第3話 憲兵との取引
ジローと名乗った憲兵の青年は応接間に通される。彼の態度は、捜査時の高圧的なものから打って変わって、幾分か柔らかくなっていた。
訪問の目的が分からなかった。単独で捜査の続きをしに来たのか。しかし、それにしては様子が変だ。いずれにしろ、アデルは警戒していた。
「メイド、ワイン持ってきて頂戴」
アデルは、応接間の椅子に腰かけるなりメイドにそう命じる。メイドの対応は早く、すぐにワインボトルとグラスを持ってきて、アデルの目の前のテーブルに置く。
「ジロー……だっけ? あなたも飲む?」
「いや、私は遠慮します……」
「そう、つれないわね」
「……余計なお世話かもしれませんが、子供のうちにお酒を飲まれるのは体にあまりよろしくないですよ?」
「若造、私はあなたより年上よ。不老の魔法で16歳で成長が止まっているだけよ」
「なるほど、不老の魔女というのも『赤リボンのアデル』の噂通りですね」
アデルはグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干す。そして、本題に入ることにした。
「それで、あなたの用事は何? 捜査の続きをしに来たっていう感じじゃないようだけど」
「私の願いを叶えて欲しいのです、アデル殿。『赤リボンのアデル』は、魔法の取引をすると聞きました。そして、どんな願いでも叶えてくれると」
ジローは強い眼差しをアデルに向けて、そう言った。
「……急ね。というか、あなたは私が『赤リボンのアデル』だってこと信じているの?」
アデルの魔法の取引において、実際のところ、アデルの方から積極的に取引相手に話を切り出していく場合がほとんどだ。いくら『赤リボンのアデル』の噂通りの恰好をし、自分がその魔女だと名乗ったとしても、信じてくれる人はまずいないからだ。大抵の場合、胡散臭い詐欺師かのように扱われる。
故に、向こうから話が持ち掛けられたのは、珍しく、アデルにとっては急な展開に感じられたのだった。
「正直、まだ半信半疑です。しかし、貴女がもし本物なら、ぜひ叶えてもらいたいことがあるんです」
「ふーん。……よっぽどの願いなのかしら」
本物か偽物か分からなくとも、本物である可能性があるなら、それに縋りたいといことだろう。たとえ小さな希望でも食らいついていく、という思いの強さがジローの瞳に宿っていた。
「私の父上の過去を見たいんです」
「ん? ……どういうこと?」アデルは、ジローの願いの内容を理解できず、首を傾げる。
「そうですね、少し長くなるのですが__」
それから、ジローはその願いの意味について話し始める。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジローの父親は、ルソル王国の英雄であった。戦場では無敵の強さを誇り、単騎で百騎分の働きを為すとまで評価され、軍神の子とまで言われた豪傑であった。軍人の鑑として褒め称えられていた彼だったが、ある事件をきっかけにその名誉は地に落ちることとなる。
ところで、ルソル王国には、古来より王城の地下にとある指輪が眠っている。古代の先王が、国に災いを齎したとされる悪魔を封印した指輪だ。代々王家がその指輪を守り、そしてその指輪を守る使命を引き継ぐことが王家の威信を支えるものにもなっている。
その悪魔の指輪は、国民は当然のこと、王家の人間すらも不用意に持ち出すことは禁止されている。そして、ジローの父親の起こした事件とは、この指輪を持ち出し、あろうことかその指輪の力を利用し、ルソル王国の第一王女と第二王女の殺害を図ったことである。結果として、第一王女への殺害は未遂で終わったものの、第二王女は指輪に宿っていた悪魔の力により四肢をばらばらに引き裂かれ死に至っている。
王族を殺害したこと及び悪魔の力に触れたことの罪状で、ジローの父親は大逆罪により、その地位と財産を剥奪されたうえ、民衆の前で四つ裂きの刑に処されることになる。彼は国の英雄から一変して、恐ろしき極悪人となったのだった。
「それが、私の父上の世間一般でいわれている話です」
ジローは暗い顔をしながら、そのことを話していた。
「父上の事件から、私の人生も大きく変わった。私は当時まだ6歳だったが、それまで一緒に遊んでいてくれた子たちも離れていったし、周囲の大人から極悪人の子どもだと陰口を言われてきた。一時期、反逆者の家族ということで母上と共に幽閉されたこともあった。私達親子は、王都から追い出され、世間から隠れるようにして暮らすようになりました」
ジローの語気は徐々に強くなっていった。これまで、自分が受けてきた惨い仕打ちを一つ一つ思い出しているような様子だった。
「今に至るまで、私達親子は酷い虐めや嫌がらせをずっと受け続け、母上は早くに亡くなりました。誰もが、私達親子を迫害し、そして、助けてくれる人はいなかった。私の人生はずっと暗いままだ……!」
アデルは黙ってジローの話に付き合っていた。彼女にしてみれば、他人の身の上話には少しも興味がなかったが、彼の話の中で気になることはあった。
「なるほど、あなたが、悪名高いジルの息子ってわけね」
「父上を知っているんですか!?」
「私はその悪魔の指輪に興味があってね。町の人にそのことについて聞いて回っていたのよ。真っ先に皆が口にしたのが、20年前の事件についての極悪人ジルと、エリザベート女王の話だったわ」
アデルがルソル王国に訪れた理由は、件の悪魔の指輪にある。
彼女が、各地を旅する理由は、主に二つある。まず、アデルにかけられている『赤リボンの呪い』を解くこと。そして、魔法が使えなくとくとも便利に旅を続けるためのマジックアイテムを探すこと。一国に災いを齎した悪魔の力を宿した指輪となれば、呪いを解く鍵となるか、あるいは、便利なマジックアイテムなのかもしれない。
「へえ……、思わぬ取引相手が来たものね……」
もしかしたら、目的のマジックアイテムに関係する情報が、このジローとかいう男から、何か聞けるかもしれない。アデルは、本格的に、彼との取引の検討に入ることにした。
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