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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第14話 悍ましい声

 黒い体を渦巻かせながら迫ってきた悪霊は、まず、『コル』の残骸に飛び付いた。悪霊は、『コル』の残骸__焼け焦げたローブと灰燼のみになったものの周りを、唸り声を上げながら旋回する。


<……ヴァ、ガギィ、ォ……、ガァア、グァ……!>


 悪霊は、『コル』の残骸の周りを、激しく旋回し続ける。何度も何度も、その残骸を確認するように、旋回を続ける。


<……ヴァ、ガギィ、オ!! ガァア、グア!!>


 そして、悍ましい声を轟かせる。その『コル』の残骸が既に人の身体として機能していない事を、嘆き悲しむようだった。


<ヴァガギィオ!!! ガァアグア!!!>


 次の瞬間、悪霊が方向を変えて、突如、アデルへと迫ってくる。


 悪霊は、疾風の如く駆け、驚き竦み上がったアデルへと覆い被さる。


「うっ……!?」


 アデルは、吐き気を催す。悪霊の黒い煙のような体が、アデルの視界を埋め尽くし、負の感情に満ちた唸り声が、両耳を捩じり取るかのように悍ましく響く。アデルは、意識が飛びかけそうになり、体をふらつかせる。


「伏せて下され、赤リボン殿!」


 キルシュタイン博士は、悪霊に覆い被さられたアデルに向けて、杖を振る。その杖の先から一条の雷が迸り、上手くアデルを避けて、悪霊の黒い体を穿つ。


<ギギギギギギ……ッ!>


 悪霊は、キルシュタイン博士の魔法の雷撃を受けて、悲鳴を上げてアデルから離れる。そして、痛みに悶え苦しみ、アデル達の上空でのたうち回る。


「ふむ……、これはもしや、赤リボン殿を『コル』と勘違いして乗り移ろうとしたのですかな? 興味深い反応ではあるが、やはり、早々にあれを消さなくては、赤リボン殿にとって危険ですな」


 キルシュタイン博士は、上空でのたうち回る悪霊をじっくり見据えつつ、杖の先に魔法の光を灯す。


「待って!」


 その時、杖を持ったキルシュタイン博士の腕に、アデルがふらつきながら飛び掛かる。


「……どうされましたかな?」

「待って! あれは……、あれは……!」

「あれは?」


 アデルは、震える声で叫ぶ。


「あれは、コルよ! 私と一緒にいたあの子よ! そうでしょう!?」

「そうですな。あれは、昨日まで『コル』の中に入っていた霊魂__それが悪霊となったものですな」

「なら、止めなさい! 止めるのよ!」

「……それは出来ませんな。この“後始末”は、魔術省と魔法結社と取決めたことですので。__何より、敬愛する貴女のためにも、あれを始末しなくてはなりません」


 キルシュタイン博士は、肩を竦ませると、軽く杖を振る。彼が使ったのは風魔法。突風が吹き、彼の体からアデルを引き剥がす。


 突風によって地面を転がされたアデルは、直ぐに起き上がり、キルシュタイン博士を睨み付ける。


「この……っ! 何するのよ!」

「少し大人しくして下され、赤リボン殿。今の貴女は、見るに耐えない」


 キルシュタイン博士は、上空でのたうち回る悪霊に向けて、魔法の光が灯った杖を構えている。


「我輩が、責任を以って片付けましょう」


 そして、再び、キルシュタイン博士の杖の先かから雷が迸る。その魔法の雷は、蛇のように宙を駆けて、悪霊の黒い体を鎖のように縛り、激しい雷鳴と共に稲光を瞬かせる。


<イッ……ギャギャギャギャギャギャッ!>


 悪霊は、絶叫を上げる。稲光の中で、黒い体を苦しそうに震わせる。アデルは、その苦しむ様を、呆然と地上から見上げる。


<……アッ……、……アッ!>


 苦しみ藻搔く悪霊は、一瞬だけ、体の動きを止める。


<……ア、……ゲェ……グ……!>


 そして、黒い体から、小さく滑らかな手が伸びる。


<ア、デ……ッ! ……グ……>


 その小さな手は、アデルに向けられたようにも見えた。だが、その手は、直ぐに霧散してしまう。


それから、悪霊の黒い体は、力尽きたように、地上に落ちて行ったのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 その少女は、自分が誰なのか分からなかった。


 自分がどうして生まれて来たのか、どうして此処にいるのか、分からなかった。


 ただ唯一、彼女の分かる事は、自分の名が“コル”であることだけだった。


 その少女__コルは、意識が芽生えた瞬間、ノーク町の中にいた。


 ただ、彼女には、そこが町だとは分からなかった。彼女を取り囲むのは、混沌だった。自分の周りに並ぶ多くの建物が建物だと分からず、自分の横を通り過ぎていく多くの人達が町の人々だと分からず__分かる事は、何らかの雑多な物質と流れが自分の周りに存在している、という事だけだった。


 彼女は、訳も分からず歩き続けていた。歩いて、歩いて、歩いて、とにかく、歩く。長い間ひたすらに歩き続け、やがて、体が疲れを覚える。しかし、その時の彼女には、まだ疲れるという事の意味が分かっていない。分かるのは、今自分が採るべき適切な行動というのは、歩くのを止めることなのだという事。そして、何処か物質の少なく、流れの穏やかな場所で横になり、目を瞑るべきだという事。


 コルは、一度眠りに就き、そして、長い眠りの果てに、目を覚ます。すると、周囲の世界が変わっていた。混沌としたはずの物質の世界が、意味のある輪郭と色を持っていた。彼女は、生まれ変わった気分で、また歩き始める。


 コルは、歩く。歩いて、歩いて、歩いて、やがて、自分が空腹で苦しんでいる事に気が付く。そして、今自分が採るべき適切な行動というのは、何か物を食べることである事が分かった。また、分かっただけではなくて、そうしたいとも思った。


 コルは、食べ物に行きつくまでの手段を知っていた。自分の着ている大きすぎるローブの内側に、財布がある。財布の中には硬貨があり、食べ物を売っている場所にいる人にこの硬貨を出すと、食べ物と交換できる。不思議な事に、彼女には、最初からその知識を持っていた。


 食べ物でお腹を満たしたコルは、また歩き始める。彼女は、徐々に、混沌の世界から抜け出していく。周りの建物の違い、道行く人々の顔や体格の違いが明確に分かるようになり、その違いが楽しくなっていった。


 そうして、歩いて、歩いて、歩いていくと、体が疲れを覚える。今自分が採るべき適切な行動というのは、歩くのを止めるだという事が分かった。分かっただけではなくて、休んで、眠りに就きたいと思った。


 コルは、再び眠りに就き、そして、目覚める。それから、眠りから覚めた後、彼女は、わくわくしながら、町を歩いた。周りの様々なものに、興味を惹かれ、目を輝かせた。自分を取り巻いていた世界は、こんなにも面白く、楽しいものである事に気が付いた。


 しかし、そんな楽しげだったコルに、黒い影が忍び寄る。


<……ヴァ、ガギィ、ォ……、ガァア、グァ……!>


 コルが見上げた先に、その悍ましい声の存在がいた。黒い煙のような体の謎の存在。最初、彼女は、それの敵意が自分に向けられているとは思わなかった。


<……ガァゲェ……、ィブェ……!>


 その黒い影は、コルに飛び掛かる。負の感情に満ちた黒い体が彼女に覆いかぶさる。背筋が凍るような怨嗟の声の渦巻きが、彼女を包んで苛める。彼女は、その悍ましい敵意が自分へと向けられている事に気が付く。気が付き、恐怖の悲鳴を上げる。


 コルの悲鳴と共に、紫色の光が体から迸る。その光に貫かれて、黒い影は痙攣しながら彼女の体から離れる。


 そして、コルは、走った。走って、走って、走って、あの黒い影から逃げた。やがて、息を切らして、座り込む。そして、怯えて震えた。楽しいはずの世界に、あのような恐ろしい存在がいることに愕然となった。


 その後、暫くしてくると、またお腹が減ってくる。彼女は、震えながらも立ち上がる。空腹を満さなくてはならなかった。そうしなくては、胸の内に広がっている不安感が、やがて自分の息の根を止めてしまうように感じられた。


 しかし、コルは、ある重要な事に気が付く。ローブの内側にあった財布が、見当たらなかった。どこかに、落としたようだった。おそらくは、あの黒い影から逃げている際に、落としたのだ。


 コルは、慌てて落とした財布を探した。町中を駆けて、探して、探して、探した。しかし、落し物は見つからない。地面に這いつくばって、探し回るも、やはり、見つからなかった。


 コルは、泣きそうになる。恐怖と不安に震えて、途方に暮れる。


 誰か、助けて欲しかった。しかし、一体誰が自分を助けてくれるというのだろうか。


 コルは、その時初めて、自分が孤独である事に気が付く。自分が、寂しさの中にいる事に気が付く。自分と周りの世界に敷かれた、見えない線の存在を感じ取る。


 不安と恐怖に打ち拉がられたコル。そんな彼女に、声が掛かる。


「あなた、どうしたの?」


 その声に、コルは顔を上げる。


 そして、その魔女に出会う。


 不思議な煌めきを纏った長い金髪と、赤い瞳の魔女__『赤リボンのアデル』に出会う。


 自分と似た顔の魔女に出会う。


 コルは、アデルに助けてもらい、それから、彼女と行動を共にすることになる。コルにとってアデルは、自分を恐怖と不安から救ってくれた恩人であり、初めて出来た友達であった。彼女達は、一緒にノークの町を遊び回った。そして、特別な思い出を作っていった。


 コルは、アデルが大好きだった。一緒にいられて、楽しかった。アデルと一緒にいると、世界が輝いて見えた。


 コルは、アデルが大好きだった。だから、アデルの笑顔をもっと見たかったし、アデルにも自分の事を好きになってもらいたかった。


 だから、コルは、アデルの気持ちを確かめたかった。


 コルは、不安になることがあった。アデルは、自分に笑顔を向けてくれる事がある。けれども、時々、アデルが本当は自分の事を見てくれていないと、感じてしまうこともあった。自分に向けられたアデルの赤い瞳に、自分が写っていないように感じることがあった。アデルが、何か別のものを見ているような、そんな気配を何故だか感じてしまうのだった。


 それに、アデルは、コルの前で辛そうな顔を見せる事があった。アデルは、何かに思い悩んでいた。コルには、アデルのその悩みが具体的に何であるか分からなかったが、おそらくは、自分に関係するものだということを感じ取っていた。


 だから、コルは、アデルの気持ちを確かめたかった。アデルが、自分と同じ気持ちなのかを確かめたかった。


「ねえ、教えて欲しいの、アデル。アデルは、私と一緒にいても楽しくないの……?」


 コルは、怯えながら、アデルにそう訊ねた。勇気を振り絞って、そう訊ねた。


 それに対して、アデルは、コルに歩み寄り、その幼い頭に優しく手を置く。


「私自身、このもやもやが何なのか分かっていないけど……。__けれど、同じよ、コル」

「……同じ?」

「ええ、同じよ。私達、同じなのは顔だけじゃないみたい」


 そして、返答する。


「私も、あなた一緒にいられると楽しいみたい」


 柔らかく笑いながら口にしたアデルの言葉に、コルの不安が拭い去られる。コルの表情に笑みが広がった。その言葉は、大好きな人から欲しかった言葉だった。


 アデルは、言葉を続ける。


「だから、そうね……コル、これからも__」


 しかし、アデルが言葉を言い切る前に、コルに異変が生じる。


 突如紫色の閃光が迸り、コルの意識が宙に浮く。体が不気味な浮遊感に包まれ、全身の感覚が曖昧になる。


 コルは、自分が宙に浮いていることに気が付く。突然の事に驚きつつ、眼下を見下ろす。


 見下ろした先には、アデルがいた。そして、淡い紫色の髪の少女が地面に倒れているのを、アデルは、必死に起こそうとしている。淡い紫色の髪の少女__自分の体だ。


 そして、コルは、自分が霊魂の状態になっている事に気が付く。肉体を持たない、誰の目にも映らない存在になっていた。彼女は、何が起きているのか分からず、混乱する。だが、やるべき事は一つだ。


 コルは、自分の体へと戻ろうとする。そこは自分の戻るべき場所なのだから、戻らなくてはならなかった。


 しかし、『コル』の体は、コルを受け入れない。コルが自分の体に入ろうとするが、そこには既に、別の何かが埋まっていた。何度も何度も試しても、入ることは出来なかった。焦るコルは、強引に体に入ろうとするが、その瞬間、体から紫色の光が閃き、弾き飛ばされる。


 コルは、誰にも聞こえることのない悲鳴を上げ、のたうち回る。痛かった。痛くて、痛くて、痛くて、苦しみ悶える。痛みで、思考が千切れそうになる。


 暫くのたうち回っていたコルは、痛みが治まってきたところで、やらなければならない事を思い出す。自分の体に戻らなくてはならなかった。見失った自分の体を探さなくてはならなかった。


 コルの霊魂は、焦燥に駆られながら、町中を飛び回る。一刻も早く、元の体に戻らなくてはならなかった。彼女は、自分の存在に起こっている恐ろしい変化に気が付いていった。


 思考の纏まりが、徐々に崩れていく。記憶が、色褪せていく。自分の名前すら、思い出せなくなっていく。そんなふうに、自分が、自分でなくなっていくのを感じた。


 コルの霊魂は、町中を飛び回り続ける。時間の経過の感覚が、曖昧になっていく。自分が飛び回っている目的も、忘れそうになる。そんな不安定な存在になりつつあったコルは、遂に、見失っていた還るべき場所を見つける。


 コルの霊魂は、淡い紫色の髪の少女の姿を見つける。町の中を、金髪の魔女と一緒に歩いていた。その金髪の魔女に、微かに見覚えがあった。けれども、誰だったかは思い出せない。もしかしたら、大切な人だったかもしれない。__いや、今は、そんな事を思い出すより、やるべき事がある。


 コルの霊魂は、淡い紫色の髪の少女に飛び付く。戻るべき元の体に、戻ろうとする。しかし、前と同じ拒絶を受ける。戻るべきはずの体から、紫色の光が閃き、弾き飛ばされる。


 弾き飛ばされたコルの霊魂は、悶え苦しみ、絶望する。そして、苦しみと絶望の中で、心が負の感情に支配されていく。


__自分には、還るべき場所がある。取り戻さなくてはならない、場所がある。あれは、自分の場所だ。自分がいるべき場所だ。そうあるべき場所だ。だから、何としても、取り戻さなくてはならなかった。何としても。


 コルの強い思いが、霊魂に変化を齎す。黒い何かかが内側から湧き上がり、それは、自分の姿となる。突如虚空に現れた、黒い煙のような不気味な体__それが、自分の新しい姿だった。悪霊と化した姿だった。


<……ヴァ、ガギィ、ォ……、ガァア、グァ……!>


 そして、声を得たコルは、叫ぶ。


<……ガァゲェ……、ィブェ……!>


 私の体を返してと、悍ましい声で叫ぶ。


 悪霊と化したコルは、『コル』の体へと襲い掛かる。『コル』の体は、逃げる。傍にいた金髪の魔女と一緒に箒に乗って飛ぶ。その後を、悪霊のコルは追いかける。『コル』の体は、とある店の中へと逃げ込んだ。


<……ヴァ、ガギィ、ォ……、ガァア、グァ……! ……ガァゲェ……、ィブェ……!>


 悪霊のコルは、その店の中へと駆ける。店の中には、『コル』の体がいた。他にも、あの金髪の魔女と、白いローブを着た魔女がいたが、今のコルには彼女達が誰だったかの覚えはない。


 白いローブの魔女は、呪文を詠唱し、杖を振る。その杖の先から迸った雷が、悪霊のコルの黒い体を貫く。


<ギッ……ギギギギギギッ!>


 悪霊のコルは、悲鳴を上げて、痛みに身を捩る。その痛みに苦しむ中で、悪霊のコルは、あの金髪の魔女と視線が合う。金髪の魔女は、『コル』の体を守るように抱きしめ、そして、悪霊のコルには鋭い視線を向けている。


<……アッ!>


__悲しかった。悲しみの理由は、分からない。けれど、その金髪の魔女の敵意に満ちた視線に、どうしようもなく悲しくなった。彼女にそんな目を、向けられたくなかった。


 彼女は、大切な人だった気がする。大好きな人だった気がする。愛おしいその人の名前を、覚えている気がする。名前は、確か__


<……ア、……ゲェ……グ……!>


 愛おしいその名前を呼ぼうする。けれど、自分の口から出て来るのは、聞き取ることが出来ない悍ましく醜い声。悪霊となった自分の声が、愛しい人の名前を呼ぶことを許してくれない。


 悪霊のコルは、愛おしいその魔女に向けて、手を伸ばす。黒い体から、小さく滑らかな手で伸びる。彼女は、愛おしいその魔女に、この手を取って、この悲しさから引きずり出して欲しかった。


 だが、悪霊のコルに返って来たのは、杖から振るわれた雷だった。


<イギャギャギャギャギャギャギギギギギギギギギギギギ……!>


 叫ぶ。痛かった。苦しかった。悲しかった。


 悪霊のコルは、店の中をのたうち回り、そして、店の外へと逃げていった。


<ガアアアアアアァァァァァァアァアァアァッ!>


 悪霊のコルは、ノークの町の空で、醜い声で泣き叫ぶ。


 誰か、救って欲しかった。


 この悲劇から、誰か……。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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