清掃員の異世界TUEE ーただの清掃員ですが何か?-
単なる思い付きです。お付き合いいただければ幸いです。
某県に存在する100年続く巨大テーマパーク『夢の国』
年間1億人が来場するそのテーマパークには「荘蔵 真」という1人の清掃員がいた。彼はどの従業員よりも長く務めているが、見た目は若く場合によっては未成年にみられることもあるという。そんな彼を知る人は口をそろえてこう言う。「彼は清掃のスペシャリストである」と。
「おかーさん、早く早くー」
「もう、そんなに急がなくてもまだまだ沢山時間はあるわよ」
「ダーリン、次はあれ乗らない?」
「お、メリーゴーランドかいいな。あの白馬にのってお姫様である君と一緒に乗馬しようじゃないか」
「きゃー、ダーリンカッコイイ!」
「メリーゴーランド×コーヒーカップだと私は思うんだけど」
「何言ってんの、どう考えてもコーヒーカップ×メリーゴーランドでしょ!」
本日も敷地内は親子やカップル、カップリングを考える来場者で溢れかえっていた。
そんな中、彼は園内を綺麗にするべく、清掃ツナギにトングを右手に持ち、ごみを入れる用の大きめのカゴを背負って見回りをしていた。
「お、本日最初のごみ発見!」
何故かテンション高い真は、茂みの奥にある鉄製のごみを回収するべく足を踏み出した。
「これはまた初っ端から大物が手に入ったな」
真が拾い上げたそれは、真っ赤に染まった鉄製の兜だった。
辺りを見渡すと、先ほどまで青々と茂っていた草木ではなく、血と肉と鉄が飛び散る荒野がそこにはあった。
どうやら異世界に飛ばされたらしい。
『夢の国』その名の通りファンタジー世界にも繋がっているなんて、なんて夢のあるテーマパークだろうか。
彼は兜をカゴに入れた後、ため息をそっと吐いて頷いた。
「うんうん、掃除の遣り甲斐があるじゃないか」
彼はこんな状況に出くわしても、驚きもせず、戸惑いも、興奮もなく……いや、ごみ掃除に対して興奮し若干テンションを上げつつ、何時ものように清掃を開始した。
意気揚々と清掃をしていたが、真は重要なことを忘れていた。しかし、そのことに気が付くのはすべてを片付けてからであった。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅー
「しまった、お昼ご飯持ってきていないのを忘れていた……」
ここは荒野のど真ん中。清掃道具以外に持ち物は何一つない。それなのに1時間以上仕事したために、真のお腹のすき具合はMAXだ。
「とりあえず人が住んでいるところを探さないといけないな」
真はせめて道中に食べれそうなキノコや木の実があるようにと願いつつ、片手でお腹をさすりながら自分の勘に従ってフラフラ歩いていった。
道中結局動物どころか食べられそうな植物に出会うことなく何時間も真は歩き続けた。あまりのひもじさにちょっぴり涙が出そうになった。そんな時、数キロ先にようやく大きな村が見えてきた。真はちょっぴり涙が出そうになった。
次第に近づくにつれ、村の全容を把握することが出来た。村といっても簡易の木の柵で囲まれているのではなく、鉄の有刺鉄線で囲まれたなかなかユニークな村だ。それに、こんな小さな村にもかかわらず入り口とみられる場所には門番が立っている。
「止まれ、何者だ!」
「私はただの清掃員で、真といいます」
「清掃員?」
この世界における清掃員というものは、ただ単に汚物などを運ぶ、普通の農家よりも実入りの少ない職業だ。
門番は改めて目の前の正体不明の男を観察する。
珍しい黒髪に、顔の彫が浅い。背は低くはないが、筋肉は少なくそこら辺の野犬にも負けそうにもみえる。布でできた服だけを身にまとっており、命を守ってくれる防具がどこにも見当たらない。また、手に握っているのも薄い鉄で作られた意味不明な道具だ。あれでは獣を倒すことも困難だろう。
「まあ、問題はなさそうだな。何もないところだがゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。あの、何かあったのですか?」
この規模の村には不釣り合いな厳戒態勢に、流石の真も疑問を感じた。
すでに門番は、真のいでたちから遠くの国の旅人だろうと思っていたため、警戒することなく事情を話し出した。
「隣国に盗賊国があるだろ? そいつらが最近付近の村々を襲っているらしいんだ。金目の物は勿論のこと、女子供も攫い、男は問答無用で殺されているらしい」
「それは……ひどいですね」
隣国が盗賊国だということも、そもそも今いる国がどこなのかも真は分かっていなかったが、あえて突っ込まずそのまま話を促した。必殺、知ったかぶりである。
「そんなわけで、この村にもいつ賊が襲ってくるかわからないからこうして備えているってわけさ。まあ、この国に入り込んだ盗賊達を退治するため、一昨日くらいに騎士団がこの村を通っていったからもう大丈夫だとは思うがな」
「そうなのですね」
話を聞きながら、恐らくその騎士団は賊に返り討ちにあっていたとも、真自身が内部から混乱を起こす目的で送り出された賊のスパイだったらどうするつもりだともあえて言わなかった。仮に伝えていたら、この村はパニックに陥っていたであろう。
状況を理解した真はすでに興味を無くし、今は自分の欲望を満たすべく行動を開始した。
「それはそうとお腹が減っているのですが、ご飯を食べる場所はありますか? あと出来れば止まるところも……」
ぐー、ぎゅるるるる、ぐぅぅぅぅぅー
真のお腹の主張に門番は苦笑いをしつつ、少しすまなさそうに声をかけた。
「マコトだっけか。お金はあるのか? すまないが騎士団が来たために村の備蓄が減って、タダでくれてやるほどの余裕はないんだ」
「お金はないですが」
そう言いながら背負っているかごに手を突っ込んで、それを取り出した。
「鉄の塊ならあります」
「おお、こんな大きなものがそのかごの中に入っていたのか。これだけあれば武器が10本は作れる。これなら誰も文句は言わねえよ。でもいいのか? 先にマコト自身の武器をちゃんとした方がいいんじゃ……」
「これは武器ではなく、仕事道具なので問題ないです」
「そ、そうか」
誇らしげにトングを掲げた真に対し、門番はなんとも言えない微妙な顔を浮かべていた。
村での食事はボソボソの黒パンに、薄い塩味のスープ、何かの豆のサラダといった、とても豪華とは言えない簡素なものが提供されていた。だが、現代にいればここまで簡素なものは逆に食べる機会がないと、これはこれで真は満足していた。
食事後は100人規模の小さいこの村の中を回り、落ち葉や木の枝などのごみを拾いつつ村人と談笑していた。色々な話を聞いた結果、この村で戦力になりそうなのは40名程度であり、このような状況下であるために、真が来た方向とは反対方向にある獰猛な獣が住む森に採取に行く余裕はないということが分かった。村が食料の備蓄を確保できないのもこれが主な理由だ。
真はそんなどうでもいい内容を考えつつ、鉄との交換で貸し出しされた、住民不在の小屋で一晩を明かすことにした。
「賊が来たぞ!!」
「女子供は家の中に隠れていろ!」
「皆、俺たちの村を守るぞ!」
朝日が昇り始めた頃、外の騒がしさに気が付いた真は、トングを片手にカゴを背負い外に出てきた。
村の男たちはそれぞれ鉄で出来た剣や槍などの各々にあった武器を手に取り、遠くから迫る賊をにらみつけていた。
しかし、最初は気概に満ち溢れていた村人は、盗賊の姿が肉眼ではっきり見えるころには、顔を青くし、ガタガタと全身震える者まで現れた。
「む、無理だ。勝てるわけがない」
「俺たちはもう終わりだ。ここで殺されるんだ」
彼らの絶望の正体、それは賊の数であった。村人側が40人であるのに対し、賊は全部で200人にも昇る。5倍もの戦力差を前にただの村人に勝てる道理はない。
そんな状況下にもかかわらず、真は仕事の時となんら変わりのない動作で悠然と賊の方に歩き出した。
畑を耕し、生を全うしようと努力する村人は正義であり、そんな村人を理不尽に遅い蹂躙し略奪する賊は悪だろう。
だからこそ、真はやる気に満ちていた。
「ゴミはきれいさっぱり掃除しないとね」
盗賊部隊の親玉であるダルマは先陣を切って部隊を率いていた。
愛する夫の前で女を無理やり蹂躙する。夫や子供、自分の親を助けたいならと自分から身を差しださせ、たっぷり楽しんだ後で家族を目の前で殺害する。そんな下種びたことを考えながらまるで自分が負けるとは夢にも思っていなかった。最も、これは他の賊たちも同じ考えであった。
「お頭、村人が一人こちらに向かってきやす」
「あん? 馬鹿な奴だ。勝てないと分かりながらも突っ込んでくるなんてな。よし、景気づけに俺が切り捨ててやろう」
意気揚々と駆け出したダルマは、今まで何人もの人の生き血をすすってきた剣に今宵も血を与えるべく、目の前の哀れな青年、真を目がけて斬りつけた。否、斬り付けようとした。
「んな、馬鹿な――!」
そう、トングである。
真はトングで剣をつかみ取っていた。そしてそのまま背中のカゴに放り込んだ。
「いやー、今日も大物が一杯だな」
呆然としているダルマをよそに、真は実に嬉しそうに笑った。真は今の清掃の仕事が好きであり、誇りを持っているためやりがいのある仕事であればあるほど嬉しいのだ。そう、彼は仕事中毒なのである。
ハッと我に返ったダルマが真を睨みつけ、拳一つで今にも襲い掛からんとしていた。
「お前はいったい何者だ!!」
「ただの清掃員ですがなにか?」
「清掃員っていったいなんのはなし――」
ダルマが話し終えるよりも早く真は動いた。
そしてその場にいる者全員が戦慄した。
今度はトングで親玉をつかみ、そのままカゴに放り込んだのだ。この時、この世界からダルマの存在は消滅した。
「ぜ、全員でかかれ!!」
しかし、こんな不気味な相手であっても彼らはまだ自分たちが負けるとは思っていなかった。残りの199人全員でかかれば負けることはないと思っていた。今度は自分たちが蹂躙される番であるとも知らずに。
意外にも連携のとれた動きで、盗賊達は攻撃を繰り出した。時には毒を帯びたナイフを投げたり、鞭のようなものでトングを叩き落そうとしたり、20キロはある巨大な戦斧で叩き潰そうとしたり。しかし、彼らの武器はことごとくトングでつかまれ、逃げ遅れた者と一緒に次々にカゴの中に放り込まれていった。明らかにカゴの容量を超えていたが誰も突っ込むことが出来るほど余裕のある者はいなかった。
「とった!」
一瞬の隙をついて、背後から槍をもった賊が自慢の神速の突きで真を貫いた。
「——って、なんでだよ!!」
貫いたはずだった。
だが、真のつなぎに阻まれてその体を穿つことが出来なかった。
「そりゃあ、掃除していると草木が生い茂っている場所にも行くんだぜ? 枝が引っ掛かって服が破けたら仕事に支障が出るじゃん。だから破けないような服を着ているのは当たり前だろう?」
「なんのことだか知らねえよ!」
ごもっともであった。
その言葉を最後にその賊もまたカゴの中に吸い込まれていった。
半数が減ったころにはもう勝てないと悟った賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったが、それを見逃すほど真は甘くなかった。まるで、風に飛ばされたゴミを追いかけるように盗賊を追いかけた。
「こいつ早すぎ——」
「おかしいだろ!」
「足が遅いとゴミを見失ってしまうでしょ? だから日頃から鍛えているだけだよ」
清掃のためなら己をも鍛える。それが真であった。
それから10分もかからず、盗賊200人全員の存在はかき消えた。
「さて、このまま村に戻っても説明が面倒くさいし、新たなゴミでも探すか。でも、あの村はもう大丈夫だろうか」
一先ずの危機は去ったが、それでも隣国が盗賊国という物々しい名前の国であり、また同じことが繰り返される危険がある。そう考えた真は、いいことを思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
人々を笑顔にする。それもまた、夢の国の清掃員の仕事なのである。
「あれはいったい何だったんだ……」
先ほどの絶望した表情と打って変わって、彼らは困惑した表情を浮かべていた。ただ、分かっていることは一つだけだ。自分たちは助かったのだと。
「彼はいったい何者なんだ?」
村人の一人が、彼を村の中に通した門番であるモンローに話しかけた。皆、彼が何者なのか気になるのかモンローが口を開くのを静かに待った。
「彼のいうことをそのまま言うならば、ただの『清掃員』らしい」
「確かに、村の中を綺麗にして回ってはいたが……」
誰もが思った。
あんな清掃員なんていねーよと。
盗賊からの襲撃から翌日、200人ほどの男の集団が村に訪れた。
なんでも、盗賊国から逃げ出した者たちらしい。内容は、一生懸命仕事をするし、村の外に自分たちで住む所を作ることをどうかそれを許してほしいというものだった。ここで逆らっても彼らが襲ってきたら結局は人数差的に勝つことが出来ないため、渋々村人は了承した。
当初は警戒していた村人たちも、時には森で狩った大物を譲ってくれたり、畑仕事を手伝ってくれたり、男集団に戦い方や武器の作り方を教えてくれたり、なによりもこちらに対して何の曇りもない笑顔で対応し素行の悪いものが一人もいないことから次第に心を開いていった。そして決定的な出来事として、再び襲ってきた盗賊国の賊たち100人を見事返り討ちにしたことで、正式に村の住人として彼らを受け入れることにした。
その後、この村は大きく発展し盗賊国に対する防衛のおおきな要になるなだが、それはまた別の機会に語られることになるだろう。
しかし、時々村人たちは思う。
どこかでこの人たちを見かけたことがあるようなきがすると。
結局村人は、死ぬまで彼らのことを思い出すことはなかった。
「お、またまたゴミ発見」
一仕事終えた真は、茂みに落ちている鉄の塊に気が付いた。
拾い上げたそれは、ペポシの空き缶であった。
「おかーさん、楽しかったねー」
「ええ、今度はお父さんも誘ってきましょうね」
「ダーリン、いや、私の王子様、また一緒に来ようね」
「ああ、勿論だとも麗しの姫」
「私が間違っていたわ。コーヒーカップ×メリーゴーランド、いいじゃない」
「いいえ、メリーゴーランド×コーヒーカップもなかなかだったわ」
時間は夕暮れ、すでに閉園時間であり清掃員の仕事ももうそろそろ終わりだ。
話は変わるが、この夢の国では、巨大テーマパークであるにもかかわらずごみの排出量は殆どない。
新人の清掃員が不思議に思って先輩清掃員に話を聞いたところ、清掃のスペシャリストの口癖を教えられた。
「ゴミはリサイクルしないとね」
完
お読みいただきありがとうございました。
今回のお話はいかがだったでしょうか?
今の段階ではひとまずこれで終わりですが、反響次第によっては続編も考えますので是非感想をお聞かせください。