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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第15話 愛おしい名前

 アデルは、地上に落ちた黒い悪霊に、困惑の眼差しを向ける。


<……ア……ゲェ……!>


 黒い悪霊は、喘ぎ苦しむように、その煙のような体を蠢かしている。キルシュタイン博士の攻撃魔法を受けて、もはや消滅寸前の状態だった。


「驚くほどしぶといですな。まさか、ここまで強い執念を持ち、存在を維持しているとは」


 キルシュタイン博士は、フクロウの仮面の奥から、興味深そうに呟く。その一方で、彼は、杖を地に這いつくばった悪霊に向ける。


「消すには少々惜しいですが、こればかりは仕様が無い」


 キルシュタイン博士の杖の先に魔法の光が灯る。


「待って!」


 アデルが叫ぶのと同時に、キルシュタイン博士の杖が振られる。杖から雷が迸り、黒い悪霊の体を穿つ。


<ガアアアアアアッ!>


 悪霊の悲鳴が響き渡る。悪霊は、黒い体を激しく痙攣させるが、消滅する様子はない。キルシュタイン博士は、「ふむ……」と呟いて、杖を構え直す。


「これは、本当に想像以上ですな。消すには、少しばかり本気を出さなくてはなるまい」


 キルシュタイン博士の仮面の奥から、呪文の詠唱が流れる。彼の杖の先に魔法の光が灯り、その光は、輝度を増していく。


「待てって言っているでしょう!」


 アデルは、キルシュタイン博士に向かって駆け出し、魔法の箒『ノノ』を呼ぶ。駆けるアデルに向かって、虚空から一条の光が伸びる。その一条の光は、箒の形となり、主であるアデルを乗せて、疾風の如くキルシュタイン博士へと迫る。


 そして、ノノに乗ったアデルは、呪文を詠唱中のキルシュタイン博士に体当たりを食らわす。魔法の箒の勢いを借りた猛烈な体当たりだ。その体当たりを受けたキルシュタイン博士は、盛大に吹っ飛び、地面を転がる。


「……ごほっ……ごほっ……! ……いきなり酷いではないか、赤リボン殿」


 キルシュタイン博士は、咳き込みながら、ぎこちなく立ち上がる。アデルは、ノノに乗りながら、キルシュタイン博士と黒い悪霊の間に入って、厳しい顔をしている。


「私の待てっていう言葉が聞こえなかったのかしら、イカレ博士? 耳が遠いようだから、言葉以外で分からせてやったの」

「これはまた、容赦ないですな」


 キルシュタイン博士は、肩を竦める。


「それで、何を待てと? 我輩は、“後始末”をしなくてはならないのです。その悪霊を消さねばならないのです。そういう取決めをしておりますので」

「あなたの事情なんて知らないわ。私は、私の好きなようにさせてもらう」

「赤リボン殿は、一体何をしたいと言うのですか?」

「私自身、どうしたいのか分からない。だから、あの子の処分について考える時間が欲しいの」

「時間はありません。定められた期限は今日なのですから」

「だから、あなたの事情なんて知らないわ」


 アデルの棘のある言葉に対して、キルシュタイン博士は、呆れた様子で溜息を吐く。


「考えるもなにも、その悪霊は、もはや消す他ない。御覧の通り、『コル』の肉体は灰となり、その悪霊に戻るべき場所はもうないのです。その悪霊は、我輩の事情云々以前に、消されるべき存在なのです。それは、理性と知性を失った悪霊のまま、執念に憑りつかれて彷徨い、人に害を為し続ける。そんな救い難い存在。それにとっての唯一の救済は、消されることなのです」

「救済方法なんて、あなたに決め付けられたくないわ。あなただけじゃない、他の誰にも。__それに、私は、万能の魔女『赤リボンのアデル』。あの子を元に戻す事だってきっと……」

「なるほど、そうでしたな」


 キルシュタイン博士は、頷き、アデルの言葉を肯定する。それから、彼は、仮面の奥から不気味な笑い声を漏らす。アデルは、その笑い声に強い嫌悪感を覚える。


「赤リボン殿、万能の魔女である貴女は、自由に未来を選択する事が出来る。そして、今ここで貴女の採るべき行動の選択肢は、はっきりとしている」

「何?」

「はっきりと二つです。そこを退いて我輩にその悪霊を始末させるか、あるいは、我輩を殺してその悪霊を守るのか。そのどちらか二つです」

「……」

「仮に、我輩を殺してその悪霊を守る事を選択した場合、その後に、貴女の万能の魔法でその悪霊を元に戻すことも良いでしょう。元の人間の少女のコルに戻すのです。そうすれば、貴女とコルは一緒にいられる。……ですが、それで良いのでしょうか?」


 キルシュタイン博士は、後ろで手を組み、声色を変える。教え諭すような声色で、話を続ける。


「赤リボン殿、貴女は、聡明な方だ。ならば、当然分かっているでしょう。コルが貴女に悪影響を与えており、貴女はコルと決別しなくてはならない事を。それが、正解であることを」

「あなたに正解なんて決められたくないわ」

「我輩が決めたのではありません。赤リボンの魔法少女よ、貴女自身が正解を知っているのです」


 アデルは、意味深なキルシュタイン博士の言い方に、眉をひそめる。


「私自身が何を知っているって言うのよ?」

「貴女は、世界を回る旅で目にしてきたはずです。自分とは相容れない、多くの愚か者達を見てきたはずです。つまらない感情に囚われて、不合理な判断をする者達を。そして、それによって破滅する者達を。実に多くのそのような者達を、彼らの下らない末路を、散々目にしてきたはずです」

「……」

「貴女は、彼らを見て、何を思ってきたのでしょうか? そして、今、貴女は、彼らと同じような事をしかけている、のではないでしょうか?」

「イカレ博士、何を知ったように言っているの? 気持ち悪い」


 アデルは、眉間にしわを寄せて睨み付ける。キルシュタイン博士は、アデルに恐れ入るように、白々しく頭を振る。


「そうですな、これ以上は、我輩からは何も言うまい。出すぎた真似をしました。そうです、我輩は、何も言う必要は無い。貴女は、正解を知っているのだから。我輩は、ただ、貴女を信じ、選択肢を提示するのみです。__さあ、そこを退くか、我輩を殺すか」

「……あなたを殺せるんだったらとっくに殺している。けれど、今の私には、魔法がない」

「魔法を使い果たしている事は、存じております。ここ数日、貴女のことをずっと見ておりましたので。しかし、人を殺害する手段など、無数にあります。この脆弱な体の我輩を殺すのに、魔法など必要ないでしょう。本気で殺すつもりがあるのであれば、そんなものは容易い」


 キルシュタイン博士は、挑発的な態度で、両腕と両足を伸ばし、胸をアデルに向ける。自分は、無防備で無抵抗である事を示したのだった。


「30秒だけ待ちましょう。その間に、決めて下され」

「ちょっと勝手に……」

「さあ、決めて下され」


 キルシュタイン博士が、無防備に体を広げたまま、フクロウの仮面の奥で冷淡にカウントダウンを始める。アデルに、選択肢が突き付けられる。


 アデルは、魔法の箒ノノの柄を握り締める。


__キルシュタイン博士は、本気でコルを消すつもりだ。コルを守るためには、キルシュタイン博士を、ここで殺すしかない。そして、彼が言ったように、魔法が使えなくとも、人を殺める方法などいくらでもある。例えば、今握り締めている魔法の箒『ノノ』に全速力で体当たりさせれば、その衝撃で内臓を破裂させ、死に至らしめる事も可能だ。方法はいくらでもある。あるはずなのだが……。


 しかし、悔しい事に、キルシュタイン博士の言っている事を認めざるを得なかった。彼の言うように、自分は、正解を知っているのだ。__コルと決別すべき、という正解を知っていた。


__もう、分かっていた。


 コルは、『赤リボンのアデル』にとって、害を為す存在だ。自分を破滅へと導く存在だ。その詳しい理由は分からないが、その結論に確信はあった。


 そう、正解は知っている。知っていた。ただ、今まで、何か理由を付けて、その正解を行動に移すのを引き延ばしていた。引き延ばしていた理由は、つまらない感情に囚われていたからだ。それは、『赤リボンのアデル』が今まで嘲り侮蔑していた、あの感情だ。それは、あの愚か者共の拘っていた、つまらない感情だ。それは、合理的な行動を阻害する、唾棄されるべき感情だ。


 そうだ、分かっていた。


 自分は、正解を知っていた。そして、今、正解を行動に移す事を妨げている原因も、省みる事が出来た。


 ならば、『赤リボンのアデル』として、やるべき事は決まっている__


<……ア、……ゲェ……グ……!>


 背後で、黒い悪霊の、いや、コルの呻き声が聞こえた。


 アデルは、背後を振り返り、気が付く。__黒い悪霊が、悲しげな呻き声を漏らしている。そして、煙のような黒い体から、小さな手を伸ばしている。他でもない、アデルに向けて手を伸ばしている。


 果たして、今の“あれ”に、どれほど意識が残っているかは分からない。けれども、あれは、間違いなくコルだ。そして、コルは今、助けを求めている。


__しかし、それが何だというのか。正解は、変わらない。変わる訳がない。


「まさか、見捨てるつもりかい、アデル……」


 魔法の帽子メメが、訊ねる。アデルは、メメの言葉に答えない。彼女は、凍てついたように沈黙し、呻く黒い悪霊を見つめた。


 そして、


「30秒経ちました、赤リボン殿」


 時が来た。


「やはり、あなたは、『赤リボンのアデル』だ。我輩を殺さないということは、そこの悪霊とは決別するということで宜しいですな? 素晴らしいご判断です」


 キルシュタイン博士は、再び杖を構える。そして、その杖の先に魔法の光が灯る。コルを消し去る為の光だ。


「直ぐに終わらせます。じっとしておいてください。赤リボン殿」


 キルシュタイン博士は、やや体を右に反らしながら、アデルの背後にいる黒い悪霊に、杖の先を向ける。


 アデルは、俯いている。動かない。


「アデル! 本当にこれで良いのかい? 大切だったんだろう!? 君は、コルとずっと一緒にいたかったはずだ!」


 メメが叫ぶ。アデルは、思わず体を震わせる。


「私は……」


 アデルは、言葉を言い切らない。


__心が、行先を見失う。今、確かに、決断をした。決断をしたはずだ。そのはずだ。正解を知っているのだから、決断は容易だ。その正解に、ただ従えば良いのだから。


 しかし、その決断を、白い靄が掻き消す。何かが、合理的な意思決定の邪魔をする。何かつまらないものが、完成された魔女の自我を汚す。心から湧き出した、何か白い靄が__


「キルシュタイン」


 重々しく、アデルは、キルシュタイン博士の名を呼ぶ。


 気が付けば、アデルは、ほんの少しだけ動いていた。キルシュタイン博士の杖から、背後のコルを守るように、ほんの少し。


 キルシュタイン博士は、首を傾げる。


「どうされましたか、赤リボン殿?」

「私は……」

「どいていただけますかな?」

「私は……」

「まさか、赤リボン殿__」


 キルシュタイン博士が、冷ややかな視線を送ったその時、


<アゲェグッ!!>


 悪霊の、一段と大きな声が響く。


<……ア、デ……グ……!>


 悪霊の黒い体が、さざめく。何かを伝えようとしている。何かを求めている。弱りきったその存在は、最後の力を振り絞ろうとしている。


<アアアァァァッ!>


 そして、悪霊は、這いつくばっていた地面を叩くようにして飛び跳ね、アデルの方へと駆ける。アデルは、驚いて身を竦ませる。


「危ない、赤リボン殿!」


 キルシュタイン博士は、慌てて杖を振る。彼の杖から放たれた雷が、悪霊に向かって迸る。しかし、慌てて魔法を放った事と、標的がアデルの影に隠れていた事により、その雷は、悪霊の体を僅かに掠るだけで、そのまま通り過ぎてしまった。


<アアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!>


 悪霊が、アデルへと迫る。猛然と黒い体を震わせながら、疾風のように接近してくる。


「っ!? 逃げて、ノノ!」


 身の危険を覚えたアデルは、反射的に魔法の箒ノノに命じた。ノノは、主の命令を受け、光の粒子を勢いよく撒いて、上空へと飛翔しようとする。アデルは、箒の柄をぎゅっと握り締める。


 しかし、黒い悪霊は、追いつく。魔法の箒ノノが宙へと上昇した直後、悪霊の黒い体が口を開けるように大きく広がり、アデルに覆いかぶさって閉じ込める。


 暗闇が、アデルを覆う。何か強い感情の渦が、彼女の体の周りを触れながら激しく巡る。彼女は、“それ”を感じる。“それ”の強い意志を感じる。“それ”の強い熱を感じる。“それ”の強い呼吸を感じる。“それ”__いや、コルだ。


そして__


<ア……デ……ル……>


 そして、光が弾けた。


 一瞬暗闇に覆われたアデルの視界に、無数の光の粒子が散乱する。その直後、突然、アデルの体が重力に引っ張られて、地面に落ちる。お尻を地面に強くぶつけたアデルは、痛みに声を上げる。


「……がっ!? ……な、何……?」


 アデルは、混乱して、周りを見る。


__急に地面に落ちた。ノノに振り落とされたのか。ノノは何処だ。いや、それより、さっきの光は何なのか。何が起きたのか。


 そんな混乱状態のアデルに、声が掛かる。


「……アデル!」


 上空から掛かった声。それは、聞いたことのある少女の声だった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 コルには、希望があった。


 希望があったから、意思があった。意思があったから、存在の意味があった。


 しかし、自分の体が無残な灰燼になっているのを目にして、彼女は、絶望した


<ヴァガギィオ!!! ガァアグア!!!>


 絶望に、叫ぶ。


 自分には還る場所がないと、絶望した。


 もはや救いはないのだと、絶望した。


 自分の大事な体、自分の大事な記憶、それらは戻ってこない。自分の存在し続ける意味を、見失う。


 だから、このまま、存在の意味を手放そうかと、彼女は思った。このまま、無意味に人を襲い続ける化け物になっても構わないと、彼女は思った。そう思いかけた。


 だが、彼女の視界の端に、金色の煌めきが過る。赤色の煌めきに、気が付く。


 誰かが、こちらを見つめていた。金色の長髪に、赤い瞳の魔女だ。その魔女は、悲しげな眼差しを、こちらに向けていた。


その魔女を、知っている気がした。その魔女に、何か意味がある気がした。


 コルは、その魔女に迫る。手を伸ばした。拒まれても、痛くても、苦しくても、その魔女に手を伸ばし続けた。


 彼女には、もはや、その魔女が誰であったのか分からない。誰か、大好きな人だった気がする。誰か、大切な人だった気がする。その魔女の、愛しい名前を覚えている気がする。


<……ア、……ゲェ……グ……!>


 歪な口が、歪に名前を呼ぶ。


 醜い自分の姿が、醜い自分の声が、悲しかった。


 悲しくて、絶望に負けそうになる。


<……ア、デ……グ……!>


 けれども、まだ諦めない。まだ、小さなわがままを持っているから。そのわがままを、決して諦めたくないから。


 もう、多くは望まない。一つだけでいい。一つだけ、叶えられればいい。


 もう一度、その愛しい名前を呼びたかった。


 その愛しい名前を口にしたかった。


 ただ、それだけで良かった。


__愛しい、その魔女の名前を。


__アデル。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……アデル!」


 アデルは、上空からの呼び声で、顔を上げ、目をぱちくりさせる。


 アデルの上空で、飛び跳ねる一本の箒があった。アデルは、子どものように無邪気に飛び跳ねるそれを、驚いた表情で見上げる。それは、今まで彼女に見せた事もないような動きをしていた。だから、彼女は、一瞬、それを今まで旅を共にしてきた相棒だと気が付かなかった。


「……ノノ?」


 少し間があって、アデルは、旅の相棒の名を口にする。


 魔法の箒『ノノ』__重要な旅のパートナー。主であるアデルの命令に忠実に従うマジックアイテム。


 そのノノが、今、ぴょんぴょんと宙を踊るように跳ね、


「アデル! 私! 私だよ!」


 そして、喋った。


 アデルは、唖然となる。ただ主の命令に黙って従うだけのはずノノ__そんな魔法の箒の、今までではありえない行動に、目を丸くして驚く。そして、気が付き始める。ノノのその声には、聞き覚えがあった。


 聞き覚えのある、少女の声だった。取り戻したかった、少女の声だ。自分を悩まして、狂わせて、けれど、優しい気持にさせてくれる、あの少女の声だ。


 アデルは、地面にぶつけたお尻の痛みなど忘れる。そして、震える口で訊ねる。


「……もしかして、コル?」


 アデルのその問い掛けに、魔法の箒『ノノ』は、


「うん! 私だよ、アデル!」


 箒の体を跳ねさせ、嬉しそうに頷くのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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