私は物語が好き
私は物語が好きだ。
わくわくするような冒険活劇が好きだ。
胸の奥をキュッと押しつぶされてしまう色恋が好きだ。
腹を抱えて笑ってしまうようなコメディが好きだ。
私の陳腐な頭では理解が難しいけど、でも何だか頭が良くなった気がするSFが好きだ。
夢とロマンが溢れる剣と魔法のファンタジーが好きだ。
私の知らない、私がまだ知らない世界の物語が大好きだ。
想像を超えて、私の目の前で展開されていくありとあらゆる物語が大好きだ。
だから、私は小説を読む。漫画を読む。休日には、録画したドラマとアニメを一気に観る。時間が空けば、スマホ片手にネット小説や二次創作だって読みふける。コントローラー片手に、ゲームに没頭することだって普通にある。
物語に熱中すると、気づけば朝だってことは何回もあるし、その度に目を擦りながら「次は、我慢しなきゃ」とか思うけど、きっと一生治らないんだろうなあと思ってる。
幸いなことに、この世界には物語が溢れている。
人の数だけ書き手がいて、人の数だけ読み手がいて。
そして、人々は創作意欲に突き動かされるまま、文字、絵、動画と音楽で世界をその手で創り続ける。
……そして、私も、私もその一人だ。
私は読み手であり、そして書き手でもある。
多くの作者の力作に創作意欲を刺激され、自分の頭の中にある物語を文字として、絵として、動画として、音楽として生み出し、ちょっと恥ずかしいけど、この世界に放とうと思った。
思ったん……だけどなあ、うん。
私……元野葉子の物語には、何かが欠けていた。自分で読み返しても、これは私が読みたかった物語ではないと断言できるほどに、決定的な何かが欠如していた。だから、あまりこういう言いたくはないけど、私の最初の作品は「駄作」だった。
「よう姉にとっては駄作かもしれないけど、私とか他の人からみたら、やっばめっちゃ面白い……的なこともあるんじゃね? ほら、感性は人それぞれだしさ」
親愛なるギャル妹から、そう言われたこともあるけれど、だからといって妥協はしたくない。
面倒臭いことに、私には変なプライドがあってしまった。きっと、インプットした物語の数が多いだけに、それらと比較してしまって……まあ結局、理想は遠いのだった。
私が溜息交じりに、自信の無さを口にすれば、ギャル妹は変わらず表情を変えずに、「ふーん」と応える。まあ、こんな物語ジャンキーな姉のキモイ一面にはあまり触れたくないよね。昔は、あんなにニコニコ笑って可愛かったのになあ。
私がまた溜息をつくと、ギャル妹は手を出してきた。その行動の意味がわからず、首を傾げてその手に私の手を乗せる。
「いや、なんで? 違うって。興味あっから、見せてよ。よう姉の物語」
「うん? いや、あれ駄作だから、誰にも見せたくないの」
「いいから。ほれ。早く見せないとよう姉にギャルメイクすっぞ」
めちゃめちゃ怖い脅迫だった。メイクとか、まだ早いって! 私、まだ高校二年生だから!
……早い、と思わせてください。
結局、私はギャル妹の脅迫に屈し、私の机の上に鎮座しているパソコンで、作成した物語のファイルを表示させた。妹はそれを見ると、「ふーん」と呟き、後は無言でマウスカーソルをカリカリと転がすだけだった。
私は、自筆の作品が読まれているというのが気恥ずかしく、そわそわして仕方なかったため、自室を後にしてリビングでテレビゲームを始めた。すべてのゲームにて「VR」が当たり前になった今となっては、テレビにつないで遊ぶレトロゲームは珍しい。自室にVR用のヘッドギアはあるし、何個か遊んだこともあるけど、大体がMMO……つまりは不特定多人数で遊ぶジャンルで、そのなんていうか、物語性は、あるけど無いようなものだし。ちょっと合わなかった。まあ今は、昔の名作といわれているゲームを片っ端から堪能しているところだ。それに、私の物語を無表情で読み進める妹がいるため、部屋には帰れないし。
夕食後もゲームに没頭し、気付けば、窓の外は暗く、もう夜……それも深夜であることがわかった。
自室を後にしたのが、昼過ぎであったため、12時間もゲームしていたことになる。そろそろ寝なくてはいけないのだけど、うーん……でもキリが悪いんだよねえ。
と、私が寝るか寝ないか、まだこの先の物語を知るために、脳と目を酷使するか迷っていると、上階からギャル妹が降りてきた。リビングに這入って私の姿を見つけると、一言だけ「読み終わった」と告げる。
「え……あ、あれから、ずっと読んでたんだ。そっか……。えと、それで、ど、どうだった?」
「うーん……ごめん、よくわからなかった」
その言葉に、私は「そっかー」と生返事で答える。
あー……ギャル妹は悪くないし、むしろ感謝するべきなんだけど、ちょっと心にグサリと刺さった。
手に持っていたコントローラーを投げ出し、セーブして、ゲーム機とテレビの電源を落とすくらいには、ダウナーになった。
多分、どこかで、「私は駄作だと思うけど、ギャル妹の言う通り、人によっては面白いかもしれない」という考えがあったのだと思う。だから、うん、ギャル妹の「よくわからなかった」という言葉は、的確に私を刺した。
「やっぱり、まだまだだね。私に創作は無理かなあ。あ、読んでくれてありが――」
「でも」
と、ギャル妹はココアを口にした後に、私の言葉を遮って、無表情のまま言うのだ。
「わかんないのは、あたしにわかる頭が無いからで、よう姉と同じ学校通うしお姉ならわかんじゃね?」
「え、だめ。駄目だって! 詩織には、こんなの見せられないよ! 恥ずかしくて、死んじゃうよ!」
「もう遅い。すでによう姉の作品ファイルは、しお姉に送付済みなんだよね」
「んにゃああああああああああっ!?」
私の変な叫びが室内に響き渡り、ギャル妹は耳を塞いで「おやすみー。さいならー」とリビングを去って行った。刺して、刺して、首を落とされた、そんな気分だった。
「んぐ、おお、まだ、諦めるな、私。詩織に連絡して、送られたものはウイルスに感染されてるぞって、脅せば……っ!」
私はスマートフォンを手元に引き寄せ、詩織に連絡を取ろうとディスプレイに触れようとした瞬間に、ピロンと電子音がして、メッセージが表示された。
『ギャルちゃんから、なんか面白そうなもの送られて来たねえ! 葉子にこんな趣味があるだなんて知らなかったよ! まかせて、明日、学校で感想を言うから!』
…………こんなときだけ、返信早いなあこの友達は。
「んにゃあああああああああああっ!!」
本日、二度目の深夜絶叫で起きてきたお母さんに叱られて、私は枕を涙で濡らしながら眠ることにした。