第1話 串刺し女王
フィール王国は、エルフの国。その国は、“精霊の森”と呼ばれる森林から東に位置している。
エルフという種族が国を形成することは、珍しいことであった。
エルフと言えば、耳が長く尖っているという身体的特徴や、とても長寿なことや、魔術に長けているということの他、世俗離れした存在ということで有名だった。
エルフは通常、森林や渓谷などの自然の中に溶け込むように暮らしている。エルフの中にも、集団で生活を営む者達もいるが、大抵は小さな農村程度の、小規模の集団を形成するに過ぎない。
それに対して、フィール王国に属するエルフは、数万人程度。民を統べる王がいて、城を築き、町を作り、統治機構や軍隊などの組織を整備しているのは、人間の国家と同様。その王城と城下町は、立派な石造りで出来ており、大自然の木々に囲まれて生活をするというエルフのイメージに反するものであった。
そのフィール王国の王城の謁見の間に、一人の魔法使いの少女がいた。悪魔的な煌めきの長い金髪と赤い瞳の容姿に、闇色のローブとトンガリ帽子、そして、その胸に目立つ赤いリボンを身に着けた少女。
『赤リボンのアデル』が、フィール王国に来ていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アデルが通されたのは、謁見の間。硬質な石造りの床に、鮮やかな赤い絨毯が一本敷かれている。壁や柱を一瞥してみれば、そこには精緻で芸術的な彫刻が施されていた。
つくづく、エルフらしからぬ城内だと、アデルは思った。歩いてきたフィール王国の城下町も、ほとんど石造りで、高い建物がちらほら存在していた。
そして、赤い絨毯の左右には、鎧を纏い、剣を携えたエルフの兵士達が、厳然と表情を固め、静かに立ち並んでいる。その兵士達の様子から、フィール王国の軍隊の質が、人間のものに決して劣らないことが窺えた。
「ようこそ、フィール王国へ、旅の人」
赤い絨毯の先の玉座に座るエルフ女性が、挨拶をしてくる。気品溢れるドレスを身に纏い、そして、その頭には王冠を戴いている。
「こんにちは。あなたがこの国の女王様ね」
「はい。フィール王国女王、イーディアと申します」
金髪碧眼の美女だった。エルフには美男美女が多いと言われるが、イーディア女王の美貌には、思わず息をするのを忘れて見惚れてしまう程である。
白磁のように曇りない肌に、艶やかに煌めく長い金髪、そして、宝石のように透徹な碧眼。
可憐で冒し難いその容姿からは、アデルが噂で聞いていた彼女の異名に反した、天使の如き純粋無垢な印象を覚える。
噂で聞いたイーディア女王の異名、それは、“串刺し女王”と言うおどろおどろしい異名。
「私は、万能の魔女『赤リボンのアデル』。お会いできて嬉しいわ、イーディア女王陛下」
「……なるほど。貴女が、あの『赤リボンのアデル』」
「あら? 私が、『赤リボンのアデル』って信じるの?」
イーディア女王は頷く。
「ええ。私は魔法の力に長けていて、人の魔力を敏感に感知することができるのです。そして、貴女から、……正確には、貴女のその胸に着けたリボンから、尋常ではない魔力を感じ取れるのです。おそらくは、そのリボンこそ、『赤リボンのアデル』の万能の魔法の力の源」
「へえ。このリボンのこと分かるのね」
アデルは、素直に感心した。エルフは魔術に長けている、という噂はどうやら本当のようだ。
そして、何より助かるのは、自分が本物の『赤リボンのアデル』だと信じてもらえるために、面倒なことをする手間が省けたことだ。
「しかも、見たところ、そのリボンは、呪われているのではないでしょうか?」
「ほほー、そんなところまで分かるのね! そうよ、この『赤リボンの呪い』のせいで、魔法を使える回数が制限されているし……、あと、これ外してもすぐ戻ってくるから、着替えのときとか大変だし、お風呂とか入るときとかも、裸にこのリボン姿で何か恥ずかしいのよね……」
アデルは、胸の赤いリボンを外して、実演して見せた。
滑らかな布同士が擦れ合う音と共に、赤いリボンがアデルの首元から外され、思いっきり宙へと放り投げられる。リボンは、投げ出されるがまま、勢い良く宙で広がり、それから力を失って、はらりと地面に落ちようとする。
だが、リボンは、地面に触れる寸前で、泡沫が水に溶けて形を失うように、光の粒子を振り撒いて跡形もなく消え失せた。そして、数秒もしないうちに、突如、アデルの首元に光が渦巻き、気付けば、例の赤いリボンが付け直されていた。
「ね、この通り。厄介なリボンなのよ」
「なるほど。やはり、呪いのアイテムでしたか」
「しっかし、エルフってすごいわね。これは、期待できそう」
アデルが、フィール王国にやって来たのは、明確な目的があってのことだ。その目的とは、エルフと魔法の取引をすることだ。
魔術に長けていると言われるエルフならば、呪いを解く手掛かりか、それとも、なにか便利なマジックアイテムを持っているかもしれない。そして、フィール王国のエルフは、ある程度人間との交流を持っており、人間の文化に理解があるため、取引相手としてやり易いと言える。
そういう訳で、アデルは、フィール王国のエルフを次の取引相手にすると決めたのだった。
「イーディア女王陛下、私がこの国に来たのは、あなたと魔法の取引をするためなのよ」
「『赤リボンのアデル』は、魔法の取引をする。そして、どんな願いでも叶えてくれる。そのような噂がありますよね」
アデルは頷く。話が早くて助かる。
「そうなのよ。あなた達エルフは魔術に長けていると聞いたから、魔法の取引が出来ないかと訪ねてきたのよ。あなた達なら、この忌々しい『赤リボンの呪い』を解くことができるんじゃないかと思って」
「なるほど。確かに、我らエルフは、人間には無い、エルフの秘宝や秘術を持っています。もしかしたら、その呪いのリボンも、解呪することができるかもしれません」
イーディア女王のその答えに、アデルは、期待で目を輝かせる。
「いいわね、女王様! それじゃあ、早速、取引の交渉に入りましょうよ。私は、万能の魔女。何だってあなたの願いを叶えてみせるわ!」
「……」
「……女王様?」
一瞬、イーディア女王が沈黙した。その表情に僅かながら曇りが見えた、気がした。
「それならば、アデル殿、是非頼みたいことがあります」
イーディア女王とアデルとの間に、男性の声が割って入る。玉座の横で控えていた、男性のエルフが、急に前へ出てきた。
「あなたは……?」と、前へ出てきた男性エルフに、アデルが問いかける。
「私は、リアリス。フィール王国国王最高補佐官兼王国騎士団長を務めております。以後お見知りおきを」
リアリスと名乗った男性エルフは、丁寧にお辞儀をする。
金髪碧眼の美男だった。その仰々しい肩書に相応しい、立派な意匠が凝らされた鎧を纏い、その表情は厳かで、佇まいに隙が無い。そして、その顔立ちは、どこかイーディア女王と似ていた。
「女王陛下、私から説明しても宜しいでしょうか」
リアリスは、イーディア女王にそう一言了解を得ておく。イーディア女王は、頷いて了解するが、その表情には、どこか影があった。
アデルは、その二人のやり取りに若干違和感を覚える。
リアリスは、説明を始めていく。
「我が国は、西にある“精霊の森”について、重大な問題を抱えています。アデル殿は、精霊の森の事はご存知でしょうか?」
「まあ、多少は」
フィール王国の西に存在する“精霊の森”と呼ばれる森林について、アデルは、この国に訪れる前に、北方に存在する人間の町にいた人達から、予め色々聞かされていた。
精霊の森__ちょうど、フィール王国の西に存在する広大な森林。多くの精霊がその地に宿ることから、そのように呼ばれている。その森林の自然は精霊の力によって育まれ、森林内部には貴重な資源が豊富に存在するという。
そして、その森林の資源が魅力的過ぎるが故に、多くの者が踏み入るようになり、荒らされるようになった。
フィール王国は、この精霊の森を守護するために集ったエルフが建国した、という歴史を持つ。フィール王国が、精霊の森のすぐ東に存在するのはこのためである。
精霊の森を巡って、過去数百年の長きに渡り、紛争が繰り返されてきた。具体的には、フィール王国のエルフと、北方の人間、そして、西方のゴブリンの、森林の貴重な資源を巡っての紛争だ。各種族は武器を取り争い、夥しい流血の果て、紛争は現在、エルフが精霊の森の管理権を有することで落ち着いている。
現在、フィール王国は、王城や城下町の他、精霊の森の東西南北それぞれ位置に、見張りのための長い城塞を築き、多数の監視役を配置して、森の守護を一層厳重にしている。
「我らエルフは、森を守るため、北の人間達、そして、西のゴブリン達と戦い、勝利してきました。今、あの森は、我が国の管理下にあります。
北の人間達とは、森の資源を一定量譲渡する代わりに森林の管理権を我が国に認めさせる講和条約を締結しており、両国とも当該条約を遵守し、人的な交流もあり、それなりの友好関係を保っています。
ですが、ゴブリン! あの野蛮で、悍ましい小鬼共!」
リアリスの声色に、急に、怒りが混じった。
“小鬼”とは、ゴブリンに対する蔑称である。
ゴブリンの身体的特徴としては、肌が暗い緑色で、鼻と耳が長く尖っており、目が獣のように鋭く、体躯が人間より一回り小さい、といったことが上げられる。その容姿は、確かに、小鬼と蔑まれるのもやむを得ないものであった。
もっとも、そのような容姿のゴブリンであるが、一応知性は有しており、言語能力を持っている。したがって、人間やエルフとコミュニケーションを取ることは出来る種族ではある。また、彼らは、国を形成し、文明を発展させ、独自の社会を築き上げている。
「当初、ゴブリン共とも、同じような内容の講和条約を締結していたのですが、奴ら、あっさりそれを破って、森の資源を奪いに侵入してきたのですよ。それから、奴らとは、また幾度か戦争になりました。
そして、約50年前に、我らエルフが徹底的にゴブリン共を打ちのめし、精霊の森とゴブリン山の間にある平原の中央を境界線にして、許可無く立ち入ってこないように条約を締結させました。
この条約は、ゴブリン共も、最初は守ってくれました。我らエルフの力の恐ろしさを思い知ったのでしょう。しかし、それも10年前くらいまでの話……」
リアリスは、苦虫を嚙み潰したように、表情を歪める。
「奴ら、また精霊の森に侵入して、資源を奪い取るようになったのですよ。最初は、2、3匹のゴブリンが、森で目撃される程度でした。しかし、徐々に大勢でやって来るゴブリンが増え始めてきたのです。
奴らに、条約違反だと、抗議しました。そして、戦争も辞さないと伝えました。ところが、奴らは、国として命令して行なっているわけではなく、掟を破っている不届き者が勝手にやっていることだから、条約を破っているわけではないと主張してくるのです。国が主体となって行った行為ではない、とか何とか理屈を捏ねて。
小鬼風情が、何という屁理屈を! まるでまともな知能があるかのような、小賢しい反論をしてきたのです!」
アデルは、不覚にも笑いそうになった。
低能な種族と揶揄されるゴブリンだが、案外面白いことを言うものだと思った。
条約とは、国と国とを当事者とした合意であり、国の意思決定に基づいて行われた行為、すなわち、国が主体となって行われた行為でなければ、条約を違反する行為になり得ない。そのような見解に立つのであれば、国の掟を破って行われた者の蛮行は、国が主体となって行われた行為ではないため、条約違反行為になることはない。
そのような理屈を振りかざすゴブリンにもそうだが、それに振り回されるエルフにも滑稽さを感じざるを得ない。
「我が国としては、境界線を侵犯してくるゴブリンには容赦しない、と脅すぐらいのことしかしませんでした。また、奴らとしても、掟を破った者は厳格に処罰していくだとか、国の統制を強化していくだとか、もっともらしいことを言って、あくまで戦争という大事には発展させないようにしていました。
ですが、森への侵入者は、それからも増えていったのです。しかも、馬車を連れ、武器や防具の装備も万全にして、隊列を組んで、組織的に侵入して来るのです。国が関与していない、という奴らの言い分なんか信用できません。命令して行なわせているか、積極的に支援しているか、少なとも、黙認しているとしか思えません。
そして、奴らの狼藉を許しているうちに、事件は起こったのです」
リアリスの唇が、一瞬、怒りの感情で震える。
「約半年前、精霊の森に在住している我が同胞が、侵入してきたゴブリンの一団に襲われたのです! 幸い、死者が出なかったものの、数名が重傷を負い、住処には火を放たれました。その事件で、遂に、我々の堪忍袋の緒が切れたのです。いえ、目が覚めた、と言った方が良いでしょう。
フィール王国は、奴らに宣戦布告を叩きつけました。今はまだ戦闘状態になく、両者睨み合っている状態ですが、既に戦争の準備は万全で、何時でも奴らの領地に攻め入ることが出来る状態になっています。
そして、幸運にも、今まさに、『赤リボンのアデル』が我が国にやって来たというわけです。ですから、アデル殿、我々の頼みというのは__」
リアリスは、そこまで言って、イーディア女王に目配せする。肝心な最後の言葉を告げることを、女王に促したのだった。
「ゴブリンを殲滅して貰いたいのです。一匹も残らずに」
そのイーディア女王の言葉は、まさに、“串刺し女王”の異名に相応しいものだった。
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