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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第5話 解析魔法

 ちょうど日が暮れた頃に、マグの魔法薬店の扉がノックされた。


 薄暗い灯りの部屋の中で、金髪の人形を抱えて椅子に座り、自身の緑色の髪と瞳を白いローブの奥に隠すようにして黙々と読書をしていた魔女__マグは、扉の方に顔を向けた。


「戻ったわよ、マグ」


 待っていた人の声。アデルが扉を開けて部屋に入ってきた。マグは、椅子から立ち上がり、抱えていた人形を置く。


「アデル、随分帰りが遅かったじゃない。一体、何をして__」


 やや頬を膨らませたマグは、アデルの後に子どもが付いてきている事に気が付く。淡い紫色のショートヘアの子どもだ。


その子どもは、アデルによく似た顔をしていた。


「え……、アデル、……その子……まさか……」


 マグは、アデルと一緒に入ってきたコルの顔を確認して、驚いた様子で目を見開く。白いローブの奥の、緑色の瞳が揺れる。次の瞬間、マグは、勢いよくローブをはためかせてカウンターを越え、コルの前までやって来くると、さらにその顔を覗き込む。マグは、コルを瞬きもせずに見つめる。そのマグの姿は、慌てているようであった。


 コルは、そんなマグに怯えて、アデルのローブを掴んでその背後に隠れてしまった。アデルは、マグの様子に怪訝となる。


「マグ、あなた、どうしたの? その子の名前は、コル。私の顔とよく似ているけど、それは__」

「何か__」


 マグは、アデルの言葉を遮ると、彼女に迫ってその胸元の赤いリボンに手を触れる。


「何か、変化は?」

「ちょっと……、マグ?」

「リボンからは、まだ魔力が……いえ、こうすれば分かる」


 するとマグは、少し強引にアデルの胸元から赤いリボンを引き抜いた。荒々しく布同士が擦れる音がする。突然の事で、アデルは、唖然となり、為されるがまま赤いリボンを抜き取られる。


 アデルの胸元から引き抜かれた赤いリボンは、一瞬だけマグの手の中に止まるが、直ぐに光の粒子を振り撒いて霧散する。そして、その直後、アデルの首元に光が渦巻き、赤いリボンが再出現する。


「な、何なの、マグ……!? 急に何のつもり? このリボンは、私から外れないわよ。知っているでしょ」


 アデルの胸元の赤いリボンは、呪いのリボンだ。外したとしても、直ぐにまた、アデルの胸元に戻ってくる。その事は、マグも承知のはずだった。


 マグは、アデルの胸元に戻った赤いリボンを確認すると、一息を吐き、ゆらりと彼女から離れる。


「……急にごめんなさい。私の早とちりだったみたい」

「あなた、急に何なの? 意味が分からないんだけど?」

「いえ、本当に気にすることないわ。忘れて」

「忘れて、って……」


 アデルの訝しげな視線を、マグは、横顔で受け流す。そして、マグは、アデルを無視するように、その背後に隠れているコルに顔を向けて微笑む。


「お嬢ちゃんもごめんなさいね。二人の顔がすごく似ていたから驚いちゃったの。……コル、だったかな? 私、マグって言うの。よろしくね、コル」


 マグから自己紹介を受けたコルは、まだ少し怯えながらも「うん……」と挨拶を返した。


「で、アデル。その子は?」

「……いや、あなた、さっきの慌てようは何だったの?」

「忘れて。で、その子は?」

「……いや、だから、変よあなた。メメも、変だと思わない?」


 アデルは、頭上の魔法の帽子メメに目を向ける


「……。……その、アデル……」

「ん、どうした?」

「……その、……まあ、いいじゃないか」


 メメは、言葉を濁した。その声には、動揺すら窺われた。アデルは、不審なメメの様子に眉をひそめる。


「で、その子は?」


 マグは、再度質問をする。アデルは、マグからの妙な圧力に押されて、答える事にする。


「……さっき、拾ったの」

「拾った?」

「ええ。事情を話せば、少し長いんだけど__」


 そして、アデルは、これまでの経緯等を説明する。


 アデルが街路を歩いていたところ、財布を落として困っていたコルを見つけたこと。コルがアデルの希望通りに服装や髪型を変える事を引き換えに、アデルがコルの当面の面倒を見る、という内容の取引をしたこと。__加えて、コルから感じ取れる独特な魔力と、彼女に襲い掛かって来た謎の黒い悪霊についても説明した。


「で、私には良く分からない子なんだけど、あなたには何か分かったりする?」


 アデルは一通り説明した後、コルの両肩を優しく掴んでマグの前へと出した。


「分かったりする、って聞かれても……」

「この子の体を調べたりとかって出来る? 詳しくは分からないけど、何らかの術式が組み込まれているみたいなの。あなた、そういう事を調べるのは得意でしょ、賢者マグ」

「“賢者”は止めて。……でも、そうね、調べてみましょうか」


 マグは、「少し触るわね」と一言断ってから、コルの手の平を両手で摘まんだ。そして、瞳を閉じて、呪文を呟き始める。コルの手の平を摘まむマグの指先から、仄かに魔法の光が灯り始める。


 コルの体内の状態を解析する魔法だ。もしコルの体に術式が組み込まれているのであれば、それを感知し、解析する事が出来る。


 身体の中を調べられている、と感じ取ったコルは、不安そうに肩を震わせる。アデルは、そんなコルの背後に寄り添って、「大丈夫よ」と呟いて、その小さな両肩にそっと手を置いた。


 呪文が唱えられていき、マグの指先の魔法の光が輝度を増していく。


 そして__


「……痛っ!?」


 紫色の光が閃いた。


 マグは、急にコルから手を離して、両手を抑えてうずくまった。コルとアデルは共に、突如閃いた紫色の光に驚いて、竦み上がる。


「お、お姉さん……大丈夫?」


 コルは、うずくまったマグに心配そうな声を掛ける。


「……大丈夫よ、コル。少し痛かったけど、大丈夫」


 マグは、ローブの袖の奥に指先を隠しながら立ち上がる。その顔は、痛みで引きつっていた。


「あなたこそ大丈夫だった、コル? 怪我はない?」

「うん、私は大丈夫」

「そう、それは良かった」


 マグは、指先の痛みを堪えつつ、コルに微笑んだ。


「今、何が起きたの?」


 アデルが、コルの背後から訊ねた。


「おそらくは、この子の体に組み込まれている術式によって拒まれたのよ。あなたの言う通り、確かに、この子の体には術式が組み込まれているわ。そして、その術式に干渉しようとすると、自動的に攻撃魔法が干渉者に対して発動するように仕組まれている」

「そんなものがこの子の体に……」

「ええ、だから、この子を調べるのは困難ね、残念だけど」

「あなたなら、それでも何とかならない? どうにかして、その攻撃魔法に対抗しつつ解析することは出来ない?」


 コルは、腕を組んで、難しそうな顔をする。


「無理な話ではないけど、相当強力な術式が組み込まれているみたいだったから、こちらとしても本気で対抗する必要がある。だから、この子の体に危険を生じさせてしまうかもしれない。……場合によっては、殺しちゃったりもするかも」

「手先の器用さには自信があるでしょ。そこを上手く出来ないの?」

「それでも絶対の安全は保証できない」

「むう……」

「どうするの?」


 アデルは、顎に手を置いて、悩ましげに唸った。コルの謎を解明する事と彼女の身の安全、どちらが重要かを真剣に考えているようだった。


マグは、そんなアデルの悩む姿を、珍しそうに見つめる。あるいは、何かを探るような、意味深長な眼差しを向ける。アデルが、誰かの身の安全を心配する事は、珍しい事であった。


「聞いたところだと、その子、記憶喪失になったのは最近でしょ。もしかしたら、数日経てば記憶が戻ったりするんじゃない?」


 と、マグが言う。


「そういうものなの?」

「さあ。良く分からない」

「えぇ……適当なこと言わないでよ」

「でも、今すぐにでもこの子の正体を解き明かす必要があるならともかく、そうじゃないなら、変に危険を冒すことないんじゃないの?」

「んー……そうねえ……。確かに、数日は様子見るべきかもしれないわね」


 アデルは、屈み込んでコルの顔を改めて眺める。独特な魔力を帯びた、自分と顔の似ている謎の少女。見ていると妙な胸騒ぎが起こる。この少女の正体が気にはなる。だが、何も今すぐ正体を明かさなければならない、という緊急性がある訳ではない。


「分かったわ。暫くは、様子を見る事にしましょう。取り合えず、この子の正体については保留で」

「それが良いわね」


 マグは、そう言って、カウンターの前の椅子に座って、治癒魔法の呪文を唱え、自分の指先の傷を治した。アデルの目にちらりと見えたが、ローブの袖の奥に隠されていたマグの指先は、黒く焼き焦げていた。


「それで、話は変わるんだけど、ワインはどうしたの?」

「へ? ワイン? ……あっ!?」


 マグに“ワイン”と言われて、アデルは、声を出して固まった。そういえば、マグに奢るワインを探すために、町を歩いていたのだった。しかし、コルを町中連れ回している内に、元々の目的を失念しまっていた。


 アデルの分かり易い反応に、マグは、溜息を吐いてカウンターの奥へ向かった。


「ほら、依頼者様、私は、しっかりと貴女のご依頼通り、お預かりした物を治させて頂きましたけど?」


 そして、魔法の箒『ノノ』を両手に抱えてアデルの前まで持ってくると、薄笑いを浮かべて嫌味を零した。


「ノノに憑いていた邪魔な霊は掃除しておいたわ。これで今まで通り、ノノを使えるはずよ」

「う、うん……、ありがとう」


 アデルは、ぎこちなくノノを受け取った。


「アデル、君って奴は……」

「黙れ、帽子野郎。あなたもあなたで、忘れていたでしょ」


 アデルは、頭上のノノを強く握り締める。


「その、マグ……、今からでも買いにいくわ」


 アデルは、多少申し訳なさそうに言った。


「いや、いいの。もうワインの事はいいわ」

「……怒っている?」


 マグは、薄笑いを続けながら、首を横に振る。


「いえ。だけど、あなたがワインを奢ってくれる代わりに、別の事をお願いしたいわ」

「別の事?」

「今晩も含めて、暫くのあいだ、私との食事に毎晩付き合って。良いでしょ?」

「毎晩って……」


 マグが頭を少し傾けて、少しあざとく提案すると、アデルは、困り気味に頬を指で掻いた。


「私、ずっとこの町にいるわけじゃないんだけど。魔物討伐の任務の関係で、また呼び出されれば直ぐにこの町を出るのよ」

「あくまで暫くのあいだよ。あなたにとっても悪い話じゃないわ。私が御馳走してあげるのよ。それに__」


 マグは、コルを一瞥する。


「その子のことについて、情報を共有しておいた方が良いと思うの。いざという時に、私が力になれるように。毎晩の食事の際で良いから、その子について何か変化が無かったか聞かせて」

「まあ、そういう話なら……」

「じゃあ決まりね」


 マグは、嬉しそうに両手を叩いた。アデルは、どことなく釈然としない面持ちだった。マグの提案は決して悪い話ではないのだが、上手く丸め込まれた感じがする。


「早速、晩御飯の用意をするわ」


 マグは、やや気合を入れた様子でカウンターの奥に入った。そして、本棚の中を漁り、何冊かの魔導書を見つけ出すと、それらを開いて、懐から取り出した杖を振り、呪文を紡いだ。


 マグの魔法が振るわれる。狭い魔法薬店の部屋の中を、いくつもの魔法の光が行き交う。小さな光の球体の姿をした精霊が幾体も漂い、部屋に温かみのある明るさを齎すともに、部屋の隅々の塵や埃を吸い取っていく。カウンターの上にはいつの間にか何枚もの皿が出現し、野菜や肉や魚が乗せられていく。食事を乗せたのは、料理人の恰好をした小さな人形達だった。それらの精霊や人形は、全てマグの使い魔だった。“賢者”の異名を持つ彼女は、様々な魔法を扱う事が出来たが、その中でも特に、使い魔に関する魔術に長けていた。


 そうして、あっという間に、埃っぽく薄暗かった部屋は、素敵な晩餐の場に変わったのだった。


「わあ、すごい!」


 コルは、目を輝かせてカウンターに駆け寄り、並んでいる豪勢な食事の数々を覗き込む。


「ねえねえ、これ、食べていいの!?」

「ええ、良いわよ。」

「やったあ! すごくおいしそう! 夢みたい!」

「何なら、明日も、明後日も食べさせてあげられるわよ」

「ええっ、本当!? ありがとう、お姉さん!」


 マグは、コルの嬉しそうな顔を見て満足気に頷く。


「お礼は私にじゃなくて、アデルに言ってあげて。アデルのおかげで、こうして食事を用意してあげているんだから」


 するとコルは、カウンターの上の食べ物から翻って、アデルに満面の笑みを向ける。


「アデル、ありがとう!」


__アデル、ありがとう……


「……え」


 アデルは、びくりと体を震わせた。


突然、知らない男の子の声がした。


アデルは、左右に顔を振り、さらに後ろも振り返ったが、その謎の声を発した人物は見当たらない。


「……? どうしたの?」


 コルが、首を傾げた。


「い、いえ……別に……」


 アデルは、コルにぎこちなく頷いて返した。


 それから、アデルは、再度部屋を見渡したが、やはり、この部屋にいるのは、自分以外にコルにマグ、付け加えてメメだけだ。


「それにしても、本当に驚いたわよ、アデル」


 挙動不審に部屋を見渡すアデルに対して、マグが呟く。アデルは、マグに目を覚まされたかのように、部屋を見渡すのを止め、「何が?」と聞き返す。


「あなたとコル、あまりにも顔が似過ぎているもの。だから、勘違いしちゃったわよ」

「勘違い?」

「ええ、勘違いしたわ」

「何、私に子どもがいるとでも思ったわけ?」

「いえ」


 マグは、アデルが冗談交じりに口にした言葉を、妙に強い語気で否定した。


「あなたの弟かと思ったわ」


 アデルは、そのマグの言い振りに違和感を持った。だが、「アデル、早く食べよう!」と食事を目の前に腹を空かせたコルにローブの端を引っ張られ、問い質す機会を失うのだった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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