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スノウ・ホワイトはゆったりのんびり旅をしたい

作者: 北乃ゆうひ

思いつきと勢いによる産物です。

読んで下さった方々が、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。



「クソッタレ――ッ!!」


 思い切り毒づきながら、アタシは街道を駆けていく。

 今、アタシは追われている。


 追っ手はとんでもないスゴ腕だ。


 アタシがどこへ行こうと、行方をくらまそうと、必ず見つけだし、やがてこうして姿を見せる。

 捕まってしまえば、外界から隔絶された小部屋に軟禁され、奴らが満足するまで、気が狂うような目にあわされる。


 アタシは――もう、あんな生活はゴメンだった。


「はっ――はっ――……」


 荒れた呼吸を整えることすら惜しい。

 お気に入りの赤いフレームのメガネが、今は邪魔に感じる。


 キャリーカートを持っていない右手でメガネの位置をクイっと直し、走る速度を上げる。


 あまり手入れをしてない濃灰色の髪が、汗で額に張り付く。

 目を隠す程度に伸ばした前髪が鬱陶しくはあるが、こういう時、後ろを短くしておいて良かったと思う。長い髪を振り回しながら走り回るのって面倒そうだし。


 額に張り付いた前髪を指で弾いて、さらに走る速度を上げようとした時――

 

「止まれ――ッ!!」


 ニヤついた笑みを浮かべた集団が、横に広がって街道を塞ぐ。

 どうやら、この辺りを荒らしてる野盗の類。


「いいか姉ちゃん。何を急いでるんだか、知らねぇがここを通りたければ――」

「うるせぇッ、邪魔だッ!!」


 口上を無視して、脛・つま先・カカトに金属板が仕込まれている編み上げブーツに、一番得意な属性である風のチカラを集めて、言葉のままに一振りかます。


 瞬間、アタシの足から横薙するような突風が巻き起こり、野盗たちをまとめて吹き飛ばした。


「見ての通り急いでるんだッ! 今日は命までは取らねぇから、とっとと……いや」


 そこでふと思うことがあり、色あせた男物のコートのポケットに入ってる財布から、銀貨を三枚枚ほど取り出すと、手近にいた奴に向かって投げる。


「これをくれてやるから、アタシを追いかけてくる奴にも、ちゃんと襲いかかれよ?」


 相手の返事を聞かず、アタシはそのまま再び走り出す。

 足止めになればそれでよし。ならないなら銀貨三枚の大損だ。


 それでも、逃げきれる可能性がわずかでも増えるっていうなら、銀貨三枚でもやすいもんだッ!


 あっけに取られてる野盗連中を無視して、アタシは再び走り出す。


 


 走りながら、左手で握っているキャリーバッグを見やる。

 コイツはこんな時の為に特注した丈夫なやつだ。


 耐久性の高さ。踏破性の高さ。軽量さ。

 大本となったマジックバック――中が特殊な空間になっていて、見た目以上にモノが入るという古代遺産の出土品のカバンだ――だって、大容量の超レアモノ。

 アタシの旅の必需品だ。


 そんな旅の必需品の取っ手を握る手にチカラを込める。


 瞬間……すぐ近くの茂みから、深紅の毛色をした大型の熊――スカーレッドグリズリーが飛び出してきた。


 だが、アタシはそれを事前に察していた。


 故に――


「グルぅ……ガ……バァゥア……ッ!?」


 目の前で大声を上げてこちらを威嚇しようとするスカーレッドグリズリーをマジックキャリーバッグで強打する。


 茂みの中へと吹っ飛んでいくスカーレッドグリズリーを尻目に、あたしはそのまま駆けていく。


 野盗も魔獣もナンボのもんじゃいッ!

 こちとら急いでるだッ! 邪魔するやつには容赦しねぇ――……ッ!!


 死にたい奴から掛かってこいッ!

 ……………いや、足止めされるのヤダからやっぱ掛かってくるなッ!





 アタシが全力で駆けていると、川に架かった橋へと差し掛かる。

 かなりボロっちいが、数年前にここを通った時は馬車とかもふつうに渡ってた橋だ。


 ……今日は妙に使ってる人が少ない気がするけど、まぁそんな日もあるだろうさ。

 奴らが橋の両端で待ちかまえたりしてたら最悪だが、少なくとも川の対岸に連中がいる可能性は極めて低い。


 ならば、アタシはこの橋を渡るべきだ。

 最悪――この橋は渡りきったあとで爆破することも考慮にいれる。


 いざッ!


 アタシは気合いを入れて橋を駆ける。

 一気に渡りきろうとするアタシの足下から、イヤな音が聞こえた。


 咄嗟に風を纏って橋を蹴り、高く飛び上がった時、橋がメキメキと音を立てながら崩れていく。


「マジでッ!?」


 ここは橋のほぼ中央。

 行くも退くも岸は遠い。


「オンボロ橋がぁぁぁぁぁぁ――……ッ!!」


 風の術の効果が切れて、アタシの身体は一気に川へと落ちていった。




 派手な音を立てて川に落ちたものの、キャリーバッグを手放さなかったのは我ながら僥倖(ぎょうこう)だ。


 そのまま何とか川を泳いでいると、突如川上に大きな影が現れた。

 水面下にいるのは、どう考えてもよろしくない大きな存在。


「対岸まで逃げきれるか?」


 口に出してから自嘲する。

 水に住む魔獣相手に、水泳で勝負するのは分が悪すぎる。


 分が悪くとも、逃げ切らなければどうしようもない。

 アタシが必死に泳ぐものの、やはり大きな影はこちらへ向かって近づいてくる。


 ザパーっと大きな音を立てながら、水面から顔を出したのは、アタシを一口で飲み込めそうな口を持つ、大型の魔獣――グランゲーター。

 水陸両用の魔獣で、地上で出会っても結構やっかいな奴だが、魚のように水の中でも動けるおかげでどこで遭遇しても逃げるのが難しく、その危険性はかなり高い。


「あー……こりゃ、終わったか……?」


 奴らから必死に逃げようとするあまり、細かいことが疎かになりすぎていたのがこの末路だ。


「せめて、もう一度妹の顔は見たかったかな……」


 ふと、口から漏れたのはそんな弱音。

 どうやらアタシは、無自覚のうちに諦めを受け入れたらしい。


 グランゲーターが大きな口を開けてアタシに迫る。

 それをぼーっと見ていると――


「そこのボケ魔獣ッ!

 あたしの大事な金ヅルをッ、喰おうとなんてッ、してるんじゃ……ッ!」


 渋く深みあるオジサマボイスで、オネェ言葉を操る声が、響きわたった。


「――ないわよォォォォォォォ――……ッ!!」


 声と共に、スマートなシルエットに、ダブルスーツをビシッと着こなした男の拳が、グランゲーターを吹き飛ばす。 

 

 その男は殴り飛ばしたあと、川から顔を見せる岩の一つにふわりと降り立った。

 そこへ、ひらりとスーツの色とお揃いのダービーハットが落ちてきて、男が軽く掲げた右手の中へと収まる。


 男は、左手で丸い色眼鏡のブリッジに触れ、少しズレを直したあとで、ダービーハットをかぶってから、川に浮かぶこちらへと向き直った。


「……ナルキス・カノーネ……」


 思わず、アタシはそいつの名前を呟く。


「は~い。ご無沙汰してるわね、スノウ先生。

 らしくないピンチだったみたいだけど、無事かしら?」


 良い声で、紳士的な立ち振る舞いで、使う言葉遣いはこれだ。

 初対面のやつはだいたい面を食らっちまう奴ではあるが、仕事はできる。出来過ぎるほどに。


 こいつこそが――アタシを追いかけて来ていた奴らの一人。


「正直、助かった。

 もっともアンタにゃ助けて貰いたくなかったけどな」

「あらら、連れないわね。

 でも、助けてあげたんだからお礼くらいは欲しいわ」

「……ま、礼儀としちゃそうだな。

 ありがとう。助かったのは間違いないから、礼は言う」

「先生のそういう素直さというか律儀さ、あたしは嫌いじゃないわよ」


 そう言って差し伸べられる手に、アタシは逡巡しつつも、握り返す。


「上手く風を使ってちょうだいね?」

「あいよ」


 言うなり、ナルキスはその岩から思い切りジャンプをした。

 身体強化系の能力を使った超跳躍。


 ぶっちゃけ、まっとうな人間の使う身体強化の域を越えまくった謎パワーを操れるのが不思議でしょうがない。


 手を握っているアタシも、ナルキスと一緒に宙へと躍り出る。


「着地は任せるわ」

「考えてから跳べよ」

「風を使ってって言っておいたじゃない」


 とはいえ、助けられたのは間違いないので、いつもほど邪険に扱いづらい。

 いつものように突き放す気にはなれず、アタシは自分とナルキスを風で包み込んで、ゆっくりと地上へと着地した。


「ありがとな、ナルキス。

 もう手を離してもいいぞ。むしろ離せ」

「あらん、つれない。

 でもねぇ……せっかく握れたんだもの。離したくはないわ」

「アタシはそうでもない」

「それに、先生だってオンナノコでしょう? 川に落ちた身体の冷やしっぱなしは良くないわ。近くに良い温泉のある村があるの。予約を取ってあるのよ」

「アタシは別にそこには用ないからな。手を離してくれよナルキス」

「ふふ。い・や・よ♪」


 アタシは強引に手を振り払おうとするものの、ナルキスは身体強化でも使っているのか、ビクともしない。


「もう締め切りがそこまで来てるんだから、温泉宿でゆっくりもしてられないけれど……がんばってね。先生?」

「うあぁぁぁぁぁー……ッ!? いやだぁぁぁぁ……ッ!?

 温泉を前に温泉に入れないカンヅメなんてイヤだぁぁぁぁぁ――……ッ!!」


 泣き叫んだところでどうしようもない。

 ナルキスに捕まった以上は、逃げられないのは分かっている。


 分かっていても、逃げ出したいんだ……ッ!!


「温泉のコトは心配しないで、先生。

 先生の代わりに、あたしが精一杯温泉を楽しむからッ!」

「お前も仕事しろ担当ッ!」

「先生の原稿がなければ仕事できないもの。先生がまずがんばってくれないとねぇ……」


 こうして、アタシのささやかな逃走劇は終わりを告げる。



「さぁさぁ、全国のピュアピュアな少女たちが待ってるわよ~。

 がんばりましょうね! センセイッ!!」



 今日から約十日間。

 ナルキスに見張られながら、温泉宿の一室で、延々とペンを走らせることになるのだった……。








 ちなみに、宿のご飯は楽しめたものの、温泉をちゃんと楽しめたのは宿についた直後のみだったことを記しておく。



 アタシの原稿が完成した直後に、


「原稿が完成した以上、宿代を経費にするのは難しいのよねぇ~」


 ――とか言ってチェックアウトしやがったんだ、あの野郎……ッ!!




 アタシの名前は、スノウ。スノウ・サルビリア。

 ペンネームは、スノウ・ホワイト。


 表向き、女性ということ以外の経歴がいっさい不明。少女達に絶大な人気を誇る少女向け恋愛作家サマだ。

 ヒット作が恋愛ばかりなだけとアタシは思っているんだが、気が付けば、乙女心の代弁者、少女の夢の代理人、憧れの担い手――などと称されるほどである。


 だからこそ、色んな出版社に狙われている。

 アタシが綿毛人(たびびと)しての能力が高いから、アタシ以上の腕前の連中が担当となって追いかけてくる。


 別に作家業は嫌いじゃない。

 文章を書くのもイヤじゃない。


 だけどアタシは――

 綿毛人(フラウマー)として、のんびりあちこち旅をしたいんだよォォォォォ――……ッ!!


 ちッくしょォォォォォォォォォ――……ッッッ!!!!!!



恋愛作家(スノウ・ホワイト)はゆったりのんびり旅をしたい - closed.】

 お読み頂き、ありがとうございました。

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