第3話 傭兵達のルール
行商隊の一行は、鬱蒼とした森林の中に踏み入った。魔物が跋扈する危険地帯に入った彼らに、重苦しい空気が伸し掛かってくる。陽光は生い茂る木々に遮られ、森林の中は薄暗い。木の葉が微かに擦れ合おう音すらも、暗闇の奥で悪魔がせせ嗤っているかのような、不気味さを感じる。
以前この森林に入った別の行商隊が、魔物に襲われている。僅かな森林からの生存者から聞く話では、驚くほどの魔物の群れに囲まれて、為すすべなく仲間達は食い殺されていったそうだ。
森林は、魔物の巣窟と化しているのだ。去年までは、大した護衛も付けずに難なく通過できた森林は、今では、すっかりその状況が変わっていた。
森林は、馬車が通れるように草木が切り拓かれ、一本の道が敷かれている。行商隊の荷馬車達は、その道を規律正しく等間隔を置いて一列で進んでいく。各荷馬車に待機している傭兵達は、武器を取り、左右の森林の闇を注視し、何時魔物が出て来ても対処できるように警戒している。馬車から降りて並走しつつ、左右の闇を注視している傭兵もいた。
「魔物だ!」
突如、そう叫ぶ声が響いた。沈黙のまま行進していた行商人隊に、騒めきが起こる。
荷馬車達が一斉に止まる。
そして、各荷馬車に待機していた傭兵達は、飛び跳ねるようにして馬車の外に躍り出て、周囲を忙しく見回す。道の外に広がる森林の闇に、獣のようなぎらついた目を向けた。
「いたぞ! あそこだ!」
各傭兵達は、声を弾ませて、獲物を見つけた方を指差す。
「見ろ! “鮮血蜂”だ! あそこだ!」
魔物の出現を知らせる声に、商人達は青ざめて縮こまる。
一方、商人達とは正反対に、傭兵達には異様な熱気が湧き上がる。怒号と歓声が入り混じったような野蛮な叫び声に包まれた。戦士達の勇敢な鼓舞というには些か品性が欠けるそれは、まるで狂乱のお祭り騒ぎの様相を呈していた。
「やれ! 逃がすな! 遅れをとるな! 狩り尽くすぞ!」
地面を震わすような野太い傭兵達の叫びが、森林を包む。足音が激しく行き交った。
「なんだ、一体……」
少し遅れて、ジローは馬車の外に顔を出した。そして、目にしたのは、雄叫びを上げながら武器を掲げ、草木を分けて森の奥へと突進していく傭兵達だった。飢えた猛獣さながらの傭兵達は、獲物を追いかけて行った。
そんな傭兵の群れの勢いに取り残されたジローの視界に、真っ赤な飛行体が過った。
「あれは……!」
ジローは、魔物を確認した。真っ赤で巨大な蜂が、上空にいた。
それは、“鮮血蜂”という名称がつけられた魔物。胴体は真紅と黒の縞模様で、身体の大きさは人間の子ども程はある異形の蜂。人や動物を噛み殺せるほど顎が発達し、長く伸びた毒針は鎧や盾も貫通するほどの鋭利さを誇る。
攻撃的な赤色の身体と、殺傷能力の高さ故に付けられた名称が、“鮮血蜂”だった。
ジローが見つけた鮮血蜂は、彼の視線に気が付く。その鮮血蜂は、直ちに毒針をジローに向け、威嚇的に羽音を震わしながら突っ込んで来た。
ジローは、剣を抜こうとする。しかし、その瞬間、白いマントが疾風のように彼の横を通り過ぎていった。アルジーナだった。彼女の右手には、小さな棍棒が握られていた。
アルジーナは、驚異的な跳躍力で上空に舞い上がると、棍棒による神速の一撃を振るい、突っ込んで来た鮮血蜂を地面に叩き落とした。力なく地面に仰向けで落ちた鮮血蜂は、羽や手足を痙攣させていたが、止めを刺すべく空から降りてきたアルジーナがその頭部を棍棒で潰すと、動かなくなった。
鮮やかな手捌きだった。これが半霊の実力か、とジローは驚嘆した。
「こんなものか。他愛も無い」
アルジーナは、殺した鮮血蜂の欠片が棍棒に付着していたので、それを忌まわし気に振り払いながら、呟いた。
「すごいな、君。驚かされた」
ジローは、頭が潰された鮮血蜂の死骸を見ながら称賛の言葉を送った。
「半霊だからな。私の身体能力は、人間のそれを凌駕している」
そして、アルジーナは、ふっと笑う。
「ところで貴様は遅いな。この隊の中で最強じゃなかったのか?」
などとアルジーナは嫌みをいうが、ジローがそれに対して言い返す間もなく、何処からか「助けてくれ!」という悲鳴が上がる。
その悲鳴に素早く反応したアルジーナは、地面を蹴り、声がした方へ砲弾のように飛び跳ねて行った。
アルジーナの蹴った地面から爆ぜるように砂埃が舞い、ジローはそれに咳き込みながらも、慌ててアルジーナの後を追った。
悲鳴を上げたのは商人の男だった。馬車の御者をしていた彼は、魔物出現を知らせる声を聞くと同時に手綱を放り投げて、慌てて荷馬車の中に避難していたが、その彼の前に今、鮮血蜂が悍ましい羽音を立てて姿を現した。
彼を護衛する傭兵はいない。先ほどまでは荷馬車内に傭兵が3人ほど待機していたが、傭兵達は皆、獲物を仕留めるべく、外へ駆け出してしまっていた。
商人の男は、力の限り叫び、助けを求める。鮮血蜂は毒針を向けて、男を弄ぶようにじりじりと近寄ってくる。男は、恐怖のあまり気絶しかけそうになる。
だが、男を追い詰めている鮮血蜂は、その背後から旋風のように迫ってきた棍棒に殴打された。血気盛んに羽音を立てていた鮮血蜂は、胴体が砕かれて床に伏し、呆気なく息絶えた。棍棒を振るったのは、白いマントをはためかせたアルジーナだった。
「大丈夫か」
アルジーナは、商人の男に簡潔に訊ねた。それに対して彼は、先ほど味わった恐怖で声が出せないのか、ぐったりとした様子で頷く。
「無事か!?」
一足遅れて駆け付けたジローが、慌てた様子で馬車の中を覗いてきた。アルジーナは、叩き殺した鮮血蜂と、何とか生きている商人の男を目線で差して、大事には至らなかったことを伝える。ジローは、安堵の溜息を漏らす。
「遅いな、貴様。間一髪だったぞ」
アルジーナは、また嫌みを込めて言った。
「それは……、君のせいで砂埃が目に入って……」
「何だ、言い訳するのか」
「君こそ……!」
アルジーナの言葉に反感を覚えたジローは、反論しようと思ったが、今はそれどころではないことに気付く。
「__いや、それより、他に魔物が潜んでいないだろうか」
ジローは、周囲を見回す。道から外れた森林の奥からは、戦闘中の傭兵達の咆哮が響いて来る。微かに、鮮血蜂のあの鳥肌が立つような羽音らしきものも聞こえてきた。だが、一列に停止した荷馬車達の周囲には、ほとんど傭兵達の姿もなく、また鮮血蜂の姿も確認できない。
鮮血蜂は森の奥の方へ飛んでいき、傭兵達はそれを追って行ったようだった。戦場は向こうのほうにある。だが、まだどこか荷馬車付近に鮮血蜂が潜んでいるか分からない。それにも関わらず、傭兵達はほとんど、荷馬車から離れてしまっているようであった。
「……私達はここを守った方が良さそうだな」
荷馬車から離れて森の奥への狩りをしにいった傭兵達に呆れながら、ジローは言った。彼の意見に同感したアルジーナは、頷くと、軽やかに跳躍して見晴らしの良い荷馬車の上に乗り、周りを見回した。
ジローも剣を構え、荷馬車周りの警戒を続けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
暫くすると、森の奥から傭兵達が荷馬車の方へ帰ってきた。
傭兵達は、一仕事終えて満足そうな表情を浮かべていた。彼らは、ゆっくりとした足取りで、中身がいっぱいになった大きな皮袋を得意げに揺らしている。その大きな革袋の中には、倒した鮮血蜂の死骸が放り込まれているのだった。
ジローは、ぞろそろと帰ってきた傭兵達に怪訝そうな視線を向ける。彼らに問い詰めなくてはならないことがあった。
「おっ、よそ者じゃねえか。どうした、こんなところでぼさっとして」
ジローが帰ってきた傭兵達を呼び止めようとする前に、彼に話し掛ける声があった。
グリーグだった。団員5名を引きつれている。彼らも、膨らんだ大きな革袋を肩から掛けて、随分と愉快そうな笑みを浮かべている。膨らんだ革袋の口からは、鮮血蜂の真紅の身体が少しはみ出していた。
「お前達こそ、何をしていた」
ジローの口調は、強かった。グリーグは、ジローのその態度に首を傾げる。
「何って、見れば分かるだろ。獲物を狩っていたんだ。__見ろ、あの鮮血蜂がこんなに大量に狩れたんだ! 笑いが止まらねえぜ。俺たちの団で、なんと8匹だ。他の団の奴に邪魔されなければもっといけたんだがな」
グリーグは、声を弾ませて自身の成果を自慢する。
「随分と満足そうだな」
ジローは、低い声で言った。グリーグは、ジローの抱いている不審感などには全く気が付かず、大きく頷く。
「そりゃ満足だぜ! すごい儲けだ!」
「すごい儲け?」
「何だ、知らねえのか? 鮮血蜂はギルド本部が高値で買い取ってくれるんだ。任務中に魔物を多く討伐すればボーナスも貰えるしな。……ああ、そうか、お前はギルドに入っていなかったな」
なるほど。と、ジローは傭兵達の行動の理由が分かり、彼らに対する不審感に確信を得て、憤りを覚えた。
「……。じゃあ、お前達は、護衛の任務なんてほったらかして、私利私欲のために金を拾いに行っていたっていう事か」
その言葉に、グリーグの表情から笑みが拭い去られる。
皮肉が大いに含まれたジローの物言いに、流石にグリーグは、彼が言わんとしていた事を察し始めた。
「……何だと、おい……。何だ、その言い方」
「お前達が揃いも揃って金を拾いに行っていたせいで、私達が守るべきこの荷馬車が、がら空きになっていた」
「お前、もしかして、俺に喧嘩売っているのか?」
「弁明はあるのか? お前は、護衛の任務を蔑ろにした」
ジローとグリーグは睨み合いになる。グリーグの背後に控える彼の団員も、ジローの言葉に敵意を剥きだし、睨み付ける。
「心外だ。今の言葉、撤回しろ」
「お前は、護衛の任務を蔑ろにした」
「撤回しろって言ったんだ! ふざけてんのか、この野郎!」
グリーグは、頭を紅潮させて、ジローのマントの襟を掴んだ。ジローは、動じず、グリーグを見つめた。
「なら、弁明はあるのか? お前達がこの場を離れたせいで、危うく護衛対象が襲われそうになった。幸い、無事だったが」
「無事なら何も問題ないだろ」
「確かに、結果的には良かったかもしれないが、お前達の行動には問題がある」
「俺達は、任務を全うした! 見ろ! こんなにも魔物を倒してきた!」
グリーグは、ジローのマントから手を放し、これ見よがしに鮮血蜂の死骸が入った革袋を叩いた。そのいっぱいに詰まった革袋は、彼の誇りとするところだった。彼は、傭兵として為すべきことをしたと信じて疑わない。
「私達の任務は、魔物を倒すことじゃない。あくまでこの行商隊を護衛することだ」
「お前は何を言ってるんだ? 護衛するためには魔物を倒さなくちゃならねえだろ。だから俺達は魔物を狩りに行った」
「我々に襲い掛かってきた魔物に対処しなくてはならないのは分かる。しかし、逃げて行った魔物を深追いしたり、そのせいで護衛対象への注意が削がれるのは問題だ。__魔物を追って森の奥へ駆けて行った時、お前達は、この荷馬車のことを気に留めていたのか?」
「それは……」
グリーグは、ジローの詰問に目が泳ぎ、言い淀む。
「それは、勿論……気には留めていたさ」
と、グリーグは言うものの、彼自身、護衛対象の安全を蔑ろにしていた事の自覚は多少あった。しかも、それが、鮮血蜂という珍しくかつ金になる獲物に気を取られていたことによる所為である事も自覚していた。
「ならば何故、お前達は、全員で獲物を追い駆けに行ったんだ? その後ろにいるのはお前の団員だろう。一人か二人は、ここに残して守らせるべきじゃなかったのか? そのような判断が出来なかったのか?」
ジローは、更に厳しく追及した。
「そんなことしたら、他の団に獲物を横取りされちまうだろ!」
グリーグは苛立って声を荒げた。そして、思わずほんの少し本音を漏らしたようだった。ジローの挑発的な言葉が頭に来て、つい口が滑ったのだ。
ジローの口舌に火が付く。ここら辺で口を閉じた方が賢明だとは分かりつつも、彼は自分自身を抑えることが出来ない。
「他の団? 他の団が何だっていうんだ。お前達は、獲物の争奪戦でもしているのか? それならやはり、お前達は傭兵としての任務をはき違えている。そして、その所為で、危うく護衛対象が死にかけたんだぞ!」
「知らねえよ、そんなこと! 俺達はとにかくやるべき仕事をしていたんだ。勇敢に魔物と闘っていたんだ。馬車の見張りは出遅れたウスノロが引き受ける仕事だ。それが俺達傭兵の暗黙のルールだ」
「そのルールには問題がある。また、今回みたいに護衛対象の守りが薄くなる。変えるべきだ。お前達だって、護衛対象に危害があれば困るだろう?」
傭兵としての誇りを持っているグリーグは、ジローの説教臭い言い方に、強い怒りを覚える。
「黙れ、よそ者! 何を知ったように口を利いてやがる! これが俺達傭兵のやり方だ! 他の団の奴らだって皆そうしていただろ! 俺達はこれでやって来て、上手くいっているんだ! お前だけがおかしいんだ!」
「上手くいっている? 本当か? ……それに、私だけがおかしい、だって? いや、もしそれが傭兵のルールなら、そんなルールに従っているここにいる奴らがおかしいんだ。傭兵ギルドなんてものに所属しているお前達全員が! お前達は卑しい守銭奴だ!」
ジローとグリークの口論は激しさを増していった。そして、二人の険悪なやり取りに、他の傭兵達も何事かと足を止めて、遠巻きに見物しだした。だが、当の二人は、周りの見物人を全く意に介した様子はない。
「守銭奴だ? お前だって金のために護衛の任務を引き受けているんだろうが」
「そうだが、私は、金が欲しいがために任務をはき違えたりはしない。金が欲しいがために護衛対象の命を不用意に危険に晒すことはしない」
「ちっ。何を善人ぶったこと抜かしてやがる。__そう言うお前は、ちゃんと任務を全うしているっていうのかよ? お前、何匹倒した?」
「……私は、2匹……いや、私は倒していない」
「あ? お前、一匹も倒せていないのかよ?」
「そうだが」
アルジーナが2匹の鮮血蜂を倒した後、結局のところ荷馬車の方へ現れた敵はいなかった。したがって、先の戦闘でのジローの魔物の討伐数はゼロになる。
そして、そのジローの討伐数を聞いたグリーグは、わざとらしく失笑してみせた。
「ハハハ! 何だよ、お前! 全然働いていねえじゃねえか!」
「私は、荷馬車を守っていたんだ! お前達が、楽しく狩りに耽っている間に!」
「安全なところでさぼっていたってことだな。臆病者がよく口にする言い訳だぞ、それ。お前みたいな臆病者を働かせるために、ギルドは討伐数に応じてボーナスを出すようにしているんだぜ」
「私は、臆病者ではない!」
「ムキになるなよ、臆病者。そんなに悔しいのか? あんたの噂も信用できたもんじゃないな」
ジローは、侮辱的な言葉を受け、瞳を怒りで燃やした。そして、思わずグリーグに掴みかかりそうになった。だが、飛び出しそうになったジローの腕は、誰かの手にさっと掴まれる。
「やめろ。もうよしておけ」
銀色の瞳が現れた。
アルジーナの手だった。いつからそこにいたのか、彼女は、ジローを静かに見据えて、彼に落ち着くべきことを目で訴えている。
「しかし……!」
「もう止めろ。いいから、私達の馬車に戻るぞ」
アルジーナは、ジローを半ば強引に引っ張っていく。彼女の割り込みで少し我に戻ったジローは、顔に不満を湛えながらも、少女の小さな手の強い力に従った。
その場を離れていくジローとアルジーナに向けて、グリーグが舌打ちをした。気が付けば、周囲の多くの傭兵達がジローに疎ましげな視線を向けている。ジローは、彼らを鋭く睨み返しながら、自分の馬車に戻って行った。
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