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「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰おっしゃるんだわ。」

「そんな神さまうその神さまだい。」

「あなたの神さまうその神さまよ。」

「そうじゃないよ。」

「あなたの神さまってどんな神さまですか。」青年は笑いながら云いました。

「ぼくほんとうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです。」

「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」

「ああ、そんなんでなしにたったひとりのほんとうのほんとうの神さまです。」

「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前にわたくしたちとお会いになることを祈ります。」青年はつつましく両手を組みました。

 

 (「銀河鉄道の夜」より)

 

 

 ウィトゲンシュタインは自分の哲学の中核に「語り得ないもの」という概念を置いた。彼は一貫して、この哲学を追い求めてきた。

 

 語り得ないものとは、言語表現が不可能な領域なのだが、後期ウィトゲンシュタインは次第に、言語それ自体が人間の実相である事を明かしつつ、その限界について思索していた。

 

 ここで何故、ウィトゲンシュタインが「語り得ないもの」のようなものを求めたのかは説明し難い。とにかく、彼は絶対的な真理に取り憑かれた、心底からの哲学者だったという事なのだろう。彼の哲学は、哲学者としての彼を食い尽くしてしまうようにできていたが、彼は辛うじてその存在に耐えた。彼は自殺せず、生涯を全うした。

 

 何故、彼は生涯を全うできたか。アルチュール・ランボーのように夭折せずに済んだのか。もちろんこんな事は偶然も絡むので、遊戯的な言及でしかないが、私は、ウィトゲンシュタインが「間違っていた」からこそ、死ぬまで哲学をやり続けられたのだと思う。もちろん、彼はそれを望み、現にそうしたのだ。彼は正解にたどり着かなかった。あるいは、正解をいつも自分のいる位置よりも一歩前にずらして置いた。

 

 私はこの文章を宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の引用から始めた。だから、これについて言及しなければならないだろう。

 

 私は宮沢賢治に詳しいわけではないが、上記の引用だけでも、宮沢賢治が「ほんとうの神」は語り得ないものだと考えていた事がわかる。これはウィトゲンシュタインが模索していた「語り得ないもの」と同種のものだと考えている。

 

 上記の場面では、最初、ジョバンニと女の子が議論している。女の子の言う「神」とはキリストの事で、彼女と青年はクリスチャンなので、それは当然だ。それに対してジョバンニは言う。

 

 「ぼくほんとうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです。」

 

 ここでジョバンニの言わんとしている事は、ウィトゲンシュタイン的に言えば「語り得ないもの」だ。ジョバンニが言及しようとしている「普遍的な神」は、それが言及された途端、「ジョバンニが信じている神」に特定化されてしまう。ウィトゲンシュタインの言及していた「『私』の特別性」と同じように、この神は言語ゲームの内部に入ってこない。

 

 それを例証するように青年は言う。

 

 「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」

 

 ここで言われている神は、ジョバンニの言わんとしている神ではない。青年の言う神はキリスト教における神であって、それが唯一神なのは彼がクリスチャンなのだから当然だ。ここではジョバンニの神と、青年の神との間で齟齬が起きている。ジョバンニはそれに返す。

 

 「ああ、そんなんでなしにたったひとりのほんとうのほんとうの神さまです。」


 もちろん、この「ほんとうの神」は語り得ない。青年の側から見たら、それは「ジョバンニの信じている神」である。真っ当なクリスチャンである青年はそうではなく、自分が信じている神が世界の神になる事を願っている。キリスト教徒は、布教の為に世界を旅したが、そこで現地の神とキリスト教の神は対立する事になった。これは神が概念であり、党派性である事から起こる問題である。宮沢賢治が指向している神はあくまでも語り得ないものであり、語られると、ジョバンニの言ったように、必ず誤解されてしまう(誤解されるのが正しい)神である。しかし、この語り得ない神だけが本当の神だと、ジョバンニも宮沢賢治も知っていた。

 

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