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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第1章 被害者面の女王様が、冷たい床の上で土下座するまでのお話
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第1話 人格破綻者の取引

 様々な町で、様々な都市や国で、そして、様々な大陸で、その魔女の噂はあった。『赤リボンのアデル』と呼ばれる魔女。曰く、彼女は、あらゆる願望を叶えることができる万能の魔女であると。


 また、知る人ぞ知る、その魔女に関する事実があった。それは、とある呪いによって、彼女は7日間に3回だけしか魔法を使えず、その呪を解くために世界中を旅している、ということ。


 そして、かの魔女は、とんでもない人格破綻者である、ということ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 辺境の小国であるルソル王国にも、『赤リボンのアデル』の噂は広まっていた。


 ルソル王国の王都にある、とある富豪の屋敷の応接間に、その少女はいた。長い金髪に赤い瞳の容姿、魔法使いに相応しい闇色のトンガリ帽子にローブの服装、そして胸元の目立つ赤いリボンは噂通りの姿であった。


「あなたが、あの『赤リボンのアデル』だというの?」


 屋敷の主である婦人は、周りに多数のメイドを囲み、大きな椅子に腰かけ、眼前の魔法使いの少女に好奇の眼差しを向けている。


その婦人は、贅肉の塊に人の顔を付けたと形容すべきような、肥満の女性だった。豪奢な婦人用ドレスを着ていなければ男女の区別ができないほど、悲惨なまでに太っている。その声までもが、贅肉によって濁っていた。


「まさに。私が『赤リボンのアデル』。あらゆる願いを叶える魔女よ」


 アデルは、贅肉の塊のような婦人の容姿に薄笑いを浮かべながら、そう豪語した。


 彼女は、自分が噂の魔女であることを示すように、応接間に通されても、魔法使いらしい服装である帽子とローブを外さなかった。しかし、かえってそれが婦人の目には胡散臭く映ったのだった。魔女と偽るために、わざとそのような恰好をしているのではないかと。国内屈指の富豪である自分の下には、しばしば詐欺師やインチキ商人が訪れてくるのだ。


「確かに噂通りの見た目ねえ。……それで、魔女さんが私に何の用かしら」

「私は、魔法の取引をしているの。あなたの願望を何でも叶えてあげる。ただし、魔法の対価として、破格の報酬を貰うわ。なんせ、私は一週間に3回だけしか魔法が使えないから、1回の魔法にそれだけの価値があるの」

「何でも? それって本当にぃ?」

「もちろんよ」


 婦人は試すようにアデルを見つめる。自信に満ちたアデルの赤い瞳は変わらない。


「ふーん。それなら、もし私の願いを叶えてくれるのなら、この屋敷と屋敷にあるすべての財産をあんたにあげるわ」

「本当!? でも、そしたらあなたは住む家が無くなっちゃうじゃない?」

「別荘が二つもあるから大丈夫なのよ」

「さすが富豪ね」


 富豪自慢ができて嬉しいのか、婦人は「おほほ」と笑う。婦人の贅肉が醜く揺れ、アデルは思わず笑ってしまった。


「それで、願望というのは?」

「体重をね、減らしたいのよ。最近太り過ぎて動くのも儘ならないの」


 婦人が口にした願望に、アデルは、また笑いそうになってしまった。一応、自身の体重問題についての自覚があるのか。


「ダイエットをすればよいのでは?」

「それが嫌だから魔法に頼りたいのよ。苦しい思いをせずに、魔法で一気に痩せたいの。できるかしら」

「まあ……、できるけど……」


 アデルは、納得いかないような表情を浮かべる。


 報酬が、願望の対価にしては大きすぎると思ったのだった。この贅肉の婦人は、真剣に自分との取引を考えているのか、アデルは不安になった。いざ魔法を使って、願いを叶えた後、報酬を渋ってもらっては面倒だ。


「ねえ、メメ」


 アデルは、トンガリ帽子のメメに話しかける。


「どうしたの?」


 アデルの被っているトンガリ帽子から、少年の声が聞こえる。メメは、喋る魔法の帽子。アデルの長年の旅の仲間である。


「この取引どう思う?」


 この婦人は、ちゃんと報酬を支払ってくれるのか。本人が目の前にいるため、直接そのように訊くことは憚れたが、長い付き合いのメメには、アデルの訊きたいことが分かった。


 アデルが、メメに相談したのは、メメが単に喋ることができる帽子だからではない。メメは、人の心を読むことができた。したがって、メメには、交渉相手が約束を履行する気があるのか否かが分かるのだった。


「ちゃんと報酬を支払ってくれると思うよ。なんなら、契約書でも作ったら?」

「ふむ……」


 やはりアデルには釈然としないが、婦人は報酬をちゃんと払ってくれるらしい。


「あんた本当にできるの? 私の屋敷まで上がり込んでおいて、やっぱりできませんじゃすまされないわよ」


 贅肉の婦人は、意地悪く笑う。アデルの熟考している様子を、要望に応えられそうになくて困っている、と誤解しているのだった。


「いえ、問題ないわよ。ただ念ために契約書を作ってくれない?」

「いいわよ。あなたが本当に私の願いを叶えてくれるならね。__おい! お前、ペンとインク、あと紙を持ってきなさい!」


 婦人は、メイドの一人に怒鳴るように命令し、ペンとインクと紙を持ってこさせる。そして、手元に置いてあった高価そうな箱の中から印章を取り出すと、慣れた手つきで契約書を作り上げ、アデルに渡す。契約書には、先ほど話した婦人の願望を叶えることを条件に、屋敷の財産を譲渡する旨の内容が正確に記載され、婦人の印影も付されていた。


「さあ、これで問題ないかしら。私の願いを叶えてくれかしら」

「わかったわ」


 契約書を受け取り、内容に目を通し、問題のないことを確認して、アデルは頷く。


「いくわよ__」


 アデルが立てた指先に魔法の光が灯る。空間が揺らぐ程の、膨大な魔力の波動が応接間を巡った。その場にいる者達は、海面で波に翻弄されるような感覚に囚われる。


「__えい」


 若干間抜けとも思える一声と同時に、アデルの魔法は起動した。


 次の瞬間、婦人の身体が輝く光に包まれ、そして、一瞬で消える。身に着けていた衣服と装飾品だけが椅子の上に広がり、彼女の姿はそこにはない。


「体重をゼロにしてやったわ」


 もうこの世には存在しない依頼主に対して、得意げにアデルはそう言った。周囲のメイド達に動揺が走る。


「こんなことしていいのか……」


 メメが呆れ気味に言う。アデルのやったことは、要するに殺人だ。対象者をこの世から消し去る魔法を使ったのだ。しかし、当の本人は全く気にした様子はない。


「体重を減してあげたことには変わりないでしょ」

「減らすというより、消滅させたというべきじゃないか? 普通に殺人だぞ」

「皮膚のひとかけらも残さず消したから事件になりにくいわよ」

「事件になるかどうかじゃなくてさあ……。それに、ばっちり目撃者がいるんだけど」

「大丈夫よ」


 アデルは、ざわめいている目撃者のメイド達を見渡す。


「みんな、何も言わないわよね? 今日から新しくあなた達のご主人様になる私からのお願いよー」


 アデルがメイド達に向けた笑顔には、魔女の冷酷さが潜んでいた。メイド達は、あどけなさがある少女の笑顔に、刃物を突き付けられたかのような戦慄を覚える。彼女達は戸惑いながらも頷く他なかった。


「何も殺すことなかったじゃないか。少し痩せさせることぐらいできただろ」

「中途半端に減らすのは面倒。それに、あんなやつ全部消しちゃったほうがすっきりするじゃない。ねー」


 アデルは、周りのメイド達に同意を求める。メイド達は恐る恐る頷く。


「さーて、善い行いをしたから気分がいいわ。__全く、感動的ね! ところで、メイド、この屋敷にワインはある?」

「ちょっとひどすぎなないか……。どうなっても知らないよ」


 メメの呆れた声を無視して、アデルはメイドに屋敷の案内をさせるのだった。


 ちなみに余談ではあるが、アデルの“善い行いをした”との発言は、殺害した婦人が、悪評の立つ高利貸しであることを念頭に置いたものだ。過酷な債務の重圧から逃れた人々からすれば、アデルによって救済されたと言えなくないかもしれない……。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


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