第12話 エピローグ
アデルは、城門から出ると、魔法の箒であるノノを呼び出し、跨る。そして、傍らにいるジローに目をやった。
「さて、本当なら、あなたが国外に出ていく約束を確実に履行するために、私がそれまで連れ添った方が良いんだろうけど、あなたの事だから大丈夫よね。ここでお別れよ」
アデルは、ノノに命じて宙に浮かぶ。すると、ジローが驚いて顔を上げる。
「えっ!? アデル殿、私は貴女に付いていくつもりなのですが……」
「付いていくって……、私の旅にずっと、ってこと……?」
「はい、そうですが……」
アデルは露骨に迷惑そうに顔をしかめる。彼女としては、既に城門を出て、エリザベート女王から襲撃を受けるおそれがある領域から脱した以上、護衛役のジローを必要としなくなった。彼を必要としないどころか、移動の邪魔ですらある。
「あなた、何で付いてくるのよ?」
「何でと言われましても……、私は、貴女にこの身を捧げると誓いました。なので、貴女に付いて行き、一生奉仕をするつもりです」
「え、嫌」
「えっ!?」
拒否されるとは思ってもいなかったのか、ジローは困惑して固まる。
「あなたとの取引については、もういいわ。あれは、私が気まぐれでやったことで、それ以上でも、それ以下でもない。もう自由に生きていきなさい。あなた、あれだけ強いんだから、この国の外でも、十分に好きなようにやっていけるわよ」
「そっ、それなら! 私は貴女に付いて行きます! 一度忠誠を誓ったのです、私には貴女に尽くす義務がある!」
焦ってそう言ってくるジローに対して、アデルは溜息で返す。
「あなたが私に奉仕する義務があり、私があなたに奉仕させる権利があるというなら、今ここで、私のあなたに対する一切の権利を放棄することの宣言をするわ。もう一度言うけど、あなたは、もう自由に生きなさい」
「そんな……、困ります……」
何が困るのかアデルには理解できなかった。彼女が合理的と考える原則に従えば、義務が免除されることは、義務者にとって利益であっても、不利益ではない。それが、困ると言うのは、ジローが不合理な考えに囚われているという事だった。
「何が困るのか知らないけど、とにかく、私達はここでお別れよ」
「ちょっと、待ってください!」
「じゃあね!」
アデルを乗せた箒は、ジローから逃れるべく、空へと勢いよく飛び上がる。地上で何やら叫び続けるジローの声を無視して、彼方へアデルは飛び去って行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あの男、やっぱり相当とんでもないわね」
アデルは、魔法の箒に跨りながら、ルソル王国の草原地帯の上空を飛んでいる。もう王都の街並みは、見えなくなってきていた。
王都の途中まで、ジローが怪物的な速さで走りながら、飛行するアデルを追跡してきていたが、彼女は、巧みに方向転換を繰り返して、その追跡から逃れてきた。そして、流石にもう追ってこないだろう。
「せっかくだから、連れていけばいいのに。彼、それなりに役に立つと思うよ。今からでも引き返して、連れて行けば?」
メメの提案に、アデルは心底嫌そうに顔をしかめた。
「嫌。旅の荷物は少ない方が良いわ。特に、あんなとんでもない奴、何の役に立つっていうのよ。面倒を起こす予感しかしないわ」
「でも、アデル、彼に助けられたよね。ほら、屋敷で包囲された時。結構追い込まれていたみたいだったけど」
「あんなの余裕」
「強がっちゃって」
「余裕なの!」
と、アデルは強がって見せた。だが、メメの言う通り、実は彼女自身、結構助けられたと思っていたりするのだった。
「それにしても、理解し難い奴だったわね、彼。私に付いて来ようとする理由がわからない。……。……私に惚れた?」
「それはない」
「は?」
メメの否定し方が、若干癪に障ったアデルだった。
「いや、君は十分に魅力的な女性だと思うけど、彼が言った通り、恋愛感情うんぬんじゃなくて、彼は君に忠義を尽くしたいと思っているんだよ。誰かに従い、奉仕することに、彼は生き甲斐を感じる人間なんだよ」
「私には理解できない生き甲斐ね」
「彼からすれば、ただ利己的に生きている君こそ、理解し難い人間なんだろうけどね。とにかく、色々な人間がいるってことさ。まあ、確かに彼は、少し極端な例だったけど」
「そうね、今回の事は、何だかんだで、勉強にはなったわ」
アデル自身も、自分と他者との間で価値観に大きな齟齬がある事を、それなりに自覚していた。そして、そのせいで、幾度か面倒な事態になったことも経験している。
魔法の回数制限がある彼女にとって、処世術を磨くことはある程度必要になってくる。そのためにも、様々な人間に接し、自分とは異なる価値観を知り、適切にコミュニケーションをとる勉強は、彼女にとって重要な事だ。ただし、アデルの勉強の意欲が、十分かどうかはかなり微妙だったが。
「あと、彼だけど、君をずっと必死に追いかけてくるよ。きっと、君のこと諦めないと思う。またどこかで会うかもね」
「え、気持ち悪い」
アデルに寒気が走る。人の心が読めるメメのその言葉に、間違いはない。
「そんなこと言わずにさ、数少ない、君の味方になってくれる人じゃないか。そういう人は大切にしないと」
アデルは、大きく溜息を吐く。
「……全く、とんでもない旅の収穫だわ」
こうしてアデルは、厄介な追手を作り、ルソル王国の旅を終えるのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★




