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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第9話 誰かの下らない願い事(後編)

 アデルは、『赤リボンの呪い』によってこれ以上魔法を行使することが出来ない。今週は既に、3回しか使えない魔法を使い果たしている。そんな事は、彼女自身分かっている。


 けれども、アデルは、今、その呪いに抗おうとしていた。


 ノークの町の夜空に作り出した満天の星々の輝きを、アデルは、守ろうとする。突然現れては杖を向け、星空を眺めるのを邪魔してくる自警団達など追い払ってやると、彼女は、赤い瞳に決意を宿す。


 アデルの天に掲げられた左手の指先に魔法の光が灯り、魔力の波紋が広がる。彼女を囲っている自警団達は、強い空気の振動を感じ取る。彼らは、その攻撃の兆候に、防御あるいは反撃の準備に入る。


 アデルの指先の光は、不安定に左右に大きく揺れ続け、空気が不穏に振動を続ける。アデルは、魔法を発動させようと、力を振り絞る為に歯を食いしばり、指先の光にこれ以上無い程の集中を送る。忌まわしき呪いを越えるために、全身全霊を賭ける。


だが、やはり、『赤リボンの呪い』は、例外を許さない。


 アデルの胸の大きな赤いリボンから、膨大な魔力が放出される。その赤リボンは、怒り暴れるように、あるいは、嘲り転げ回るように、その赤い布を激しくばたつかせる。厳格で厳正な呪いの決まりを守る為、アデルに魔法を使わせまいとする。


「……がっ!?」


 呪いが、アデルに襲い掛かる。


 アデルは、何者かに喉を締め付けられ、体を鷲掴みにされ、捩じり取られていくような苦痛に襲われる。左右の手と足、指の一本一本、内臓の一つ一つ、頭から爪先までの血管の一本一本に、大小無数の目には見えない触手が絡みつき、アデルの体を四方八方へと分離して引き千切ろうとしているような感覚。それは、呪いによる戒めだった。


 あまりの痛みでアデルの視界が揺らぐ。全身からは汗が噴き出す。これ以上呪いに抗う事は、危険であった。


 それでも、アデルは止まることはない。震える足で立ち続け、喘ぐような惨めな呼吸を続け、ぼやける視界の先で灯る指先の魔法の光を、慄然と見据える。


 負けるものかと、アデルは痛みに耐え、魔法を発動せんとする。もはや、彼女の瞳に周囲の自警団達は映っていない。コルが泣き出しそうな顔をして心配そうに呼び掛けている声も、メメが頭上から大声を張り上げて飛ばす警告も、今の彼女には届かない。彼女は、ただひたすら、自身の呪いと戦っていた。この場にはいない、見えざる宿敵と戦っていた。


 二つの異なる魔力の波動がその場で打ち合いを始める。アデルを囲う自警団達は、彼女の内なる戦いのことなど分かるはずもなく、その繰り広げられる魔力の謎のぶつかり合いと、そこから伝わる強烈な熱波に、緊張を強める。


「矛を収めて、町を元に戻せ、『赤リボンのアデル』!」


 自警団の一人が、杖を握る手を震わせながら叫んだ。


「従わなければ、撃って出るぞ!」


 自警団の魔法使いの杖の先に、小さな風が渦巻く。その風は、鋭い音を立てながら渦巻く勢いを上げる。それは、魔法による風の刃。容易に人の肉を抉り、骨を断つ鋭利さを持つ。杖の先から放たれれば、今の無防備なアデルを確実に引き裂く凶刃だ。


 だが、アデルは、その最終警告と言わんばかりの脅迫に、一切応じる気配はない。自警団の声は、彼女の耳に届いている。しかし、彼女の意識には、全く響いていないようだった。


 メメが、これまでにないアデルの身の危険に、さらに大声を張り上げる。コルが、遂に泣き出し、アデルの体を揺する。しかし、アデルは、止まらない。全身の痛みに苛まれ、揺らいでいく意識の中で、己の戦いを続ける。『赤リボンの呪い』に抗い、乗り越えようとする。


 死ぬかもしれない、とアデルは思った。意識は、その形が崩れていく。けれども、彼女は自身の生死に頓着しない。この戦いが、己の存在理由だとすら、思えてしまうのだから__


「止めなさい。双方とも」


 その時、透き通った声が、その場に割って入った。


 殺伐とアデルと自警団達が対峙し、魔力が荒れ狂う家屋の屋根の上に、ふわりと白い羽が舞い降りるように、悠然と軽やかに、その魔法使いが姿を現す。白いローブをはためかせたその魔法使いは、微風のように静かに、アデルと自警団達の間に風魔法で降り立ち、ゆったりと周りを見渡す。


 アデルは、舞い降りたその魔法使いの姿を見て、はっとなる。見知ったその姿に、僅かに意識が形を取り戻す。


「貴女は……賢者殿」


 自警団の魔法使いは、現れたその魔法使いの事を知っていた。アース王国では、国王の顧問魔術師の肩書を持ち、加えて“賢者”の異名で知られる、有名な魔法使いだ。


「驚きね、アデル。まさか、ここまでおかしな事になっているなんて」

「マグ……」


 アデルは、掠れた声で、現れた魔法使いの名を呟いた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 知人のマグの登場の所為か、不思議とアデルの緊張が解ける。アデルは、両手と両膝を地面に付き、そして、左手の指先に灯った魔法の光を消した。


 アデルが呪いに抗う事を止めた途端、その全身に襲い掛かっていた無数の触手に捩じり取られるような苦痛が失せていく。呪いの苦痛から解放されたアデルは、腹部を大きく上下させ、呼吸を整えようとする。汗が止めどなく流れ、着ているローブをびっしょりと濡らす。


 泣き顔のコルが、苦しそうにしているアデルを心配して、その顔を覗き込む。アデルは、「大丈夫よ」と一言吐いてから、呼吸もまだ乱れている中、立ち上がり、マグに問う。


「マグ……、あなた、どうして此処へ……?」

「この町の異変に、嫌な予感がしたのよ。それで来てみれば、まさかの予感通りだったわ」


 マグは、夜空を仰ぐ。そして、ノークの町ではあり得ない満天の星々の煌めきに、苦笑いを浮かべた。


「綺麗な星空ね」


 マグは、皮肉交じりに呟いてから、アデルに視線を戻す。


「アデルが何の目的でその万能の魔法を使ったのか、何となく察したわ。素敵な魔法ね」

「……」

「けれども、もう止めにしましょう。町は直ぐに元に戻せるわよね?」

「……戻すつもりはないわ」


 アデルは、意地を張る子どものような調子で返した。


「それは困ったわね……」


 マグは、溜息を吐くと、困り気味の表情を作って、アデルと周囲の自警団達の双方に対して、交互に顔を向ける。


 アデルは、右手の指先に灯った魔法の光を絶やすことなく、マグや自警団達を睨み続けている。自警団達は、緊張を解くことなく、殺気が宿る杖の先をアデルに向け、睨み返している。


「自警団の方々、随分と警戒をしているようだけど、心配要らないわ。貴方達が怯える程、この異変も大したものじゃないし、この魔女も今は大した危険はないはず。だから、杖を下ろして?」

「……賢者殿、しかし……」

「ここは任せてくれないかしら? “賢者”の私に」


 マグの有無を言わさぬ雰囲気で、自警団達が押し黙る。


 そして、“賢者”の異名を持つその魔女を信頼して、自警団達は、おずおずとながらも、杖を下ろした。マグは、その異名で呼ばれる事が好きでは無かったが、こういった揉め事の場面ではその異名が役に立つのだから、皮肉なものだと笑いたくなった。


 全員が矛を収めたことで、この場の緊張がやや弛緩する。マグは、白いローブを揺らし、ゆっくりとアデルに歩み寄る。


「今日はもうお開きにしましょう、アデル」

「……嫌よ。嫌だっていっているの」


 アデルは、呼吸を乱しながらも、あくまでそう言い返した。


「アデル、私はあなたの味方よ」


 すると、マグは、悲しげな笑みを浮かべて、魔法の光が灯ったアデルの右手をそっと握り寄せる。アデルは、その握られた手を振りほどくことなく、朧げな瞳でマグを見つめる。


「大丈夫、アデル、星空はいつだって見れるから。明日も、明後日も、その次の日も、いつだって」

「“いつだって”……?」


 アデルは、朧げな意識の中、その言葉に針で刺されたような強い反抗を覚えて、眉を上げる。


「“いつだって”、ていうのは嘘よ。永遠なんて、無いんだから……。そんなもの、叶うはずもないんだから」

「嘘じゃないわ」


 マグは、アデルの手を握る力を強めて、即座に否定した。


「だって、今のあなたには万能の魔法がある」

「……万能の魔法」


 赤い瞳に、煌めきが過る。


「あなたは、万能の魔法使い『赤リボンのアデル』。そうじゃないの?」

「……」


 マグの問い掛けに、アデルは一瞬沈黙する。


「……そうよ」


 それから、自分自身の言葉を噛みしめるかのように呟く。


「私は、万能の魔法使い。どんな願い事だって、叶えられるんだから……」

「あなたは、その万能の魔法で、あらゆる願いを叶えてきた。そうでしょ?」

「そうよ。あらゆる願いを叶えてきた」

「なら、心配する事ないわ、アデル」


 マグは、ノークの町の夜空に広がる満天の星々を仰ぐ。


「この綺麗な星空は、今手放してもいつだってまた手に入れられる、だから__」


 アデルは、マグの手の温もりに、不思議な安心感を覚える。気を張って立っていたアデルは、ゆっくりと両膝を地面に付き、顔を伏せる。


「今日はもう、お開きにしましょう」


 崩れ落ちたアデルに、マグは、優しく囁いた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ノークの町の夜が、いつも通りの空気を取り戻していく。


 夜の冷気は徐々に緩んでいき、澄んでいた空気に魔力が混じり始める。そして、町の夜空に広がっていた満天の星々の輝きは薄れ始め、多くの星々が夜空の向こうの闇の帳に吸い込まれるように消えていった。


 右手の指先から魔法の光を消したアデルは、座り込んだまま、元に戻っていく夜空を儚げな眼で見つめていた。綺麗だった星々の輝きの余韻に浸るように、彼女は、ぼんやりと夜空を仰いだ。その彼女の左手は、両目に涙を浮かべているコルの小さな手に繋がれていた。


「アデル、死んじゃうかと思った……。死んじゃ嫌……」

「……心配かけたわね、コル。でも、もう大丈夫よ。だから、泣き止みなさい」

「うん……」

「本当に、心配かけたわね。ごめんなさい……」


 アデルは、泣いているコルに、掠れた声でそう返した。


 一方、マグは、自警団達と話をして、アデルを責任をもって引き受けると告げ、彼らを退散させた。そしてその後、放心した様子で夜空を仰ぎ続けるアデルに、宿まで送っていくと言い、疲労困憊で立つことも覚束ないアデルのために、使い魔の人型ゴーレムを召喚して送迎の用意をする。


「どうにかしていたわ、私」


 そして、帰路の途中、アデルは、ゴーレムの大きな背中に背負われながら、恥じるように呟いた。それに対して何と言えば良いのか分からず、彼女の頭上にいるメメも、彼女を背負うゴーレムの横を歩くコルも、困ったように黙ってしまう。


 気まずい沈黙が流れる中、アデルの背後から、「今日はもう、ゆっくり休みなさい」とマグが返してあげた。アデルは、ゴーレムの背中に顔を埋めたまま「そうするわ」と小さく答えた。


 つくづく、先ほどの自分はどうにかしていた、とアデルは思う。


 冷静になりつつある頭で、先ほどの自身の行動を省みる。省みるが、全く以って謎ばかりだ。普段の自分ならばあり得ないような、不合理な行動の数々。衝動的に行動し、そして、その衝動の理由も、自分ですら理解不能なのだ。


 まるで、あの時の自分は、自分でないみたいだった。今はもう、あの時に湧き上がっていた熱の感触を思い出せない。


 先ほどの自分に限らず、最近の自分は何か変だ。最近__コルに出会ってからの自分は、

おかしくなっている。と、アデルは、最近の自分を振り返って気が付く。


 アデルは、ちらりと、横を歩くコルを一瞥する。淡い紫色の短髪の、自分に似た顔の少女。正体不明の謎の少女。その少女の姿を、改めて確認する。


__この少女によって、自分は狂わされているのだろうか。


 アデルは、ふとそんな事を考える。もしそうだとしたら、一体何故、一体何が、自分を狂わせているのか。


 そんな事をぼんやりと考えながら、アデルは、眠気に誘われ、意識を落としていった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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