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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第6章 人格破綻者の魔女を追う二人が、運命を呪いながら殺し合うまでのお話
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第9話 聖騎士と魔法薬店

 断腸の思いで治癒の奇跡を行使したアルジーナだったが、その効果は望通りのものにならなかった。


 鮮血蜂の猛毒に冒されていたジローの腫れは治癒の奇跡のおかげで一旦多少治まったものの、結局、その程度に過ぎなかった。依然としてジローは毒に苦しみ悶え、時間が経つにつれ、再び腫れは酷くなっていった。アルジーナは何度も何度も限界まで治癒の奇跡を行使し続けたが、彼女の力では、ジローを完治させるまでには至らなかった。


 ノークの町に着いたアルジーナは、毒を治癒してくれる魔法薬を必死で求めた。魔法薬に頼ることなど、彼女が信じていたはずのグロス教の教えとして到底看過出来るものではなかったが、そんなことはもう今さらだった。彼女は、町中の人間に聞き回った後、マグの魔法薬店まで辿り着いた。


「アルジーナね。私は、マグ。この店の店主よ。以後、お見知りおきを」


 焦るアルジーナを前にして、マグは、呑気に自己紹介を交わす。


「こういったお店は初めてかしら、お嬢ちゃん? それとも、お客さん以外の用で入ったりするのかしら。例えば、その立派な剣なんか振るったりして」

「時間が無いんだ! 薬を売ってくれないか!?」


 アルジーナは、苛立つように眼前の桃色の髪と瞳の魔女に言い放つ。


「まったく、せっかちねえ……」


 マグは、呆れ気味に溜息をする。


「分かったわ、なら、早く売買の話をしましょう。鮮血蜂の毒を治せるような薬よね……。ねえ、あなた、手持ちのお金は……いえ、金貨は何枚持っているかしら?」

「き、金貨……」


 アルジーナは、目を泳がせ、たじろぐ。それから、彼女は、忙しくマント内を探って硬貨を入れてある袋を見つけ出すと、カウンターの上に置いた。


「これが、今私が持っている全財産だ……」


 恐る恐るアルジーナは袋の中を開けて、マグに示す。マグは、袋の中の硬貨を覗き込むと、微妙な表情を浮かべた。袋に入っている硬貨は、銅貨の山の中に銀貨が数枚きらめいている程度だった。マグは、念のため袋の中を手で掻き分けてみるが、金貨は一枚も見当たらない。


「これでは、あなたが求めているような魔法薬は買えないわね」

「……っ!? 魔法薬とはそんなに高価なものなのか!?」

「お手頃価格のものもあるわよ。けれど、あなたの話を伺っている限り、それではきっと駄目だと思うわ。鮮血蜂の毒は、猛毒よ。……それとも、このお金で買える程度の魔法薬を売ってあげましょうか? たぶん無駄だと思うけど」

「そんな……!?」


 アルジーナは、思わず声を上げた。


「今は、お金が無いんだ! 何とかならないのか!?」

「うーん……、どうしましょうかねえ……」


 現在、アルジーナに大した所持金はない。本来であれば、今回の傭兵の護衛任務の報酬でいくらか金銭的に潤うはずだったが、依頼主である行商隊が壊滅して、それは叶わなくなった。


 その時、アルジーナは、ふと自分の腰に下げている聖騎士の剣に目が行く。マグも、アルジーナの視線の先に目が行った。鍔の中心に宝珠が埋め込まれている、精工な意匠が施された聖騎士の剣に。


「これでどうにかならないか……」


 気が付いた時には、アルジーナの手には聖騎士の剣が握られていた。そして、その大切なはずの剣を、カウンターの上に硬貨の袋と並べて置いていた。


 アルジーナは、自分の行動に驚いていた。自身の内から湧き上がっている得体のしれない衝動に恐怖すら感じていた。彼女は、自分がマグの前に差し出した物を、一瞬ではあるが、それが聖騎士の剣だとは認識出来ていなかった。彼女には、それが単なる金目の物としか認識出来ていなかった。


「それをお金の代わりに? いいの、それ?」


 マグの言葉で、アルジーナの目に躊躇いが過った。


「それは、その……、しかし……」


 アルジーナは、言葉に詰まり、沈黙する。


 確かに、そうだ。これは、紛れもなく聖騎士の剣。アルジーナに残された、聖騎士だった頃の誇りそのものだ。あの頃、自分が愛用していた相棒だ。簡単に手放して良いものではないはずだった。


 アルジーナの手が震える。今すぐにでも、カウンターにおいた聖騎士の剣を掴んで引っ込めるべきだ。それは、硬貨などと並べて置いてはいけないはずのものだからだ。しかし、彼女の手は、聖騎士の剣には伸びない。


 マグの桃色の瞳が、黙り込んで震えるアルジーナを見据える。


「愛しているのね、その人のこと」


 マグが、ローブの奥で笑みを浮かべながら言った。アルジーナは、全身を撃たれたように驚き、マグを見つめ返した。


「愛している、だと……」


 アルジーナは、やや赤面しながらマグの言葉を繰り返した。マグは、からかう調子で独り言のように一方的に続ける。


「その人は男の人、女の人どっちかしら? 歳は離れているの、近いの? 昔からの知り合い? それとも、最近出会ったの?」

「貴様は何を……」

「まあ、細かい事は良いわよね。愛の種類に貴賤は無いもの。重要なのは、どれだけ強いかということだけよ。……ねえ、そうよね、ルデア」


 マグは、カウンターの端に座った金髪の人形を愛おしく撫でる。「ルデア……?」と、アルジーナは、その人形の名前に引っ掛かるものを感じたが、それは兎も角として__


「で、どうなんだ!? この剣で薬は買えないだろうか!?」

「うーん……確かに、それなりに高そうな剣ね……。でも、それ、聖騎士の剣じゃないの? そんなもの、色々と怖くて貰えないわよ」


 マグは、苦笑しながら、カウンターに置かれた聖騎士の剣を押し返した。魔法使いが聖騎士の剣など持っていれば、教会に変に目を付けられかねない。それに、聖騎士という生き物が魔法使いを忌み嫌っているように、マグもまた彼らのことを好ましく思っておらず、連中の使っている剣など持ちたくない。


「そんな……!」

「でも__」


 マグは、絶望するアルジーナを手で遮った。


「__分かったわ。その人、治してあげる」


 アルジーナは、驚愕に目を見開く。


「治してくれるのか……? どういう意味だ……?」

「そのままの意味でしょ、アルジーナ」

「しかし……、お金は……」

「タダで治してあげるって言っているの」

「どうして……」


 困惑するアルジーナに、マグは桃色の髪を揺らして微笑む。


「運が良かったわね、あなた。私、今すごく機嫌が良いのよ。だから、あなたみたいな人のことを助けたくなったの。あなたの素敵な愛を応援したくなったの」


 そう言いながらマグは、人形ルデアを引き寄せて、うっとりとした顔で頬ずりした。彼女の桃色の髪と人形の金色の髪が、艶めかしく絡み合う。アルジーナは、人形と妖しく戯れるマグを唖然と見つめる。


「それで、あなたの愛おしい人はどこに?」


 マグは、人形に頬ずりを続けながら、言葉を失っているアルジーナに訊ねた。アルジーナは、マグの言葉を否定することなく、答える。


「ジローは__私の仲間は、今馬車の中に横たわっている。馬車は、町の入り口付近に停めている」


 マグは頷くと、人形から顔を離す。


「わかったわ。じゃあ、そこに案内してくれるかしら、アルジーナ?」

「構わないが、本当にどうして……?」

「魔法薬じゃなくて、直接私が診て治療してあげるわ」


 マグは片目を閉じて微笑む。


「あなたの大事な“仲間”を、確実に救ってあげられるように、ね」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ノークの町の外の草原に、夕闇の中に隠れるようにして馬車が一台停まっていた。


 その馬車の中では独りジローが横たわり、全身汗まみれになりながら、か細い呼吸で辛うじて生命を繋いでいる。彼の身体は鮮血蜂の恐ろしい毒に蝕まれ、黒マントの下の皮膚は腐った果実がへばり付いたように赤く腫れ上がっている。


 その馬車の中へと、アルジーナがマグを連れて慌ただしく入り込む。暗い馬車の中が蝋燭の火で灯され、ジローの身体の惨状が二人の前に照らし出されると、アルジーナは治療して欲しい“仲間”とは彼の事だと説明し、マグを急かす。


「すごいわね、彼。こんな状態になってまで生きているなんて」


 マグは薄暗い灯りの中で、ジローの身体に触れながら驚いていた。


「彼、人間なの? これは確かに、間違いなく鮮血蜂の毒にやられているみたいだけど……」

「ジローは助かるのか!?」

「きっと、大丈夫よ。普通の人ならとっくに死んでいるはずだけど、彼はこうして生きている。生きているなら、私が治してあげられる」


 マグは、心配そうに詰め寄ったアルジーナの肩にそっと手を置いた。


 それからマグは、ジローのすぐ傍に座り込み、白いローブの内側から液体状の魔法薬が入った小瓶を手に取り出す。そして、ジローの頭を自分の膝の上に乗せると、小瓶の蓋を開けて勢いよく彼の口に突っ込み、その液体を喉に強引に流し込んだ。


 マグの膝の上で、ジローは激しく咽込んだ。マグは、魔法薬の液体を噴き出そうとするジローの口を必死に小瓶で封じ込めた。手足をばたつかせるジローに無理やり魔法薬を飲ませようとするマグは、まるで彼を窒息死させようとしているみたいであった。アルジーナは、ジローを乱暴に扱うマグに対して不安を覚えるが、しばらくして小瓶の中が空になると、マグはゆっくりジローの口から小瓶を抜いた。


 魔法薬を飲ませることを達成したマグは、膝の上にジローの頭を乗せながら、満足気に頷く。彼女は、一仕事終えたような顔をしていた。


「これでジローは助かるのか……」


 荒々しい治療行為の様子を固唾を飲んで見守っていたアルジーナは、不安そうに訊ねた。魔法薬を飲んだと思われるジローは、マグの膝の上で顔に皺を寄せ、いまだに苦しそうな呼吸を発している。魔法薬の効果が直ぐには出ないのだろうが、アルジーナは、ジローの症状に変化がないことに心配になった。


「お嬢ちゃんは、心配性ね」


 マグは、悪戯っぽく笑う。そして、ローブの内から一本の杖を取りだした。


「まだ治療行為は終わっていないわよ。彼を確実に治すために、この私が直々に魔法を掛けてあげるの。そのために、わざわざここまで出向いたのよ」


 そう言って、マグはくるりと杖を指先で回した。そして、彼女の口から、魔法の呪文が紡がれる。杖の先から温かみを帯びた魔法の光が、ジローの身体に降り注いだ。光は、彼の身体を霧のように包み込んだ。そして、呪文は詠唱され続ける。


 アルジーナは、静かに祈るようにしてその治療の様子を見守っていた。ジローを抱擁する魔法の光を見つめていた。


 アルジーナは、困惑する。息が詰まり、身体が嘘みたいに動かない。頭が麻痺しているみたいだった。ここにいる自分が、自分でないみたいだ。少なくとも、以前の自分ではなかった。聖騎士のアルジーナではなかった。


 自分の眼前では今、許されざる行為が行われているはずであった。魔法による治癒行為は、神の摂理に背く忌むべき行いなのだ。グロス教の教えによれば、それは間違いなかった。たとえそれが、どんなに愛しい人を助けるためのものであったとしても、許されざる行為であることに違いはない。


 したがって、アルジーナは、今まさに眼前で治癒魔法を唱えているマグを容赦なく斬り殺さなければならないはずだった。以前の自分であるなら、何の疑いもなくそうしていた。


 だが、これはアルジーナが望んだことだ。アルジーナが、魔法使いの治癒魔法の力を借りて、助けたいと思った人を助けている。


「終わったわよ」


 いつしかマグは魔法の詠唱を止めた。ジローを包んでいた魔法の光は、空気に溶けるようにしてうっすらと消えていった。


 そして、マグの治癒魔法は、成功したようだった。ジローは、マグの膝の上で眠っていた。その表情に苦しみはなく、穏やかだ。身体にはまだ赤い腫れが残っていたが、先ほどと比べると、明らかに赤い膨らみが萎んでいる。


 アルジーナは、急いで這いより、治癒の具合を確かめる。


「治ったのか!?」

「一命は取り留めたわ。安静にしておけば、次第に回復していくでしょう。腫れもじきに引いてくるはず」


 マグは、膝の上のジローの頭を軽く撫でて、アルジーナに振り向いた。


「良かったわね、お嬢ちゃん。大事な人が助かって」

「……そうだな」

「__膝まくら」

「……ん?」

「膝まくら、変わった方がいいかしら?」


 マグはからかうように笑うと、アルジーナは困ったように唸った。アルジーナは、暫く考えた後、「……そうだな」と呟いて、ジローの頭の枕役を交替してもらうことにした。


 膝の上にジローの頭をおいたアルジーナは、彼の顔を覗き込みながら、汗で乱れていたその前髪を優しい手付きでかき分け整えた。アルジーナの指先は、ジローの額の目立つ傷を撫でるようになぞった。


 ジローは、目を閉じて眠り、浅く呼吸している。確かに、生きている。彼は、助かったのだ。アルジーナは、その事実をひしと確かめながら、彼の額の傷を何度も指でなぞった。


「ありがとう」


 ぼつりと、アルジーナは呟く。か細い少女の震えた声で、感謝の言葉が漏れる。気が付けば彼女の目から涙が零れ落ちて、ジローの黒髪に吸い込まれていった。


「ありがとう、マグ」


 アルジーナは、涙を拭いて顔を上げ、もう一度はっきり感謝の言葉を口にした。マグは頷いて微笑んだ。アルジーナが魔女の微笑みに優しさを感じたのは、これが初めてだった。


「こんなことを言うのもなんだが……」


そして、アルジーナは、躊躇いがちに続ける。


「私は、魔法使いという存在を憎悪していた。神の摂理に背く忌むべき者達と思っていた。魔法使いは、この世から駆逐しなくてはならないと思っていた。……いや、今も、そのことは変わっていないんだと、思う」


 アルジーナの言ったことは、言う必要のないことだったかもしれない。マグを不快にさせるかもしれない言葉だったかもしれない。しかし、彼女はそのことを言わずにはいられなかった。嘘偽りのない自分を、マグに示さなくてはならないと感じた。


「まあ、あなた教会の人間みたいだから、そうよね」


 そのように返したマグは、特に気分を害した様子はなかった。マグは、アルジーナから向けられた自分に対する敬意と誠意をちゃんと汲み取っていたからだ。


「私は、とある魔女に酷い目に遭わされたことがあった。筆舌に尽くし難い程、陰惨に、凄惨に弄ばれた。私の魔法使いに対する憎悪は、そういう事もあってのことだ。私はその魔女を追い詰め、必ず討たなくてはならない……」


 アルジーナは、少し話が逸れそうになり首を振る。


「マグ、けれど、貴女には本当に感謝している。__貴女は、命の恩人だ」

「……ふふ。命の恩人ねえ……」

「どうかしたのか?」

「いや__」


 マグは桃色の髪を揺らして、可笑しそうにアルジーナの膝の上のジローを指差す


「本当に大切な人なのね、彼」


 アルジーナは、ジローの命の恩人のことを、まるで自分の命の恩人であるかのように感じていたのだった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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