いかもしれないけど、もっといい方法あるよ」


 もっといい方法がある。

 いい方法と聞くと、楽したい人間代表の私としては、その餌に食いつきたくて仕方ない。

 というより、食い気味で食いついた。


「何それ、どういう方法?」

「いやあ、前々から誘おうとは思ってたんだけど、良い機会だったよ。……これ、きっと葉子も好きになるかなって思って。一緒に遊べないかなって思ってはいたんだ」


 詩織がスマートフォンに表示したのは、ゲームの公式ホームページだった。

 ゲームタイトルは「ビブリオテーカ」。最近……といっても、三か月前からサービス開始したVRMMOのようだ。どんなゲームか……ゲーム概要を読もうとリンクを踏もうとしたが、すっと詩織にスマートフォンを取り上げられる。


「ゲーム内容については、秘密」

「……いや、ゲーム内容とか知らないと、詩織がこのゲームを勧めた理由がわかんないんだけど」

「いいから、百聞は一見に如かず……じゃなくて、百見は一遊に如かず、だよ! やってみれば、私が勧めた理由もわかるから! ね? だから、一緒にやろ!」


 詩織からの圧がすごい。

 しかし……VRMMOかあ。VRに抵抗はないけど、MMORPGはやっぱり好みではないジャンルだ。けど、まあ、久しぶりに詩織とゲームで遊ぶのも悪くないかもしれない。それに、このゲームにキャラ作成のヒントが本当にあるなら、やってみて損はないだろう。……基本プレイは無料らしいしな!


「わかった。やるよ、ビブリオテーカ……だっけ? 始めてみる」

「オッケー、言質とったからね! じゃあ、ダウンロード終わったら連絡して! 深夜じゃなきゃ速攻反応するから! あ、あと、自分でゲーム内容調べるのは禁止だからね!」

「う、ういっす」

「うむ!」


 満足そうな詩織は、腕を組んで頷く。満面の笑みを浮かべて、ご満悦といった感じだ。

 よっぽど嬉しいんだろうなあ……。まあ、確かに詩織と一緒に最近ゲームしてなかったし、久しぶりに良いのかもしれない。問題は、ゲームをする時間は、他の物語に手がつけられないことだ。私の本棚には、手つかずの本たちが、リビングのテレビのHDDには未視聴のドラマとアニメが眠っているというのに……。


 まあ、いっか!

 睡眠時間削れば、何とかなるでしょ!

 物語中毒者、甘くみんなよ!


 昼休みが終了する予鈴が鳴り響き、私は席を立つ。詩織はどうやら体力は回復したらしいが、空腹以外の状態異常はまだ回復していないようで、あくびをしながらベッドの方へと歩いて行った。私が保健室を後にすると同時に、小野先生が帰って来た。見た目だけは清潔感がある好印象の男の人なんだけど……うーん……隠しきれない煙草の匂いだ。


 私のしかめっ面したのに気づいたのか、小野先生は自分の二の腕辺りに鼻を近づける。


「……匂うか?」

「ばっちりです。……まあ、今更ですけど。まだ詩織は体調悪いみたいなんで寝てます。よろしくお願いします」

「ん。心得た。午後の授業も頑張りなさい」

「はーい」


 私は早足で、自分の教室へと向かう。

 その足取りは、まあ……学校へ向かうときに比べて、だいぶ軽くなったんじゃないかな、と思う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ