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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第17話 エピローグ

「あなた、突然消えたと思ったら、また突然現れて……一体、何の用?」


 アデルは、警戒心を露にして、再び目の前に現れたキルシュタイン博士に訊ねる。


「コルをどうするつもりなのかを、お訊ねしたいのです、赤リボン殿。……随分と、興味深い事になっているようですが」


 キルシュタイン博士は、フクロウの仮面の奥から、魔法の箒ノノを凝視する。


「貴女のマジックアイテムに憑依してしまった霊魂は、見たところ、『コル』の肉体時の人格と記憶をほぼ損なうことなく、保持しているようですな。実に、興味深い。一度自我を失いかけた霊魂が、何故、再び同じ自我を取り戻す事が出来たのか、科学者として知的好奇心が非常に刺激されるところです」


 アデルは、キルシュタイン博士が魔法の箒ノノ向けた視線に危険を感じ、ノノを素早く掴んで、自分の体の傍に寄せた。そして、鋭く言葉を返す。


「だから、何の用? 大した用がないなら、直ぐにでも私の__私達の前から姿を消す事をお奨めするわ、このイカレ博士。今、私がどんな気まぐれを起こして、あなたを殺してしまうか分からないもの」

「気まぐれですか」


 キルシュタイン博士は、仮面の奥で失笑して、肩を竦めた。


「貴女の気まぐれは、本当に恐ろしいですな。その気まぐれで、これまで多くの人を葬り、そして、一方で多く人の救ってきた。全く、恐ろしい気まぐれです。……それは、さておき」


 キルシュタイン博士は、ノノを指差す。


「話を戻しますが、コルをどうするつもりなのかを、お訊ねしたいのです。申し上げたとは思いますが、我輩は、今回の実験の“後始末”をしなくてはならないのです。魔術省と魔法結社とそう取決めをしておりますので。ですから__」

「コルなんていないわ」


 アデルは、キルシュタイン博士の言葉を遮り、そう言い切った。キルシュタイン博士は、アデルのその言葉に意表を突かれたのか、戸惑い気味に聞き返す。


「……どういう事ですかな、赤リボン殿?」

「“コル”は、いないわ。コルの存在は、綺麗に掃除された。そうでしょ? 『コル』の肉体はあなたが焼却したし、そこに入っていた魂も私の箒で拭き取ってあげた。だから、コルはもういない」


 そして、アデルは、魔法の箒ノノを握り締めて、毅然と言い放つ。


「ここにいるのは、私の旅のパートナーの“ノノ”。あなたの狂った実験の器具じゃない。この子は、私の所有する大事なマジックアイテム。私以外に、この子の処分について口出しできる権利を持つ奴なんていない」

「……なるほど」


 キルシュタイン博士は、呆れと感心が入り混じった微妙な笑いを零す。


「なるほど、ふむ、そうですか……。そいう事であるならば、我輩が命じられている実験の“後始末”はもう終わっているという事ですな。コルはもういないのですから。報告書の方も、そのように上手く誤魔化しておきます」

「ええ、どうぞご勝手に、そうしといて」


 キルシュタイン博士は、物分かりよく頷いてから、「ですが、赤リボン殿__」と続ける。


「我輩にとって、そんなどうにでも誤魔化せる内部問題の事など、実は、どうでも良かったのですよ。科学的追究の邪魔をするつまらない取決めのことなど、我輩としても反吐が出る。__それよりも、我輩は、貴女の事が心配なのですよ、赤リボンの魔法少女よ」


 キルシュタイン博士の声に、陶酔したような熱が帯びる。アデルは、気色悪さを感じ、やや後退りをしてしまう。


「コルは、『赤リボンのアデル』に良くない影響を与えておりました。“それ”は、洗練され完成された存在の、悪魔的な美しさを汚損するものでした。貴女の存在を脅かすものでした。ですから、我輩は、貴女に“それ”と決別するように強く申し上げたのです。しかし、結局、貴女は、自身の存在を脅かす“それ”と、決別できていない」


 キルシュタイン博士が、ノノを見つめる。フクロウの仮面によって彼の目は見えないが、忌まわしげにノノを見ている気配があった。


「ですから、我輩は、心配しているのです。“それ”を、そのままにしておいて良いものかと」

「あなたに心配される筋合いはないわ」


 アデルは、鋭くキルシュタイン博士を睨み付けて、わざとらしくノノを抱きしめる。


「私は、私よ。どうなろうと、私は、『赤リボンアデル』。いつだって私が決めた選択には、ほんの僅かな間違えも狂いもない」

「本当にそうでしょうか、赤リボン殿? 今回もまたそうであると?」

「当たり前よ、イカレ博士。そもそも、あなたは、ひどい思い違いをしているようね」

「思い違い? それは、なんでしょうか?」

「あなたのようなイカレ博士が、私の選択を評価しようなんて、不遜極まりない。__良い、覚えといて? あなたは、あの時、“正解”云々とか抜かしていたけど、そもそも前提を履き違えている。そもそも、私が“正解”を知る必要なんてないのよ。そして、“正解”に従う必要もない」

「と、言いますと?」

「私が“正解”を選択するんじゃない。私が選択したものが“正解”になるのよ」


 すると、アデルの尊大極まりないその台詞に、キルシュタイン博士は、思わず声を出して笑った。その笑い声には、嫌らしい皮肉の色はなく、素直に愉快げだった。


「なるほど……、なるほど、赤リボン殿、確かにそうですな……。我輩は、ひどい思い違いをしていたようですな」

「反省しといて。そして、私の前から消えて」


 キルシュタイン博士は、まだ少し笑いながら、深々と頭を下げる。


「ええ、そうですね、承知しました。これからの貴女の事がやはり心配なところではありますが、……今日のところは、取り敢えず失礼させて頂きます。ひとまずはお別れになりますが、我輩は、常に貴女の味方で、常に貴女の幸福を祈っております、我輩の親愛なる友よ」

「そういうの良いから、さっさと私の前から消えて。……。……いや、ちょっと待って、そういえば__」


 アデルは、一旦保留していたある事を、ふと思い出す。


「言い忘れていた事があった。__私の髪の毛」

「ん? 髪の毛がどうかされましたか?」

「あなたが勝手にホムンクルスの作製に使った私の髪の毛、今回は大目に見てやるけど、今後、勝手にあなたの実験に使うことは許さないからね」


 アデルは、赤い瞳をぎらつかせて、忠告する。静かな怒りに満ちた声であった。これ以上勝手な事をすれば殺す、と脅すものだった。


「……ふむ。貴女がそう仰るのであれば、仕方無い……今後、ホムンクルスの作製に、貴女から頂いた髪の毛は用いません」

「ホムンクルスの作製だけじゃない。今後、あなたの実験の一切に、私の髪の毛を用いないで。いや、というか、私が提供した髪の毛は、もう廃棄しなさい」

「廃棄? しかし、貴女の呪いの解呪方法を探るために、あの髪の毛を解析している最中ですが?」

「いや、廃棄して」


 すると、微妙な沈黙の間が出来た。


「ははは、御冗談を。敬愛なる貴女のため、呪いの解呪方法を一刻でも早く見つけ出すべく、これからも解析を進めて参ります」

「何が冗談なのよ……、廃棄しろって言ってんの。もう解析とかいいわ」

「我輩の親愛なる友よ、我輩を信用して、朗報をお待ちください」

「信用もしていないし、待ってもいない」

「では、我輩はここで」

「おい、ちょっと……」

「また会う日まで、親愛なる友よ」


 キルシュタイン博士は、早口で別れの言葉を述べると、身に纏っていた『ゴーストマント』で身を包み、姿を消した。


 アデルは、先ほどまでキルシュタイン博士が立っていた場所に慌てて駆けていき、姿を消した彼がどこかに潜んでいないか周囲を探ったが、結局、見失ってしまった。


 アデルは、眉間にしわを寄せて舌打ちをし、今度あのイカレ博士に会った時は、必ずや痛い目に遭わせてやるのだと、決意するのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 コルがノノになった、その日の夜。


アデルは、宿の自分の部屋で、ぼんやりと窓際に立っていた。魔法の帽子メメも眠りに就いた深夜に、独り静かに、ワインを入れたグラスを片手に持ち、朧げな眼差しを夜空に向けている。


「アデル、寝ないの?」


 コル__いや、ノノの声だ。


 アデルが、振り返ると、ノノが後ろに立っていた。


 ノノは、人間の姿になっていた。サイズの合わない大きなローブを纏った、アデルによく似た顔の、淡い紫色の髪と瞳の幼い少女の姿だ。髪型がショートヘアであることと、ローブの内側の服装がカッターシャツに半ズボンであることから、男の子にも見える。まるで、アデルの弟のような容姿。


「ノノ、あなた、またその姿になって……。その状態だと、魔力を多く消費するんでしょ? 止めなさい」

「えー……、やだ」

「やだって……あなたねえ……」

「この姿、好きだもん。それに、魔力なら寝ればすぐ回復するもん」

「だったら、すぐ寝なさい。もう夜も遅いわよ」

「うん。でも、寝る前にアデルとお話したかったから」


 ノノは、ローブの袖の端をぴょんぴょん跳ねさせながら、アデルの隣まで来た。アデルは、溜息をついて、ワインの入ったグラスを少し傾けると「あなたも飲む?」と冗談気味に誘った。ノノは、渋い顔をして首を横に振り、「美味しくないからいい」と断った。


「あなた、人間の姿に変身出来るみたいだけど、その姿以外には変身出来ないの?」


 アデルは、ワインを啜りながら訊ねた。


「うーん……、たぶん、できないと思う。うまく言えないんだけど、人の姿に変身するなら、この姿じゃないとしっくりこないの。自然とこうなっちゃう、と言うか……」

「そうなのね。色々な姿に変身できるなら、今後何か役立ちそうと思ったんだけどね」

「じゃあ、私、がんばってみる! 他の姿にもなれないか、試してみる! アデルの役に立ちたいから!」

「まあ、がんばるのも、ほどほどにね。……それに、正直言うと、その姿、嫌いじゃないから」


 アデルは、ぽんと、ノノの頭に手を置いた。


「私も、この姿が大好き。だから、アデルが役に立たないって言っても、この姿になりたいの。だめかな……?」

「だめではないわ。あなたが私のマジックアイテムとしての役割をちゃんと果たしてくれるなら、好きにすると良いわ」

「やったあ!」


 無邪気に両手を上げて喜ぶノノに、アデルは、この子は本当に私の言っている事を理解出来ているのだろうか、と心配になった。


「私、またこの姿でアデルとおしゃべりできて、本当に嬉しい」

「……そう。それは、感動的ね」

「うん、感動的!」


 適当に言葉を返したアデルに対して、ノノは、満面の笑みを向ける。


「だから、改めてお礼が言いたいの、アデル。__ありがとう、アデル。私を助けてくれて……私を救ってくれて、ありがとう」


 ノノの感謝の言葉に、アデルは、呆れた様子で首を横に振る。


「誤解しているようだけど、私は、あなたを助けた覚えはない。助けるつもりもなかった。あなたが、今そこに存在していられるのは、あなたが勝手に私のマジックアイテムに入り込んだからよ。私は、何もしていないわ」


 アデルの言う通り、よくよく考えてみれば、彼女は今回、何かを選択したわけでもなければ、誰かを救ったわけではない。彼女は、ただ、迷っていただけだ。__いや、“迷っていた”という言い方すら、彼女は適切ではないと考えている。彼女は、呪いのような正体不明の何かに思考を掻き乱され、行動停止していた。そして、その行動停止している内に、気が付けば全てが終わっていた。


 だから、今回、自分は何もしていない。目の前にいる幼い少女が、救われたというのであれば、それは、勝手に彼女が彼女自身を救ったに過ぎない。そのように、アデルは思うのだった。


「だから、お礼なんて筋違いよ、ノノ」

「うーん……そうかなあ……」


 ノノは、人差し指を下唇に当てて、考え込んだ。


「それでも、私、アデルにお礼が言いたいの。だって、やっぱり、アデルのおかげだから」

「……」

「私、アデルとまた一緒にいたいと思ったから……アデルの名前をまた呼びたいと思ったから、元に戻りたいと思い続けられたの。アデルがいたから、諦めずいれたの。だから、アデルのおかげなの」


 アデルは、肩を竦め、顔を逸らしてワインを啜る。


「全く、感動的ね、あなたの頭の中は。ええ、あなたがそう思うなら、きっと、あなたは私に救われたんでしょうね」

「うん、アデルのおかげ!」


 ノノは、アデルの言葉に込められた皮肉を感じ取った様子はなく、屈託のない笑みを浮かべた。アデルは、居心地悪そうに、グラスに入ったワインを一気に飲み干して、溜息を吐く。


「さっきから、気になっていたんだけど、あなた、私の事はこれから“アデル”じゃなくて、“マスター”って呼びなさい」

「マスター? え、何で……?」


 ノノは、アデルが突然言い出してきた事に、首を傾げる。


「あなたは、これから私のマジックアイテムだからよ。あなたには、その自覚が足りないと思うの。だから、けじめを付けてもらうわ。そのけじめを付けるために、主である私への呼び方はしっかりしてちょうだい。分かったわね?」

「絶対に嫌」

「嫌って、あなた……」


 アデルは、ノノの強い口調での拒絶に、思わずたじろいだ。


「私、アデルの箒として絶対にがんばる。言われたこと、ちゃんとする。わがままだって、きっとがまんする。良い子になるよう、がんばる。ちゃんと、“ノノ”になる。__けれど、アデルの事をアデルって呼べないのは嫌。それだけは、絶対に絶対に、言う通りにしないの」

「……どうして、また……」

「だって、アデルの名前を呼びたいから、私はここにいるんだもん」


 ノノは、淡い紫色の瞳に熱を込めて、言い放った。


 アデルは、上手く返す言葉を見つけられず、目を逸らしてグラスの中のワインを飲もうとするが、既に空になっていた事に気が付く。


「それに__」


 困った様子で無言になったアデルに、ノノが、白い歯を見せて続ける。


「名前で呼ばれる方が嬉しいんだよね、アデル?」

「……。……確かに、そんな事言ったわね」

「うん。だから、私、アデルのことはアデルって呼ぶ!」


 ノノは、胸を張り、そう断言する。


「つくづく、変な子ね、あなた……」

「変かな、私……?」

「変よ、あなた」


 アデルは、空になったグラスを窓枠の隅に置いて、ノノに向き直る。


「けれど、やっぱり、あなたの言う通りよ、ノノ」

「……? 何が、アデル?」


 アデルは屈み込み、首を傾げるノノと目線を合わせる。


 姉妹、あるいは、姉弟のような二人の顔が向かい合う。


「私、あなたに名前で呼ばれるの、好きみたい」


 そうして、アデルは、ノノの前だけで、そっと、あどけない笑みと言葉を零すのだった。


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