第090話 「それぞれの分析」
あれは何だったんだ…
唸り声を上げて襲いかかるシルバーのABLM…
人間はあれほど豹変するものなのか?
2大隊の隊員達は困惑していた。
宿営地に戻ったクロノス達及び2大隊は、クロノス達の部隊である第11独立機動隊 研究支援中隊の研究部の研究者達に事情聴取を受けていた。
既にロディ中尉の遺体とシルバーのABLMの残骸は本国の研究部に送られている。
その分析の一環としての事情聴取である。
「これ…アスカ大尉なら何か知ってるんじゃない?噂レベルでも、少しは聞いた事があると思うんだけど…」とクルタナが思いつく。
「何か知ってるかもね…呼んで聞いてみる?」とクロノスも同意した。
今回は隊長は現地に来ていないため、この実働試験の長は中佐の研究部長であった。
「研究部長に言って、アスカ大尉を呼びましょう!何か分かるかも。」
「ボルグ大尉も呼んだ方が良いね。ボルグ大尉の前だと、アスカ大尉は素直だから。」
事情聴取の一環として、アスカ大尉とボルグ大尉を研究部長の天幕に来てもらい、話を聞いた。
聞き取りメンバーは、研究部長、クルタナ、そして何故かクロノスだった。
部長がアスカ大尉に対し質問をした。
「アスカ大尉、わざわざ来てもらったのは他でもない。例のシルバーのABLMとそのパイロットについてだ。パイロットの解剖結果、筋肉の増強だけでは無く、神経の興奮、交感神経の抑制による精神的動揺を防ぐ薬物成分が検出された。」
「アスカ大尉、薬を使った戦士の育成について、噂レベルでも良いから聞いた事ない?」とクルタナが付け加える。
「私が帝国にいた時は、まだ噂でしか聞いた事はないけど…『Reinforced warrior project』とか言う計画があるって聞いたわ。強化戦士計画…略してレウ計画って言われてて、強化戦士の事をレウって呼んでたみたい。」
「強化戦士計画か…身体増強のドーピングだけでは無く、脳内に数個、チップが埋め込まれていたんだよ。脳にAIを搭載したチップを埋め込むと言うのは、現代では神経麻痺などの治療に使われている技術だ。しかし、それを戦士に応用しているのか?正常な人間に…」
「部長が言う様に、脳にチップを埋め込むって言うのも聞いた事があるわ。計画って言うけど、はっきり言って人体実験よ。失敗して発狂した人が結構いるって噂もあったもん。」
「人体実験…費用対効果はどうなんだろう…」
「あるでしょ?ロディ中尉みたいな強力な人間を1人作れば、1個大隊くらいの戦力を得る事になる。量産できれば費用も抑えれるし、ロディ中尉だけでも元は取ってると思うよ。」とクロノスはクルタナに言われた。
「しかし、ロディ中尉を考えると、ある程度は完成してるって事だよな…」
「そうね…最後の自我を失ったのは、何らかの薬物摂取過多の影響でしょうし、それを抜いても戦闘力は高いわよね。」
「反射神経だけで俺の攻撃を避けられたからね。普通なら当たる攻撃だったんだけど…」
「ここまできたらもう、人間のサイボーグ化よね。医療技術としては良いんだけど…人間の能力拡張なんて、馬鹿げてるわ。」
「けど、人間って、普段は30%くらいしか能力を使ってないんでしょ?潜在能力をフルに使ったら凄い事になるんじゃない?」
「それは俗説よ。必ずしもそうじゃないし、仮に100%を使ったとしたら、数秒も経たずに身体が壊れてしまうわ。」とクルタナに説明される。
「ロディ中尉の筋繊維を調べたら、かなり損傷していたらしい。ソハヤ中曹の戦闘記録を見ると、恐らく自我を失ってから10分も戦ってないのにだ。」
「全力を出そうとするとロディ中尉みたいになっちゃう訳ね…100%ではなく、少しだけ能力を上げた状態が、最初のロディ中尉って事かな?」とクロノスが誰にともなく質問した。
「帝国は、元々パイロットの素養が高い者を選抜してレウ計画に参加させてたみたいよ。『君は選ばれた者だ』って言いくるめてね。」
「パイロットの素養って言うなら、アスカ大尉には参加の要請は来なかったんです?」クロノスは疑問に思って聞いてみた。
「私は…きっ…来たわよ!来たけど断ったわ。」
怪しい…と思っているとボルグ大尉が
「若い隊員が対象だったんじゃないか?」
「すみませんね!オバサンで!士官学校出たての若い幹部が対象だったのよ。私には要請は来なかったわ…」
「まぁ、大体の所は理解できたし、有益な情報もあった。今日の所はこのくらいにして、また後日に部下の方から話を聞かせてもらうよ。」
研究部長がそう締めくくり、クロノス達は天幕を後にした。
***********************
一方帝国では、逃げ帰ったアロン達が今回の戦闘についてのAARを実施していた。
※ AAR→After Action Reviewの略。
◯ その時何が起きたのか?
◯ なぜそうなったのか?
◯ 次に同じ事が起きた場合は、どのようにすれば良いのか?
を戦闘後(Action後)に話し合い、次に反映する。
「ロディが落とされるとは…青いブレリアのパイロットは強化戦士なのか?共和国は帝国以上の強化戦士技術があるのか?」とティル少佐が呟く。
「それは無いと思います。話せば普通の人間でしたよ。クルタナさんの彼氏だし、変な人とはクルタナさんも付き合わないんじゃ無いですか?」とバルム大尉が返答した。
「ロディと青いヤツの戦闘中、何か気付いた事はないか?何でも良いから言ってくれ。」とアロン中佐が2人に聞いた。
「いや…ロディ中尉の避け方と、ソハヤ中曹の避け方は根本的に違いますね。」
「バルム、どう違うんだ?」
「ロディは基本的に剣が出てから避けていました。しかし、ソハヤ中曹は構えた時点で回避行動に入ってるんですよ。もう『ここに剣が来る』って分かってるみたいに。」
「それ…超能力者じゃないか…」と言ってティル少佐が青ざめた顔をしている。
「いや、ティル少佐と戦ったラッハ中曹もそんな感じでしたし、あの男の中隊長もそんなふうに感じました。まぁ、ソハヤ中曹よりは精度が低いですがね。」
「何かコツがあるな…それを徹底的に訓練してるんだな。」
「確かにあの大隊は異常でしたよね。みんな強かった。あそこはソハヤ中曹やクルタナさんが元居た大隊ですよね?」
「そう言えば、ロディとソハヤ?の戦いで、ソハヤが独り言を言ってるのが無線に入ってたよな?確か…関節の可動域がどうとか…」
「よし、戦闘記録を確認しよう。3人分をみんなで見て分析するぞ!」
その後、3人でそれぞれの戦闘記録を確認する。
「これ…勝てないよ…ロディが軽くあしらわれてるよ…」
「しかし、コイツの回避方法は分かったぞ!確かに剣を出す前に、既に回避行動に入ってる。だから余裕で避けれるんだよ!」
「アロン中佐、どんな回避方法なんですか?」
「信じられないが、敵の機体の関節の向きや足の位置、腰の角度とかを一瞬で見て、太刀筋がどこかを判断して回避している様だな。」
「そんな事、できるんですかね?」
「実際にコイツらはやっているだろ?俺達にもできるさ!前にクルタナと戦った時の違和感はこれか…尽く避けられたからな。」
「凄いな…そんな事ができるなんて…」
「超能力よりはよっぽど現実的だぜ?」
「回避はそれで訓練するとして、攻撃をどうするかですよね。お互いにら当たらないんじゃ勝てませんから。」
「射撃戦に持ち込むしかないか?」
「いや、射撃も当たらんぞ。前に戦った時、アスカのキャノン砲をソハヤが剣で弾いてたからな。それにティルのバズーカも全て剣で弾かれたんだろ?恐らく格闘戦の技の応用で、狙ってる位置が分かってるのだろう。」とアロン中佐が思い出しながら言った。
「関節の向きを見て判断しているなら、関節を無くしてしまえば良いんじゃないですか?」
「おいおいバルム…剣が振れないだろ…」とティル少佐が呆れた顔で言う。
「そうじゃなくて、関節の向きや方向が分からなければ良いんです。腕をストーブのパイプのフレキシブルベローズみたいな構造にして、360°どこにでも曲がる様にすれば良いんです。」
「なるほど…多重関節にするのか…技術屋に提案してみるか。ソハヤ対策だな。」
「あっ!因みにソハヤ中曹、部隊ではクロって呼ばれてましたよ。名前がクロノスだから。」
クロノス達の回避方法がアロン達に解析された、これからの戦いは厳しくなるだろう事は、当の本人達には知る術はなかった。




