ゴブリン
ゴブリン、それは最弱にして最悪の魔物。
子供並の知性に子供並の体つき。
緑色の肌に、尖がった耳。白目のない黒い目。
ゴブリンの顔を見て、人は悪魔のようだと言う。だが、歴史学者に言わせれば、いわゆる悪魔のイメージはゴブリンの姿形を模して造られたのだそうだ。魔法革命が起きて100年あまり経った今でこそゴブリンは大した脅威とは見られないが、革命以前それどころか50年前ですら今のように撃退したり巣を焼き払ったりというのは簡単ではなく、特に小さい地方の集落にとって、ゴブリンとは長い間驚異の象徴だったのである。
人はゴブリンは醜悪だという。
罠を仕掛け、集団で人間を襲う。ゴブリンは人間のように高度な道具を作ることはできないが、それでも石器程度のモノは使う上、襲った人間の使用することも少なくない。彼らの知能は決して低くない。
石彼らは普段小動物や木の実をとって過ごしているが、一番のごちそうは人間の雄だ。ゴブリン学者によれば、彼らにとって人間とは二つの意味を持つ。
消えゆく男性性に僕はゴブリンを重ねている。醜悪さを愛でる。弱い人が強くなる話じゃなくて、弱い人が負ける話でもなくて、弱い人が弱い人のまま救われる話を僕はみたい。
常々、僕は負け犬だった。逃げたかった。人間である以上避けられない社会の構造から抜け出したかった。
ある種の救済を求めていた。
そういう意味では、これは僕にとって一つの救済の形だったのかもしれない。
弱肉強食で欲望に忠実な分かりやすい社会。上部だけきれいごとを言う人間社会よりもずっとマシだと思った。
全ての人が全ての人にとって優しい世界なんて存在しないただの理想だと僕はよく知っている。やりたいことよりも、気持ちの真剣さよりも、能力ではかられる残酷な世界を僕は知っている。
それに比べれば、可能性をチラつかせないゴブリンの世界はずっと優しい。
そう、僕は火の海に包まれていく自分たちの巣を眺めながら思っていた。戦わなかった僕は、僕だけが無傷で。後は冒険者に駆られたり、焼け死んだり。
僕はまた新しい場所で生活を始めた。