第4話 魔女の気まぐれ
「__それで、その父上の過去を見たいって話だけど、そんなの見てどうするの?」
「私は、父上があんな事件を起こすような人ではないと思っています」
「……うん?」
強い口調で言い切ったジローの言葉に、アデルは首を傾げる。
「私の知る父上は、真面目で誠実で、他人に対しての思いやりが強く、何より愛国者でした。幼い頃の私に対してよく口にしていたのが、女王陛下の役に立つような立派な男になれ、です。そんな父上があんな大逆罪を犯すなんてありえない。あの事件には何かワケがあるはず」
「……本気でそう思っているの?」
「はい」
アデルは胡散臭い目を向けるが、ジローの声も表情も真剣だ。
「あなたの頭の中でその父上が立派な人物であることは解ったわ。でも、当時のあなたはまだ6歳でしょ。あなたの知らない父親の姿もあったんじゃないの?」
「父上の人間性は当時の人々からも認められていました。軍人としてだけでなく、一人の人間としても立派な人物であったと」
「他人にその人の本当の姿なんて分からないわよ。人物像なんて、いい加減な印象でこじつけていくもの。殊に、英雄なんてもてはやされていた人なんて。__あなたも含め皆、あなたの父親に見事に欺かれていたというわけよ」
するとジローは、その言葉が癪に障ったのか、声を荒げて反発する。
「私はそうは思わない! 私は息子です。幼かったとはいえ、誰よりも本当の父上を見てきました」
息子だから何だと言うのか。アデルは、ジローの根拠の乏しい言葉に辟易してきた。この手の妄信者は、いくら道理を説いても無駄だ。アデルは、彼の父親の話を止めることにした。
「……父親の話はもういいわ。問題は、あなたの願いの内容よ。あなたは、父親の過去を見たいと言ったけど、そんな願いでいいの? 過去を知ったところで、あなたに何の利益があるっていうの?」
「何の利益と言われましても……、私はただ真実を知りたいだけです」
ジローのその返答にアデルは納得がいかない。
「真実を知ってどうするのよ? 確かに、私の魔法でなら過去の真実を見ることだってできるわ。
だけど、よく考えてみなさい。あなたのより直接的な目的は、父親の名誉を回復することじゃないの? さらにいえば、今の自分の境遇を改善することじゃないの? そうだとすれば、過去の真実なんて実はどうでもよくなってくるわ。あなたの本当の願いを叶えるために、もっと賢い魔法の使い方があるはず。
私は、万能の魔法使い__あなたのその直接的な目的を、確実に叶えさせてあげることができるのよ」
アデルが、依頼主の願いの内容について厳しく問い詰める癖があるのは、彼女の苦い経験によるものだ。言われた通りの願いを叶えたが、結果的に依頼主の納得いく結末にならず、報酬をめぐる揉め事になったことが何度かあった。
今回の場合、例えば、ジローとしては“父親が実は悪人ではなかった”という過去の真実を見ることを期待していたりするのだろう。しかし、魔法で過去を見た結果、父親が世間で言われていた通りの極悪人だった場合、それに納得せず、対価の支払いを渋ることもありうる。
「いや、私は真実が知りたい」
アデルの説得を受けてもなお、ジローの思いは揺るがない。
「私は父上を信じています。人に父上を極悪人呼ばわりされれば、必ず言い返します。そのせいで人と軋轢が生じますが、それでも私は父上を信じていて、尊敬していて、自分の言葉を曲げることはしません。
しかし、やはり不安なのです。私は20年前のあの事件を直接見ているわけではありません。人と口論するとき、ふと暗い影が脳裏を過るのです。やはり、父上は極悪人だったのではないか、と。
だから私は、真実を知りたい。一片の曇りなく、私の父上に対する誇りを口にし、父上を侮辱する者に反駁するために」
ジローのまで今までの悔しい経験の苦さが、その言葉と表情に滲み出ていた。
周囲の人すべてが父親を極悪人と罵る中、ジローは独り異議を唱え、孤独に戦ってきたのだろう。それによって、世間から白い目を向けられ、自分の立場が悪くなろうと、頑なに主張を変えなかったのだろう。……彼の額にある目立つ傷跡も、もしかしたらそこら辺の事情に関係しているのかもしれない。
「過去の真実があなたの望むようなものじゃないかもしれないわよ。あなたの父親がやっぱり極悪人だった、って場合でも、受け入れられるの? 満足するの?」
「もちろんです。私は真実を受け入れます」
ジローの言葉は強く、一切の淀みがない
「ちょっとメメ」
しかし、アデルにとっては、やはり合理性に欠ける話だった。彼の言葉を信じることが出来なかった。故に、いつものやっているように、人の心を読むことができる帽子に助けを求める。
「彼は本気だよ。彼にとって、真実はそれほどまでに重要なんだよ。君では理解できないかもしれないけど」
「鼻につく言い方やめろ」
アデルは、メメを強く握り締める。
なんにせよ、メメからの保証を得たので、願いの内容についてこれ以上問い質すことは止めにする。アデルは、半ば諦めるように受け入れることにした。
「……願いの内容についてはもういいわ。だけど、肝心な問題はあなたが支払える報酬よ。私の万能の魔法に釣り合う報酬を、あなたは持っているの? ちなみに、知っていると思うけど、オーリィ婦人はこの屋敷と屋敷にある全ての財産を報酬に支払ったわ」
ただの一兵士ごときに、そのような報酬を支払えるはずない。と、アデルはジローを侮っていた。返答に詰まると考えていた。
だが、ジローの返答は素早かった。
「私は、私のすべてをあなたに差し出します」
「は?」
「私の体を好きに使って良い」
全く躊躇なく、そのように思い切ったことを言ったため、アデルは唖然となった。
「私には大した財産はない。__しかし、少し傲慢に聞こえるかもしれないですが、私はこの国で最強の戦士だ。そこらの兵士が束でかかって来ても、負けない自信があります。なんなら、あの竜だって討ち取ることもできます。その私が、この命尽きるまで貴女に身を捧げ、付き従いましょう。きっと、お役に立てるはずです」
アデルには、疑問しかなかった。
「あなた自身にそんなに価値があるわけ? それに、身を捧げる? じゃあ何、私が特に意味もなく、死ね、って命令しても死んでくれるわけ?」
「当然です」
「……。あなたの言葉が真実であると保証するものは何かあるの?」
「私の言葉に偽りはない。私の誇りにかけて」
馬鹿げている、とアデルは思った。
「……。ねえ、あなたの第一印象は、幾分かまともだったんだけど……、話をすればするほど、あなたってとんでもないわね」
「私は本気です」
「ちょっとメメ」
アデルは再びメメに助けを求めた。
「彼、嘘は言っていないよ」とメメが答える。
アデルは、しばらく黙考した。
気を取り直すため、グラスにワインを注ぎ、一気飲みする。
……やはり、馬鹿げていると思った。願いの内容も、その報酬の内容も、アデルには不合理にしか思えなかった。これまで多くの国を旅してきて、自分とは価値観の異なる多くの人と接してきたが、このジローとかいう青年はそのなかでも飛びぬけていた。
しかし、だからこそ__
「わかったわ」
アデルは、承諾する。
「本当ですか!?」
ジローは思わず立ち上がる。
「ええ。はっきりいって、馬鹿げていると思うけど。あなたとの取引に乗ってあげるわ。……いい?」
「ありがとうございます!」
それは、アデルの気まぐれだった。何ら利益を期待していない、合理性のない取引。ただの戯れだ。おかしな青年の、おかしな願い事を叶えた先に、彼がどのような結末を辿るのかを観察したくなったのだった。
付け加えるとするならば、アデルの魔法行使回数は、明日の夜12時を回った時点で回復する。今週はまだ1回しか魔法を行使していないため、余裕があるのだった。そのような余裕がなければ、このようなメリットの乏しい魔法の使い方はしない。
「じゃあ、さっそくだけどやるわよ。__確か、事件は今からちょうど20年前で、王城の地下でおきたのよね?」
「はい、そうです」
「よし、わかったわ__」
そして、取引の話が纏まった以上、実行は素早くなされた。
アデルの指先に、魔法の光が灯る。魔力の波動が応接間を巡り、テーブルに乗せられていたワイングラスが揺れ、閉められている扉が今にも開きそうに振動した。
そして、眩い光がアデルとジローを包み、その眼に過去の映像を浮かび上がらせる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆