母旅~始まり
第11章
6時に起きる。
昨夜は自然に眠ってしまったみたいだ。
快晴。
シャワーを浴びる。
朝食前血糖値182
今朝は、ゲストハウスで朝食を食べようと思う。
トレシーバとリキスニアに針をセットしてから、セイブルを飲む。
コンビニまで歩いて行きカップ麺とタバコを買う。
カップ麺にお湯を入れて自室に戻り、トレシーバ、リキスニアの順に腹に注射して、昨日の注射痕が赤くなって居るのを見る。
カップ麺をすする。
幸いにも気分は悪くならない。
メトホルミンとエクアを飲む。
下痢にもならない。
良い変化だけど、体調の変化についていけない。
朝食後血糖値186。
今日は体調が良いからお寺詣りに行こう。
お寺でお参りした後、おみくじを引いた。
吉だが、全ての項目が叶う。良い。だった。
私は、おみくじを大切に畳んで財布に入れた。
昼頃、ふと思い立って実家の名古屋に電話する。
事情を説明したが、74歳の母は耳が遠い。
話がいまいち伝わらない。
思い切って
「名古屋に戻って良い?」
と訊く私に、母は
「今とても具合が悪くて、迎え入れることが出来んのだわ。その代わり、お母さんがそっちに行くわ。」
「具合がすごく悪いのになんでこっちに来れるの!」
すぐに喧嘩が始まる。
昔っからこうだ、ぶっちゃけ母とはずっとずっと不仲なのだ。
子どものころからきつく当たられ続けて、鬱にもなったし18には実家を飛び出している。
その後も不仲が続いている。
テストがある度80点以下の答案用紙を丸めたもので、ぶたれた。
ジュースもマンガも、アニメもテレビも禁止だった。
夕食後、皿を洗っていて手を滑らせて割ってしまって手を切ったのに怒鳴られた。
学期末ごとに通知表を仏壇に供えてから開く母の姿は恐ろしかった。
ランドセルを所定の位置に置かずにうっかりソファに置いたことをなじられ、ヒステリックに床にたたきつけられたランドセルは裂けた。
「あっちゃん!」「あさこ!」という私を呼ぶ声にいつもいつもビクついていた。
離婚も母には2年間隠してきた。
バレたときは大変な騒ぎになって、母は私に靴を投げつけた。
父は20年前に亡くなっている。
なんだかんだ言って実家に帰りたいという娘をやっぱりこの人は受け入れない。
でも、心細く母が来ることをつい承諾してしまう。
ゲストハウスに戻ると受付に母が来ることを伝える。
「お母さんはあなたがここにいる事を知ってるの?」
そういえば、ゲストハウスのルールに家族であっても、友人であってもあなたに会うことはできません。
と書いてあった。
シェルターの役割もしているのだ。
「はい。」と答える。
3時間経った、4時間経ってもまだ連絡がない。
そろそろ心配になりだした4時間半後に「今、東京駅。」という怒鳴り声での電話があった。
ゲストハウスの最寄り駅を教えて
「お母さんなんかに話すんじゃ無かった。」と、後悔の念が沸き上がる。
母の怒鳴り声が耳に響いて心にも響く。
ヒステリックがやってくる。
第12章
夜7時、駅前で待っていると小さなシルエットが駅改札で戸惑っているのが目に入って思わず息を飲む。
足が、曲がっていて片足を引いてしまっている。
私は緊張しながらも、涙が出そうになってしまう(お母さん・・・・)と一度心でつぶやいてから
大きな声で
「お母さん!お母さん!」と呼ぶ。
怒った顔をした、母が居た。
「怖い」という感情が抑えられない。
ゲストハウスに向かう。
母は足を引きずりながら物凄いスピードで歩いて行ってしまう。
私が追い付けないくらいだ。
「コンビニでなんか買うだに。」と言うのでコンビニによる。
お惣菜には老人の食べれるような物はなかなかない。
小さいエビグラタンをレジで温めてもらってるときに、母が
「おでん・・・おでんがあるがね。」
とおでんに近寄っていってしまう。
「食べきれんで、やめときゃあ。」
「あるにーと思っただけだに。」
どうやらコンビニというものに入った事がほとんどない様子だ。
「ゲストハウスに行ったら外国人さんが一杯おるから、ハーイっていやあ。」と言ったら
「分かった。」
と言う。
怒っている母は怖い。子どもだったときに叩かれたり、なじられた思い出が頭をよぎる。