第1話 理不尽な領主の娘
アース王国にあるノークという町は、“魔法使いの町”と呼ばれていた。
魔法使いに対する社会の態度は、国や地域によって様々であり、また、時代につれ変遷するものだった。時代や地域によっては、魔法使いを忌み嫌い、迫害が行われることもある。その点、ノークの町は古い時代から魔法使いに対して非常に寛容で、伝統的に魔法使いの交流の地となっていた。
かの魔法使いの町に、闇色のローブとトンガリ帽子、そして胸に目立つ赤リボンの服装の少女の姿があった。彼女は、長い金髪に赤い瞳の、悪魔的な煌めきを纏った少女。噂に聞く、万能の魔女。
『赤リボンのアデル』は今、そのノークの町に来ていたのだ。
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アデルは、ノークの町には幾度か訪れたことがある。最初に訪れたのは、随分過去のことであるが、明るいレンガ造りの街並みは、その時から変わらず、昔ながらの情緒豊かさに溢れている。
そして、町の所々に、ローブを身に着けたいかにも魔法使いらしい服装の人を見かける。今でも昔と同じように、魔法使いの交流が盛んな場所であることに変わりはないらしい。
アデルは、この町が気に入っていた。他の魔法使いとの交流の場というだけでなく、治安が良いうえに、ワインが美味しく、立派な公衆浴場があるからだ。
「この町は、本当、変わらないわねえ……」
アデルは、しみじみと呟く。その両腕に抱えた紙袋には、ワインボトルと果物が詰め込まれている。先ほど、散歩ついでに買い物をして、宿泊中の宿屋に戻る途中であった。
「やっぱり、この町は落ち着くわ。……ああ、昨日今日の嫌なことを忘れられそうな気分」
「なんか、アデルらしくない感傷的なことを言うね。相当落ち込んでいたのかな?」
アデルの被るトンガリ帽子から少年の声が聞こえる。喋る魔法の帽子メメの声だ。
「帽子には人の心は分からない。メメ、お前には人の心が読めても、共感することはできないだろう。帽子だから」
「帽子への差別がひどいよ。それに、君が人の心云々て……」
人としての良心が絶望的に欠けているアデルの、その言葉の出鱈目さには、苦笑せざるを得ない。そして、そのように、彼女らしくない言葉を口走るのには、ちょっとした理由があった。
アデルは、ノークの町に到着するまでに、トラブルに遭遇していた。道中に通行した渓谷で運悪くも、飛竜の縄張りに立ち入ってしまい、襲撃を受けてしまったのだ。最初は、一週間に3回しか使えない魔法を使い渋り、魔法の箒ノノの力だけで襲撃から離脱しようと試みるも、飛竜の恐ろしい俊敏さからそれが叶わず、窮地に陥る。結局、貴重な魔法を行使して飛竜を撃退する羽目になった。
そして、アデルの不運はそれだけでは終わらない。飛竜から逃れようと必死になっているうちに、激しい運動を強いられたせいか、硬貨を入れていた袋を喪失してしまったようなのだった。その袋には、金貨、銀貨、銅貨それぞれが適当な枚数入れられており、数週間は問題なく過ごせる分はあったというのに。
硬貨が無くては、ノークの町に着いたところで、まともに買い物もできなければ、宿に泊まることもできない。これでは、わざわざ町に寄った意味無く、アデルはやむを得ず、魔法をもう一回使用して、同じ程度の量の硬貨を作り出した。
ちなみに、アデルが魔法で硬貨を作り出した行為は、偽造罪に該当し、どこの国においても重く処罰される行為である。ただし、アデルの魔法は、硬貨の物質や意匠を含め、完璧に偽造してみせるため、作成する量さえ派手に行わなければ、偽造行為が発覚して罪が問われることは考えられない。
「確かにちょっとついてなかったけど、そんなに落ち込むことかなあ……」
「落ち込んではいない。少し、この先不安なだけ」
「アデルの魔法が回復するまであと5日間だけど、あと1回は魔法使えるんだから、大人しくしていれば大丈夫だよ」
「5日間であと1回よ!? 安心できないわよ!」
魔法使いにとって、いざ魔法が使えない状態になることがいかに恐ろしいことか。とりわけ、周囲と頻繁に問題起しがちな性質のアデルにとっては、その状態における危険性は無視できない。
したがって、アデルは、原則として7日間の前半で魔法を使うことは避けている。最終日に一気に3回の魔法を使い果たすことも珍しくはない。それだけ、彼女は慎重で、また心配性なのだ。
「それに、悪いことは続くって言うじゃない!?」
「君って、人としての良心が欠如しているのに、そういう人間っぽいところあるよね。女の子って不思議だねー」
「茶化してしてないで慰めろコラ」
「えぇ……」
アデルは、非常識と言えるほど大胆で無慈悲な行動をとるくせして、変なところで心配性だったり、弱気になると根拠のない運命論を信じたりする。ただ、そういった人間らしい弱い面が彼女にもある事に、メメとしては嬉しかったりするのだった。
「まあ、この町は治安も良いし、変な騒動に巻き込まれることはないと思うよ。ここ暫くは、この町でじっとしておくことだね」
「そうするわよ、まったく! ……あぁ、良い町ね。ここは、昔から本当に変わらない……」
「君って、そんなに面倒くさい奴だったけ……?」
アデルは、胡散臭い程に愁いを帯びた瞳をノークの街並みに向けながら、宿屋への道を進んだ。
宿屋に着いたら、落ち着いてワインを嗜む予定だ。ワインは気分を変えるのに非常に良い。その後は、この町にある立派な公衆浴場の湯に浸り、身体を癒すのも良いだろう。
しかし、その宿屋への帰路の途中にある広場で、何やら騒がしいことになっていた。
町の広場、そして、その周囲に集まる多くの人々の姿があり、不穏な人の声が騒めいていた。人声に混じって爆発音も響いており、また、広場の方から煙が立ち昇っているのが見え、少し焦げた臭いも漂ってきている。
人集りが出来ていて、遠目では広場の中心の具体的な様子を伺うことができないが、何かの騒動が起きているのは確かのようだった。
町に何か事件やら異変が生じた場合には、町に大勢いる魔法使いが、自主的にその対応に協力するものだ。それはこの町独自の慣行となっており、この町に住み、あるいは訪れる魔法使いには、町の治安に対して不思議な連帯意識を持っているのだった。それが、ノークの町の治安の良さの理由であり、“魔法使いの町”と呼ばれる所以でもあった。
だが、広場の人集りの中にちらほら見える魔法使いらしき人達は、皆黙って広場の中心を眺めているだけだった。
「ねえ、何かあったの……?」
アデルは、広場へと近づき、傍にいた魔法使いの男性に声を掛ける。広場の中心を眺めていたその魔法使いは、アデルに気付き、向き直る。
「またルイーザお嬢様がやってきたんだよ」
彼は、眉間に皺を寄せながら教える。随分と不快な名前を口にしたようであった。
「……ルイーザ? って誰?」
「おっと、知らないのかい?」
「私、旅の者で、今日この町に来たばかりなんだけど……」
「そうか。いやー、お嬢ちゃん、嫌な時期に来ちまったな。ルイーザお嬢様ってのはな__」
それから、彼は、苦笑い混じりに“ルイーザ”について教える。
ルイーザは、ノークの町を始めここら一帯の地域を治める領主の娘の一人。最近までは、アース王国と友好関係にあるロートヘルム帝国の魔術学院に留学していた。そして、魔術学院の所定の課程を修了した彼女は、アース王国に帰国してきたのだった。
帰国後暫くして、ルイーザはノークの町を訪れるようになった。目的は、ノークの町に集まる魔法使いと魔術の決闘をするためだ。決闘とは通常、両当事者間で諍いが生じ、それを解決するために行われるものであるが、彼女の場合は違った。彼女は、単純に自身の魔術の腕試しのために、町の魔法使いに勝負を挑んでいるのだった。どうやら、魔術学院で優秀な成績を修めたらしく、自分の実力を実戦で試したいらしい。
ルイーザは、一方的かつ強引に決闘を持ち掛け、そして、対戦相手を悉く打ち負かしていった。彼女は、実際強く、並みの魔法使いでは歯が立たないらしい。
そもそも魔術の決闘は、原則禁止されていて、正式な手続きを踏まなければ許されないはずであったが、彼女の場合は、領主の娘ということで、不当にも不問に付されているようだった。
そう言うことで、ノークの町では今、多くの魔法使いが、ルイーザの理不尽な決闘による被害を受け、平穏な町の雰囲気が乱されているのだった。魔法使いの交流の伝統を持つノークの町としては、由々しき問題だった。
「この町、そんなことになっていたのね……。ひどい話だわ」
「まったくムカつくぜ。領主の娘だかなんだか知らねえが、このままじゃ、この町のイメージが損なわれちまう」
アデルとしても、その魔法使いの男性に同感だった。
ルイーザの横暴を許せば、魔法使いの交流の場として親しまれていること町が、逆に魔法使いから嫌厭されるようになる。多くの魔法使いが、町から離れていく。それは、この町の雰囲気を壊すだけでなく、治安にも影響してくるだろう。
「アデル、君が何とかしてあれば?」
と、メメが提案してきた。
「私が……? うーん……」
アデルとしても、何とかしたと思うが、魔法を行使できる回数の事を考えれば、行動に踏み切ることはできない。あくまで利己的なアデルにとって、自身の安全と町の治安を比較衡量すれば、断然、前者に天秤が傾く。
と、その時、アデルの目の前に並んでいた人の壁が、騒然と、急に左右に分かれた。開かれた人の壁の奥、広場の中心から、荒々しい閃光と爆発音と共に、ローブ姿の魔法使いがこちらの方に勢いよく転がり込んできた。
転がり込んできた魔法使いのローブは、無残にも焼け焦げ、ボロ雑巾のようになっている。微かな呻き声を上げたその魔法使いは、まだ若い女性のようであった。彼女は、髪の毛を乱して、力なく地に伏している。
「もう終わりかしら? この町にまともな魔法使いはいないの? ここは、魔法使いの町と呼ばれているそうじゃない! 立ち上がりなさい! このゴミ虫!」
広場の中心から、甲高い少女の声が響く。高慢さに満ちた声だった。
広場の方を見ると、一人の少女が、傲然と立っていた。良く手入れされた長い髪をカールさせ、品の良い瀟洒なローブを着飾っている。杖を持ち、腰に手を当て、地に伏した魔法使いの女性を、見下ろしている。長い睫毛に縁どられた瞳に宿るのは、嘲笑の色。
その彼女こそ、ルイーザ。ノークの町の秩序を乱す、領主の娘。
ルイーザは、地に伏した魔法使いのもとへ悠然と歩み寄る。道の端へ散らばった人々の穏やかならぬ視線が、彼女に向けられる。彼女は、騒めく人々に憚ることなく、むしろ見せつけるようにして、たった今打ち負かした魔法使いの頭を勢いよく踏みつける。
そして、容赦なく、嬉々と、罵詈雑言を浴びせるのだった。
「ほら、悔しくないの!? 貴女それでも魔法使いなの!? その一人前に杖を振るう指先と、呪文を唱える口先は、ただのお飾りかしら!? あのようなお粗末な魔法を使える程度で魔法使いを名乗るとは、なんと恥知らずなことでしょう! 私が温厚でなければ、その指を切り刻んで家畜の餌にし、その口に熱鉄を流し込んでやるところよ! ほら、立ち上がりなさい!」
踏みつけられている魔法使いの女性は、反抗する気力もなく、ただ惨めに呻き声を漏らすのみ。
「ふん、つまらないわね」
そう言って、敗北者を蹴飛ばして、ルイーザは次なる対戦相手を探すため周囲を見渡す。すると、一人の魔法使いの少女に目が留まった。胸に目立つ赤いリボンを身に着けた、少女に。
「そこの貴女」
ルイーザが声を掛けた先は、アデルだった。
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