第102話 「覚醒、再び」
「この感覚は…あの時の…」
ダーインは、集中すると昔感じた事のある感覚に落ち入っていた。
ダーインが戸惑う。あの時の感覚…
気分はリラックスしている。しかし、違和感を感じるほど集中できている状態…
雑音が聞こえない…しかし、必要な情報は聞こえてくる。
時間軸がズレているような、心と身体が一体化しすぎている様な感覚…
時の流れが緩やかに思え、現実世界に居ない様な感覚…
連隊の競技会、格闘訓練装置の部で優勝した時と同じ状態だ。
無意識にアトル中尉の攻撃を剣で受けている。自然に体が動き、自分が操縦している実感が無い。
「これは…あの時の感覚と同じだ…何なんだ?これは…」
自分で判断しているのか?分からない…ただ、入力した情報を、無意識に処理して行動している様な、目で見たものをそのままダイレクトに手足で対応している様な…
アトル中尉の攻撃を、ダーインが無意識に弾いて攻撃する。
「何だ?コイツは…斬り返しが速い!防御から攻撃に転じる速度が流れるようだ…」アトル中尉が押され始めた。防御で手一杯になっているのだ。
「強化戦士の俺が押されている?ダーイン中曹!お前も共和国の強化戦士なのか?」と、アトル中尉が叫ぶ。
「俺が強化戦士?普通の人間だぞ?いや…今の状態は普通じゃないな…」
アトル中尉の剣を弾いて剣を縦に振った…と言うか、振っていた。
その剣が、アトル中尉の機体の右肩に入り、右腕を切り落とす。
「何なんだ?コイツは…」そう呟き、アトルは距離を取る。
落ちた剣を左手で持ち、構えをとるアトル…
素早く連撃を繰り出すが、全てダーインに受け流され、またもや攻撃をされた。
ダーインの振った剣を間一髪で回避し、連撃も剣で受けて凌いだ。
「アロン大佐!撤退します!」
「お前程の男が負けると言うのか?」アロンが驚いて聞き返す。
「負けはしないと思いますが、負ける可能性もあります。コイツは強い…普通じゃありません。」
「よし、イシュタの所に行け。それで一緒に下がって来い。退却するぞ!」
アロン大佐がそう命令する。
「逃すか!」と言って追跡しようとするダーインをクルタナが止めた。
「ダーイン中曹、こちらの損害も大きいから、深追いはしないで!クロと一緒に指揮車まで後退して頂戴。」
「了解しました…」とダーインはクルタナの命令に従った。
これにより、この地域の戦闘は終了した。
5対4の戦い…
与えた損害は中破3であるのに対して、受けた損害は中破2、大破1である。
負けたと言っても良いだろう…実際、ティル少佐がその気になれば、レイア軍曹も撃破されていただろうから。
数では有利だっただけに、クロノス達が動揺していた。
しかし、去り際にアロン大佐がクルタナに対して叫んでいた。
「今日の所は引き分けにしておいてやる!しかし、次はこうはいかんぞ!」と…
全員が指揮車の位置に到着し、クルタナが出迎えた。みんなを指揮車内に集合させて話をする。
「引き分けか…みんなはどう思う?」
「これだけ激しい戦闘で、みんな無事だったのが奇跡だと思います。」とラッハ中曹が答える。
「ラッハ…俺、無事じゃないんだけど…」とリジルは落ち込んでいた。
リジル中尉は、衛生兵に応急処置をしてもらっていた。幸い出血も殆どなく、骨折のみのようだ。
「まぁ、戦死者が出なかっただけでも良かったわ。みんな良くやったよ!特にレイア軍曹、良く戦ってくれたわ!」
レイアが突然泣き出し、声を絞り出して言う。
「私…私は足を引っ張っただけです…みんなに迷惑をかけてしまいました。」
「そんな事ないよ!良く頑張ってた。」とクルタナが励ますが…
「私がいなければ、リジル中尉は怪我をしなかったし、私がもっと上手く操縦できれば…」
「レイア軍曹、俺が怪我をしたのは俺が未熟だからだ。小隊長として部下を守るのは当然だし、守る技量がなかったからこうなったんだ。レイア軍曹が自分を責める必要はない。」とリジル中尉もレイアを責めたりはしなかった。
「クーナさん…引き分け?今回は完全に俺たちの負けだよ。収穫は、ダーイン中曹の覚醒?とレイア軍曹だよね。」とクロノスがクルタナに伝える。
「えっ?私?」とレイア軍曹が驚いた。
「ああ。ティル少佐も言ってただろ?並のエースなら撃破できてたよ。今の時点でその強さだ。これからどんどん強くなるよ!」
「だって…ティルって赤い機体には、全く歯が立たなかったのよ?」
「あの人は運良くとは言え、ラッハ中曹にも勝つ程の実力者だ。並のエースじゃないよ。」
「クロ…負けたのを思い出すじゃないかよ…」ラッハが呟く…
「まぁ、みんな無事で良かったわ!」とクルタナが言ってすぐにリジル中尉は「だから…俺、無事じゃありませんよ…」としょげていた…
そんな話をしている中、中隊本部のドニエル上曹から無線でクルタナに報告が入った。
「中隊長、撤収が終わりました。帰隊できます。」
「あっ!了解!ラッハ中曹のABLMだけじゃなく、クロの腕とかも回収した?」
「はい。それと、ザリガニの腕も回収しました。帰ってから分析します。」
「成果有りね!さぁ、帰りましょうか!」
「了解。行進順序、経路は来た時と同じで宜しいですか?」と指揮班長のホーク中尉が聞く。
「それで良いわ。帰隊について、司令部にも報告して頂戴。」
「了解です。今から5分後に出発します。」ホーク中尉が報告し、各車両に無線で伝えた。
帰りの車の中、ダーインは考える。
「あれは何だったんだろう…しかし、自分の意思であの状態になれれば…」と…
苦い思いを胸に、クロノス達は帰路についた。




