第054話 「悲しみと怒りと…」
「この野朗っ!ぶっ殺す!」
怒りで理性を失ったクロノスは、叫びながら射点にいるであろうABLMに向かって走った。
普段なら「殺す」などと言う言葉なんて使った事が無いくらい温厚な性格であるクロノスが、理性を失い激昂しているのだ。
「友軍の110mmキャノンで攻撃されただと…?敵が鹵獲したのか?キャノンを奪った敵がこんな所まで?」
嫌な予感が脳裏を過ぎる…
「テイン中曹も110mmキャノンを持っていた…まさかな…」
テイン中曹は良い人だった…そんな事がある筈無い…いや、思いたく無い…
「ガイア、この敵についてどう判断する?」
『テイン機だと推測します。』
クロノスは、聞きたく無い事をハッキリと告げられた。
「理由は?」
『はい。敵が第3小隊の攻撃を受けて裏に回ったなら、第3小隊を攻撃する筈です。こちらに気が付いていた可能性があるのは、最初からこの場所を知っている者だと推測します。』
嘘であって欲しい…ナハス軍曹を殺ったのが仲間で有る筈がない…クロノスはそう信じたかった。
「やはりか…しかし、誰でも良い。ナハス軍曹をやった奴を殺す!ガイア、サポートしてくれ!」
しかし、今のクロノスが冷静になれる筈も無かった。目の前で、兄の様に慕っていた者を殺されたのだ。
激昂したクロノスが射点に向かう。距離を取る様に逃げる機体をレーダーで捉えた。
「向こうの方が速度が速いな…足止めする。ガイア、照準のサポート頼む!」
左腕の固定武装の無反動砲を射撃する。ロックオンしないで進行先に射撃した。
相手も無警戒だった様だようで、少しの足止めに成功した。
機体は確認した。やはり先程クロノス達が持ってきたABLMⅢ型だった…
「信じたくないな…しかし、殺る!」
クロノスは覚悟を決めて突撃した。
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「しくじったか…」
110mmキャノン砲でクロノスを狙ったテインは、回避されるとは思っていなかった。
「照準がズレてるな…修正しなければ。初めて乗る機体だしな、しかし、距離があるとは言え、なんて反応速度だ…」
避けられた事に驚き、更に仕留める為に射点を変える。
「クロをやらなければな…アイツは帝国の驚異だ。」
射点を変えて、もう一度射撃をした。しかし、またクロノスに回避された。
「何故当たらん?化け物かよ…」
射撃の腕に自信があるテインにとって、これは屈辱的な事であった。
「接近戦になったら勝てないからな…まぁ、新型は手に入れたし、逃げるとするか…」
そう言って後ろを振り向いた瞬間、もの凄い勢いでこちらに向かってくるクロノスをレーダーで探知した。
「速いな…しかし、コッチは新型たぞ!」
テインは全力で走った。しかし、装備の重さもあり、なかなか距離を離す事はできない。
なにせ、クロノスは剣しか持っていないのだ。こちらは110mmキャノン砲に中型シールドも装備している。
逃走経路を確認しようと思ったその時、目の前に砲弾が弾着する。
「足止めか?やるな…」
テインは爆煙に紛れて逃げようとした。そのまま前進して行こう思ったが、目の前に少し高めの崖がある事に気付く。
「迂回するしかないか?」と考えたが、また行く先に無反動砲を撃ち込まれた。
崖の壁が崩れ、進行方向を遮る。
「しまった!」とテインが言った時には、既にクロノスに距離を詰められていた。
「やるしかないのか?」とテインは110mmキャノン砲を捨てて後ろを振り向き、剣を構えた。
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クロノスは、テインに接近しながら無線のスイッチを入れた。
「テイン中曹!何故、ナハス軍曹をやったんだ!」
無線でクロノスがテインに問い掛ける。
「ナハスは死んだのか?お前を狙ったんだがな。」
「何故…何故俺を狙うんです?新型機が目的なら、俺を殺す必要はないでしょうに!」
「お前は危険だ。殺せる時に殺しておかなければ、いずれ帝国の驚異となる。」
「何故裏切ったんですか!何故帝国側に…」
「色々あるのさ…帝国側に付けば、幹部待遇で迎え入れてくれるしな。共和国より待遇が良いのさ。」
「自分の欲の為に…それだけの為にやったと言うのか!」
「人間、全て自分の欲の為に行動するものだろう?違うか?」テインが笑いながら言う。
「そんなものの為に人を殺すのか!お前に生きる資格はない!」
もう、剣の間合いに近い所まで接近している。
テインが牽制も兼ねて固定武装の無反動砲を撃ち込んだ。
しかし、クロノスは真っ直ぐ突っ込んで行く。無反動砲の弾を剣で斬り払って防ぎ、剣でテイン機の左肩を貫く。
「くっ…接近戦は不利か。間合いを取らなければ…」と言うテインに、容赦なくクロノスが斬りつける。
「貴様ぁ!俺の野望を!」とテインが言った瞬間、クロノスの剣がコックピットを貫いた。
戸惑いも無くコックピットを貫いた筈だった…しかし、その後に少しだけ冷静さを取り戻した。
「やってしまった…俺は…テイン中曹を殺したんだ…」
自分に言い聞かせるようにクロノスは独り言を言う…
『テイン機を撃破しました。通常モードに移行します。』とガイアが伝える。
「クロ…ダーインだ。テイン中曹を殺ったのか?」
ダーイン軍曹からの無線通話だった。
クロノスが使った無線周波数は、3小隊のものだったのだ。
中隊長の指揮要領次第で各中隊ともやり方は違う。小隊長のみが加入している中隊系周波数で中隊長が小隊長に無線で命令をし、小隊無線系で、小隊長が隊員に命令を伝達する中隊もある。
しかし、3中隊は基本的に無線周波数は中隊系として全パイロットが同じ系を使い、中隊長から小隊長への命令を全隊員が聞いて徹底及び情報を共有する方法であった。
各小隊に割り振られた周波数は予備的なものとして使っていたので、誰もこの周波数を使って喋ってはいなかったのだが、3小隊の隊員は傍受はできる状況だった。
クロノスが、小隊系の無線に突然入り怒鳴り出したため、3小隊の隊員が皆、2人の通話を傍受のみしていた。
「はい…俺がテイン中曹を殺しました…。捕獲もできたのに…憎くて殺してしまったんです…」
ボルグ中尉が言う。
「そんな話は後だ!ナハス軍曹はどうなんだ?キチンと確認しろ!もし戦死しているならば、俺に無線で報告しろ!」
「もうダメかと…思います…」
「良いから確認してこい!生きているなら速やかに衛生班に連れて行くんだ!クロ、しっかりしろ!」と、ボルグ中尉がゲキを飛ばす。
「了解しました…」
クロノスは絶望していた。意識もなく、脈も呼吸もなく…四肢の一部は吹き飛び、心配蘇生法をしてもダメだったのだ。また確認したところで、元気になっている筈は無いと。
ABLM回収車に戻り、荷台に置いたナハスを見る。
荷台には、ナハス軍曹の血で一杯だった。
脈拍、呼吸を確認したがやはり無い…酷かった出血も、出尽くしたのか?ほとんど出ていない状態だった。
「ナハス軍曹…ナハス軍曹!目を開けて下さい…お願いしますよ…お願いですから…」
クロノスは泣きながら問い掛けた…
いくら叫んでも、ナハスは静かに目を閉じたままだった。
「ナハス軍曹ぉぉぉ〜!」
涙を拭き、ABLMに乗り込む。
「ボルグ中尉…ダメです。ナハス軍曹…目を開けてくれないんです…起きてくれないんです…」
クロノスはの目から、また涙が溢れた。
「きちんと確認したんだな?分かった…。辛かっただろうが、良く確認してくれた。」ボルグが労う。
「クロ、こちらの近くまで、テインが持ってた110mmキャノンを持ってきてくれないか?やはり、スナイパーが居ないとキツいんだ。ラッハをそちらに向かわせるから渡してくれ。合流地点をマップ表示させる。そこまで持ってきてくれ。」
ボルグに言われ、撃破した新型機の近くまで行き、110mmキャノン砲を取った。
データ転送されたマップ表示の合流地点に向かい、前進する。
進むにつれ、戦闘音が激しくなっていく。第一線に近くなってきたからだ。
合流地点付近でレーダーに友軍識別信号の機体が映し出されたので、そちらに向かい進む。戦禍は激しさを増している様に感じる。
レーダーを見ると3小隊正面は、友軍3機対敵機が7機と、数では圧倒的に不利な状況だ。
「ボルグ中尉、加勢しますよ!俺も戦闘に参加します。」
「いや、大丈夫だ!クロはキャノン砲をラッハに渡したら帰れ!」
「しかし…数が違いすぎます。」
「3小隊を見くびるなよ。上手くやるさ!」
そうボルグは言うが、クロノスは心配であった。
ボルグは、クロノスがいくら訓練で強いといっても、正規の戦闘訓練を受けていない人間を戦闘に参加させる事はできないと考えていた。
しかし、クロノスは加勢するべく前線に近づいていった。
無線を3中隊の系に切り替えると、凄まじい程の通話が繰り広げられて混交している様だった。
クーナさんの声が聞こえる。状況を把握し、的確に部隊を運用している様だった。
前線に到着し、そこで見た光景は…圧倒的不利な状況からも、必死に勝つことを考えている3小隊の姿だった。
ラッハ軍曹も、この状況でキャノン砲を取りに来る事も出来ないようで、第一線に張り付いている。
連携をとり敵を撃破していた。
その時、ダーインが右脚に被弾したとの報告が入った。
「ダーイン軍曹まで…ダーイン軍曹まで失ったら…」
クロノスは考えていた。ダーイン軍曹まで戦死したら、ダーイン軍曹の妹さんは耐えられないだろうと…
夫と兄を2人同時に失うのだ。耐えられる筈が無い。そう思った時、先程のナハス軍曹を思い出した…
「ダーイン軍曹、どこですか?今いきます!」
「こちら33c、ダーインだ。現在地の信号発信するのでマップで確認してくれ。救援頼む。」
「クロ、お前は今から33eとして無線に加入しろ!俺は33α(アルファ)だ。分かったな!」と、ボルグから無線が入った。
「33e、こちら33α、俺達の位置は把握しているな?少し後ろにいる33Δ(デルタ)のラッハにキャノン砲を渡したら、速やかに33cの救援に向かってくれ!前線は俺達が維持する!」
「こちら33e、了解。」
クロノスは返信すると、すぐにラッハに合流して110mmキャノン砲を渡し、ダーインの所に向かう。
ダーインのいる場所に到着すると、3機に囲まれているダーインを発見した。片足を引きずりながらも、岩陰から3機を相手に持ち堪えている。
クロノスはナハスの事を思い出した。あの安らかな死に顔を…
その時、クロノスの中で何かが壊れた様な感覚があった。大切な何かが…
「33c、こちら33e、現地到着。今から援護する。」クロノスはそう言うと、剣を構えて敵に対して突撃していった。
「33e、牽制だけで良い。突っ込むな!」
ダーインは、敵3機に突撃するクロノスをみて焦った。
「ダーイン軍曹まで…よくも!」クロノスは無線のマイクが入っているのも忘れて叫んだ。
「おい!クロ、行くな!突っ込むな!」
ダーインは焦って止めるが、その言葉はクロノスの耳には届いても、心には届いていなかった。
「敵を全員ぶっ殺す!」
心の中の何かが弾け飛んだクロノスは、そう叫びながら敵に向かって突撃して行った。




