第4話 殺人鬼の誕生
第一被害者:フェックス一家__
第二被害者:ランゲ一家__
第三被害者:シェーファー夫妻__
第四被害者:……
アデルは、報告書の被害者についての記載を読み直していた。そこには、被害者の名前や職業、年齢、性別だけでなく、具体的な殺害状況についても詳細に触れられて記述されていたため、そこから、何か敵の能力が分かるのではないか、と考えたのだ。
アデルには、敵が何であれ、打ち負かせる自信があった。だが、敵の情報は多いことに越したことはない。
「どうだ、赤リボン殿、万能の魔女として、何か敵の力について分かることはあるか?」
と、赤髭を撫でながら、ヴァイス長官は尋ねてくる。ただ、その声に特段の期待感は無い。
アデルは、首を横に振る。
「いや、やっぱり、この記載だけじゃわかんないわ。分かるのは、このレオ・クラインって奴が、とんでもない残虐非道な殺人鬼ってくらいよ。ヤバいわ、こいつ」
「ん?……貴女からして見ても、残虐非道だと思うのか?」
「へ? まあ……」
アデルは、ヴァイス長官が零した何気ない皮肉に気が付かなかった。
「へー、アデルからして見ても、残虐非道だと思うんだ。へー」
「え? ……。……おい、メメ。私は、こいつが残虐非道だと思うぞ」
アデルは、メメの嫌らしい口調からようやく、皮肉を言われていたことに気が付いた。そして、むっとなった。
「分かっている、ごめんて」メメが謝った。
「長官殿? 私は、残虐非道だと思いますよ」アデルが皮肉っぽく言った。
「すまない、つい……。悪意は無かったんだ……」ヴァイス長官が謝った。
「たく……、人を何だと思っているのよ」
アデルは、頬を膨らます。
ヴァイス長官は、一応謝ったものの、アデルの今までの所業を鑑みると、皮肉の一つくらい言われても文句は言えないのではなかと、内心思うのだった。
それはともかく、被害者は、人としての良心が欠如したアデルでも理解できるくらい、残虐な殺され方をしていた。
とにかく身体がバラバラにされていた。四肢は千切れ、目は抉り出され、その上、内臓は掻き混ぜられた死体がある。酷いものだと、手や足の指の一本一本、指先から一関節ずつ細かく切り落とされていた。皮膚に小さな傷が無数に付けられている死体もある。無数の小さな穴が開けられている死体もある。原型が分からないくらい、顔が切り刻まれている死体もある。そのような死体は、男女の区別、大人と子どもの区別無くあった。
件の殺人鬼は、とにかく、被害者に苦痛を味合わせようとしていた。それも、一切良心の呵責なく、徹底的に。
「……そのレオ・クラインという元魔術学院生は、周りの生徒からいじめられていたらしい」
報告書を読んでいるアデルに、ヴァイス長官が、そんな情報を伝える。
「彼の同期生への事情聴取で分かった事なのだが、彼は、落ちこぼれと馬鹿にされ、様々ないじめを受け続けていたらしい。犯行は、おそらく、いじめ相手への復讐だろう」
「いじめねえ……。どこの世界にもあるものね」
「そうだな」と、ヴァイス長官は頷く。
「事情聴取した同期生の内の何名から泣き付かれたよ。匿ってくれって。それも、家族全員を」
「で、匿っているの?」
「勿論。今、我々憲兵が、ここの建物で匿っている。確か、10名以上はいたはずだ」
「それは、大変ね」
「そうだな、一応、気の毒だとは思うよ。特に、家族の人達は」
「ああ、そっち……」
「……?」
アデルは、憲兵の仕事が増えて大変ね、というつもりで言ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダニエル・フェックスは、レオの足元に転がった息子ダミアンを見るなり、駆けだした。
ダミアンは、口元から足先まで黒い触手のようなものに巻き付かれ、泣くことも出来ずに苦しそうに喘いでいる。父親として助けねばならなかった。
「じっとしていろ、ダニエル」
レオの冷たい声に呼応して、彼の背後の黒い霧が蠢き、中から蛇のように黒い触手が飛び出る。黒い触手は、目にも止まらぬ速さで宙を疾駆し、ダニエルに纏わり付く。
「なっ……何だよこれ!?」
ダニエルは、纏わり付いてきた触手を振り払おうと足掻くが、数秒もしない内に、全身に巻き付かれて、呆気なく床に倒れる。
「ぐっ……放せ!! このっ!」
黒い触手の拘束の力は凄まじく、ダニエルは、どうやっても解くことが出来ない。
「いいからそこで、お前の息子の雄姿を眺めていろ」
「レオ、お前! 一体何のつもりだ!」
「お前、言ってなかった? 俺を息子に見せてやりたいって。来てやったぞ」
「ふざけた事を! 息子を放せ!」
「ああ、そうしてやるよ」
すると、ダミアンを拘束していた黒い触手が、霧散する。体の自由を手にしたダミアンは、レオの足元から急いで立ち上がる。
「さあ、パパの元へ行けよ、クソガキ」
「……パパッ!」
そして、ダミアンは、目に涙を浮かべながら、父親の元へと駆け出した。廊下の先で待つ、黒い触手に拘束されて床に転がったダニエルの元へと。
「ダミアン!」
「パパ!」
まだ6歳のダミアンは、勇敢に走った。だが、父親の元へ辿り着く手前、ちょうど、殺されたての母親の生首が転がっている辺りで、転んだ。
ダミアンが転んだのは、躓いたからではない。レオの背後で蠢く黒い霧から、突如、黒い触手が伸びて、剃刀のように、その幼い男の子の両足首を切断したからだ。
「あああぁぁぁ! 痛い! あああぁぁぁ! パパ、助けて……!」
「ダミアンンンンッ! レオ、お前えええぇぇぇ!」
ダミアンの悲鳴と、ダニエルの怒号が廊下に響き渡る。レオは、そんな親子の様子に
冷たい笑みを浮かべた。
「ほら、クソガキ、早くパパの元に這いずっていけよ」
ダミアンは、足首が切断された痛みに泣きじゃくり、うつ伏せで倒れたまま動かない。
「みっともねえな。おい、クソガキ、男なら泣いてないで頑張れ__って、よくお前の父親に言われながら、攻撃魔法の的にされたもんだ。……なあ、ダニエル? こんなふうに!」
レオは、魔導書を手にして、ページをめくり、呪文を唱えた。すると、突如として小さな雷が、ダミアンの背中に落ちる。空気を引き裂くような音を立てて、鋭い閃光を放った雷は、ダミアンの全身を痺れさせ、背中を焦がした。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ! パパアアアァァァ!」
ダミアンは、電撃の痛みで背中を反らした後、恐怖に駆られて、父親の元へと体を這いずりながら進む。息子の痛み苦しむ様に、ダニエルは、唇を噛む。
「レオッ! こんなこと、やめろ! その子は、まだ小さな子どもなんだぞ!」
「それが何だって言うんだ、ダニエル? 俺は、お前の息子なら、小さな子どもでも、傷付けるのに、全く心が痛まない。ダニエル、俺は、今、すごく楽しいぞ。昔、お前達が、俺を的にして遊んでいたときも、こんなに楽しかったんだなあ……」
「その子は、関係ないだろ! 痛めつけたいなら、僕をやればいいだろ!」
「いいや、関係ある。その子は、お前の大切な息子だ。その息子の苦しむ姿をお前に見せることで、お前を苦しませることが出来る。お前の苦しむ姿を見れるんだったら、痛めつける理由には十分だ。例え、それが小さなこどもであっても」
「そんな……!」
レオは、更に呪文を唱える。何度も、何度も呪文を唱える。呪文が唱えられる度に、小さな雷が、ダミアンの背中に落ち、幼い男の子の悲痛な叫び声が上がる。
レオは、哄笑する。ダニエルは、見るに耐えられず、目を瞑り、震える。
「も、もう、やめてくれ! レオ、今まですまなかった! 僕が悪かった! お前が、僕を恨むのももっともだ!」
ダニエルは、涙を滲ませる。
「僕はどうなっても良い……、だけど、その子は……!」
レオは、ダニエルの声に耳を全く貸すことなく、笑いながら呪文を唱え続け、ダミアンに雷を落とし続ける。
悲鳴を上げ続けるダミアンであったが、そのうち、いくら雷を落としても声を出さなくなる。ただ、雷に撃たれて身体が震えるだけとなった。
異変を感じたレオは、うつ伏せのまま動かなくなったダミアンの元に歩み寄る。そして、その様子を確認した。雷が落とされ続けた背中は、服が破れ、その肌も黒く焼け焦げている。その顔の方に目を移すと、白目を剥き、口から泡を吐き、そして、息をしている気配が無い。
レオは、念のため、屈み込んでダミアンの体に触れた。その幼い体は、冷たくなっていた。
「サマウス、これ……」
<もう死んでるぞ、そいつ。生命力を感じない>
「そうか」
レオは、残念そうに呟く。気絶しているだけかと思っていたが、どうやら、死んでいるようだった。
<魔法の加減を失敗したな。子どもの体力のことを考えるべきだったぞ>
「まだ少し、慣れなくて」
<それに、ほれ、足首の傷も放置するべきじゃない。いいか、長く楽しむためには、適度に治癒魔法を掛けてやらないと>
「そうだな、次からは、気を付ける」
レオは、彼だけに聞こえるサマウスの声との会話を終えると、死体になったダミアンを掴み上げて、ダニエルに見せつける。ダニエルの瞳に、苦悶に満ちて死んでいった愛しい息子の表情が、映る。
「死んだぞ、お前の子ども」
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「うるせえ」
ダニエルは、絶叫した。
「レオオオオォォォ! お前っ! 許さない! よくもダミアンを! 僕の息子を! お前、殺す! 殺してやる!」
「じゃあ、殺してみろよ」
「このおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ダニエルは、怒り狂う。しかし、全身に纏わり付く黒い触手に拘束され、身動きがとれない。ただ、芋虫みたいに体を捩じらせるだけだ。
レオは、掴み上げていたダミアンの死体を放り投げると、ダニエルの元へと笑みを浮かべながら近付く。蠢く黒い霧も、レオの背後に付いて来る。
レオは、ダニエルの目の前まで来ると、背後の黒い霧の中から、漆黒の刃物を取り出す。そして、その刃で、怒り狂って喚き散らすダニエルの片耳を切り落とした。
「いぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
ダニエルは、片耳を切り落とされた痛みに、表情を歪める。切り口から噴出した血が、彼の顔半分を汚す。身動きが取れない彼は、必死に体を捩じらせて、逃げようとする。その苦しむ様子を、レオは、楽しそうに観察した。
「ダニエル、お前は、自分の心配をするべきだ」
「あああぁぁぁ……っ! はあ……、はあ……!」
「いいか、お前は、死ぬ。俺が、殺す。それはもう決定している」
レオは、ダニエルの鼻の先に、漆黒の刃物を当て、宣言した。
「だが、お前には、あと一つだけ、選択肢がある。それは、楽に死ぬか、それとも、苦しんで死ぬかだ。俺の復讐に協力してくれなら、楽に死なせてやろう」
「何……だと……?」
「お前が知っている同期生の居場所を教えてくれないか? 俺は、全然知らなくてな。今まで会いたいと、少しも思わなかったし」
「そんなの知ってどうする気だ?」
「決まっているだろ。お前と同じ目に遭わせてやるんだよ」
レオは、残酷に笑った。
「そうだな……フェルスやクシェルあたりの居場所を知らないか? お前達、仲良かったろ? 仲良く俺をいじめていたよなあ」
「ふ、二人は……、僕の親友だ……、だから……」
「だから?」
「お前には……、教えられない」
ダニエルは、息を荒げ、涙と鼻水を垂らしながらも、勇ましく言い放った。レオは、鼻を鳴らし、刃物をダニエルの右肩に抉るように差し込んだ。
「がああああああぁぁぁぁぁぁ!」
血が噴き出し、ダニエルは、悶え苦しむ。黒い触手に拘束されている彼は、逃げることが出来ず、されるがままであった。
「教えてくれないか、ダニエル? 楽に死にたいだろう? __お前の生涯は、自分が楽に死ぬために、薄情にも親友を売るっていう無様な最期で幕を閉じるんだ。俺は、それがお前に相応しい結末だと思う」
「だ、誰が……!」
レオは、背後の黒い霧の中からもう一本漆黒の刃物を取り出し、今度はそれをダニエルの左肩に刺し込んだ。ダニエルの悲鳴が上がる。
「ああああああっ!」
「教えてくれないか、ダニエル?」
「ああああああ……っ! し、知らない!」
レオは、更にもう一本刃物を取り出し、それをダニエルの目の前でちらつかせる。
「ダニエル?」
「はあああぁぁぁっ! 知らない知らない知らない知らない知らない知らない!」
「そうか。でも俺は、お前が教えてくれるまで刺し続けるから」
その後、レオは、ダニエルの身体の色々な場所に刃物を刺し込んでいった。腕や足、頬や眼球、腹部や果ては股間まで。特に、男性としての急所を刺したときの反応が、凄まじかった。今度は、サマウスの助言通りに、適度に治癒魔法を掛けつつ、うっかり殺さないように注意しながら、痛み付けていた。
終わりの来ない苦痛に絶望したダニエルは、遂に、二人の親友の居場所を教えてしまう。次なる復讐相手の詳細な情報を聞き取ったレオは、満足した様子で、ダニエルを痛めつけることを再開した。
レオは、ダニエルとの約束を守らなかった。端から、眼前の復讐相手を楽に殺そうとは思っていなかった。「話が違う!」と泣き叫ぶダニエルを鼻で笑って、何回も何回も、刃物を突き刺した。
結局、ダニエルが息絶えたのは__息絶えることが出来たのは、朝日が出る直前くらいの頃になった。
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