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時の檻  作者: YAEpon
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第五章 ―響子 過去へ―

第五章 ―響子 過去へ―




外を見ると、さっき見た智弘の実家跡とは微妙に違っていた。


車を出発させた時は夜だったのに、今は昼間だ。


しかも道路の脇に植えられた街路樹が紅葉し、少し暖かい気がする。季節もまるで違うのだ。


(ここが過去なの?)


私はタクシーから降りた。


「本当に…」


シゲさんが這うように降りてくる。


シゲさんから漏れた言葉で、ここが過去なんだと確信した。


一メートルほど先に見慣れた後姿があった。智弘だ。すぐ近くに女性が立っている。


私は走った。


「母さん」


智弘が女性の方に手を伸ばし呼び止めている。


「智弘」


智弘が伸ばした手を掴む。


「響子…、どうしてここに?」


振り返る智弘。ほおける様に私を見ていた。


私たちの様子を見て、女性は首をかしげてそのまま歩き出した。


「もう、なにやって…」


キキキキー


大きな音がして、そちらを覗き見る。


「ともひろー!」


女性が叫び、駆け出すのが見えた。


車が急発進して走り去る。その先に倒れた男の子。


さっきの女性がその男の子を抱き起こし、助けを呼んでいる。男の子と女性が居る場所に生々しい血が流れてくるのがわかる。その血は大きな水溜の様にひろがってゆく。


こんなに離れた場所なのに、それだけ男の子の怪我は重傷なのだ。


「大変、行かなきゃ!」


掴んでいた智弘の腕をもう一度掴み直す。


「え?」


先ほど掴んでそのままだった手がスカッと抜けた。その手元を見る。


「智弘?」


体が半透明で、体の先で起こっている事が見える。


女性の声を聞きつけた住人が出てきて、ある人は男の子と女性に声を掛け、ある人は急いで家の中に駆け込む。救急車を呼ぶのだろう。


目の前に居る智弘は慌てた様子で自分の透けている両手を不思議そうに眺めていた。だが、半透明のせいで表情はよく分からない。


先ほどの女性が倒れている男の子に、なにやら叫んでいる。


「響子、戻ってこい!」


運転手の智弘が叫んだ。この智弘も半透明だ。


「どういうことなの?」


私は運転手の智弘に駆け寄った。


「お前、車の運転できたよな?」


「出来るけど…?」


「良いから早く、もとの時代に戻るんだ!」


「でも…」


「早くしろ!戻れなくなるぞ。メーターはセットした。アクセル踏むだけだから大丈夫だ。」


「あなたは?」


運転手の智弘は横に首を振った。


「早く!」


運転手が叫び、私はアクセルを吹かした。


シゲさんは後部座席で完全にダウンしている。


「ありがとう…響子。」


静かに、だがハッキリと言う智弘。


半透明の姿なのに、その顔は満面の笑みだということが分かった。


そして運転手の智弘が陽炎のように揺らめく。


私がアクセルをもう一度踏み込むと、タクシーが今度はエレベーターが上に行くように動き出した。




アクセルを踏み込んでいた足がスカッと抜けた。


「きゃっ」


「うおっ」


私はしりもちを付き、シゲさんは完全に道路に突っ伏していた。


お尻をさすりながら立ち上がる。


「大丈夫ですか?」


私は倒れているシゲさんに手を差し出した。


「…つっ」


シゲさんはそれにつかまり立ち上がる。


「ここって…」


あたりを見回す。


また夜に戻っている。


煌々と灯る街頭、家からもれる明かり。


時折聞こえる子供の笑い声。


智弘の家があった場所だ。


タクシーが消え、運転手がいない所だけが過去へ出発する前と違う。


「戻ってきたのか?」


シゲさんはそう言うと腰をさすり、道路に落ていた帽子とぼろぼろの手帳を拾い上げた。


タクシー運転手の物だろう。


「この手帳は、智弘君のお父さんに『記者になる息子に就職祝いのプレゼントを贈りたいが何が良いか』と意見を聞かれて、私がすすめた物なんだよ」


シゲさんがぽつりと言った。


そういえば、シゲさんも同じメーカーの物を使っている。


シゲさんがぱらぱらと手帳をめくった。


「これは…」


そう言って、シゲさんはさらにぱらぱらと手帳をめくる。


「何が書いてあるんですか?」


私はその手帳を覗き込むようにシゲさんに近付いた。


「あのタクシーの秘密だ」


シゲさんは手帳から目を離さずに答えた。


「タクシーの…秘密?」


覗き込んだ手帳には見覚えのある字が書き込まれている。智弘の字だ。


「あのタクシーは…、いやあの時間を移動する機械は智弘君が作ったものらしい。藤野弁護士を殺した智弘君が」


「え?」


思わず顔を上げてシゲさんを見る。


だが、シゲさんは手帳の内容を読み続けたままだ。


「この手帳によると、彼は藤野弁護士殺害の罪で無期懲役になったそうだ。そして刑務所内で時間を移動する方法を考えた。お母さんが亡くならなければこんな事にはならなかったと、そう思って…。そして出所後にその機械を完成させた。」


「でも、タイムマシーンなんてそう簡単に作れるものじゃないですよね?」


そんなに簡単に出来るものなら、大学か大企業の研究室が開発して、もう実用化されていてもおかしくないと思う。


でも、まだそんなものは発明されていない。


「それだけ過去を変えたいという思いが強かったのだろう。」


シゲさんは手帳を読み終えたらしく、やっと顔をあげた。


私はシゲさんから手帳を受け取り、街頭の明かりを頼りに中を読んだ。


《二月十四日 あいつらの弁護をする藤野も同罪だ。あの女が弁護したら、あいつらは裁判に勝ってしまう。許せない。俺はあいつらやそれを擁護するものは絶対に許せない》


《三月二日 藤野弁護士はあいつらの弁護を引き受けてはいなかった。要請が来たが断っていた。俺は…罪のない彼女を殺してしまった》


桑野弁護士が生きている過去。


だから藤野弁護士は逮捕沙汰になった弁護士集団の事務所の人間ではなかった。


その代わり優秀な彼女に弁護の依頼がきた。


でも、彼女が引き受けるわけがない。智弘から聞いた“彼女のお父さんの亡くなった理由”を考えたら…。


私は他のページも読んでみた。


《七月二十日 無期懲役の判決が出た。死刑だと思っていたのに信じられない。俺の殺した藤野弁護士があの件とはまったく関係なかったのに…。もう殺してくれ、死刑にしてくれ!》


《八月二十五日 無期懲役といっても一生刑務所に入れられてるわけじゃない。なんで…。何の罪もない人を殺したのに…。》


《九月四日 母さんが死んでから俺の人生はむちゃくちゃだ。母さんがあの事故で亡くならなければ…》


《十月十六日 過去に戻る事はできないのだろうか?相対性理論が利用できれば時間の移動も出来ると聞いた。弁護士に相対性理論関連の本を差し入れてもらうよう頼んだ。》


《三月八日 この方法なら…時間を移動できるのではないだろうか?》


《十二月三十日 出所日が決まる。人を殺した人間がこんなに簡単に出てもいいのか?やはり出所したら完成させよう。過去に戻るための機械を》


《九月二十六日 とうとう完成した。移動した先にはまるで時間の流れと無視された場所をみつけた。これからはここで暮らそう。時の移動が可能になったのだ、これから過去を変えるため、記者の俺が遅刻して大目玉を食ったクラリオンホテルの晩餐会へ行ってみよう。》


《十月三日 成功だ。晩餐会へ連れて行った俺にもう一度会いたいと頼んだ。記者の俺に母さんを、そして俺は事故を起こす車を止める。そうすれば…きっと良くなる。》


《十月九日 なんて事だ。記者の俺が母さんを殺してしまうなんて…。》


《四月二日 吐血。時の移動は体に負担がかかるのだ。年齢のせいもあるかもしれない。》


《七月二十五日 出所する母さんを殺した俺を乗せて戻ってきた。新しい過去は俺が経験した過去よりもまだ良い物なのではないかということを話す。あとはこの若い俺の判断に任せよう》


残りのページは白紙だった。


この手帳の持ち主、一番初めに時間を移動した智弘が力尽きたのだろう。


私の知っている智弘とは違う。けれど同じ文字を書く人。


私はその手帳の字を、そっと指でなぞった。


するとこの手帳も先ほどの智弘たちのように半透明になって、消えた。


「これって…。智弘が透明になって、タクシーも手帳も消えてしまった。これってどういうことですか?」


私はシゲさんに聞いた。


分からない事だらけだ。


「ハッキリとは分からないが…また過去が変わったんだろう。」


シゲさんは眉間にしわを寄せ、先ほど行った過去で男の子が倒れていたあたりを見ていた。


「どういう?」


言葉にしてから急に恐くなった。


これは聞いてはいけない事だったのではないか?


そんな気がした。


「智弘君は子供の頃に交通事故で亡くなる。そんな過去だろう」


「え?」


二人とも黙った。


しばらく何も言えなかった。


「じゃあ、私が動いたせいで、智弘が…?」


呆然と立ち尽くした私。


「響子ちゃん…」


シゲさんにそう声をかけられて、私は膝から崩れ落ちた。


とめどなく涙が溢れてくる。


私はその涙を抑えることも忘れてその場に座り込んでいた。


「私が余計なことをしたから…」


「智弘君は感謝してたじゃないか。智弘君は延々と続く時間の檻から、やっと抜け出せたんだ。」


「でも…」


「もう、考えちゃいかん」


シゲさんは私の背中を優しくさすった。


私は両手で顔を押さえて泣いた。




あれから私は町中のタクシーがとても気になるようになった。あのタクシーは智弘と共に、もう完全に消えてしまったのだろうか?それとも、また別の誰かの人生を変えているのだろうか?


また一台、白い車体のタクシーが私の横を走り抜けて行く。


色々な人の、その思いも乗せて

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