第3話 博愛主義の女王
約50年前、フィール王国。
フィール王国は、精霊の森を巡って、ゴブリンのロブ王国と戦争をしていた。
開戦のきっかけは、ロブ王国のゴブリンの軍勢が、条約を破って、精霊の森の西の平原に押し寄せてきたことだった。突然の侵攻に戸惑ったフィール王国だったが、西方の城塞に配置されていた監視役のエルフ兵の適切な働きによって、敵軍を撃退した。
そして、ロブ王国の侵攻は、一度撃退されただけでは終わらない。その後も、何度も繰り返し、ゴブリンの軍勢が精霊の森に目掛けてやって来るのだった。
フィール王国は、ゴブリンの軍勢を悉く打ち破り、撃退せしめていた。その力の差は圧倒的。毎回5000を超えて現れるゴブリンの大軍を、西方に集結した1000に足らないようなエルフの兵団で、追い返し続けるのだった。そして、それまでに、フィール王国の兵士で、死亡した者は皆無で、負傷者も100を超えない。
戦況は、圧倒的にフィール王国が有利、のように思えた。ただし、問題がないわけではなかったが。
「やはり間違っています、陛下!」
謁見の間で、玉座に腰を下ろしているイーディア女王に、リアリスが言い放つ。
「敵の追撃を行わなければ、何時になっても戦争が決着しません!」
必死でそう訴えかけるリアリスを、イーディア女王は、頷くことも無く、若干呆れた表情をして見つめていた。意見など毛頭聞くつもりもない、といった様子だった。
「追撃しなければ、敵の戦力を決定的に削ぐことは出来ないし、敵地に攻め入らなければ敵に重大な損害を与えることは出来ません! その事をお分かりにならないのですか!? 戦力がある限り、敵は侵攻を続けることが出来ます! 損害を与えない限り、敵は、戦争を止めようなどとは考えません!」
イーディア女王は、首を横に振る。
「そんなことはありません。撃退し続けていれば、いずれ相手は、侵攻が無意味である事を悟り、矛を収めるでしょう。わざわざこちらから打って出る必要はありません。」
「そのいずれとは何時のことですか!?」
「いずれかは断定出来ません。ですが、その何時かは必ずやって来ます。何度も失敗する事に労力を費やそうは考えないですよね?」
イーディア女王の落ち着いた話口調が、むしろリアリスを苛立たせる。まるで自分が出来の悪い生徒で、教師に教え諭されているようだった。
「その何時か、というのが非常に大事なのです! まさか、今の戦争を1000年、2000年、いや、1万年でも続けようと考えていらっしゃるのですか!?」
「まさか……」
その大袈裟な数字を言い出してきた事に、イーディア女王は、嘲笑で返した。
「陛下、我が国とて、戦力には限りがあります。いつまでも戦争を出来るわけではありません。それに、現在はまだ大した損害を受けていないものの、戦争が長引けば、どのような不測の損害生じるか分かりません」
「我が国とロブ王国の力の差は歴然。何を怯えているのですか」
「怯えてなどいません! 不測の事態について警告しているのです! そのような事態が起きる前に、早期に戦争を終結させるべきなのです!」
リアリスは、声を荒げる。
「現在陛下が我が軍に許している戦術は、あまりにも酷過ぎます! 控えめに言って、狂気の沙汰! 陛下、我々は戦争をしているのですよ! 敵は我々を殺しに掛かり、そして、我々は敵を殺さなくてはならないのです!」
イーディア女王は、その権限に基づき、軍に武力行使の制限を命じていた。
フィール王国のエルフの兵士達は、原則として殺傷能力の高い武器や魔法の使用を禁止され、例外的にやむを得ない場合においてのみ、最小限の殺傷行為を許されていた。
リアリスに言わせてみれば、イーディア女王には、戦争をしていることの認識が著しく欠如していた。まるで、戦争を、部屋に迷い込んでしまった虫を外に追い出すことと同列に考えているようであった。
その女王の命令に、当然のことながら現場の兵士達は苦労を強いられることになる。用いることが許される戦術は、極めて限定されていた。
そして、その限られた戦術の中、現在、主に用いられているのが、幻術と眠り薬による戦術だった。
西の平原から大軍で押し寄せてくるゴブリン兵に、魔法で恐ろしい幻覚を見せつけるのだ。炎が降りかかってくる幻覚や、悪霊やら竜が襲い掛かってくる幻覚など、恐怖し思わず逃げ出したくなるような幻覚を見せつけ、敵軍を混乱に陥れる。
魔術に長けたエルフが繰り出す幻術は完成度が極めて高く、その幻覚は、敵の痛覚にも影響を及ぼす程のものだった。しかも、それを、遠距離から広い範囲にわたって行使することが出来るのだった。
このエルフの幻術によって、ゴブリンの軍の統率は一気に崩れる。逃亡する兵士や、平静を失って同士討ちを始める兵士が多く出て、まともに戦闘が出来る状態のゴブリンは僅かとなる。
そして、城塞の前に辿り着いたゴブリンには、城内のエルフ兵から眠り薬の粉が振り撒かれる。使用される眠り薬は、エルフの秘術で作製される効果抜群の魔法薬。そして、魔術に熟練している兵士が魔法で風を操ることによって、その眠り薬は風に乗って、城内の安全場所から素早く確実に、敵の鼻孔へと送られるのだ。
幻術と眠り薬によって、城塞に立ち入れるゴブリンはほぼ皆無となる。後は、城塞前で眠りに落ちたゴブリンを捕縛して、戦闘修了となる。殺傷能力の高い武器や魔法の出番はないというわけだ。
そして、イーディア女王は、現場の兵士がそのように上手くやれていることを承知していた。
「殺す必要は、必ずしもありません。確かに、殺さなければこちらが殺されるのであれば、やむを得ないかもしれません。しかし、我々エルフの力は圧倒的です。しかも、こちらは堅牢な城塞を構えて迎えているのです。彼らを殺さずとも、撃退することは容易です。現に、我が軍は上手くやっているではありませんか」
「陛下、それは違います!」
リアリスは、そのことで色々言いたいことがあった。
「我が軍の戦術が上手くいっているのは、敵が、平原という見晴らしがきく場所から、まとまってやって来るからです。我々の戦術は、それ以外の場面では通用しません。
それに、幻術で敵を混乱させるのも限界があります。幻術は、所詮、敵に幻を見せるに過ぎないこと。いつまでも、敵がそれに惑わされてくれるとは思えません。また、使用している眠り薬についても、敵が何か対策を講じてくる可能性もありますし、無限に作製できるわけでもありません。したがって、我々は、現在の戦術が通用しなくなった場合を想定しなくてはならないのです!」
イーディア女王は、リアリスの訴えに何も答えない。微塵も反応を見せない。それでも、リアリスは、言葉を続ける。
「実際に、我が軍に負傷者が出ているのです! 眠り薬で昏睡中のゴブリンを捕縛しようとした兵士が、十分に眠りについていなかったゴブリンから攻撃を受け、危うく喉を掻き切られそうになったそうです。眠り薬も決して完璧ではないのです。そして、反撃しようにも、陛下が殺傷行為を原則禁止しているため、攻撃に躊躇し、たかだかゴブリン1匹に相当手間取ったと聞きます。
また、城塞の監視を少人数ですり抜けてきたケースや、撤退したと見せかけて再度攻めてきて不意を突かれたケースもあります。
そのようなケースが複数あるのです。我々の現在の戦術だけでは、大きな欠陥を抱えていると、言わざるを得ません!
陛下、せめて、そのような事態には殺傷行為が許されるということを、明確にしてもらえないでしょうか? その他、攻撃力の高い魔法であっても、使用を許しても良いと考えるものがあれば、明確にしてもらえないでしょうか?」
「……」
イーディア女王は、やはり何も答えない。リアリスの表情の苛立ちが濃くなった。
「陛下、何故、何も答えてくれないのですか!? 貴女は、現場で戦っている兵士達の苦労や不安を分かっているのですか!?
そもそも、エルフの王たる貴女が、戦場に立たず、その玉座で呑気に座っているのがおかしいのです! 歴代の王達は、戦場で兵を導き、代々継承されてきたエルフの魔法の力で敵を蹴散らしてきました! それなのに、貴女は……。
現場の兵士達の中には、陛下に見放されていると感じる者も少なからずいます。これは、彼らの士気に関わる重要なことですよ、陛下!」
「……貴方、何か勘違いしていませんか?」
イーディア女王が、口を開き、冷たい声でそう言った。
「私は、貴方の意見を聞くために、此処へ呼び出しているわけではありませんよ」
「……陛下、私は、王国騎士団長として、言うべき事が……!」
「黙りなさい」
イーディア女王は、リアリスの口を封じるように、鋭く言い放った。
実は、リアリスが女王の前に呼び出されているのは、女王に戦争についての意見を具申するためではなかった。
「リアリス騎士団長、此度の貴方の命令違反、とても看過できるものではありません。しかも、調べてみれば、貴方、他にも命令違反をしているそうではないですか。法を破った罪人として、私の前に立つ気分はどうですか?」
「そんな!? 罪人とは……」
「事実ではないですか」
そう、リアリスは今、戦場における命令違反を理由に、呼び出されていた。彼は、禁止されているはずの、ゴブリンへの殺傷行為を犯したのだった。
「偵察と騙り、彼らの野営地に乗り込み、暴れたこともあるとか。何と、悪質な……」
「い、威力偵察というやつですよ」
「命令で、殺傷行為は禁止しているはず。貴方は、何を言っているの?」
確かに、命令違反には違いなかった。リアリスとしても、その事は十分に認識しており、引け目は感じていた。しかし、それでも、言うべきことがあった。
「奴らは、北西に野営し、軍を集結しつつあります。その数は、おそらく1万以上の規模です。これを放置することなど出来ません! したがって……」
「それが言い訳になると思っているのですか?
それに、貴方、これまでも何度か、撤退していくロブ王国のゴブリンを追撃したことがあるそうじゃないですか。現場の兵士から報告が上がっていますよ」
「……敵戦力を……、いえ、その……幻術が十分に効いていなかったので……」
「もういいです」
イーディア女王は、溜息を吐く。
「私は、貴方のつまらない言い訳を聞きに呼び出したわけでもありませんよ。今ここで、貴方と、__そして、貴方の作戦に関わった騎士団の者達に命令違反の罰を下すことを告げるため、呼び出したのです」
「なっ……!? ぶ、部下は、関係ないでしょう! 彼らは、私の命令の下で動いたに過ぎません! もし責任があるなら、私が……」
リアリスは動揺した。自分に対しての罰が免れないことは、ある程度覚悟していた。しかし、まさか、自分の命令に従ったに過ぎない部下までもが、罰を受けるとは思っていなかったのだ。
「騎士団の者達にも、私の命令は行き届いているはず。彼らは、それを分かって破ったのですよ」
「ですから、それは、私が命令して……」
「関係ありません。命令違反は、命令違反です。厳格に、裁かれなくてはなりません。……全く、不幸にも彼らは、嫌な団長を持ったものですね」
「そんな、陛下……!?」
そして、イーディア女王は、リアリスに罰を下す。
「リアリス、女王の名の下、命令違反の罰として、貴方に対し、王国騎士団長の地位の罷免を宣言します。加えて、此度の戦争が終結するまでの入牢を命じます。__さあ、その罪人を連れて行きなさい」
イーディア女王の命令により、部屋の隅で控えていた兵士が、リアリスを牢屋まで連行するため、歩み寄る。リアリスは、近寄ってきた兵士を、荒っぽく振り払う。
「私に触るなっ! 私は、罪人ではない! 牢になど入るものか! クッソ! 下がれ、お前たち! 私は王族だぞ!」
「構わずその者を捕らえてください!」
抵抗してくるリアリスに、兵士達が戸惑う。
それから、リアリスと兵士達の揉み合いが繰り広げられる。リアリスは、目に怒りを滾らせる。すっかり、逆上していた。罪人と罵られて、すんなり引き下がるわけにはいかなかった。
やがて、イーディア女王は、そのやり取りに痺れを切らす。
「これ以上抵抗するならば、本当に反逆罪で死刑に処しますよ! 貴方のしでかした罪に鑑みれば、随分と軽い罰ではないですか。大人しくしなさい!」
「何が反逆罪だ! 陛下っ! 貴女、いったい何を考えているんだ!」
リアリスの言葉は、荒っぽくなっていった。
「我々エルフの同胞と、神聖な精霊の森を犯してくる、あの醜い小鬼共に、何故、そこまで肩入れする! 奴ら殺さず、生かしておく理由は何ですか!? 殺さず、捕虜にしておくのは!? 溜まった捕虜のために、わざわざ収容所まで設けて! 何故っ!」
「尊い命だからですよ。彼らも、我らエルフと同じく、尊い命を持っているのです」
「我らエルフと同じ、だと……!?」
リアリスの表情が歪む。イーディア女王のその言葉が、彼にとっては虫唾が走るといった様子だった。
「陛下の、そのような馬鹿げた博愛主義に毒されたお頭に、振り回される我々の身にも成ってください!」
「リアリス……、貴方のその、救い難い、ゴブリンに対する歪んだ憎悪と偏見……、ご自分では、その自身の醜悪な心に気付いていないようですね。つくづく嫌になります、貴方のような男が、私の肉親だなんて……。
牢の中で少し頭を冷やして、自分を見つめ直してもらえれば良いのですが……」
そうこうしている内に、兵士達がついにリアリスの両手を拘束することに成功する。
リアリスは必死に拘束から逃れようと暴れるが、数人掛かりで抑え込まれ、そのまま部屋の外へ引きずり出されようとしていた。
「やっ、やめろ! クソッ! 離せ! 離しやがれ!」
リアリスは叫び続ける。涙を流し、イーディア女王に叫ぶ。
「こんな……! 姉上! 俺は、……この国のためを思って! 姉上っ!!」
「……貴方など弟ではありません」
イーディア女王のその冷たい言葉を最後に、リアリスは、謁見の間の外へ連れ出された。
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