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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
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第2話 町で小さな子を見つけて……(後編)

「つまり、マグ、あなたには、ノノを無償で治す義務がある」


 マグは、突然アデルが言い出した事に一瞬目を丸くしたが、


「と、言うと?」


 薄笑いを作って、主張を述べるよう促す。


「……マジックアイテムの売主は、売ったマジックアイテムの修理を無償でするべきよ。買主が、何時でも万全の状態で使用できるように」

「物を売った人は、売った物の修理も当然負担すべきだと?」

「……いえ。けれど、マジックアイテムの取引は、通常の物の売買とは異なる。……そのはず。そうなるべきはず。……取り分け、マジックアイテムを作製した魔法使いが、当該マジックアイテムを他者に提供するような今回の場合は」


 アデルは、口先からたどたどしく言葉を走らせながら、必死に頭を回す。


「……マジックアイテムの作製者は、その提供したマジックアイテムが何時でも万全な状態で使用できるようにする責務がある。それは、マジックアイテムの作製者の責務、さらに言うならば、誇り高き魔法使いの責務よ」

「魔法使いの責務?」

「そうよ」


 ここで、アデルは、咳払いを一つする。そして、いつだったか法廷で見た、雄弁に弁論を振るう弁護士の芝居がかった姿を思い出しながら、それを真似るように口角を上げ、手振りも添えながら声の調子を上げた。


「魔術は、古の先人達により築き上げられた大いなる叡智。その大いなる叡智を学び、扱うことを生業とする私達誇り高き魔法使いが__」

「え、いきなり何……?」


 困惑を見せたマグに構わず、アデルは弁論を続ける。


「__私達魔法使いが、魔術を用いて作製したマジックアイテムを他者に対価を得て提供する場合、その作製物の品質・性能には相応の責任を負うべき。敷衍して、契約時に特段の留保をしない限り、売主である魔法使いは、相手方に当該マジックアイテムを使い続けられることも保証したと解されるべきであり、故に、その修繕も、当然に無償で請け負ったとするべき。それが、魔法使いとしての責務よ。この責務は、魔法使いの尊厳の維持を基本理念とする魔法使い社会の法秩序において、云わば法理として認められるべきもの」

「随分と魔法結社あたりの連中が好きそうな言葉を並べてくれたけど、……つまりは?」

「言った通りよ。誇り高い魔法使いのあなたには、ノノを無償で治す法的義務がある」


 アデルは、虚勢の笑みを作って、人差し指をマグに突き付けた。対して、マグは、薄笑いを崩さない。マグは、修繕費を免れようと何とか必死で理屈を立てようと試みているアデルの様子を楽しんでいた。


「ふーん……。あなたの口から、誇り高き魔法使いの責務、なんて言葉が出るのは意外だけど、確かに、それが魔法使いの責務だと考えられなくもないわね。私達は、誇り高き魔法使いだもね」


 マグは、アデルの弁論を半分も理解していないが、取りあえず頷き、それから、小馬鹿にするように笑った。


「そうよね。そうなのよ。だから__」

「けれど、その点については、ちょうど良い判例がある」

「は、判例……?」


 それから、マグは、落ち着いた声で反論する。


「そうよ、王立裁判所の判例。マジックアイテムの修繕負担について争われた判例が実はあるのよ。“姿が消えるマント紛争”って聞いたことない? 別名、“ハレンチマント紛争”。それなりに有名な紛争だったんだけど?」

「……聞いた事が、あるような、ないような……」


 マグは、咳払いを一つして、その“ハレンチマント紛争”なるものの概要を説明する。


「ある魔法使いが、着ると姿が消えるマジックアイテムのマントを作製して、それをあるお金持ちに比較的安値で売ったんだけど、そのマジックアイテム、売主である作製者が定期的に修繕しないと直ぐに効用が無くなっちゃうの。で、売主は、その修繕にとても高額な費用を要求したの。そのマントで良い思いをしていた買主の方は、最初の頃は渋々ながらも、効用が無くなった都度、その高額な修繕費を支払っていたんだけど、支払い続けている内に売主のぼったくりに流石に頭にきて、無償で修繕するべきだって主張して、最終的には裁判を起こすことになったの。

それが、姿が消えるマント紛争。私の知人が関わっていたから、少し詳しく知っているの」


 マグは、少し楽しげに、アデルに指を突き返す。


「マジックアイテムの取引において、取引物を買主に引き渡した後、当該取引物に損傷等が生じた場合の修繕負担は、特段の明示的な取決めが無い限り、買主が負うものとする。__これが、その判例で示され、現在でも王立裁判所に認められている法理よ。まあ、妥当な判断ね。結局、マジックアイテムの取引も、通常の物の取引と変わらないって事。……そして、この判例法理を私達の取引に当てはめるとどうなるかしら?」

「……む」

「ノノの修繕義務なんて明示的に取り決めて無かったはずよ。何なら、ちゃんと契約書を作成したでしょ。今ここには無いけど、王都の私の書庫の方に保管しているわ。そこには、ノノの修繕義務についての明示的な記載はないはずよ」

「……むむ」

「つまり、先の契約において私にノノを修繕する義務は発生せず、私にノノを修繕させたいのであれば、別個に取引が必要になる」

「……う、うん……で、でもね……」


 滔々と法的理屈を述べるマグに、アデルは苦しそうに唸る。何とか、反論しようと頭を巡らせる。


「……マグ、けれど、その判例の射程が、今回の私達の取引に及ぶかしら?」

「どういうこと?」

「聞いたところ、その判例は、マジックアイテムを最初に安く売っていた事案に対してなされた判断。そういう特殊事情がある。だから、私達の取引とは、明白に事案を異にする。私は、ノノを手に入れるに際して、私の万能の魔法を対価に差し出した。『赤リボンのアデル』の魔法を!

 最初の入手時の対価が安ければ、その代わり、その修繕費が別というのはもっともだわ。けれど、私達の取引はそうじゃない。むしろ、私の差し出した対価の大きさに鑑みれば、修繕義務を排除する特段の取決めが無い限り、契約の合理的意思解釈として、あなたの契約上の義務は、単にノノの所有権を譲ることに止まらず、その修繕も含まれるとする解するべきよ!」

「あー……なるほど。そういう考え方もあるかもね」

「なら!」


 一瞬言いくるめる事が出来たと期待したアデルに対して、マグはやはり白いローブの奥から薄笑いを返す。


「けれど、私としては、契約に際して修繕義務を明示的に取り決めなかった以上、判例同様、修繕義務が発生していないと考えるわ」

「……」

「あなたの理屈は面白いけど、どう考えても無理筋よ。私は、その主張について争うつもり。だから、あなたがあくまで私に無償でノノを治したいって言うなら、王立裁判所まで足を運んで決着を付けましょうか。それまでは、ノノの修繕の着手はしないことになるけど」

「ちょ……ちょっと、待ってよ」


 アデルは、また唸る。ノノは、旅の重要なパートナー。直ちに治してもらわなくては困る。裁判での決着など待っていられない。


 アデルは、焦る。とにかく、何か反論しなくてはいけない。何か、法的理屈じゃなくとも何でも良い、マグに報酬を取られないようにする、何か良い反論を。


 そして、アデルは、閃く。


「そうだわ……そうだわ、マグ、酷いじゃないのよ、私達、友__」

「アデル、取り合えず、マグの提示する報酬の内容を聞こうよ」


 その時、メメは、アデルが心にも無い事を言いそうになったのを予期して、素早く彼女の言葉を遮った。思わず、お節介をやいてしまった。


 他者の心が読める能力を持つメメには、マグの求める報酬が何なのかを読めていた。彼女の報酬が、アデルの危惧している内容と決定的に食い違っていることを。


 アデルは、相当大きな対価を要求されるとでも思ったのだろう。高度な魔術によって作られているノノというマジックアイテムの修繕に、それ相応の対価を支払って然るべきで、マグが本気でそんな対価を要求してくるのだと、そんなふうに考えたのだろう。マグに多少の悪ふざけがあった所為もあるが、それは、アデルの早とちりだった。


「……。マグ、それで、その報酬って具体的に何?」

「そうね……今日の晩酌に付き合って。たまには、あなたのおごりで」


 緊張した声で訊ねたアデルに、マグはやや笑い気味に答えた。アデルは、目をぱちくりさせる。


「晩酌? おごる? え、それだけ?」

「それだけ」

「……本当に?」

「うん、それだけよ」


 するとアデルは、脱力して天井に向けて息を吐く。


「もー何よ、驚かせて。てっきり、かなりでかい報酬を要求されるのかと思ったじゃないの。“安くないわよ?”、何て嘘を吐いて……」

「あら、勘違いさせてごめんなさい。でも、嘘なんて吐いてないわ。それが安いかどうかは、私の主観の話だもの」


 マグは、人形ルデアを撫でながら愉快そうに笑った。


「じゃあ、今晩は私がおごらせて頂くわ。あなたのことだから、酒場で飲むってことは嫌いでしょ?」

「そうね、嫌いね」

「じゃあ、この辺で良いワインでも見つけて買って来るわ」

「ええ、お願い」


 アデルは、帽子を被り直し、ローブを翻した。彼女は、店の扉に手を掛ける。


「それじゃあ、早速だけど私は買い出し行ってくる。マグは、ノノの方をお願い」

「分かったわ。夕食時までには治しておく」

「よろしく。……そう言えば__」


 アデルは、ふとある事を思い出して、扉を押す手を止め、マグに振り返った。


「この前、一緒に討伐隊の仕事をしたじゃない。その時、あの犬女達がこの町のあなたの空き家を借りて住んでいるみたいなこと言っていたけど、あいつら、今この町にいたりする?」

「アルジーナとジローの事? 彼女達なら、ちょうど今、この町にいるわよ」

「げっ」


 アデルは、嫌な情報に顔を引きつらせる。アデルにとって、あの二人、特にアルジーナの方は顔をなるべく合わせたくない相手だ。


「……分かったわ。教えてくれてありがとう。せいぜい、会わないように祈りながら歩くわ」

「そうそう、あと、思い出したんだけど、この前、この町であのマッドサイエンティストを見かけたわよ」

「マッドサイエンティスト?」

「キルシュタイン博士」

「げっ」


 アデルは、更に顔を引きつらせる。


「あのイカレ博士は、まだこの町にいるの?」

「……うーん、いるんじゃないかしら? 私が見かけたのはほんの数日前だし……」


 キルシュタイン博士__ロートヘルム帝国の魔術大学の博士。アデルは、その博士と何度か関わり、また、彼の実験に協力したこともある。だから、彼の事はよく知っている。異端魔術を研究する、変わり者。アデルすら嫌悪感を感じている、奇人の中の奇人。


「……分かったわ。教えてくれてありがとう。せいぜい、あいつにも会わないように祈りながら歩くわ」


 アデルは、自分のお気に入りの町が歩き辛くなっている事に嘆きながら、店の扉を開けて外へ出た。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 アデルは、マグに御馳走するためのワインを買うべく、ノークの町の街路を歩いていた。ここ最近ノークの町には魔物討伐に向かう中継地点として頻繁に寄っているため、どの場所に何が売られているのか、大体把握しつつあった。アデルのお気に入りの酒屋は、この街路沿いにある。


「さっきのは、マグの悪ふざけもあったけど、君も大概だと思うよ」


 歩いているアデルに、メメが呆れた口調で頭上から話し掛けてきた。


「何の事よ?」


 またどうせつまらない小言を言ってくるんだろうと予感しつつ、アデルが訊ね返した。


「あの時、君は何を言おうとした?」

「ん? あの時?」

「マグに報酬を要求された時。君が、とんでもなく大きな報酬を要求されると思い違いをした時。法的な理屈では筋が悪いと思った後、君は、何と言ってマグからの報酬要求を回避しようとしたんだい?」

「ああ、あの時ね。確か、“私達、友達じゃないの”って言おうとした。マグがそう言われると喜ぶんでしょ。あなたがいつか教えてくれた有益な情報を利用しようとしてみたの」

「教えた僕としては、あんなふうに使われそうになったのは遺憾極まりないんだけど」


 他者の心が読めるメメは、マグの心に響く特別な言葉を知っていた。そして、その言葉をアデルに教えてしまっていた。“友達”という言葉を。


「君は、意味も分からずその言葉を言おうとしただろう? 僕としては、それは見過ごせない」

「何を言っているのよ、メメ。人間の言葉の意味は、人間が一番よく知っている」

「なら、言葉の重み、とでも言い換えようか。君には、その重みに対する理解が決定的に欠けている」

「なめるなよ、帽子野郎。人間の言葉の重みは、人間が一番よく理解できている」

「なら、やっぱり君は人間じゃないのかもしれない」

「黙れ。あなたのその台詞は、私があなたに言うべき台詞よ」


 アデルは、眉間に皺を寄せて、頭上のメメを握り締めたが、メメは話を続けようとする。


「あの時、僕は、自分の罪悪感から君を遮った。君の空っぽな言葉に踊らされるマグを見たくなかった。改めて、君には不注意に人の心の中を教えるべきではないと反省したよ」

「帽子のくせして何ていう生意気……。呆れたわ。あなたのその下らない説教は、独善に過ぎる。マグが喜んで、なおかつ、私の願った方向に話が進むんだったら、一体誰が損をして、一体何が__」


 その時、メメに反論しようとしたアデルは、思わず足を止めた。


 街路を歩くアデルの視線の先に、一人の子どもの姿があった。アデルの目線は、強く不思議な引力が働いたように、その子どもへ引き寄せられた。10歳前後の子どもだ。その子どもは、地面にへばり付いて、困ったように左右に顔を振って、何かを探している様子だった。


 サイズの合わない大きな魔法使いのローブに、淡い紫色の長髪。その少し奇異な風貌に、アデルは、目を引かれたのかもしれない。


「あなた、どうしたの?」


 アデルは、どうやら何か困っている様子のその子どもに、話し掛けた。


 アデルとしては、最初、その困った様子の子どもが、男の子か女の子かを確認するつもりで話し掛けたのだった。困っている目の前の子どもが、男の子か女の子かは重要だ。前者であれば親身になって困りごとに付き合い、後者であれば適当にあしらうつもりだった。


 その子どもは、アデルに顔を上げる。アデルは、その子どもの顔を確認する。


「その……お金を落としちゃったの……」


 その子どもは、男の子ではなく、女の子だった。声も顔、女の子だった。中性的な男の子の可能性もあったが、アデルの鋭い眼で確認したところ、目の前の子どもは、やはり女の子だった。


 だから、アデルとしては、困っている目の前の少女を適当にあしらうようにも思えた。


 しかし__


「……あなた」


 アデルは、その少女の顔を確認して思わず固まった。


 少女の年齢は、10歳前後。髪と瞳は淡い紫色。__アデルより幼い年齢に、異なる髪と瞳の色。しかし、その目つきや顔の輪郭には、強く引っ掛かりを覚えた。


 似ていた。


 目の前の少女の顔が、自分と似ていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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