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澄んだ空に

作者: 見尾 玲


青く晴れ渡った空。所々に点々と漂う白くてやわらかそうな雲。

季節は梅雨真っ只中だが、雨にも休息が必要らしい。昨日から晴れて今日の空は快晴。教会の中でオルガンの音が、外では大きな鐘が鳴り、幸せを響かせている。

最近知ったことだが、ジューンブライドという言葉はどこかの企業が創った言葉で、6月に結婚式を挙げること自体には大した意味はないらしい。

とは言え、これから暑くなるであろうこの時期の澄んだ空は、あまりにも美しく、花嫁を映えさせていた。

特に、俺に。


オルガンの心地よい調べの中で、少しざわついているチャペル内。

係員が手振りやアイコンタクトで合図を送りあっている。その少し後、オルガンの調べがさりげなく変わって、その始まりを告げた。重々しく開かれる扉。俺は幼馴染みの千波ちなみとともに、入り口に近い位置でそれを見守る。

「いよいよだね。」

「ああ。」

開かれた扉の先、晴天の光を背にして現れる花嫁。その側に寄り添う旦那様ーーーーー彼女の父。

ヴェールに包まれた彼女は少し目を伏せ、旦那様の腕にそっと手を乗せていた。

親族、友人、仕事関係者など出席者は多く、スマホやカメラなどで花嫁の入場を映す人が多くみられた。千波もそのひとりだ。

浮世離れした話かもしれないが、この結婚はいわゆるお見合い結婚で、両家の仕事のメリットが大きく関わっているらしい。けれど、それでもふたりは自然に惹かれ合って、晴れて結婚に至ったという訳だ。

「綾ちゃん、綺麗…。」

千波から零れた言葉。俺も素直にそう思う。今の彼女は-----綾音あやね様は世界中の誰よりも美しく思えた。

俺と千波の前を通り過ぎて、新郎の藤也とうやへと渡されるまで、時間がひどく長く感じられた。

神父の進行でよくわからない讃美歌などを歌い、指輪の交換が始まる。藤也がお嬢様の手を取り、左手の薬指に指輪をはめる。お嬢様は少し緊張を浮かべながらも、はにかんだように微笑んで藤也の指に指輪をはめた。

「では、誓いの口づけを。」

花嫁のヴェールがゆっくりとはがされる。お嬢様の両肩にやさしく両手をのせ、そっと口づけは交わされた。途端にどこからともなく、拍手が起こってチャペル内に響き渡った。

「それでは新郎新婦が退場致します。」

お嬢様は藤也に手を引かれ、ゆっくりと歩を進める。

純白なふたりが俺たちの前を通り過ぎる。拍手の渦はまだ続いている。

重々しい扉が一旦閉められ、束の間緊張が解けた。出席者は口々に感想を言い合ったりしている。

「ご参列の皆様も、チャペルの外へご移動願います。」

係員の指示で皆がぞろぞろと移動を始める。新郎新婦の両親、同じく招待された俺の両親、その他出席者を軽く頭を下げて見送り、俺と千波は最後に移動した。

「どうぞ、おふたりを祝福してあげてください。」

チャペルの出入り口、女性係員が小さな籠を見せてくる。それには花びらが入っていた。とりあえず掴んで受け取る。

光雨こうったら、お菓子のつかみ取りじゃないんだよ?」

千波にそう言って笑われ、つられてか女性係員にも笑われてしまった。

俺たちはチャペルからいちばん遠いところに陣取った。入口付近には主に新郎新婦の友人が今か今かと待ち構えている。

「新郎新婦の登場です。」

再度チャペルの扉が開かれる。先ほどのときとは打って変わって、お嬢様に笑顔が見られる。それがとても印象的だった。

「藤也くん、綾音ちゃん、改めておめでとう。」

ふわり。

「嫁さん美人すぎるだろ!藤也にはもったいない!」

ふわり。

「綾音、すっごい綺麗。もう泣きそう~。」

ふわり。

「奥さんに愛想尽かされんなよ!」

ふわり。

「藤也さん、綾音をお願いします。」

ふわり。

「ふたりとも、お幸せに!」

かけられた言葉の数だけ、花びらが宙を舞う。そしてふたりは俺と千波の前に。

「綾ちゃん、おめでとう。」

ふわり。

「ありがとう、ちいちゃん。」

千波に笑いかけて、祝福を受けるお嬢様。だが、俺に向けられた顔には複雑な表情が見て取れた。

「とてもお似合いです、お嬢様。」

「光雨・・・。」

普段は無愛想だの仏像だのと言われる俺だが、なんとか笑ってみたつもりだ。

「お幸せに、なってください。」

そして、ふわりとお嬢様に花びらを送る。

ちらりと藤也と千波を見ると、ふたりは笑って会話している。それを確認した一瞬の間に現れる、俺とお嬢様のふたりだけの空間。

光雨、ごめんね。

言葉にしなくても、その顔を見れば伝わってくる。俺はふと、自分の身体が強張っていたことに気が付いて、その力を抜いてお嬢様をーーーーー綾音を見つめ返して、頷いてみせた。

気にしなくていいんだ。綾音が幸せになってくれれば、俺はそれでいい。

たぶん、伝わった。と信じたい。綾音は驚いたように目を開いて、けれど次の瞬間には唇をきゅっと結んで、かすかに頷いた。

「千波ちゃん、宮柴みやしばを頼むね。」

藤也と千波の会話が聞こえた。お嬢様も藤也へ顔を向ける。千波は困ったように笑って、「はい。」と頷いた。藤也が俺の前に進んでくる。

「お嬢様を、よろしく頼みます。」

「宮柴。」

藤也がさりげなく俺との距離を縮めて、ささやかれた。

「-----。」

はっと藤也を見たけれど、すでにふたりは披露宴の準備に向けて、この場をあとにしていた。

「それでは皆様も、披露宴会場へご移動お願い致します。」

係員に促されて、大衆はまたぞろぞろと移動を始めた。

「光雨。」

皆がいなくなっても、千波は俺の側を離れない。俺のスーツの袖を指先で握っている。

「大丈夫・・・?」

今日は梅雨の合間の快晴。澄んだ空に、彼女は美しかった。澄んだ空に、皆の気持ちも高鳴っているだろうに、俺だけ少し場違いな気がした。風が舞う。どこからか舞い遊んでいる、なにかの花びら。

「千波、悪い。」

「私は、いいよ。」

見ると、千波も無理に笑ったように見えた。スーツの袖を握る千波の指に自分の指を絡める。

「・・・行くか。」

「うん。」

たとえ場違いだとしても、今日はふたりを祝福すべき日だ。

澄んだ空に、彼と彼女の幸せを複雑に願い。

澄んだ空に、側にいてくれる千波の側に自分もいようと誓い。

俺と千波も大衆を追って、披露宴会場へ向かった。


おまえの綾音への気持ちも、綾音のおまえへの気持ちも知っていた。ごめんな。だから、必ず綾音を幸せにするよ。

澄んだ空に、風が花びらを連れて駆けていった。



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