とあるお伽話(後編)
万能になったその魔法使いは、自分の欲望を満たすためだけに魔法を使うようになりました。困っている人を助けるために、魔法を使うことはなくなりました。
彼を慕っていた人は、彼から離れて行きました。彼は、友達がいなくなりました。でも、それでも構いませんでした。彼は、自分の欲望を満たしさえすればそれで良かったからです。
彼は、自分の欲望を満たすために、他人の財産や生命を奪い、そして、幸福を踏みにじっていきました。でも、それでも構いませんでした。彼は、自分の欲望を満たしさえすればそれで良かったからです。
絶対的な力を持った彼の欲望は、際限なく広がっていきました。
彼の魔法は一国の力を上回るもので、彼は、国の王様を殺して新たな王様になりました。そして、絶対的な力によって国民を支配しました。
彼の欲望は、一国を支配しただけではとどまりません。彼は周辺の国を、さらには、もっと遠くの国にまで侵略を始めました。多くの国が、彼によって蹂躙され、そして、その支配下に置かれました。
こうして、彼は、大きな帝国を築き上げました。国にある全ての物は、彼の物でした。彼に逆らう者は、惨たらしく殺されました。
誰も、彼に敵いませんでした。
絶対的な力と恐怖で人々を支配する彼は、いつしか、“魔王”と呼ばれるようになりました。
魔王として彼は、長く君臨し続けました。
しかし、そんなある時です。
彼のもとに、かつての友人が訪れてきました。別人となってしまった彼から離れていった、友達の一人です。
その友人は、助けを請いました。大切な自分の子どもが重い病にかかって、死に瀕していると。あらゆることを試してみたが、どうやってもその重い病を治すことができないと。それを治せるのは、あなたしかいないと。
その友人は、とても困っている様子で、げっそりしていました。そして、必死に頭を下げ続けました。
その友人は、諦め半分で訪れて来ていました。魔王と呼ばれるようになった彼が、自分のお願いを叶えてくれるとは思っていませんでした。しかし、自分の大切な子どものために、どんな小さな希望でも縋りついていきたいのでした。
しかし、魔王となった魔法使いの返答は、意外なものでした。
彼は、その友人のお願いを叶えてやることにしました。頭を下げ続けるその友人に、そう言ってやりました。
それは、彼の気まぐれでした。
彼は、その友人に同情したわけではありません。人としての良心を失っている彼は、そんな感情を持ち合わせていません。
ただ、彼は、面白いと思ったのです。惨めに、命知らずに、必死に、魔王である自分に対して、彼にしてみれば下らないお願いをしてくるその友人が、滑稽に感じたのです。
そのような気まぐれで、彼は、その友人を助けてあげることにしました。
彼は、その友人の子どものもとに赴き、重い病を魔法で治してあげました。それは、万能の魔法使いである彼にとってあまりにも容易なことでした。
その友人は、病が治った子どもを抱きかかえ、涙を流し、喜びました。そして、病を治してくれた彼に感謝しました。
その時です。その魔法使いに異変が起きました。
雷にでも撃たれたような感覚が、彼を襲いました。
なんと、悪魔の呪いが解けたのです。
彼にかけられた悪魔の呪いを解く唯一の手段__それは、忘れてしまった自分の願い事を叶えることでした。
そう、彼は、忘れてしまっていた自分の願い事を叶えたのです。本当に困っている人を救うというかつての彼の願い事は、偶然にも彼の気まぐれによって叶ってしまったのです。
悪魔の呪いが解けた彼は、人としての良心と記憶を取り戻しました。
そして、それが、彼に耐えがたい苦痛を与えました。
魔王と呼ばれるようになった彼は、これまでに散々酷い事をし続けていました。とんでもない事をしでかしてきました。
良心を取り戻した彼は、自分の行ってきた事が受け入れることができませんでした。背負うことができませんでした。そして、許すことができませんでした。
彼は、魔法で自分の体に火を放ちました。
自分の罪に耐えきれなかった彼は、自分を殺すことにしたのです。
彼は、体を燃やしながら、泣き叫びました。死ぬまで叫び続けました。
自分に力を与えた悪魔と、自分自身を呪って、叫び続けました。
おしまい__
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アデルは、『万能になった魔法使いのお話』を読み終えた。
「なんだか、胸クソ悪い話だよね」
長机に置かれていたメメが、感想を述べた。
「メメ、読んでいたの?」
「うん。君の心を介してね」
「気持ち悪い読み方をするな」
アデルは眉を曲げて、メメを叱る。
メメは他者の心を読む能力があるため、直接本の文章を読まなくとも、本を読んでいるアデルの心を読み取って、その内容を把握できる。心が読み取られるアデルとしては、あまり気分が良いものじゃなかった。
「まあでも、確かに、まとまりが悪い話に感じたわ。こういうお伽話って、最後は何だかんだハッピーエンドで終わるもんじゃないの」
「そうとも限らないけどね。物語で教訓を伝えるためにあえて胸クソ悪い終わり方をする場合もあると思うよ」
「じゃあ、この物語の教訓って何?」
「それは、まあ……、悪魔に関わるとろくなことにならないっていう話じゃないかな」
アデルは、『万能になった魔法使いのお話』を読み返しながら、頷く。
「なるほどね。反悪魔主義者達がよく訴えているつまらない教訓だわ」
などと、アデルは小馬鹿にしたように笑い、本を閉じる。
「で、ヴァイス長官、結局何なのこの本は? どうしてこんなお伽話が資料室に?」
アデルは、本を示しながらヴァイス長官に訊ねた。
「魔法学者達の貴重な研究資料なのだよ。__その本の裏表紙を見てくれ」
「裏表紙?」
「著者のサインがなされているだろ」
アデルは、ヴァイス長官の言う通り、『万能になった魔法使いのお話』の裏表紙を見た。そこには、小さく著者のサインらしきものが黒インクのペンで書かれていた。そのサインは、その本で唯一、魔法で浮き上がる文字ではない、実際に手書きされた文字だった。
「……ええ、あるわね。だけど、これ誰のサイン?」
アデルは、その著者のサインを確認した。だが、その著者のサインは、文字が崩され過ぎていて解読が出来ない。
「それは、魔法結社の創始者の一人、大魔法使い“アリスベール”のサインだ」
と、ヴァイス長官は教えた。
「魔法結社の創始者のサイン……、じゃあ、これは、かなり古い本になるわけね」
「ああ、そうだ。その本は、まるで新品のような見た目をしているが、高度な魔術的処置によって汚損が防止されているのだ」
「ふーん……。この著者は、よっぽどこの本の物語を多くの人に読んでもらいたかったのかしら? そんな魔術的措置もして、しかも、誰でも読めるように魔法の仕組み施しておくなんてね」
「実は、何故アリスべールがそのような本を作ったのか謎なのだ」
「謎? ただ単に、自分の書いたお話を他人に読んでもらいたいだけじゃないの?」
ヴァイス長官は、赤髭を撫でながら難しい顔をする。
「かの大魔法使いが、そこまで立派な魔法を施して作成した本が、ただのお伽話だとは思えない。その本の内容には、暗号か何かが隠されているのではないかと考えられている」
「よく錬金術師が寓意図でやるやつみたいな?」
「そうだ。以前は、古代魔術の研究者達が、よく本の解読を試みていたよ。何か大いなる秘術がそこに記されているのではないかと」
「で、何か見つかったの?」
「いいや。何も見つからなかったらしい」
「……。やっぱり、ただのお伽話じゃないの?」
「あるいはそうかもしれないな」
そうだとしたら、滑稽な話だ。単純に物語を書きたかっただけなのに、暗号か何かが隠されているのではないかと探されるという、著者の思ってもみない読み方をされるなんて。
「大魔法使いも大変ね」
アデルは、苦笑いをしながら『万能になった魔法使いのお話』の本を本棚に戻した。
「ああ、そういえば、ヴァイス長官、例の特別賞与の件はどうなったの? 約束通りワインの用意は出来たの?」
「……ぬ」
「ぬ__じゃないわよ、どうなったの?」
アデルがふと思い出したことに、ヴァイス長官は苦い顔をする。
ヴァイス長官は、迂闊にもアデルに依頼達成の特別賞与を約束していた。それも、自分自身の財布から出す特別賞与だ。
「それが、少し悩ましくてな。質を優先すべきか、量を優先すべきか……」
「質も量もどっちもよ。最高級のワインを樽2、3個で用意してくれないと満足してあげないわよ」
「う、うむ……」
アデルは、鋭い笑みを浮かべてヴァイス長官に詰め寄る。
彼女にとっては特別賞与のワインのことは、先ほど読んだお伽話のことよりも重要であった。
それからアデルは、特別賞与の内容についてヴァイス長官とやや口論になるのであった。『万能になった魔法使いのお話』のことなど、すっかり忘れて。
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