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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第6章 人格破綻者の魔女を追う二人が、運命を呪いながら殺し合うまでのお話
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第7話 助けれなくて

 馬車が大きく揺れる音で、アルジーナは目を覚ました。


 アルジーナは目元を擦り、朧げな意識の中で体を動かそうとしたところ、背中を鋭い痛みが走り、体を仰け反らせ一気に覚醒した。痛む背中には無数の噛み傷があり、服やマントが破れていた。聖騎士の頃に誇らしげに翻していた純白のマントが、随分と薄汚れてしまった上に、酷く傷ついてしまっていた。


 アルジーナは、痛みに顔を歪めながら、周囲を確認する。


 自分は今馬車の中にいた。馬車はまだ、鬱蒼と草木が生い茂る森林の中を走っている。馬車の中には他にも5人の搭乗者がいた。5人の搭乗者は、その服装や装備を見るに、自分と同じ任務に参加していた傭兵や商人で、皆一言も喋ることなく俯いて座ったり、寝そべっていたりしていた。


 アルジーナは、はっと思い出す。そうだ、任務__魔物から荷馬車を護衛する任務はどうなった。


「おい、貴様」


 アルジーナは、一番近くにいた傭兵の男に静かに声を掛けた。


 だが、その傭兵は、俯いて座ったまま何も反応しない。怪訝となったアルジーナは、体の痛みを引きずりながらゆっくり近寄り、その傭兵の肩を叩いた。


「おい、貴様__」


 少し強めに声を掛けたアルジーナは、その傭兵の身体の異変に気が付く。力なく垂れる彼の腕は、充血して赤く膨れ上がり、気色悪い果実のようになっていた。アルジーナは驚いて、彼の顔を覗き込み、その呼吸を確かめる。


 案の定、その傭兵は息絶えていた。白目を剥き、口の端からはだらしなく涎を垂らし、苦悶の表情を浮かべている。


 アルジーナは、急いで、他の4人の状態も確認する。「おい」と彼女が呼び掛けても、誰一人呼び掛けに応じる者はいなかった。皆、同じような状態だった。手足が異常な程に赤く腫れ上がり、そして、死んでいる。馬車の中は、アルジーナと、5体の死体だけだった。


 いや、御者台に誰かもう一人いた。アルジーナは、御者の後姿を確認すると、焦ったようにそちらへ駆け寄った。


「貴様、大丈夫か!?」


 彼女は、御者台に勢いよく顔を出して訊ねる。


 馬の手綱を握っていたのは黒髪の青年。アルジーナの呼び掛けに振り返ったその顔の額には目立つ傷がある。__ジローだった。


「アルジーナか。目を覚ましたんだな。よかった」


 ジローは、弱々しく笑った。彼の顔は憔悴しきっている。目がどこか虚ろだった。片手には手綱、もう片手には刃を剥き出しにした剣が握られているものの、どちらの手も馬車の振動に揺らされるがままとなっておりどこか覚束ない。


「あの後__」


 アルジーナは、自身が晒した醜態を思い出して恥じ入りながら、それでも語気を強めて続けた。


「__私が倒れた後、どうなった!? あの魔物達は倒せたのか!? 他の傭兵達は!? あそこの死体は一体……!?」


 アルジーナは、馬車の中で転がる5つの死体を手で示し、猛然と質問した。


 すると、ジローは、眉を上げて聞き返す。


「……死体。死体だって? 死んでいるのか、彼らは……?」


 ジローの虚ろだった瞳の奥に、僅かに鋭い光が過った。アルジーナは、一瞬息が詰まったが、頷いて答える。


「そうだ、死んでいる」

「全員、死んでいるのか……?」

「ああ、全員だ」


 ジローは、唇を噛みしめ、肩を震わせた。彼の息が、少しだけ荒くなる。


「そんな……。馬車に乗せた時は、生きていた、のに、……何故……?」


 ジローは、絶望に満ちた目で、馬車の中の様子を覗き、擦り削れたような声を漏らす。彼は、今その目で確認し、気が付いた。馬車の中にいる者は、誰一人全く呼吸をしていなかった。確かに、彼が馬車に乗せ込んだ5人は、5体の屍に成り果てていた。


「毒にやられたみたいだ。手足がひどく腫れあがっていた。……他に生きている奴は?」

「……いない。あの闘いで生き延びたのは、きっと私達だけだ。他は皆、あの蜂にやられてしまった。……彼らは救えたと思ったのに。結局、あの状況で私が守れたのは君一人が限界だったというのか……」


 ジローの悔しさが滲む声に、アルジーナは胸が締め付けられた。


「私が、剣を振ることが出来れば……」

 

 自責の念に押し潰されそうになったアルジーナは、思わず呟いた。


「隠していてすまない……、私は、剣が握れないんだ。以前は握れた。だが、ある事件をきっかけに、剣を握ると意識が揺らぐようになった。病なのか呪いなのか分からないが、とにかく、私は、剣が握れなくなってしまった。見たと思うが、無理に握ろうとすると気絶してしまう。だから、剣以外の武器で戦っていたんだが……」


 彼女は、説明を求められたわけでもないのに、ジローの前で訥々と弁明を述べた。


「私が、剣を振れていれば……。私が、足手纏いにならなければ、こんなことには……」


 アルジーナの腰には、聖騎士の剣が今もぶら下げられていた。彼女は、握ることが出来ないその剣を、忌々しく見つめる。表情を暗くした彼女に、ジローは首を横に振る。


「君の所為ではないよ、アルジーナ。あの敵の数では、どうしようもなかったんだ。君も、私にも……」


 ジローは、顔を下げ、半ば自分に言い聞かせるように悲しげに呟いた。納得できない思いを、無理やり納得させるように努めた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ジローとアルジーナ、それと5体の死者を乗せた馬車は、未だ危険地帯の森林の中にある。ジローの報告によれば先の戦闘の鮮血蜂は大方彼が倒したようであるが、まだどこに潜んでいるか分からない。ジローは、何時でも魔物が襲い掛かって来ても良いように、御者台で剣を抜いて構えながら馬を繰っていたのだ。


 アルジーナは、ジローの座る御者台の背後から周囲の森林を警戒している。「手綱を交替しようか」とアルジーナは提案したのだが、ジローは「君は、ゆっくり休んでいてくれ」と断った。彼の声には疲労感が漂っていたが、その目は今までないくらい血走り、有無を言わせないような気迫があった。しかし、休んでいろと言われて、その言葉に甘えるようなアルジーナではなく、未だ頭がぐらつく彼女だったが、周囲の警戒くらいは自分に任せるように強く言った。


 馬車は、沈黙に包まれた森林の中を、出口に向かって駆けていく。暫くの合間、車輪の回ると蹄鉄が地面を踏み鳴らす音だけがジローとアルジーナの間を流れた。


「__死体を、下ろした方が良いか?」


 ジローは、唐突に口を開いた。重石をやっとの思いで除けて発したかのような、静かだが妙に重々しい声で、アルジーナに言った。


 周囲に目を張り巡らしていたアルジーナは、ジローの方へ振り向く。


「死体は、下ろした方が良いだろうか? その方が軽くなる」


 ジローは、前を見据えたままもう一度訊ねた。


 一刻も早くこの危険な森林から抜け出す必要がある中で、残酷なことに5体の死体は馬車の速度を落とす邪魔な荷物であった。生きている人間ならばともかく、死んでいる人間を馬車に乗せて置く意味は乏しいはずだった。アルジーナも、今になってその事に気が付いた。


「そうした方が良いだろう」


 と、アルジーナは答えた。出来る限り感情の籠らない声で答えた。表情を見せないジローの頭がやや揺れたような気がした。そして、彼が小さく溜息を吐いたような気がした。彼には、彼女の言葉が思いの外に残酷に響いた。彼は、彼が救えた思えた人達が死体になっている事実を受け入れたくなかったのだ。


「じゃあ、ここら辺で下ろそう。埋葬している余裕はないが、せめて、木の陰で安らかに眠ってもらおう」


 ジローは、そう言って馬車を止めた。そして、御者台から立ち上がろうとしたところ、急な立ち眩みが彼を襲い、派手な音を立てて御者台に尻もちをついた。


「ぐっ……」


 ジローが低い呻き声を漏らして、顔を引きつる。アルジーナは、彼の苦しげな様子に驚いて、御者台に身を乗り出して、訊ねる。


「どうかしたんだ?」


 ジローの顔を見てみると、先ほどより顔が青くなり、汗が額や頬から滴り落ちている。彼が異常な状態にあることを察知したアルジーナは、飛び跳ねるように急いで彼のマントを無断で捲り、彼の腕を確認する。


「これは……」


 アルジーナは、ジローの腕の状況を確認して唖然となった。彼の腕は、広範囲に渡って、赤色の絵具がへばり付くように、酷く腫れ上がりつつあった。それは、先ほど目にした死体と同様の症状を表していた。


 鮮血蜂の毒だった。ジローもまた、あの毒に冒されつつあったのだった。彼も、先の戦闘で無傷とはいかなかった。


「……毒だ! 貴様もあの蜂に刺されて……」


 アルジーナは、残酷な事実をひしと確かめるようにして、呟いた。その声は、声を発した本人が意外と思える程、震えていた。


「気が付かなかったのか?」


 アルジーナは、眉を逆立ててジローに詰め寄った。彼女の目は、彼を責めるようだった。


「戦いや逃げることに必死になっていて……。気分が優れないとは思っていたが、まさか、こんなことに……」


 ジロー自身も、自分の腕の状態に驚いていた。


「大丈夫なのか、貴様……」

「分からない。だが、少し目が霞む。足の力も、上手く入らない」


 ジローの声の弱々しさには、悲愴感が漂っていた。


 アルジーナは、彼と同じくらい顔を青くして、その腕を強引に自分の方へ引き寄せ、腫れの程度を診た。死体となっていた傭兵の腫れ具合と比較すると、まだましな段階にあるようだ。しかし、放っておけば、もっと悪化するだろう。そうなれば、いずれジローも、馬車の中で横たわっている死体のように、鮮血蜂の猛毒で死に至ることになるだろう。


 アルジーナは、暫く黙ってジローの腕の腫れを見つめる。見つめて、見つめて、それから、思い詰めたように口を開く。


「このままじゃ、貴様は死ぬかもしれない……」

「……もしかしたら、そうかも、しれないな」

「生きたいか?」


 アルジーナは、ジローの目を見て問う。ジローは、彼女が意味深長に発した質問の意図を読み取れず怪訝となる。生きたいか、と問われて返す答えは当然決まっている。


「勿論、生きたい。叶うなら、の話だが……」

「叶う」


 希望の言葉が、アルジーナの口から重々しく告げられる。


「……いや……叶う、かもしれない。私は、治癒の“奇跡”が使える」


 グロス教会の聖騎士が扱える“奇跡”__教会の特殊な魔術系統の魔法だ。アルジーナは、治癒の奇跡を習得しており、それによって傷や毒、病魔などを、治すことが出来る。


「……だから、それで、解毒できるかもしれない……」


 アルジーナは、そう言いながら、徐々に顔を背けていった。どうしたんだ、とジローは首を傾げた。


「ただ、グロス教の教えとして、濫りに治癒の“奇跡”を行使することは許されない。怪我や病を治癒することは、人を然るべき苦痛の試練から免れさせてしまうことに他ならないから……。したがって、私達聖騎士は、例外的な場面でしか治癒の奇跡を使ってはならない」


 アルジーナは、声を震わせながら述べた。


 彼女は、今や聖騎士ではない。しかし、今もグロス教徒であった。__グロス教徒でなければならなかった。


 グロス教は、治癒魔法を特別忌み嫌っている。治癒魔法のことを、神が敷いた摂理を捻じ曲げ、苦痛に耐えるという試練を免れさせてしまうもの、と考えているからだ。その考えは、治癒の“奇跡”においても基本的に異ならない。治癒の“奇跡”を濫りに使うことは、神の教えに反する行為として、許されないものだった。


 逆を言えば、治癒の奇跡を“濫り”に使うものでなければ、例外的に許容されるといことだ。しかし、聖騎士が治癒の奇跡の行使を許されている例外的な場面とは、例えば、聖騎士としての重要な任務遂行中において、自分あるいは仲間が重大な負傷をした場合などに限られる。聖騎士団ひいては教会の利益の観点から、治癒の奇跡の行使を正当化する特別な事由がある場合だ。やや詭弁じみているが、少なくとも、銀星聖騎士団はそのように解釈し、そういった限度で治癒の奇跡の行使を許容している。そして、間違いなく、今ジローを助けることが、治癒の奇跡を使える例外的な場面に該当することはない。


 つまり、ここでアルジーナが治癒魔法を使うことは、彼女が信じる神の教えに反することに他ならない。


「だから、話しておきながら、すまない……。治癒の奇跡は、使えない。それは、神の教えに反する行為だから」


 アルジーナは、そっとジローの腕を離した。


 使えないはずなのに、どうしてわざわざ治癒の奇跡の話をしたのか、アルジーナ自身も分からず、支離滅裂だと思った。そして、激しい後悔が彼女を襲った。


 アルジーナは、目を背けたままジローの反応を待った。どんな反応をしてくるのだろうか。掴みかかって来て、治癒の奇跡を使うように必死に命乞いをしてくるのだろうか。場合によっては、脅したりなんかも。少なくとも、このまま黙っているはずはないと思った。


 だが、ジローは何も言わない。長く重苦しい沈黙が二人に降りた。奇妙に思ったアルジーナは、恐る恐るジローの顔を見た。


 ジローは俯き、アルジーナに横顔を見せていた。そして、彼は、ようやく、掠れた声で「そうか……」と呟く。考え込んでいたものを静かに整理し、静かに諦めいく、そんな声だった。


 アルジーナは驚き、ジローに詰め寄る。


「……貴様、それで良いのか? このままだと、死ぬんだぞ」

「そうかもしれないな」

「なら、どうして? 私に治癒の奇跡を使わせようとしないんだ?」


 おかしなことに、アルジーナの方が相手を責めるような口調だった。


「でも、君は、それが出来ないんだろう……」

「ああ、出来ない。それは、許されない」

「なら、仕方ないさ……」


 悲痛な表情を見せたアルジーナに、ジローは無理やり笑顔を作って向ける。


「ならば、私は、このままこの毒を耐える。耐えてみせる。このまま町にいけば何とかなる。確か、ノークの町は、魔法使いの町。解毒の魔法薬なんかもあるはず。それまで耐えれば良いだけだ」

「無茶だ。貴様は、強がりを言っている」

「私の身体は丈夫なんだ。だから、大丈夫だ」

「しかし……!」


 アルジーナは、憤るように声を上げた。


「ありがとう。君が、私を助けたいという思いは良く伝わった。……でも、君には、それでも私を助けられない、譲れない大事な信念があるんだろう。君にとってそれは、それなしでは人として生きていけない程の、欠かせないものなんだろう。君の葛藤している様子を見ていれば良く分かる」

「そうだ。だが、貴様は、納得できるのか? 貴様は、グロス教徒ではないんだろう?」


 ジローは頷き、最後の力を絞るように瞳に強い光を宿して続ける。


「……正直な話、私には、君の大事にしている信念は理解出来ない」

「なら……!」

「だが、人から理解されない信念を持っているのは私も同じだ。だから、君の信念は理解できなくとも、君の苦しみは理解できる」

「……しかし、やはり……」


 アルジーナは、どう言ったらよいか分からず、ただ挙動不審に頭を左右に振る。そんな狼狽する彼女の様子に、何だか彼女が外見通りの幼い少女に見えてしまい、ジローは不意に笑いを漏らす。


「ありがとう、アルジーナ……。俺なんかのために、そんなに悩んでくれて、本当に……」


 そして、ジローは、目を閉じて崩れ落ちた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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