母旅~大久保コリアンタウン1
第15章
ふと起きて、スマホを見ると朝6時だった。
「今何時?」と上から声がするので「6時だに、もっとねやあ。」と言うと。
「うん。」と聞こえる。
私はスマホで大久保でヘイトデモがないのを確かめる。
あんなもの、母には絶対に見せたくない。
起きてしまったのか上のベッドでガサゴソと母がしている。
「朝ごはん買ってくるに、何がいい?」と聞くと
「甘くないパンと牛乳、あとコンビニにはなんか果物あるかね?」
「カットフルーツならあると思う。」
「じゃあ、これ、あんたの分も。」と1,000円札を出してきた。
有難く受け取って、近くのコンビニへ行く。
迷って、4個入りのぶどうパン、小さなパックの牛乳、フルーツを探したけど、無いのでフルーツゼリー。
私の分の豆乳と冷やしうどんを買う。
部屋に戻ると母は着替えを済ませていて私を待ちかねていた。
「トイレ行くに。」と言って母がトイレに行ってるすきに、リキスニア、トレシーバを腹に打つ。
帰ってきた母は
「注射、もう済んだかね、みとってあげようと思ったんに。」という。
セイブルを飲んで、うどんをすする。
母は母でベッドの上の段でパンを食べながら
「もっとゆっくり食べやぁ、30回かみゃあ。」と言ってくる。
ウルサイなあと思うと
「うるさいかね?」と言って母は笑っている。
メトホルミンとエクアを飲む。
歯を磨いて(「勉強して知っとると思うけど、糖尿病は歯と歯茎が大事だで」と母は言った。)
母は持参の試供品で肌を整えて、出発した。
駅までの道のり母の足取りが軽い。
「今日は足の調子がいいに。痛くないに。」
昨日との変わりっぷりに私が怪訝な顔をすると、言い訳をするように、母は
「痛み止め、のんどるに。滅多にのまんでようきくに。」と言った。
電車を乗り継いで大久保に着いた。
丁度お昼時だ。
母は「すごいねぇ。」と言っている。
「大阪にも鶴橋とかいうところがあるに?」と訊いて来たので
「鶴橋は古くから居る人の街で大久保は新しく来た人たちの街だよ。」と言うと
「ふーん。」と辺りを見回している。
「プルコギって何だね?」と訊くので
「甘辛い焼肉だよ」という。
韓国料理屋さんなんて、来たことが無いらしい。
どうか、当たりの店がありますように、と食品サンプルを見る。
「あんた、何が食べたいの?」
「チャプチェ。」
「チャプチェは炭水化物だに。でもまぁ昼はいいかね。」
迷った末に明洞のり巻きという店に入る。
名物の明洞のり巻きひとつと、ピビンパ、チャプチェを頼む。
セイブルを飲む。
きゅうりと玉ねぎのナムル、カクトゥギ、ちくわの煮物のパンチャンが出る。
母がキョロキョロするので
「パンチャンって言ってタダのお通しだよ。」と言うとやっと安心して箸をつける。
ナムルを一口食べて
「美味し。」と言っている。
「あんたも食べやあ。」と言うので
「きゅうり嫌いだで。漬物もようたべんに。」と言うと。
「そうだったかやぁ?じゃあちくわ食べやぁ。」と言ってくる。
のり巻きと目玉焼きが乗ったピビンパが運ばれてくる。
「玉子たべやあ。」と目玉焼きをくれた。
どこかで私が玉子が好きなことを覚えてくれていたらしい。
チャプチェも登場した。
ピビンパは具の量も種類も豊富で物凄い大盛りだった。
チャプチェも然り。
のり巻きの色鮮やかで野菜たっぷりだ。
ピビンパを食べながら母は愛おしそうにカクトゥギを口に運んでいる。
「懐かしい。たまに食べたくなるでね。」と言っている。
あんなに四季折々のキムチを毎シーズン漬けていたのに、今は独り漬けることもなく。美味しいのが売っている所も知らないのだろう。
しかし、ピビンパの全てが大量で、特にご飯は1.5合はあるのではないだろうか。
母は食べあぐねたご飯を残してしまったが、カクトゥギやナムル、チャプチェ少しとのり巻きの半分こ分を綺麗に平らげた。
母は満足そうだった。
それを見ていた私も満足だった。
メトホルミンを飲む。