第085話 「決戦の序章」
MUC212.3.10
クレタ半島の戦線が押され始めたとニュースで話題になっている。
東側のボル州、西側のオンタナ州を取られ、ナミール州も半分は占領された状態だ。つまり、半島の約1/4を占領されている状態なのである。
同じ頃、神出鬼没の敵エース小隊が亡霊の如く現れて戦場を混乱させるとの噂がで始める。
共和国で「Ghost of bell(鈴の亡霊)」と呼ばれたその小隊は、紫色、赤、黒、銀色の4機で編成され、盾には青い鈴のマークを付けていると言う。
「クーナさん、この青い鈴のマーク、アロン中佐のマークだよね?」
「そうね。とうとう動き出したのかな?今回の目的は何だろう…」
「しかし、研究部の情報だと、このシルバーの機体の動きが凄いらしいよ。コイツ1機に1個中隊を全滅させられた事案もあるとか…」
「嫌な予感がするわね…しかも、33機兵連隊も、5日後にはクレタ半島に行くらしいしね。」
「俺達は2ヶ月以上も基地にいたけど、33機兵連隊は、ちょくちょく大隊単位で増援で出てたみたいだからね…今回は連隊で本任務として行くらしいけど…」
とクーナさんに言ったと同時に、中隊長室の電話が鳴った。
「はい。分かりました。今行きます。」
「中隊長、何かありましたか?」と、先任曹長が聞いた。
「ちょっと隊長に呼ばれてね。こっちも嫌な予感がするわ…」そう言って、クーナさんは隊長室に向かった。
クーナさんが隊長室から帰り、みんなを集合させた。
「5日後に第33機兵連隊と共にクレタ半島へ行く事になったわ。目的は、新型の油圧ポンプ及び火器管制装置の実用試験。期間は移動を含めて約3週間よ、みんな、準備を宜しく!」
「帰ってくる日はいつなんです?」
「予定は4月4日ね。ただ、必要なデータが取れたなら早く帰れるし、その逆もあり得る…」
「データを取るまで帰れません!か…。しかし、火器管制装置って事は、クロ、格闘戦ばかりじゃダメって事だぞ!射撃しないと。」
「ですね…けど、ブレリアの固定武装のマシンガンは優秀ですよ。俺、結構使いますもん。」
「弾数が少ないのがな…どうにかならんのか?あれ…」とダーイン中曹が嘆く。
「今、私達の意見を取り入れた改修をやっているわよ。明後日にはできるはずだから、機体を受領後に積み込みね。」
「へぇ…マシンガンの弾数は増えるんですか?」
「マガジンを拡大するとは言ってたわね。けど、それで重くなると機動性が損なわれるから難しい所だけど…シールドの方が重いから関係ないか!」
「とりあえず、パイロットは個人の準備。中隊本部と指揮班はそれぞれ準備して。初めての出動だから、忘れ物がない様にね。」
「しかし、俺達はAIがシルバーの物に変更されたけど、コレは他のと違うんですか?」
「技術試験用のAIだと思ってもらって構わないわ。性能は一般のよりも遥かに高い。今までのデータも移せた筈だから、問題なかったでしょ?」
「はい。今迄のデータを移せたからこそ、何か変化が無いと言うか…違いが分かりません。」
「処理速度が全然違うわよ。まぁ、それならそれでも良いと思うけど…。」
「まぁ、違和感なく使えて良いんですけどね。」
リジル中尉、ダーイン中曹、ラッハ中曹のAIは、この部隊に来てから変更された。普通のAIではブレリアの制御が雑になるからだ。
試験データも、ある程度は解析しながら理解して操縦しなければならないし、性能は高いに越した事はない。
第33機兵連隊の増援と言っても、隷下部隊となるわけではない。独立的に行動するのだが、やはり33連隊の邪魔はできないし、要求には極力答えねばならないだろう。
MUC212.3.15に基地を出発した。しかし、研究部隊は凄いな…
管理部の輸送班がブレリアを運搬してくれるのだが、パイロットも輸送してくれる。それが、まるでキャンピングカーみたいに快適な車なのだ。
集結地でも、警備は33連隊がやるので、俺達は本当にデータ収集のために戦うだけなのだ。
エアーで膨らませる整備工場も設置し、とりあえず新しい部品の慣らしをする。
「前線、結構押されましたね…」と、ラッハ中曹が呟く。
「ああ。1/4どころじゃない。半分は取られたな…申し受けをした33連隊の人に聞いたら、何でも例の小隊が暴れてるらしいぞ。」とラッハ中曹が答えた。
「例の小隊って…鈴の亡霊小隊ですか?」
「なんでも、シルバーのABLMがとんでもない化け物らしい。みんなシルバーナイトって言ってたが…騎士かよ。」
「俺達は、その小隊の討伐を当てられるでしょうね…」
俺達が、そんな会話をしていると、クーナさんが第3歩兵連隊の会議から戻ってきた。
第33機兵連隊は第3歩兵連隊の増強で来ているため、会議の主催は第3歩兵連隊なのだ。
「私達の任務は『鈴の亡霊小隊の撃破』と決まったわ。みんな、慣らしは明日までに終わらせてね。敵小隊が発見されたなら、こちらに連絡がくる事になってるから、それまで待機よ。」
「やっぱりか…」と、俺、ダーイン中曹とラッハ中曹の3人がハモってしまった…
「中隊長、いきなり敵のスーパーエースとの戦闘ですか?」
「リジル中尉は不安?」
「まぁ…ここ数週間でブレリアには慣れてきましたが、正直言って不安です。」
「そういえば、フォーメーションの訓練をしていませんね…」と俺が思い出した様に言った。
「そうなんだ。スナイパーすら決めてない…」リジル中尉は、更に不安そうである。
「リジル中尉、射撃は得意でしたよね?リジル中尉がスナイパーで、後方から指示を出した方が小隊としてしっくりくると思います。」とダーイン中曹が言っていたが、リジル中尉、射撃も得意なんだ?
ラッハ中曹と同じでオールラウンダーかな?
「先頭がクロ、右にダーイン中曹で、左側は俺が入ります。ボルグ大尉の動きを後方から見てたから、代わりは務まりますよ!」とラッハ中曹が提案した。
「よし!午後はそのフォーメーションの訓練をしよう!部品の慣らしも兼ねてな!」と、リジル中尉が答えた。
「決まりね!みんな、準備は万端にね。こんな所で死なない様に!」
「了解!壊さないように頑張りますよ。しかし、敵に黒いABLMがいるって…バルム大尉の交代要員かな?」ダーイン中曹は気になるようだな。
「いえ、本人だと思うわ。数ヶ月前、捕虜収容所が襲撃されたの。その時にバルム大尉も逃げ出してるのよ。」
「そうなんですか…しかし、話した感じだと、敵とは思えなかったんだよな…」
「お互い、自分の国を守る為に戦う軍人ですからね…共通点は多いですよ。ただ、国が違うだけですから…」とラッハ中曹が呟いた
確かになぁ…守るものが違うだけで、やってる事は同じなのか…守る?誰から?
こちらは「守る」だと思うが…仕掛けてきたのは帝国だ。帝国が守るべきものはなんだ?
元々の領土だったクレタ半島か?
これだけの人間を犠牲にしてまで占領しなきゃならないものなのか?
戦争とは政治だ。政治家が戦争を始めるのだ…
他人を殺してまで得る幸せは、本当の幸せなのか?そこまでしなきゃならない理由は何なんだ?
自問自答しながら、静かに決戦の時を待った。




