とある魔法少女についてのお話
マグの魔法薬店の前には、一本の箒が立て掛けられていた。どうやら、店主が滞在中のようだ。久しぶりに、アデルは、マグの魔法薬店の扉をノックした。
「マグ、いるかしら?」
と、言いながらアデルが店内へ入る。店のカウンターの奥には、白いローブを頭から被った少女がいた。
「あら、アデル」
カウンターの奥で座りながら魔法薬の調合をしていたマグは、直ぐに顔を上げて作業を止める。そして、彼女は立ち上がり、やや嬉しそうな顔をしながら、わざわざアデルの前まで歩いて行く。
「久しぶりね、アデル。メメも。元気にしていたかしら?」
白いローブの奥の、今日のマグの髪の色は栗色で、瞳の色は橙色だった。
「久しぶりね、マグ。私達はいつも通りよ」
「久しぶりだね、マグ。君こそ、元気にしていたかい?」
アデルと、彼女の頭上の魔法の帽子メメは、挨拶を返す。
「私の方も元気にやっていたわ。あなた達も元気そうでなにより。……ああ、あと、もう一人__」
「私も元気にしていたよ、マグ!」
弾んだ声が響くと同時に、アデルの傍らに光の粒子が渦巻く。そして、現れたのが、魔法の箒ノノだった。ノノは、現れた途端、箒の体をぴょんぴょんと跳ねさせて、アデルとマグの周りを回る。
「久しぶり、マグ! 会えて嬉しい!」
「久しぶりね、ノノ。私も会えて嬉しいわ。相変わらず元気いっぱいね」
マグは、自分の周りを飛び跳ね続けるノノを目で追いながら、笑って返す。アデルは、「また勝手に出てきて……」と呆れて、溜息を吐く。
「アデルとの旅はどうだった、ノノ? 大変じゃなかった?」
「すっごく楽しいよ! アデルと色々な場所に行けて楽しい! それに、私、すごくがんばっているの! ちゃんと箒として、アデルを乗せてがんばっているんだから!」
「あら、それは良かったわね」
「でもね、アデルったら、時々ひどいんだよ……。この前だって、かわいそうなミミズさんやコウモリさんを容赦なく殺しちゃうんだから……」
「あらあら、それはひどいわね。ひどい魔女ね」
傍らで話を聞いていた、アデルは、
「ひどい魔女って……マグ、あなたねえ……。町や村を2、3も壊滅させている巨大ワームや、暴走した吸血鬼に同情を寄せるなら好きにすれば良いけど」
と、呆れ気味に苦笑を漏らした。
「そういえば、魔物討伐の任務はどうなったの、アデル? 最近じゃ、魔物の活性化も落ち着いてきたって聞くけど?」
「そうね。思いの外長く続いたこの任務も、もうそろそろ終わりになってくるんじゃないかしら」
「それは良かったわね」
「全く、思い返せば、酷くこき使われたものだわ。『赤リボンのアデル』の噂も大概ね。万能の魔女だからといって、とにかく無茶な事を要求して来るんだから。何度かキレそうなったわ。まあ、結局、無茶な事でもこなしてしまうのだけどね」
「ふふ、魔法少女も大変ね」
「……魔法少女?」
マグが口にした言葉に、アデルは眉を上げる。
「ねえ、マグ、“魔法少女”ってどういう意味?」
「あら、初耳の言葉だったかしら?」
「いえ。前一度、聞いた事はある。確か、あのイカレ博士__キルシュタイン博士が私をそんなふうに呼んでいた。最近になって、魔法学者の間で使われている言葉だって」
アデルは、苦々しい表情で、思い出したくもないマッドサイエンティストの名を口にする。
「最近使われるようになった言葉というのはその通りね。ただ、魔法学者の間で使われている、というのは少し不正確だわ。使われているのは、主に魔法結社の関係者の間でよ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ。大雑把に説明すると、“魔法少女”という言葉は、魔法使いの法秩序から外れた存在__教会関係者が言うところの悪魔的異端者__に対して使われる敬称よ。つまりは、『赤リボンのアデル』、あなたのような存在に対する敬称。魔法結社内部であなたに対して好意的な人達は、そんなふうにあなたを呼んでいるの」
「へー。流石、何でも良く知っているわね、賢者マグ様」
「ありがとう。けれど、その呼ばれ方は好きじゃないわね」
マグは、呼ばれた自分の異名に対して、いつものように返した後、
「それで、今日は何の用かしら? それとも、用が無くても来てくれたのかしら?」
「いや、大した用事じゃないんだけどね、こいつが……」
すると、アデルは、魔法の帽子メメを脱いで、カウンターの上に置いた。
「用があるのは僕だよ、マグ。少し、二人きりで話せるかな?」
「あら、メメ。珍しいわね。何のお話かしら?」
「それは、まあ色々とね」
勿体ぶるメメに対して、マグは首を傾げ、アデルは肩を竦める。
「そこの帽子野郎が何を賢者様にご相談したいのか分からないけど、とにかく二人きりでお話したいようなの。悪いけど付き合ってくれる、マグ?」
「まあ、私は構わないけど」
それから、アデルは、「じゃあ、暫くしたらもどってくるわ」といって、マグの魔法薬店から立ち去って行った。店内には、マグとメメだけが残されることになったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「メメ、あれ以降、アデルの調子はどうかしら?」
二人きりになった後、マグの方から話を切り出した。
「君が心配しているようなことは特には起きていないよ。コルによる影響__君が言うところの、アデルにとって良くない変化も、最近ではすっかり落ち着いてきている。アデルは、相変わらずアデルだ。冷血な魔女『赤リボンのアデル』のままだ」
メメがそう答えてやると、マグは、「それは良かったわ」と安心したように頷いた。
「ところで、メメ、今日は私に何の用かしら? 二人きりで話したいことがあるなんて」
「実は、大した用があるっていう訳じゃないだ。ただ、一度、君とはこうしてじっくりお話がしたいと思っていたんだ。君はどうやら僕の知らないアデルの事を知っているようだし、それに、僕は君自身の事にも興味がある」
「ふふ。私も、あなたとは一度じっくり話してみたいと思っていたわ」
マグは、嬉しそうに微笑むと、何気なく手を伸ばして、カウンターの隅に置かれている赤い瞳の金髪に人形を懐に寄せる。それは、“ルデア”と名前が付けられた、マグが異常な愛情を向けている人形だ。
「そう言えば、前々から気にはなっていたんだけど、その人形、一体どうしてそんなに大切そうにしているんだい?」
「あら、ルデアのこと? アデルからは何も聞かされていないの?」
「いや、特に何も。何となく、その人形について、アデルと関係があるっていう事は察していたけど、何があったんだい?」
「よくぞ聞いてくれたわね」
マグは、人形ルデアを愛しそうに抱きしめ、目を輝かせる。
「この人形は、呪いの人形なの」
「呪いの人形?」
「ええ。ただ、呪いを掛けられているのは、この人形自体じゃなくて、私の方だけど」
「……どういう事だい?」
すると、マグは、不気味なくらい嬉しそうに語るのだった。
「取引をしたの、アデルと。魔法の箒『ノノ』の所有権を譲渡する代わりに、私の願い事を叶えるっていう取引」
「君の願い事? それは何だい?」
「私の願い事は、アデルの万能の魔法を使わずとも、叶えられるものだった。私自身、彼女の万能の魔法を頼ったわけじゃなかった。けれども、彼女は、私の意図に気が付かなかったのか、それとも、あえて無視したのか、魔法を使ってそれを叶えさせた。“いつでも私の傍にいてくれる友達が欲しい”っていう私の願い事を」
「それは……」
メメは、皮肉な事の顛末を察する。アデルと長い付き合いの彼は、マグが最後まで言わずとも、そこまで聞いて、アデルの呆れた行動を推測できた。
「アデルは、この人形が愛しい友達に見えてしまう呪いを、私に掛けたの」
マグは、何故か楽しげに言った。
「万能の魔女『赤リボンのアデル』の呪術は、それは凄くてね、この私が完璧にその呪い掛かってしまったわ。暫くの間は、自分が呪いに掛かっている事実さえ気が付かなかったのよ」
「……けれど、今、君はこうして呪いを自覚できているんだろう?」
「そうよ。時間が経つにつれて、呪いの効果も薄れてきた。そして、ルデアが人形であることにも気付いてきた。アデルが、思いもよらない方法で、私の願い事を叶えていたことを、全部自覚できた」
「呪いから覚めて、君はアデルに怒りを覚えたかい?」
「怒り? まさか!」
マグは、大袈裟に首を横に振る。
「驚きはしたけど、何だかんだで、納得したわ。だってすごく、アデルらしいじゃない」
「……そうだね。アデルらしく、ひどく残酷で、そして、ひどく間抜けだ。アデルは、君の願い事の趣旨を、全く履き違えていた」
「そこが、アデルの素敵なところじゃないの。あなたもそう思わない、メメ?」
「……どうかな」
メメは、同感しきれず、言葉を濁した。
「アデルは、気が付いているのかい? 君に掛けられた呪いの効果が薄れていることに」
「さあ。もしかして、薄々は気が付いているかもしれないけど、そもそも、彼女には特に関心が無いんじゃないかしら」
「それは……何とも、アデルらしい……」
「そこが、アデルの素敵なところじゃないの。あなたもそう思わない、メメ?」
「……。……どうかな」
やはり、メメは、同感しきれず、言葉を濁した。
「それで、君は呪いから覚めたわけだけど、いまだにその人形を大切にしているのはどうしてだい?」
「呪いから、覚めたわけじゃないわ。今でも、呪いは残っている。この子に対して、どうしようもない程の愛おしさを感じるもの」
そういって、マグは、人形ルデアに頬ずりをする。
「この呪いは、私なら解こうと思えば解けるんでしょうけど、けれど、大切にしたいの。だって、この呪いは、アデルが私にくれたものだから」
「掛けられた呪いを大切にしたいって……」
「変かしら?」
「変だよ」
「あら、そう。まあ、確かに、変かもしれないわね……。けれど、呪いって、人によっては救済でもあると思わない? 例えば、メメ、あなたは、友人がいなくてその事を自覚している人と、友人はいないけどいると思い込んでいる人、どちらが救われていると思う? どちらが、より幸せだと思う?」
「すごい質問をするね、君は」
メメは、マグの陶酔気味の言葉に、困惑する。
「真実を知らないことは、残酷だと思うよ。真実を知らないで、自分が幸せだと思い込んでいる人が、幸せかというと、それは、違うような気がする」
「自分が幸せだと思い込んでいたら、その人は幸せなのよ」
マグは、人形ルデアを強く抱きしめながら、語気を強めて言った。異論は認めない、といった口調だった。
「残酷でも、それで幸せなのよ。少なくとも、私はそう思うの。だから、この呪いとも前向きに付き合っていくつもり。__ほら、この人形、元々は本当にただの人形だったのだけど、魔術で加工して一切汚損が生じないようにしてあるし、髪や瞳の色も私好みに変えたの。可愛いでしょ?」
マグは、人形ルデアの赤い瞳と金色の髪を、誇らしげにメメに見せつける。どこぞの魔女の瞳と髪の色に似ているその人形に対して、メメは、「そうだね、僕も、好きな瞳と髪の色だ」と、返した。
「君の哲学は分かった。呪いは、救済。そういう考え方もあるのかもしれない。……けれど、やっぱり、僕の考えとは違う。呪いは解かれるべきものだ。君のその呪いも__アデルの呪いも」
ほんの数秒、緊張した沈黙の間があった。
マグは、重要な話を予感して、人形ルデアに向けていた視線をメメに向き直す。
「マグ、君は知っているんだろう? 『赤リボンの呪い』を解く方法を」
メメの問いに対して、マグは、曖昧に首を振る。
「知っている、というわけじゃないわ。ただ、ある程度推測は出来ている。もっとも、その推測の基になっている情報も、全部伝聞によるものだけどね」
マグは、他者の心が読める魔法の帽子メメを、じっと見つめる。そして、敢えて、自分の口から語り出す。
「彼女、星を見るのが大好きな女の子だったみたいね。今とは違って。そして、星を一緒に見ていた大切な子がいたみたい。どうやらその子は、長くは生きられなかったみたいだけど。その子……、いや、あの子達の両親や国の宗教上の理由もあってね」
「……」
「今と違って、と言えば、彼女、前は飲めなかったお酒が飲めるようになったみたいね。以前機会があった時に、アリスベール様に、今のアデルの好物がワインだって教えたら、冗談半分で“今度、儂から飲みにでも誘ってみるか”、なんてほざいていたわ」
「アリスベール……、それが、アデルの師匠の名前かい?」
「ええ、私達の師匠の名前よ」
他者の心が読めるメメは、マグを見つめる。
「アリスベール……僕も聞いた事がある。伝説の錬金術師の名だ。アデル自身の口から、その名を聞いたことはないけど」
「アリスベール様も驚いているでしょうね。アデルに、すっかり忘れさられていることに。__そんなにも、大切に思われていたなんてね」
一見、奇妙な言葉だったが、メメには理解出来た。
「そのアリスベールは今どこに?」
「さあ? 生きているとは思うけど。何処にいるかはさっぱり。今、どんな姿形をしているのかも分からないわ。男の姿なのか、女の姿なのか、それとも人間以外の姿をしているのかさえ。随分昔はこの国の宮廷魔術師で、またある時はインチキな商人で、前会ったときは猫みたいな小動物の姿をして胡散臭い趣味に励んでいたわ」
「どうやら、色々な意味で凄い人に師事していたみたいだね」
「全くよ。困ったことに、あの人、よりにもよってあのホムンクルスの製造方法をあのキルシュタイン博士に教えていたみたいだし。本当に嫌な人。あのホムンクルスは、もう見たくないって言ったはずなのに。私と同じ、あのあのあのあのあのあのホムンクルスを」
「……マグ?」
「……。……いえ、ごめんなさい。少し、気持ちが乱れたわ」
マグは、溜息を吐いて、頭を振った。
「……私は、どうしようもなく狂った人形よ。けれども、私より、狂った人形を見つけたの。愛しい人形を。悪魔に仕立て上げられた、残酷な運命の人形を」
マグは、店の外に向けて蠱惑的な眼差しを向ける。そして、彼女が愛して止まない“人形”が、町で今何をしているのかを、ちらりと考えた。
「呪いを解く鍵は、既に彼女自身が持っている。彼女は、万能の魔女だもの。ただ、その鍵穴を見失っている。鍵穴は、直ぐ届く場所にあるとも知らずに、世界中を旅して回っている。何より滑稽なのが、彼女自身、自分の真の目的を理解していない事ね。彼女の真の目的は、呪いを解くことではなく、その手前にあるというのに、本当に滑稽」
「滑稽……」
メメは、活き活きと語るマグの瞳に、侮蔑と愛情が紙一重の、奇妙な熱を帯びた光が過ったのを見逃さなかった。
「そうね、滑稽よ。__彼女は、自分の行動の不合理性に気が付いていない。己の魂の不整合性に、一貫性の欠如に、矛盾に、ちぐはぐさに、お間抜けさに、気が付いていない。“気まぐれ”を起こしたなんて、自己弁解でもしているのかしら? とても滑稽で、とても愛しいと思わない?」
マグの言葉に、熱が入ってきた。倒錯的な愛情が籠った熱だ。
「だからね、メメ、私は、アデルにあのままでいて欲しいのよ。狂った愛しい人形のままに。私が愛したのは、あのアデルだもの」
「……」
「少なくとも、アレが壊れるなら、その瞬間に私も立ち会いたいと思うの」
「……何と言うか」
困惑気味のメメは、思わず、
「君は、とでもなく悪趣味だね」
と、返した。それ対して、マグは、気分を害した様子はなく、にっこりと笑う。
「まさにそうよ。私は、狂った魔女。狂った人間性を埋め込まれた人形。だから、分別臭い“賢者”なんて呼ばれ方、好きじゃないの」
それから、マグは、「さて……」と呟き、手元の人形ルデアに目線を落とし、その金髪を撫でる。
「メメ、あなたには、アデルの呪いの解呪方法を伝えた。__読み取られた、と言った方が良いのかしらね、魔法の帽子さん? いずれにせよ、あなたは、呪いの解呪方法を知った」
「……そうだね」
メメは、マグが知るアデルの秘密を読み取っていた。アデルの呪いの正体と、その呪いを解く方法を。
「あなたは、“呪いは解かれるべきものだ”と言ったけれど、それじゃあ、解呪方法をアデルにも教えるつもりかしら?」
「……」
メメは、一瞬沈黙を挟んで答える。
「さあ、どうだろう? ……でも、おかしな事に、君は、確信しているようだね。僕がアデルには教えないだろうってね」
「そうよ、不思議と確信があるの」
マグは、頷く。他者の心が読める魔法の帽子の指摘を、否定したりはしない。
「だって、そうでしょ? 呪いが解かれるべきと考える事と、呪いが解かれて欲しいと思う事は、別だもの」
「ああ、別だ。一応、別だ。論理的にはそうだね。だけど、それがどうしたんだい?」
「だから、あなたの今の言葉と、あなたの気持ちは矛盾しないってことよ」
「僕の気持ち……?」
そして、マグは、メメに悪戯っぽい笑みを向ける。
「あなたも好きなんでしょ、今のアデルが」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
暫くして、アデルは、マグの魔法薬店に戻ってきた。
アデルは、ワインボトルが何本も入った紙袋を両腕で抱えている。そして、彼女の隣には、魔法の箒ノノが人間の姿__アデルに瓜二つの顔の淡い紫色の短髪の幼い少女の姿__になって、その手に金平糖の入った小瓶を嬉しそうに持っている。
「戻ったわよ、マグ。メメとのお話は終わったかしら?」
マグは、カウンターの上に置かれている魔法の帽子メメから顔を上げて、戻ってきたアデルに微笑む。
「ええ、大体は話終えたところよ。……それにしても、また随分とワインを買って来たのね、アデル。それ全部ひとりで飲むつもり?」
「せっかくだからあなたと飲む分も買ってきたの。たまには私が奢ってあげるわ」
「それはとても嬉しいけど、あなたと違って、私はそんなに飲めないわ」
「飲み残したら全部私が飲むわよ。なかなか良いのが見つかってね、ついつい買っちゃった」
アデルは、瞳を輝かせながら、カウンターの上に何本ものワインボトルを並べていく。おそらく彼女は、一晩でそこに並べられたワインを飲み干すつもりだ。恐るべき酒豪さである。
「マグ、私は、これ買ってもらった!」
ぴょんぴょんと跳ねながらノノは、手に持った金平糖の入った小瓶をマグに見せる。
「あら、美味しそうなお菓子ね、ノノ。アデルに買って貰ったの?」
「うん、アデルが買ってくれたの!」
「ふふ、優しいお姉ちゃんね」
マグが、茶化すような視線をアデルに送る。アデルは、呆れた様子で肩を竦める。
「お菓子屋の前で粘られたのよ。急に人間の姿に実体化して現れてね。勝手に実体化するなって注意したんだけど、買ってくれないと実体化を止めないって……」
「なんだかんだで、その子のわがままを聞いてあげているみたいね」
「たまには、ね。最初は心配だったけど、魔法の箒としての役目は問題なく果たしているし」
ノノは、小瓶を開けて中に入っている金平糖を摘まんで食べ始める。アデルが、「それ食べ終えたら霊体に戻りなさいよ」と溜息混じりに言う。
「で、結局二人は何を話していたわけ? 私に聞かれたくないこと?」
アデルは、じろりとメメに目を向ける。
「話していたのは君についてのことだよ」
と、メメが明かした。
「君の近況報告と、君の教育方針について語り合っていた」
「何が教育方針よ、帽子野郎」
「僕は君の教育者だからね」
「あなたが勝手に自称しているだけだけどね」
「いや、僕は自他とも認める君の教育者だ」
「少なくとも私が認めていない」
「そうかな?」
「認めていない」
アデルは、鬱陶しそうに舌打ちをする。
「それで、勝手に人の教育方針なんか語り合って、何か有意義な話し合いにはなったのかしら?」
「残念だけど、特にこれといった成果はないよ。けれど、一つ、重要な事に気が付いたんだ」
「何に気が付いたっていうのよ?」
メメは、一瞬ちらりとマグを見る。その魔法の帽子の見えざる視線を、マグは感じ取る。
「僕が、今のアデルの事を大好きだってこと」
そのメメの言葉に、アデルは訝しげに眉をひそめる。
「なにそれ、愛の告白?」
「ある意味そうかもしれない」
「気持ち悪い」
アデルは、心底嫌そうに返した。
「照れなくても良いよ、アデル」
「気持ち悪い」
そんな二人のやり取りに、マグは、笑い声を漏らす。無邪気さと残酷さが混じった笑い声だった。アデルには、そのメメの言葉の真意を理解出来なかったが、マグには分かった。
「いずれにしろ、下らない事を話し合っていたことは分かったわ」
アデルは、そう言いながら、並べられたワインボトルの栓を手際よく抜いていく。そして、顎をしゃくって、マグにグラスを用意するように指示する。
アデルは、用意された2人分のグラスにワインを注ぎ、マグと乾杯を交わして、一気に飲み干した。「これは当たりね」と、アデルが満足そうに頷くと、空いたグラスにワインを注いでまた飲み干す。
そんなワインを美味しそうに飲むアデルの姿を、マグは倒錯的な愛が籠った瞳で嬉しそうに、メメは不思議な愛情と奇妙な罪悪感が交錯した複雑な気持ちを抱きながら、じっと見つめるのだった。
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読んでくださった方、ありがとうございました。
とりあえず小説は一旦これで区切りです。また気が向いたら続きを書くかもしれません。
よろしければ、感想や意見などを貰えると嬉しいです。




