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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第6章 人格破綻者の魔女を追う二人が、運命を呪いながら殺し合うまでのお話
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第12話 殺し合い

 アルジーナにとって、アデルはまさしく宿敵であった。


 アルジーナは、『赤リボンのアデル』によって失ったものがある。大切な仲間、聖騎士の地位と誇り、そして、剣を振れる体__それらは、彼女が失った大事なもの。悪逆非道な魔女が奪っていったものだ。


 そして、今、この魔女は、またもやアルジーナの大事なものを奪おうとしている。アルジーナが新たに見つけた大事なものを。


 ナイフを片手に持ったアルジーナは、眼前で立ちはだかるジローと視線を交わし続けている。怒りと悲しみが、彼女の胸に去来する。


「本当に、どうしてお前が……、ジロー……!」


 そう言いながら、アルジーナは構える。ジローは、警戒を深め、身構えた。


 アルジーナが、ナイフを握り締め、地面を蹴る。風が渦巻く。半霊の人間離れした超人的な脚力で疾風のように彼女が向かった先は、ジローではなくて、上空で箒に乗ってこちらを見降ろしていたアデルだった。



 ナイフの刃を閃かせて宙に駆け上がったアルジーナだったが、標的のアデルに辿り着く前に、その真横から殴打が襲い掛かり、地面に叩き落とされる。地に伏したアルジーナは、殴打された横腹の痛みを抑えつつ、ふらつきながら立ち上がり、自分を殴打した相手を震える両目で確認する。


 ジローが息を荒くしながら片手で拳を作り、アルジーナを睨み付けている。


 ジローは、アルジーナの見開かれた両目の困惑の視線を感じ取ると、もう片手に握っていた剣の切っ先を彼女に毅然と向けた。ジローの握っている剣は、アルジーナの聖騎士の剣だ。ジローは、その剣を明確な戦意を込めてアルジーナに向けている。


「本当に、次はないぞ、アルジーナ」


 アルジーナは、歯ぎしりして、ナイフを握り直す。


「どうして、ジロー……、どうして、その女を、お前は……!」


 アルジーナは、ジローとアデルを交互に見ながら、擦り切れたような声を漏らす。


 気が付けば、アルジーナの目から涙が一筋伝っていた。ナイフを握る彼女の手が震える。


 アルジーナは、叫び、ナイフをジローに向けながら突進する。今度の標的は、アデルではなく、ジローだった。


 アルジーナの鋭い一突きを、ジローは剣を振って弾く。攻撃が弾かれたアルジーナは、素早く背後に跳ね、体勢を整えた後、再度突進した。


「__はあっ!」


 アルジーナから振るわれたナイフの一閃は、ジローの首筋に目掛けて繰り出された。常人の目には捉えきれない神速の一閃だったが、ジローは捉えていた。アルジーナのナイフは、ジロー皮膚を抉る寸前で、彼の剣で受け止められていた。


「……このっ!」


 舌打ちしたアルジーナは、諦めずにナイフを振るい続ける。猛撃を繰り出す彼女だったが、その刃は悉くジローに弾かれる。二人の刃が閃き、金属がぶつかり合う音が激しく響く。


 苛立ったアルジーナは、ナイフを突き立て、体当たりするように一気にジローの懐へ入り込む。


 ジローは、そのアルジーナの体当たりを躱すと、その背後に素早く回り込み、彼女の背中を拳で殴打する。アルジーナは、地面に腹這いになって叩き付けられ、呻き声を上げる。背中がひび割れたような痛みに苦悶の表情を浮かべるアルジーナだったが、背後から迫り来る鋭い気配を感じ取り、腹這いになった体を回転させて瞬時に飛び跳ねた。


 アルジーナが先ほどいた地面に、剣が振り下ろされた。剣の切っ先が、殺伐と地面のレンガを抉った。剣を振るったのは当然、ジローだ。


 飛び跳ねて距離を取ったアルジーナは、剣を振り下ろしているジローの姿を唖然と見つめる。


「私は、アデル殿の騎士だ。アデル殿の敵を討つ」


 と、ジローは厳かに口にする。


 そんな言葉よりも、先ほどの一振りでアルジーナには明白に伝わった。ジローは、アデルを守るためなら、アルジーナを斬ることを選択する。先ほどの一振りは、彼の躊躇も僅かに感じられたが、アルジーナを殺す気で振るわれた一刀だった。アルジーナが咄嗟に回避行動をしなければ、あの刃は間違いなく彼女の体を斬っていた。


「どうしてだ……」


 アルジーナは、涙ながらに同じ言葉を繰り返す。


「どうして、私よりその女を選ぶんだ……。どうして、私を選んでくれないんだ」


 銀色の少女の瞳は、縋るようにジローに向けられる。


 アルジーナは、悲しみに震える。決して長くはない付き合いだが、自分とジローは、困難をともにし、乗り越え、分かり合ってきた仲のはずだった。二人の間には特別な関係があるはずだった。しかし、ジローは、自分ではなく、あろうことか、あの『赤リボンのアデル』を優先している。


「アルジーナ……」


 ジローは、少女の悲しげな表情に困惑する。彼女に向けていた剣先が微かに震えた。


「ジロー、本気でやりなさいよ。あなた、戦闘力だけは申し分ないんだから、そこの犬女くらいさっさと殺しなさいよ」

「アデル、ちょっと__」


 上空で箒に乗りながら苛立っている様子のアデルに、魔法の帽子のメメが声を掛ける。


「周りを見てみなよ。人が集まっている。騒ぎを起こすのはまずいんじゃないか」


 メメの注意に、アデルは周囲を見渡す。


 アデル達が揉め事を起こしているのは町の広場の前。当然、人が多く集まる場所だ。現に、周囲にはそれなりに人が集まっており、騒ぎを起こしているアデル達の方を不穏な目つきで眺めて、なにやら囁き合っている。


 アデルは、町の人々の不穏な騒めきに、思わず舌打ちする。


「ちっ。これは早く片付けないと、自警団あたりが駆け付けてくるわね。__ジロー、早くやっちゃいなさい!」

「いや、そうじゃなくて、アデル。流血騒動を起こすこと自体がまずいんだよ。以前もこの町で決闘騒動を起こして色々な人に迷惑を掛けたじゃないか。同じことになるよ。ほら、ゼクス王にも注意されただろ」


 アデルは、先日のゼクス王の忠告を思い出し、唸った。確かに、彼女としても、あまり騒動を起こすのは望ましくない。


「……そう言われても、敵は潰せる時に潰すべきよ。あの犬女はここで始末する」

「アデル、僕に提案がある__」


 そう言うと、メメはアデルに自分の案を囁いた。アデルは眉を曲げながらメメの提案に耳を傾け、聞き終えて「うーん」と首を傾げた。


「いくらあなたが人の心を読めると言っても、その案は上手くいくのかしら?」

「そこは君の交渉次第だよ、万能の魔女にして百戦錬磨の交渉人『赤リボンのアデル』。適宜僕もサポートするし。……それに、彼女はきっと乗ってくると思うよ」

「……まあ、期待していないけど、やるだけやってみるわよ」


 すると、アデルは、納得のいっていない表情を浮かべながらも、魔法の箒ノノに指示して地上に降り立った。地面に着地した瞬間、斬られた太腿に痛みが走り、顔をしかめる。


 睨み合っていたジローとアルジーナの視線がアデルに向けられる。


「さて、私の大事な足に傷を付けてくれた犬女、心の広いこの私から一つ提案があるの。取引よ、取引。いいかしら?」


 アデルは、アルジーナから多少距離をとり、そして彼女の動きにも十分注意を凝らしながら、話を振った。


「貴様、『赤リボンのアデル』……! 取引など、馬鹿げた事を!」


 アルジーナは、今にも斬り掛かってきそうな気迫で返した。


「まだ取引の内容を話していないのに、何なのよ、あなた……」

「黙れ、魔女め!」

「いいから、取り合えず聞いてよ」


 アデルは溜息を吐いて、取引内容を提示する。


「私達3人で魔術的拘束力のある契約をするの。__アルジーナ、あなたは私に対する一切の殺傷行為の禁止を約束し__ジロー、あなたはアルジーナの従僕になることを約束し__そして、『赤リボンのアデル』、私はジローに当該約束を遵守するように命令することを約束する。__以上が、私が提案する契約内容よ」


 黙って聞いていたアルジーナは、眉を動かす。


「……なんだ、その内容は……。それに、魔術の契約だと? グロス教徒の私が、貴様ら魔法使いの方式に従うなど……」

「あら、教会の人間も魔法使いと取決めを交わすときは魔術を用いたりするわよ。だって、合意内容の履行が強力に担保されるもの。それに、今提案した内容はあなたにとって、とても魅力的じゃないの?」

「……何だと?」


 アデルはにんまりと見透かしたような笑みを浮かべ、アルジーナはその魔女の笑みに寒気を覚えた。


「私達3人とも幸せになれる素敵な提案でしょ? 

私は厄介な追手に怯えずに済む。私を殺そうと追ってくる厄介なあなたと、私に忠誠を尽くす云々言って追ってくる厄介なその男から解放される。

ジローはあなたと戦かわずに済むし、どうやら私に忠誠を尽くしたがっているみたいだから、それを叶えてやることもできる。彼は私に忠誠を尽くすため、あなたを守り続けるのよ。

そして、何より、あなた__」


 アデルの瞳がアルジーナを見据えて悪魔的に赤く煌めく。


「__あなたは、ジローを手に入れられる」


 彼女は、深い含みを込めて、そう告げた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 アルジーナにとって、聖騎士であり続けることは何の疑問の余地のないことだった。


__聖騎士であることが、彼女の全てだった。


 アルジーナは、立派な聖騎士であった。幼くして特別な霊的存在“半霊”になり、周囲から期待され、羨望され、それに応えるように聖騎士としての修行や任務に誰よりも真摯に取り組み、認められてきた。


 周囲の聖騎士は、アルジーナの事を聖騎士の鑑だと称賛していた。彼女には、その称賛が嬉しかった。時々ふと、そのために生きているのだと、思ったことさえあった。


 今やその称賛はない。例の事件の濡れ衣を着せられたアルジーナは、他の聖騎士に反逆者と罵られ、そして、殺されかけた。


__それでも、アルジーナは、聖騎士を止めるわけにはいかない。なぜなら、聖騎士であることが彼女の全てだったから。


 敬虔なグロス教徒であるアルジーナの両親は、彼女の事を自慢の娘だと褒め、愛していた。彼女には、その両親の愛情が嬉しかった。時々ふと、そのためだけに生きているのだと、思ったことさえあった。


 今やその両親の愛情はない。聖騎士団の反逆者と見做されたアルジーナは、両親に、“お前など私達の娘ではない”と厳しく勘当を言い渡され、見放された。


__それでも、アルジーナは、聖騎士を止めるわけにはいかない。なぜなら、聖騎士であることが彼女の全てのはずだから。


「__あなたは、ジローを手に入れられる」


 と、忌まわしき魔女『赤リボンのアデル』は微笑む。甘く囁き、誘惑するようにそう口にする。その声色には、全てを見透かしている悪魔的な不気味さがあった。アルジーナは、顔を強張らせ、無意識の内にナイフを握る手を強めた。


「どう? 魅力的でしょ?」


 アデルは、いたずらっぽくアルジーナに訊いた。


「魅力的だと、貴様……そんなの、ありえない……!」

「どこが不満なのよ?」

「私が……聖騎士の私が、貴様のような魔女の誘いに乗るものか!」


 アルジーナは、嫌悪感を露に、アデルを睨む。


 そうだ、魔女の誘いに乗るなど聖騎士にあってはならないこと。アルジーナは、胸中で自分にそう言い聞かせる。


「冷静に考えなさい、アルジーナ。この取引で失うものと得るもの、あなたは、それをちゃんと比較衡量出来ているの? つまりは、この私を殺傷する権利と、その男を手に入れられる権利、あなたにとってどちらがより重要なものなのかしら?」

「黙れ、魔女!」

「……話にならないわね」


 溜息を吐いて諦めかけたアデルだったが、やり取りを静観していたメメが、再び何か助言をアデルに囁く。


 アデルは、一応その助言を聞き取ると、今度はジローの方をちらりと見る。


「ねえ、ジロー。あなたはこの提案どう思う?」

「私ですか……?」

「そうよ、あなたよ」

「……私は、アデル殿の命令に従うまでです」


 急に話を振られたジローは、焦り気味に答えた。


「私は、あなたをこの提案に無理やり従わせるつもりはないわ。私はね、あなたの意見を聞きたいのよ。率直に言って、あなたはこの提案を良いと思うの、悪いと思うの?」


 赤い瞳がジローを見据える。ジローは、自分のこれからの発言に、今後の自分とアルジーナの運命が掛かっている事を感じ取る。


 ジローは、少し考える間をおいて答える。


「私は、悪くない提案だと思いました。……果たしてその案に従った場合、私がアデル殿への忠誠を尽くしていることになるのか疑問ですが……、それはともかく、私は、出来る限りなら、アルジーナと戦わずに済む選択肢を採りたい」

「要するに、賛成なのね」

「そういうことになります」


 アデルは、その言葉を聞いて頷き、ジローとアルジーナを交互に見て言う。


「良い、アルジーナにジロー? 私自身は、この取引が実現することを強く望んでいるわけではないの。できれば穏便に済ませた方が都合が良いってだけ。だから、この取引の実質的な当事者はあなた達二人なのよ。私はただ案提して、もし取引がまとまるんだったら協力してあげるだけ。__だから、決めるのは、あなた達二人よ。あなた達二人が、あなた達二人の運命を決めるの」


 すると、沈黙が訪れる。アルジーナが、アデルに賛成するでも反対するでもなく、ただ

戸惑ったように、次の言葉に窮している様子だった。そして、この奇妙な沈黙を破ったのがジローだった。


「アルジーナ」


 と、ジローはアルジーナの名を呼んだ。


「すまないが、少し自分勝手な事を言わせてくれ。__私は、君がアデル殿の提案に賛成してくれない限り、君を斬らなくてはならない。これだけは、絶対だ、譲れない」


 揺るぎない意志を込めて、まずそう告げた。


「……だが、私は、できれば君を斬りたくない。だから、どうか、この提案に賛成してくれないだろうか?」


 それは、情けないくらい乞い願うような声だった。


 アルジーナは、胸元を引き千切らんとばかりに握り締めると、肩を震わせ瞳を揺らし、悲痛な声で叫ぶ。


「何が、“君を斬りたくない”、だ! なら、その魔女を庇うのを止めろ! 私にだって、譲れないものはある! お前は自分勝手だ!」

「そうだ、自分勝手だ。……だが、嫌なんだ! 君がアデル殿を傷付けるのも、君が傷付くのも嫌なんだ!」

「お前は結局、そこの魔女を優先している! なら、私をさっさと斬ればいいだろ!」

「それが嫌なんだよ、アルジーナ!」


 ジローは駄々を捏ねるように叫んだ。大男の少年みたいな大声が、周囲に響き渡る。


「君が引かないと言うなら、私は必ず君を斬る! それ以外、私に選択肢はない! だけど、そうなるのは悲しいんだ! 君は、私の命の恩人だ。私の友人だ。__私の、大切な人だ!」


 間があった。


 アルジーナは、彼を見つめていた。鼓膜を劈くようなジローの大声に、痺れるように硬直していた。


「一緒に旅をしないか……そう君は言ったな」

「……確かに、言った」


 今朝言ったことを、アルジーナは当然覚えている。


「あの時は答えなかったが、今なら、答えられる。私は、アデル殿の提案を受け入れて、アルジーナと共に旅をするのも良いと思っている。取り決めに従い、私は、アデル殿の命令の下に、君に尽くしていく。私は、最強の戦士だ。剣を握れない君の代わりに、私が君の為に剣を握る。これからは、私が君を守っていく」

「そこの魔女のためにか……? そんなもの、私が嫌だ。命令だから付いてこられるなんて、私が嬉しくない」

「違う」


 ジローは、即座に否定する。


「俺自身も望んでいることだ」


 そして、特別な熱を込めて告げた。


「君の信条に口を出す権利は私にはない。__だが、それでも、俺は言いたい。俺は、君と一緒にいれる未来を望んでいる。そうならない未来なんて嫌だ。アルジーナは、どうなんだ……?」

「私は……」


 ジローの熱を受けて、アルジーナは言い淀む。彼女は、握り締めていたナイフを静かに下ろして、考える。


 聖騎士としての使命。アルジーナをアルジーナたらしめている信条。それは大事なはずで、大事なものでなくてはならなかった。


 アルジーナは、口を強く結んで顔を伏せる。考えの整理はつかない。混乱していて頭が回らない。今、彼女の体の中を理解不能な熱が巡っている。


 考えて、考えて、考える。


 だが、考えはまとまらない。


 そして、アルジーナは__


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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