第9話 連続殺人鬼の勇者
一匹の飛竜が、帝都南地区の貧民街を蹂躙していた。
建物は、縦横無尽に暴れ回る太い尻尾に粉砕され、荒れ狂う暴風で吹き飛ばされる。街中に粉塵が立ち込め、街路には瓦礫が散らばる。建物の崩壊に巻き込まれて、圧死した者もいた。突如として平穏が破られた街の中を、住民達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
飛竜は、住民の姿を見るなり、鋭い牙を剥き、ものの一瞬で飛びつき、容赦なく食い殺していった。一人や二人食べた程度では満足しない。飛竜は飛翔し、次々に住民達に襲い掛かっていた。
飛竜の殺戮を止められる者はいなかった。駆け付けた憲兵隊は、渾身の攻撃魔法を放つが、飛竜相手には火力が不足していた。固い鱗と高い魔力に守られている飛竜は、憲兵隊の繰り出す炎や雷に、ほんの少し肌を焦がす程度だ。
憲兵隊も所詮、飛竜の前では、獲物に過ぎなかった。粘り強く攻撃をしていた憲兵は、真っ先に体を飛竜に齧り取られた。戦力不足を悟っていち早く逃亡を試みた憲兵も、結局は、飛竜に追いつかれ、同じ運命を辿った。
飛竜のやりたい放題だった。飛竜は満足そうに雄叫びを轟かせ、更なる獲物を求めて翼を広げた。
だが__
その瞬間、飛竜は、強い魔力の塊が物凄い速度で接近するのを感じた。飛竜は、空を仰ぎ、こちらに飛んでくる大きな蝙蝠のようなものを視界に捉える。
それは、蝙蝠ではない。黒いローブと漆黒の双翼を纏った、人間だった。暗い赤色の髪の男だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
レオは、飛竜の前に降り立ち、漆黒の双翼を折り畳んだ。
街は、既に惨状と化していた。レオの周りには瓦礫が散らばっている。そして、漂う粉塵の中、飛竜は傲然と路地の真ん中を占拠している。
飛竜とレオの目が合った。飛竜がレオに向かって吠える。空気が震えるような飛竜の咆哮に、レオの体に緊張が走る。
レオは、飛竜の巨体を見上げる。圧倒されるような大きな体だった。おまけに、鋭い眼光や爪牙が、獰猛に輝いていた。
レオは、生きた飛竜をこんなに間近で見たことはなかった。以前の自分なら、恐怖で足が竦んでいただろう。あるいは、一目散に逃げだしていただろう。だが、今は違う。レオは、自分の力に自信を持っていた。今の自分なら、どんな魔物であろうと屠れる自信がある。
レオは、サマウスの魔導書を開き、黒い霧を立ち上がらせる。すると、レオからの殺意を感じ取った飛竜は、先制攻撃を仕掛ける。飛竜は、地面を踏みしめ、レオに向かって尻尾を振る。
巨木のように太い飛竜の尻尾が、鞭のようにしなってレオを襲う。凄まじい重量の暴力だった。レオは、横払いに尻尾の打撃を受け、吹き飛ばされる。レオの体は、建物の木造の壁に勢いよく叩き付けられ、そのまま壁を突き抜けた。
レオは、打ち抜かれた壁の木片と伴に、建物内へと転がる。レオの体は、建物内にあった家具を派手に弾き飛ばしながら、そのまま転がり続け、内壁に当たって凹ませたところで止まった。
「いっ……!?」
レオの口から呻き声が漏れる。
<油断しすぎだ、相棒! 死ぬところだったぞ! 相手は竜だ、気を抜けば死ぬぞ!>
サマウスが、焦って注意する。
サマウスの言う通り、レオは油断していた。黒い霧が、あらゆる攻撃から、自分を守ってくれると思っていたのだ。
レオを包む黒い霧は、強力な魔力を帯びているため、魔法攻撃に対しては高い防御力を発揮する。だが、物理的には、あくまで霧、すなわち、微小な水粒の集合に過ぎない。したがって、霧の状態のままでは、物理攻撃に対して、盾として全く意味をなさない。レオは、そのことを十分に把握していなかったようだった。
黒い霧の操作の主導権はレオにあるが、その霧は悪魔サマウスの体の一部でもあるため、サマウス自身も操作することが出来た。迫り来る尻尾に、何も対処しようとしないレオに代わって、サマウスは気を利かせて、咄嗟に霧の一部を硬質化させていた。それによって攻撃の衝撃を多少は和らげられたのかもしれないが、結果としては、レオは甚大なダメージを受けていた。
<今、俺が独自の治癒魔法を全力で発動させている。相棒も、早く魔導書を使って治癒魔法を発動させろ! ……全く、酷い傷だぜ、相棒。竜の奴が本気で殺しに掛かってきていたら、マジで死んでいたぞ>
飛竜は、レオを殺す気で尻尾を振るったわけではなかった。獲物を気絶させるか、弱らせるために振るったのだった。飛竜の目的は、人間を生きたまま食らうことだからだ。レオは、それに救われた。
「……っぐ……う……」
レオは、朧げな意識の中で魔導書を掴む。
レオは、まともに言葉を発することが出来ない程に、重傷を負っている。骨が幾つか折れている。まともに呼吸することが出来ない。
レオは、治癒魔法を発動させる。淡い光が彼を包む。全身に重く伸し掛かる痛みが軽くなっていき、呼吸することが出来るようになった。
<相棒! 来るぞ! 防御しろ!>
ずしん、と地面が揺れる。飛竜が、建物の壁を破壊して侵入してきた。飛竜は、横たわったレオを見つけると、鋭い牙の生えた口を開け、噛み付こうとする。
レオの周囲から黒い霧が溢れ出て、飛竜を威嚇するように蠢く。そのまま飛竜の食事になるつもりはなかった。レオは、黒い霧を操って自分を覆わせ、硬質化させた。レオを覆い隠す漆黒の殻が出来上がる。
飛竜は、突如現れた漆黒の殻ごとレオを噛み砕こうとする。だが、飛竜の鋭い牙を以ってしても、漆黒の殻にはひび一つ入らない。何度も何度も噛み付くが、飛竜の牙が、漆黒の殻の硬さを破ることはなかった。
レオは、真っ暗な殻の中で身を潜める、治癒魔法で体が全回復するのを待った。殻の外では、飛竜が爪を立てたり、足で踏み付けたりなど、様々な攻撃を試みている。飛竜の必死の攻撃の様子は、地面の振動で伝わってくるが、漆黒の殻が壊される気配は全くなかった。
「……じゃあ、そろそろ反撃するか」
そうしている内に、レオの体の傷が完治した。レオは、反撃を開始することにした。
レオは、呪文を詠唱した。漆黒の殻から、赤々と爆炎が巻き上がる。諦めずに殻への攻撃を続けていた飛竜は、いきなり吹き出てきた爆炎に、悲鳴を上げて飛び退いた。吹き出てきた爆炎は、人間が触れたならば一瞬で灰と化すような、恐ろしい灼熱だったが、飛竜の体を焼き尽くすことは叶わない。飛竜は、手に多少火傷を負った程度だ。
だが、レオの放った魔法の目的は、飛竜を焼き殺す事ではない。あくまで、飛竜をひるませ、距離を置かせるのが目的だ。
レオは、漆黒の殻を解いて、視界を開いた。眼前で、飛竜が火傷の痛みに鼻息を荒くして唸っている。飛竜は、殻の中からレオが姿を現すなり、怒りのままに吠えた。
飛竜は、レオに突進してくる。レオに襲い掛かってくる飛竜に向かって、彼の背後の黒い霧の中から、幾つもの触手が伸びる。触手は、瞬く間に、飛竜の足や腕、翼、さらに首筋を伝って顔面にまで纏わり付く。
謎の触手に全身を纏わり付かれた飛竜は、戸惑い、触手を剥がそうと暴れるも、すぐに体を動かせなくなる。触手が全身をきつく縛り付け、身体の自由を奪ったからだ。触手の拘束は、飛竜の筋力を以ってしても、解くことは出来なかった。
「まさか俺が、飛竜を倒せるようになるなんてな……」
レオは、触手に縛り上げられた飛竜を見上げて、感慨深そうに言った。
「単独で竜を倒して、“ドラゴンスレイヤー”っていう称号を貰った魔法使いがいるらしい。魔術学院の歴史の授業で習った。強い魔法使いは歴史に名を残せる」
<だが、お前にはそんな名誉な称号は与えらない。帝国にとって、お前は始末するべき恐怖の連続殺人鬼だ。残念だったな>
「そうだな。俺は、良く分からない成り行きでこの化け物と闘い、そして、死にかけた。それなのに、何の報酬も栄誉も与えられないとはな」
<まだ闘いは終わってねえぞ、相棒。とっとと片付けろ>
サマウスは、呆れ気味に言った。レオは、「ああ」と頷き、仕上げに取り掛かる。
黒い霧が周囲を巡る。身動きが取れない飛竜を取り囲むようにして、無数の漆黒の刃が形成されていった。気が付けば、飛竜の左右、前後、そして、頭上に千を超える刃が切っ先を飛竜に向けた状態で待機していた。逃げる隙間は、一寸も無い。まるで、刺々しい折の中に閉じ込められたようだった。
レオは、無数の漆黒の刃に号令を掛ける。刃達は、一斉に飛竜に目掛けて飛んでいった。
漆黒の刃が、飛竜の分厚い鱗の鎧をものともせず、その身を貫いていく。次々に身体に刺さってくる刃に、飛竜は悲鳴を上げながら、血を噴き出す体をくねらせ、遂には、口を大きく開けたまま、地に力なく伏した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
飛竜の襲来は、帝都を震撼させた。それこそ、連日賑わっていた連続殺人鬼の話を押し退ける程に、大きく話題になった。
それもそのはず。飛竜の襲来による物的被害、そして人的被害は、極めて甚大なものだった。帝都の安全保障体制の欠陥という政治的批判にも関連付けて、各新聞社は、新聞紙の一面を用いて大きく報じた。
飛竜の襲来による被害の深刻さも重要であるのだが、それ以上に、帝都の人々の興味を惹いたのが、飛竜を討伐した者の正体についてだ。報道によれば、飛竜を倒した者は、不明とされている。
飛竜の襲来を受け、現場の対応をしていた憲兵達が、中央憲兵司令部に状況を報告した。報告を受けた中央憲兵司令部は、精鋭の憲兵部隊を飛竜討伐に向かわせるとともに、事の重大性に鑑みて、帝国陸軍にも協力要請を出した。陸軍も出動の準備を始めると共に、どこからか情報を耳にした騎士団の一部の者達も独断で現場に向かった。つまりは、帝国の軍部が、こぞって飛竜を討ち取ろうと意気込んで剣や杖を手にしたのだった。
だが、現場に到着した各面々は、飛竜が全身血塗れの死体となっているのを目にして、唖然となるのだった。そして、それぞれに確認を取るも、飛竜を倒した者は判明しなかった。したがって、正体不明の者に飛竜は倒されたと、対外的に発表することになったのだった。
住民の間では、飛竜の討伐について様々な憶測が飛び交った。帝国軍の秘密兵器が用いられたのではないかとか、魔法結社の陰謀が絡んでいるのではないかとか、果ては、飛竜襲来は貧民街の人口削減のために政府が意図的に仕組んだ自作自演云々、といった荒唐無稽な説まで出てくる始末だ。
帝都市民の誰も、飛竜を倒した勇者が、件の連続殺人鬼と同一人物だとは、思いもしなかった。連続殺人鬼レオ・クラインが、飛竜を倒した勇者だとは。
エマだけは、唯一、街を飛竜から救った勇者の正体を知っていた。
もっとも、エマは、レオが連続殺人鬼であることを知らないわけであるのだが……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その後も、レオの復讐は続いていった。
__リュメル・クルーガーは、資産家の息子だった。帝立魔術学院に入学したのは、魔法使いとしての進路のためというより、教養を身に着け、魔法使い界隈の人脈を手に入れるためであった。彼は、辺鄙な農村出身者のレオのことを「汚い田舎者」と馬鹿にすることが多々あった。彼は、よく自宅の豪邸でパーティーを開き、クラスメイト達を招待するが、嫌がらせのようにレオだけには声を掛けなかった。
魔術学院を卒業後は、大学生をやりつつ、父親の稼業を手伝っているようだった。既に結婚もし、二人の子どもを持ち、広大な豪邸の中で、父母兄弟の大家族で過ごしていた。クルーガー家は、帝都でも有名な大富豪だった。
レオは、そのクルーガー家の豪邸にお邪魔して、一家まとめて皆殺しにした。10名程度の家族一同を応接間に並べて、じっくり順々に殺していき、最後に、リュメルをたっぷりと痛めつけてやった。人数が多かったため、レオは、丸一日クルーガー家と楽しむことになった。
__パウル・シュナイダーは、クラスのお調子者だった。いつもフェルスやクシェル等のクラスの支配者に取り付いていた。誰かの腰巾着の彼は、レオを主体的にいじめることはしなかったが、いったんレオへのいじめが開始されれば、それを煽り立てる役をしていた。
パウルは、魔術学院を卒業後、帝都の役人になった。魔術学院の卒業生としては、比較的一般的な進路だった。そして、彼は、妻子を持ち、平凡だが幸せな人生を過ごしていた。その幸せな人生も、連続殺人鬼レオ・クラインが彼の元に来るまでは、の話だったが。
パウルも、今までの被害者と同様に、家族揃って凄惨な殺され方をした。極めて平凡に暮らしていたパウルは、そのような目に遭う事を全く想像してもいなかった。彼は、魔術学院の同期のレオの存在などすっかり忘れていたし、ましてや、いじめに加担していた事など気にも留めていなかった。
だが、レオは、パウルが自分のことを忘れていようが覚えていようが関係なく、容赦なく地獄を体験してもらった。冷酷無慈悲な殺人鬼として、思う存分殺しを楽しんだ。
このように、飛竜を倒して街を救ったレオは、その後も復讐を続けた。
復讐こそが、レオが自分自身に課した使命だった。
使命のはずだった。
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