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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第1章 被害者面の女王様が、冷たい床の上で土下座するまでのお話
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第2話 憲兵の捜査

 それから4日間、アデルはルソル王国で何事もなく暮らしていた。


 昼間は、王都を散策し、市場で適当に買い物をしたり、広場で住民と会話てしてある事の情報収集をしたり、小さな男の子達に混ざって遊んだりした。。夜になると屋敷へ戻り、メイド達が用意してくれた豪勢な食事を肴に上質なワインを飲んだ。ワインは屋敷の地下のワインセラーに数えきれないほど眠っており、一晩に4、5本ワインボトルを開けては、酩酊し、吸い込まれるようにベッドに身を埋める。そんな、日々であった。


 しかし、5日目の朝、突然の訪問者により、それまでのアデルの平穏な暮らしも終わることになる。


「ご主人様!」


 ベッドで行儀悪く寝ていたアデルは、メイドの一声によって起こされる。


「……うん、どうしたの?」

「その、……お客様がいらしています」


 寝ぼけ眼のアデルとは対照的に、メイドの声には焦燥感があった。まるで、何かから慌てて逃げ出してきたような様子だった。


「……客? ……わかったわ」と、寝起きの気怠さを露にした声色で、アデルは応える。それから、溜息を吐きながら明らかに苛立った様子で、ベッドをすり抜け、着替えをする。彼女は朝に弱い。起きて早々、用事にかられることが不愉快なのだった。


アデルとしては、もう少し寝ていたい。来訪者など無視したいところだ。しかし、メイドの慌てた様子から、不穏な空気を読み取り、対応しなくてはならないと思ったのだ。


 闇色のトンガリ帽子とローブを纏い、屋敷のエントランスに赴く。そこには、落ち着かない様子のメイド達と、“お客様”と思わしき数名の男達がいた。男達は、制服を身に着け、帯剣している。そして、屈強な体格に、厳格な表情で佇む彼らの様相から、アデルには一目見て、彼らが軍人であることが解った。


「なんか面倒なことになる予感……」


メメが呟きに、アデルが頷く。その目に警戒心が宿る。


「なんの用事かしら」


 アデルは、男達を観察しながら、ゆっくりと階段を下りていく。


 男達は、まず丁寧に頭を下げ挨拶をし、自分たちがルソル王国の憲兵であること伝える。そして、憲兵の男達のうちの一人、額に目立つ傷跡がある黒髪の精悍な顔つきの青年が、アデルの前に出る。


「我々の用件は、オーリィ婦人についてのことだ」


 青年の憲兵は、やや高圧的な態度で、鋭く、探りを入れる目つきで尋ねる。


「オーリィ婦人? え、誰?」


 アデルが、聞き覚えのない名前に首を傾げる。


「ここの屋敷の主だったおばさんの名前だよ、アデル。契約書にも彼女の名前が書かれていただろ」とメメが教える。


「うーん、そうだっけ……。見た目が強烈過ぎて名前なんて気にしてなかったけど。

ねえ、憲兵さん、オーリィ婦人って、あのひどい太りかたしたおばさんのこと? しゃべる贅肉みたいな」

「う、うむ。おそらく間違っていない」


 青年の憲兵は首肯する。アデルの歯に衣着せぬ表現には、頷くのをやや躊躇したが。


 青年の憲兵は質問を続ける。


「貴女が今この屋敷に住まわれているようだが、ここはオーリィ婦人が所有しているはずだ。彼女はどうしている?」

「私がこの家を貰ったの。今は、私がこの家の主よ、なんなら契約書を出しましょうか」


 アデルは、ローブの内から、オーリィ婦人と交わした契約書を取り出す。こんなこともあろうかと、契約書を持ってきたのだった。


 憲兵は契約書を受け取り、目を通す。


「__確かに、この契約書によれば、オーリィ婦人は貴女にこの屋敷を譲られたようだ。では、彼女は今どこにいる?」

「そんなこと知らないわよ。私はこの家を貰っただけ。後のことは何にも、聞かされていないし。少なくとも、ここにはもういないわよ」


 憲兵の、探り入れる目つきは変わらない。


「貴女が言うように、この屋敷にいないのならば、婦人は外出したことになる。しかし、町の者に婦人を見たものはいない。外出したなら婦人を目撃した者がいそうなものだ。婦人の容姿は目立つし、誰もが知っているからな」

「婦人は体重を減らして見た目が変わったわ。町の人が婦人を婦人と分からなかったんじゃないの? ほら、その契約書を見てみて。私が彼女の体重を魔法で減らしてあげたのよ」


 アデルは即座に反論してみせた。一方、黙って成り行きを見守っているメメは、ひやひやしていた。


「魔法で体重を……?」

「そうよ。私は魔女。あの有名な『赤リボンのアデル』よ」


 アデルは、胸の赤リボンを見せつける。


「……」


 青年の憲兵は、じっとアデルを見つめる。何か考えている様子だった。彼は、しばしの沈黙し、その後、口を開く。


「……貴女のことは既に町の者達の間で噂になっている。この国に『赤リボンのアデル』が来たと。確かに、貴女は言い伝え通りの恰好をしている。……しかし、貴女が本当に『赤リボンのアデル』なら、この契約書に書かれているような人の体重を減らす魔法を見せてもらいたい」

「それはできないわ。私の魔法は貴重なの。なんせ、一週間に3回しか魔法をつかえないから。それに、さっきから、そちらの質問の意図がよくわからないわ。とにかく、ここにあの婦人はいないから、彼女に会いたいならどこか別のところを探せば?」


 アデルが意地悪く微笑むと、憲兵の表情に苛立ちが混じった。


「率直に言おう、我々は貴女がオーリィ婦人を殺害したのではないかと疑っている。町では既に、『赤リボンのアデル』がオーリィ婦人を殺し、屋敷を奪い取ったと噂されている。我々は、そのことを調査しにここに来たのだ」

「ひどいわ! 傷つくわ……。人殺しなんて……」


 言葉とは裏腹に、アデルは余裕のある笑みを浮かべていた。


 アデルには、憲兵がオーリィ婦人殺害の証拠を掴めないとの自信があった。オーリィ婦人の遺体等を捜索するつもりなのだろうが、彼女は皮膚の一かけらも残らず消し去られている。唯一不安なのが、殺害を目撃しているメイド達の証言だが、アデルの恐ろしさを目の当たりにした彼女達は、簡単には口を割らないだろう、……と思う。


 それに、まだ魔法を行使できる回数に余裕がある。いざとなれば、魔法を使って強行的に危機的状況を打破できるのだ。


「でもお気になさらず! 魔女をやっていると良くない噂が立つものですから慣れっこですわ」

 芝居がかった言い方が、憲兵達を挑発しているようだった。


「こちらもまだ貴女を殺人犯と決めつけているわけではない。だが、町の者達の間で良くない噂が流れている以上、こちらも無視できなくて、な。一応、屋敷内を調査させてもらう」

「どうぞご自由にー」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 それから憲兵達による屋敷内の捜索が行われた。広い屋敷の隅々を、僅か数名憲兵が調査する。メイド達に対する取調べも行われていた。その間、アデルは外出禁止を命じられ、監視役の憲兵を置かれていた。


「ハア……これ何時まで続くの?」


 調査が開始されてから既にそれなりの時間が経過している。もう昼頃だ。アデルは、応接間の椅子に腰を下ろし、ずっと静かにしている。退屈過ぎて溜息が出た。


「ねえ、憲兵さん、屋敷を調べまわるのはいいけど、捜査のための人員が少なすぎない? この屋敷こんなに広いんだからもっと大人数で来なさいよ。日が暮れるわ。馬鹿じゃないの?」


 アデルは、監視役を任されている憲兵に悪態を吐く。憲兵は、それまで微動だにせず、彼女の傍らで直立していた。


「我々の班の人数はこれだけしかないのだ。しょうがない」

「だったら他の班の人達とも協力するとか、何とかして人員増加できないの? のろまね」


 その言葉に、憲兵はやや表情を曇らせた。


「こちらにも事情があるのだ。……あの班長の下だと苦労する」

「……班長がどうかしたの? 班長って、あの額に傷がある黒髪の人よね」

「そうだが」

「彼がどうかしたの?」

「……」


 これ以上喋りたくないと言わんばかりに、憲兵は険しい表情をして口を閉ざした。アデルにとっても、憲兵の組織内部の事情にそれほど興味があるわけではないため、それ以上問わなかった。とにかく、屋敷の調査は長引きそうだ。アデルは、メイドに命令してワインを持ってこさせ、気長に待つことにした。


 そして結局、捜査が終了したのは夕日が現れ始めた頃だった。捜査の結果、事件を疑わせるような物は発見されなかった。また、一番の懸念事項であったメイド達の取調べから、何か有力な情報が聞きだされることもなかった。


 憲兵達が引き上げていく際、あの額に傷跡がある黒髪の憲兵が「また後ほど伺うかもしれない」と述べたのに対して、アデルは皮肉っぽく笑って「あきらめが悪いわね」と返した。


その憲兵の言葉は、本格的な捜査はまた後日行う予定だ、という意味と思った。しかし、このときアデルは、その彼の言葉の真意に気付いていなかったのだった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 憲兵の捜査が終わった後、アデルは、ワインボトルと数本開け、ボトルから直接口にワインを流し込んだ。


「やっと解放されたわ!」


 ボトルに入っていたワインを一気に飲み干したところで、アデルは嬉しそうに叫んだ。


「嫌がらせのように長い時間拘束されたわ、もー腹立つ!」

「自業自得だよ、アデル。今回はあまりにも軽率だったんじゃないか。君に命の尊さを理解してもらうことは期待していないが、殺人をすれば厄介なことになるってことぐらいは理解しようね」

「帽子が説教するな」


 アデルは反抗を示すため、トンガリ帽子のメメの天辺部分を強く握り締める。ちなみに帽子であるメメに痛覚はなく、どのように乱暴をされても痛みは感じない。


「しっかし、もうここも潮時ね。長居するつもりはなかったけど、ちょっと残念ね。良いワインがまだたくさんあるけど、流石にあと数日じゃ飲み干せないわ……あーあ」


 あの憲兵達がオーリィ婦人殺害の証拠を掴めるとは思っていないが、目を付けられたのは確かだ。面倒なことにならないうちに早々に立ち去るのが賢明だ。


「僕は、君にささやかな報いが訪れてくれて嬉しいよ」

「人の不幸を喜ぶな」


 アデルはもう一度、メメを強く握り締めた。


 それから、アデルは少し早いが食事を用意するようにメイド達に命令する。そして、ワインセラーに行き、その場で数本ワインボトルを開け、飲み干す。とにかく、屋敷を去るまでに、できるだけ多くワインを飲んでおきたいのだった。その後、食事とともに嗜む用のワインを数本選んでから食卓へ赴いた。


 アデルがワインセラーでワインを飲んでいる間に食事は完成したらしく、食卓には豪勢な料理の数々が並んでいた。既に酒の酔いが回っていたアデルは上機嫌で次々に肉や魚を頬張り、ワインで流し込んでいった。


 アデルの酒盛りは食後も続く。流石にメメが飲み過ぎだと注意するが、アデルは全く聞く耳を持たない。そんな中、メイドが来客を告げた。


「こんな時間に誰よ?」


 もう夜中であった。


 アデルは気怠そうに、酒酔いが回る体を引きずりながら、エントランスの方に向かう。そして、そこにいた客人を見て、怪訝な顔になる。


「あなた……確か……」


 客人はたった一人。額に目立つ傷跡がある、精悍な黒髪の青年。見覚えのある顔だった。ルソル王国の憲兵の制服を纏い、帯剣している。そう、屋敷の捜査をしていた憲兵の一人だった青年だ。


 その憲兵の青年は、アデルを見るなり丁寧にお辞儀をする。


「夜分にすいません。私、ジローと申します」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


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