第1話 妖精の森
ボレルの町へ続く川に沿って、湿った草原を馬車の一隊が進んでいる。
その揺れる馬車の中で、アデルは何とも言えない表情で外の景色を眺めていた。馬車の同乗者が、奇妙な面子だったからである。
馬車の行先は、ボレルの町。アース王国の最西端にあるその町は、アデルのお気に入りのワインの生産地で、旅の途中で良く寄る町であった。今回彼女がその町に訪れるのは、個人的な趣味の為ではなく、アース王国国王から与えられた任務の為だった。
アデルが乗っている馬車は、王国の討伐隊の馬車の一台。彼女は、今年になって異常に活発化し始めた魔物の討伐の依頼の件でボレルの町へ向かうのだった。
既に幾つかの地域で魔物討伐を達成しているアデルであったが、今回向かう先の目的地がボレルの町である事自体は悪くないことだった。任務に後にでもお気に入りの美味しいワインを堪能することが出来るからだ。__問題は、同じ馬車に居合わせた相手についてだ。
「ねえ、アデル、さっきからずっと黙っているけどどうしたの?」
アデルに話し掛けたのは、白いローブを頭から被っている少女だ。その少女の今日の髪の色は灰色で、その瞳は青色だった。会うたびに髪と瞳の色を変えてくるその少女の名はマグ。“賢者”と呼ばれている大魔法使いで、アデルの古くからの知人だった。
「せっかくこんな運命的に出会えたのに、寂しいわ。ほら、ルデアも寂しがっている」
マグは、白いローブの内に抱いている金髪紅眼の人形を撫でながら、愁いの含んだ視線をアデルに向ける。アデルは、一瞥を返して、居心地が悪そうに視線を外す。
「喋りづらいのよ、そこに犬女がいるせいで」
アデルは、視線を外したままマグの隣の人物を指差した。
「貴様、その犬女と言うのを止めろ」
アデルに指を差されて、銀色の鋭い眼光を返してきた少女は、アルジーナ。アデルを目の敵にしている、元聖騎士の銀髪の少女。彼女は、聖騎士然とした白いマントを羽織り、マグの隣に不機嫌そうな表情で座っている。
「どうして? 犬女は犬女でしょ」
「私は犬女ではない!」
「あらそう? あんなに犬の真似が上手だったのに?」
アデルは、意地悪な笑みをアルジーナに向けた。
「出鱈目な事をいうな、魔女め! くそっ! お前みたいな腐れ外道など、呪術の拘束さえなければとっくに殺しているというのに!」
「相変わらず狂暴ね。ジローも大変じゃない? こんな奴の御守りを命じられて。まあ、命じた本人の私が言うのもなんだけど」
アデルは、吠えるように口を荒げるアルジーナの隣で、苦笑を浮かべながら座る黒髪の大男__ジローに目を遣った。
「私は特に問題なく彼女とやっています。心配することはありません」
ジローは、礼儀正しい口調でそう返した。
「それは良かったわね。大変結構。変人同士気が合うのかしらね」
「貴様……! 誰が変人だ!」
アデルの馬鹿にしたような言い方に、アルジーナは彼女に飛び掛かろうとしかけたが、ジローは慌ててそれを制止する。アデルの頭上にいる魔法の帽子のメメも、「変に挑発する事ないじゃないか」と、アデルに注意した。
アデルとアルジーナは犬猿の仲。お互いに顔を合わせたくない間柄だ。どうしてこんな奴と同乗することになったのか、お互い溜息が出た。
マグ達も、アデル同様、魔物討伐の任務の為に王国討伐隊の一員としてボレルの町に行くのだった。現在アース王国各地で活性化した魔物を討伐する任務が国王から各方面に出されているが、奇しくも今回、マグ達はアデルと同じ魔物討伐を請け負い、そして、同じ馬車に乗り合わせる事になったのだった。
「でもまさか、マグがこの任務に参加して来るなんてね。あなた、こういう任務は好きな方じゃないでしょ」
「まあ、そうなんだけど、この前王都に戻った時、あの子に直接頼まれたのよ」
「あの子?」
「ゼクス王よ」
もう“あの子”と呼ぶような見た目でも歳でもない気がするが、マグは、ゼクス王の事をいつまでも子供扱いするようにそう呼んでいた。
「なるほど、国王陛下が直々に依頼してきたとあれば断われないわよね。あなた確か、一応は国王の顧問魔術師だったわね。今は肩書だけかもしれないけど」
「肩書はその通りだけど、そんなことより、本当に困っているみたいだったからね、あの子。国中どこも魔物の被害で大変だもの。今、戴冠して以来で一番頭を抱えているんじゃないかしら。だから助けてあげないと」
「随分と親身になっているのね、あの国王陛下様に」
からかう調子でアデルからそう言われると、マグは、手元の金髪人形を撫でながら、同じくからかう調子で言い返す。
「あなただって、昔は親身になっていたじゃない。それこそ……実の姉のように、ね」
「昔の話でしょ。今と昔じゃ違うのよ」
アデルは素気なく言った。
「それは、寂しいわね。そんな事言われると悲しくなっちゃうわよ、私も、それに、あの子も」
「あなたは兎も角……、ゼクスの奴はそうでもないような気がするけど」
「そうかしらね?」
マグは、意味ありげに笑った。アデルは、相変わらず捉えどころのないこの古くからの知人に、うんざりした表情を浮かべる。
「それはそうと、何でそこの二人まであなたと一緒にいるのよ?」
アデルは、ジローとアルジーナを指して、マグに訊ねた。
「彼らは私の護衛なの」
「護衛? いつから?」
「私が魔物討伐任務に参加する際に、護衛役をこの二人に指名したのよ。知らない人より知っている人に護衛しもらう方が良いし、何より、この二人の実力は確かよ。彼らとしても、そこそこな報酬が貰えるし、引き受けてくれたの」
「あなた、あの二人とはあの契約の仲介以降も付き合いがあるの?」
そういえば、アデルはマグとアルジーナ達の関係について良く知らない。以前ノークの町でアルジーナ達に遭遇した時には既にマグと彼女達は知り合いのようだったが、その詳しい仲については聞いていなかった。
「彼らとはよく会っているわ。彼らは今、ノークの町に住んでいるのよ。私の空き家を貸しているの」
「げっ……本当……?」
アデルは、事の真偽を確かめる趣旨で、ジローに視線を送る。ジローは、その視線に気が付いて頷く。
「私とアルジーナは、今ノークの町に住んでいますよ。マグ殿の空き家を有難く使わせてもらっています」
「……何か嫌ね。あの町は私のお気に入りの場所なんだけど……」
アデルは、露骨なまでに嫌そうな顔をすると、アルジーナが眉を曲げる。
「私達がどこに住もうかなんて貴様には関係ない」
アルジーナは、棘のある口調でそう言った。アデルは腕を組んで、唸る。
「あの町には頻繁に立ち寄るのよ」
「そうか。なら、その時は会わないように願うばかりだな、お互いに」
「出ってくれない?」
「貴様に私の住む場所について口出しする権利などない」
「……権利? 犬女が何て生意気なの……」
「だから私を犬女と呼ぶな!」
「犬女!」
「貴様、ふざけているのか!」
アデルとアルジーナは再び睨み合う。
二人の少女のそんな様子を、マグとジローは苦笑いを浮かべながら見ていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アデル達は、今回向かうボレルの町での任務について、多少ではあるが事前に報告を得ていた。
問題の魔物の出現する地点は、“妖精の森”と呼ばれるボレルの町の近辺にある森林だ。その森林は、その名称が示すように妖精が棲んでいる。妖精が棲むような特殊な地では、魔力が取り分け密集しやすく、現在の異常な魔力の現状況下によって、より魔物が活性化しやすい環境になっている。
ざっと聞かされた報告によれば、妖精の森で突如魔物が出現するようになり、森に立ち入ったボレルの町の人に襲い掛かっているようだ。妖精の森では、特別な薬草が採れるため、町の人が良く立ち入ることがあるのだが、その森の中で魔物が跋扈し始めたことは、町の人にとって由々しき事態であった。
それも、妖精の森に現れた魔物と言うのが一筋縄ではいかないようだった。どのような魔物が出現したかの詳しい情報は明らかになっていないが、ボレルの町から派遣された魔物討伐の傭兵団は、悉くその消息を絶っている。
さて、アデル達馬車は、ボレルの町に辿り着いた。
町の中央を走る川に沿って、馬車は進んでいく。ボレルの町はワインで有名な町なだけあって、街路の端の至る所に様々な種類のワインを並べた酒屋がある。ワインボトルの煌めきは、ワイン愛好家のアデルの目を惹く。今は一応任務中なので、馬車から降りて買い物を楽しむことは憚れるものの、一仕事終わったら必ずやワインに彩られたこの町を散策しようと、彼女は決意する。
そして馬車は、ボレルの町の役場の館の門をくぐる。役場の館の扉の前には制服に身を包んだボレルの町の役人の男が佇んでおり、馬車から降りたアデル達や他の馬車の王国討伐隊員達に対して礼儀正しくお辞儀をする。
「待っておりました、王国討伐隊の皆様。中へご案内します。先に到着なされた王国討伐隊も既に中におります」
役人の男に連れられて、王国討伐隊員達は役場の館へと入っていく。アデル達は、その最後尾から付いて行った。
「つくづく思うのだけど、私達だけ、何か雰囲気違うわね」
アデルは、最後尾から王国討伐隊の姿を見て、ふとそんなことを苦笑交じりに零した。
他の王国討伐隊は、アデル達とは違い、アース王国の正式な兵士であり、その身なりも凡そは王国兵士の鎧やマントで統一され、整然とした雰囲気があった。魔物討伐任務に参加している者の中には傭兵等の外部要員もいると聞いているが、今回の任務に限っては、その外部要員はアデル達だけだった。
「“私達”だと……? 貴様と同じ括りにされるのは甚だ不快なのだが?」
と、アルジーナが眉を曲げて嫌みを言った。
「は? おい、こら、ちょっと犬女……、私だって犬女と仲間と思われたくないわよ」
「いい加減その犬女と言うのを止めろ!」
「犬女」
「だから止めろ! どうして貴様はわざわざ私を怒らせるようなことばかり!」
「あなたが鬱陶しく突っ掛かってくるからでしょ、犬女」
「貴様殺す!」
「アデル殿にアルジーナ、二人とも止めないか。今は同じ任務をする仲間ではないか」
険しい視線をぶつけ合い始めたアデルとアルジーナを、ジローが諫める。
「喧嘩は駄目よ、二人とも。逆に仲良く見えちゃうわよ」
マグが何故か嬉しそうに微笑みながら言うと、アデルとアルジーナは共にわざとらしく大きな舌打ちをして、互いに顔を背けた。
そうこうしている間に、王国討伐隊一行は、役場の大きな会議室へと案内された。会議室には既に、ボレルの町の役人達や先に到着していた王国討伐隊員達が、長机を囲っている。彼らは皆、机の中央のあるモノを見つめて、難しそうに腕を組んでいた。
アデル達の入室に気が付いた討伐隊員の一人が、若干慌てた様子で他の討伐隊員をかき分けるようにして__アデルの前まで駆け付けた。
「お待ちしていました、アデル殿」
その男は、わざわざアデルの前まで来て、お辞儀をする。
「あなたは……」
「本件の魔物討伐任務の隊長を務めている者です。貴女のことは陛下から直々に聞いております__『赤リボンのアデル』殿」
と、その隊長の男は他の者には聞こえない小さな声でアデルの正体を口にする。
「なるほど。今回はあなたなのね。まあ、よろしく」
ゼクス王は、諸般の理由から、『赤リボンのアデル』が任務に参加している事実を、なるべく伏せるようにしていた。アデルの任務参加の事実について知らされているのは基本的に各任務の隊長だけである。また、アデル自身も、自分の正体を不用意に告げないようにゼクス王から釘を刺されていた。付け加えて、あまり目立つような事もしないように、とも。
アデルも、そのゼクス王の要望に沿って、なるべく目立たないようにはしていた。もっとも、今みたいに突然隊長が目の前に慌ててやって来てお辞儀をしてくれば、周囲の隊員の目が彼女に引き寄せられるわけではあるが。
「で、今回はどんな感じなの? 敵の種類は? 敵の数は?」
「それが、その……彼女達が先ほど現れまして」
隊長の男は、困ったように長机の中央に目をやる。
長机の中央__そこには、思いがけない存在がいた。
「あら……妖精……。こんなところに」
アデルは、長机の中央の“彼女達”に気が付く。
人間の手の平に乗る程度の小さな体。透き通った羽を生やした、美しい少女の姿。やや埃っぽい会議室の雰囲気から明らかに浮いた、その幻想的な存在は、“妖精”だった。
妖精が人里にいることはやや珍しい事だった。一応肉体を持つとはいえ、精霊に近い存在である霊的種族の彼女達は、周囲の環境に影響を受けやすく、通常であれば、森林などの自然からあまり離れたがらない。本拠地である森林から離れると、彼女達が本来有している力が大きく減退するのだ。
長机の中央に立っている妖精の数は、10体程度。彼女達は、深刻そうな表情で王国討伐隊やボレルの町の役人の面々を見上げていた。
アデルが、長机の前まで進み出ると、妖精の一人__黒い羽を持った妖精が、驚いた様子で、強張った顔を彼女に向ける。
「凄い魔力……。あなたが、隊長さんの言っていた魔女さんですね」
と、その妖精は緊張気味の声で尋ねた。隊長の男に何を言われていたかは分からないが、アデルは取り合えず頷く。
「あなた達は、“妖精の森”の妖精たちね。あなた達の森で魔物が暴れているそうじゃないの。それで、わざわざ、ここまで駆け付けて助けを求めに来たのかしら?」
自分達の棲み処の危機に、妖精達は人間達に泣き付いてきたのだろうか。アデルは、ぼんやりと、そんな予測を立てた。
「ええ、そうです。私達の森を救っていただきたいのです」
黒い羽の妖精は、妙に重々しくそう口にした。彼女は胸に手を当て、心を落ち着かせながら言葉の一言一言を発しているようだった。
「私達の森では今、“魔物”が暴れています」
それから、黒い羽の妖精は、やや躊躇ったように、そう言った。アデルは、彼女の意味深長な声色に、違和感を覚える。
「その魔物達を倒してもらいたいのです」
「勿論、そのつもりよ」
「あなたなら、……あなた程の魔法使いなら、必ずや、あの魔物達を倒すことができるでしょう」
「そうね。私にならどんな魔物だってわけないわ。__で、その魔物ってどんなの?」
アデルは、黒い羽の妖精をじっと見つめる。勿体ぶって話すこの妖精に、早く話を進めさせよう促す意味を込めて。
「では、お話します。今現在、私達の森で暴れ回っている、あの魔物達について__」
そして、その黒い羽の妖精は、妖精の森で跋扈している“魔物”について話し始める。
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