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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第7章 凄惨な悪戯好きの妖精達が、相応のお仕置きを受けるまでのお話
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第4話 親友のために

 ルビアは、怪物の花から__逃れていなかった。ルビアの回避行動が僅かに遅く、怪物の花が彼女の片足に噛み付いて、捕らえていた。怪物の花の牙のよう棘が、ルビアの足を貫き、放さない。


 ルビアの片足に噛み付いている怪物の花は、そのまま彼女を引き連れて森の上空に向かって鎌首をもたげる。


「__ぐっ……、この……!」


 鎌首をもたげる怪物の花の動きに引きずられ、捕らえられているルビアの体は玩具にされているように上空へと持ち上げられる。苦悶の表情を浮かべながらも彼女は、再び魔力を振るって蔦を怪物の花に絡めさせるが、恐ろしい怪力を持つ怪物の花にとっては糸くず同然で、その動きは止めることはできない。


 ルビアの片足を噛んだまま彼女を森の上空まで上げた怪物の花は、一度止まったかと思うと、突如、物凄い速さで急降下して、彼女を地面に叩き付けた。ルビアの全身が地面にぶつかる鈍い音が響き、砂埃が舞う。


「ぐっ……、あっ……」


 地面に叩き付けられたルビアは、呻き声を漏らして、体を痙攣させる。強い衝撃に意識を失いかけ、あまりの痛みで体を上手く動かせない。


「ダメ! ルビアちゃん! 逃げて!」


 スワロウは、逃げられるはずもないルビアに対して、それでも叫んだ。眩暈に苛まれるルビアに、微かにスワロウの叫びが届く。ルビアは、焦点の合わない視界の中、遠くスワロウの方へ顔を上げる。


「スワ……ロウ……」


 か細くスワロウの名を呟いたルビアの背後から、巨大な影が忍び寄る。ルビアの足を噛んでいる怪物の花とは別のもう一体が現れ、牙のような棘を剥き、彼女の胴体を齧り抜く。


「……がっ、ああああああ! ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 鮮血が飛び散り、ルビアが激痛に目を見開いて絶叫した。


「……あ、あ……スワ、ロウ……助け、て……死にたく、ない……」


 絶望に満ちた表情で__ルビアがこれまで見せたことのない表情で、彼女はスワロウのいる方へと虚しく震える手を伸ばした。


「そんな、ルビアちゃん……!」


 スワロウは、親友が食いちぎられる光景に立ち眩みを覚える。そして、親友の助けを求める声に、体が震えた。


 ルビアは、スワロウの親友だ。ルビアは、いつだってスワロウの味方で、いじめられっ子のスワロウを庇い、慰め、助けてくれていた。


 スワロウの凍っていた身体が、僅かに前へ動く。彼女のルビアに対する思いが体を巡る。


__ルビアちゃんは、私の親友でいてくれた。ルビアちゃんは、情けなく助けを求める私に、いつだって応えてくれた。……そのルビアちゃんが、今、私に助けを求めている。


 スワロウは、ルビアに対して友情、そして、恩義を感じていた。ルビアに対する友情と恩義に報いたいと思った。そして、今がその時だ、と感じた。助けたいと、思った。


 助けたい、と思いはした。


「い、いや……ルビアちゃん……ダメ……」


 しかし、スワロウの体は、それ以上前へと動かなかった。彼女の目の前に、見えない壁があるかのようだった。彼女の羽は、怯えて震えている。


 目の前の親友が危機であるにも関わらず、恐ろしい怪物の花を前に、スワロウは勇気を振り絞れなかった。強い妖精のルビアが敵わないような相手に、自分なんかが勝てるわけもない__そんな言い訳がスワロウの脳裏に過った。


 だから、スワロウは、動けなかった。


 ルビアは断末魔の悲鳴を森に響かせながら、その身体が怪物の花に毟り取られていく。そして、恐怖に歪んだルビアの顔が、怪物の花の口の中で串刺しになりながら押しつぶされ、鮮血を撒き散らした。そんな悪夢のような光景を、スワロウは遠くからただ息を呑んで見つめていた。


「嘘……、ルビアちゃん……」


ルビアを食らった怪物の花々は、次に倒れている男を見つけ、飛びつき、その身体を貪り食らう。スワロウは、涙を流し、親友の死を受け入れられずに茫然自失となって、そんな怪物の花々の食事を眺める。


 妖精達の間に、重い沈黙が下りた。彼女達は、顔を引きつらせ、互いに一言も発することなく、怪物の花々が男の体を貪り食う様子を眺めている。


「……はは……」


 沈黙の中、細い笑い声を出したのはピエリスだった。スワロウは、その笑い声に驚いて、ピエリスの方に振り向く。


「……はは! ははははははっ! あはははははは!」


 そして、ピエリスは、両手を叩き、爆ぜるように哄笑した。


 スワロウには、そんなピエリスの笑う姿が、狂人か何かのように見えた。他の妖精達も、驚き戸惑ったような表情をピエリスに向ける。


「ははははははは! 皆、見たかしら! あんな無様なルビアの姿!」


 一体何を言い出すんだ、とスワロウは、笑うピエリスに唖然となる。


 他の妖精達は、互いに顔を見合わせ、やや顔を引きつらせながらも、ルビアに対して頷いたり、あるいは、一緒に笑い声を出す者もいた。彼女達は、一応は同胞の妖精であるルビアが食われた事実に動揺はしていたものの、彼女達のリーダーであるピエリスの笑いに同調することにしたようだった。


「全く最高じゃないの! 情けなく泣いてたわよね、あの裏切り者! いい気味だわ! はははははは__」

「何がそんなに可笑しいの?」


 ピエリスの笑いの中に差した言葉に、その場が凍り付く。言葉を発したのは、スワロウだ。


 ピエリスの笑い声が一瞬で消し飛ぶ。彼女は、傲然とスワロウを見下ろす。スワロウは、涙が流れ続ける目で、ピエリスを睨み返した。


「……スワロウ……、あんた何か言った?」


 ピエリスの殺気混じりの声に、スワロウは僅かにたじろぐが、親友を失った悲しみと怒りが、彼女の口を動かす。


「質問をした。何がそんなに可笑しいのかって。ピエリス、あなたに質問した」


 スワロウにしては、今までにないくらい舌を回した方だった。ピエリスに対して、初めて攻撃的な言葉を使った。__しかし、その舌も、ピエリスが憤然と目の前に迫って来ると、引っ込むことになる。


「質問? あなたがこの私に質問したって言うの?」

「……そ、それは……」


 ピエリスがスワロウの片方の頬を摘み上げると、スワロウは思わず情けない声を漏らした。


 ピエリスは、じろりとスワロウを覗き込む。


「あなたも笑いなさいよ、スワロウ。面白かったでしょ? あのルビアが、いつも格好付けているあいつが、ああも情けなく泣き喚いて助けを求めて来たのよ。これが笑わずにいられる?」

「……」

「ふふ、それに聞いた? “死にたくない”ですって」


 ピエリスは、薄気味悪い笑みを浮かべる。


「全く、みっともないったらありゃしないわね。妖精にあるまじきみっともなさだったわ。肉体の生存に頓着するなんてね。__妖精は、自然と共に巡る。私達は不死の存在。肉体が滅んでも、私達の魂は自然を巡り、そして、やがてまた妖精として転生する。肉体の生存に頓着するなんて、人間のような低俗な種族がすることだわ」

「でも__」


 スワロウは、頬を摘ままれた状態でも、恐る恐る口を開けた。


「……でも、ルビアちゃんの人格と記憶は、あの体と共に無くなっちゃう。……転生するけど、それはもう、私の知っているルビアちゃんじゃない。……ルビアちゃんは、死んだの」


 妖精は、不死の存在と言われている。しかし、“不死”と言うには、やや語弊がある。確かに、妖精は肉体が滅んでも、また時が経過すれば妖精として転生する。この点を捕らえて、不死と言えなくもない。だが、転生後の肉体に、転生前の人格や記憶の大部分は引き継がれない。そういう意味では、妖精にも、人間同様、死の概念があると言える。


「ふん。人間的な考え方ね、下らない」


 ピエリスは、鼻を鳴らす。


 ピエリスとしては、妖精は人間より高等で高尚な霊的種族である、と考えている。いや、そう考えたいのだ。したがって、彼女としては、妖精には人間と違って、死の概念は無いという見解を採りたい。そうであるならば、妖精が死を恐れたり、悲しんだりすること等は、妖精として相応しくない行為であり、非難されるべきもののはずだった。


 スワロウは、少し悦に浸るような顔をしたピエリスに対して、怯えながらも反抗的な目を向ける。そして、震える口を動かす。


「ルビアちゃんは、死んだの。あなたに殺されたの」

「……。……生意気よ。黙りなさい」

「ルビアちゃんを殺したあなたを__」

「……っ!」

「__私は許さない」

「生意気よ!」


 スワロウが渾身の勇気を振り絞って放った言葉に、ピエリスは激高した。ピエリスにしてみれば、スワロウ風情が到底口にしてはいけない反抗的な言葉を述べたのだ。


 ピエリスは、スワロウのもう片方の頬を摘み上げる。両頬を摘まみ上げられる形になったスワロウの顔に、血走った眼でピエリスが鼻先がくっつき合うくらいまで接近する。


「許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない? 許さない?」


 ピエリスは、白い羽を狂ったように振るわせて、呪詛のようにスワロウへ問い掛けた。気が触れたみたいであった。スワロウの両頬を摘まみ上げる指先に、強烈な力が加わり、そのまま引き千切りそうなほどだった。


 スワロウは、両頬の痛みと、ピエリスのかつてない程の怒気に気圧され、縮こまる。


「もう一度同じ事言ってみなさいよ。誰が、誰を許さないだって?」

「ひっ……!」


 スワロウは、言葉が出せない。両頬を摘まみ上げられて喋りにくいせいもあるが、やはり、気弱な彼女は、再びピエリスに立ち向かう程の勇気がなかった。


「許さない、じゃないでしょ? 許してください、でしょ? あんたが今、言うべき言葉は? ほら、何とか言いなさいよ」


 ピエリスが冷たい笑みを見せながら、ほんの少し、両頬を摘まみ上げる力を緩めた。スワロウに、発言の機会が与えられる。


 親友のルビアに報いるのであれば、この時スワロウは、せめてピエリスに立ち向かうべきだったかもしれない。“許さない”と、たった一言だけ、言うべきだったのかもしれない。


「……許ひて、くださ……し……」

「おい。もっとはっきりと言いなさいよ」

「……許してください」


 だが、スワロウは、ピエリスの恐怖の前に屈した。


 スワロウの目から、涙が溢れる。自分があまりに情けなく、あまりに親友に対して薄情である事に、悔し涙が出た。


「今回は寛大なこの私が、あんたの分際を弁えない発言を聞かなかったことにして上げるわ。けれど、次はないわよ。いいわね」


 ピエリスは、スワロウの頬から、乱暴に手を放した。スワロウは、力が抜け、はらりと黒い羽を揺らしながら、地面に落ちて、顔を伏せて座り込んだ。


 ピエリスは、座り込んだスワロウを一瞥すると、鼻を鳴らして腕を組み、怪物の花々の方へ眼を向ける。


「それにしても、ちょっと困ったわね。あの花達に注いだ魔力が無くなるまで、暫くここら辺には危ないから近づかない方が良いわね。あんなに激しく動き回っているから、直ぐに魔力が底を尽きて、元の花に戻るとは思うけど……」


 ピエリスの視線の先では、巨大化し暴走した怪物の花々が、周囲の草木を邪魔と言わんばかりに、極太の茎を激しくうねらせている。そして、先ほどまで倒れていた男をもう食らい付くし、次の獲物を探して、粘液塗れの棘を剥いて花弁を頻りに揺らしている。まるで、飢えた獣が、鼻息を荒くして猛っているようであった。


「他の皆にも、ここら辺が暫く危険である事を伝えなさい」


 ピエリスは、振り返り、リーダーとして他の妖精達に命じる。


「それから、ルビアの奴が間抜けをやって食われた事も」


 それは暗に、ルビアの“死”について、ピエリスには落ち度が無いと皆に伝えるように命じるものだった。更に言えば、怪物の花があのように暴走したことについても、自分が悪いのではなく、ルビアが反抗してきたのが悪いのだと、主張するものだった。


「分かったわね?」


 ピエリスが、含みを持たせて言った。リーダーの言葉に、他の妖精達は、頷かざるを得なかった。


「さあ、じゃあ皆帰るわよ。楽しい悪戯は、今日はもうお開き」


 ピエリスがそう告げて、他の妖精達を連れ、その場から離れようとする。彼女達が背を向ける中、スワロウは、地面に座り続け、動こうとしない。ピエリスは、そんなスワロウの姿を肩越しに眇めて、不愉快そうに舌打ちするも、無視して飛び去って行った。


 その場に、スワロウだけが独り取り残される。


 スワロウは、静かに嗚咽を漏らしていた。


 スワロウの両頬が、赤く腫れている。ピエリスに摘まみ上げられた跡だ。しかし、スワロウは、痛いはずのその腫れを、今は痛いと思わない。身体の感覚が、嘘のように無かった。抜け殻になったみたいだった


 スワロウは、大事な親友を失った。彼女は、大事な親友を助けることが出来なかった。彼女は、大事な親友の為に、恐怖に立ち向かうことが出来なかった。


 親友という心の支えを失い、自分の無力さと情けなさに絶望する。スワロウは、自分の生きる意味、そして、存在する価値を喪失したようにすら感じる。


「ルビアちゃん……」


 スワロウは、そう呟く。もう戻ってくることのない親友の名を、虚ろな声で呟く。


 ルビアの声が聞きたかった。自分が泣いている時、助けてくれたのは、いつだってルビアだ。けれども、もう、泣いている自分を助けてくれる親友はいない。


 ルビアが死んだなんて、嘘であって欲しかった。夢であって欲しかった。何かの間違いであって欲しかった。


「ルビアちゃん……」


 スワロウは、もう一度呟く。


 少し遠くでは、ルビアを食らった怪物の花が怒り狂ったように激しくうねり、その周囲の草木を荒々しく音を立てて揺らしている。


 スワロウは、そんな悍ましい音を耳にしながら、その場所に座り込み、親友の名を呟き続けていた。まるで、自分の罪の許しを請うように、呟き続けていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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