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女王とスピード狂

作者: 半社会人
掲載日:2017/01/10



冷たい風が頬を切った。

鋭い痛みが走り、俺は思わず唇を噛みしめる。

手の感覚もなくなりつつあった。


「キャプテン!!ダメです!!これ以上は!!」


赤髪のレノンが何か言っている。

しかし今、俺達は渦巻く轟音の中。

元より意識を他にやっている暇などない。


まっすぐ前を見つめる。

地平線を超えて、果てしなく続く青空。

その青さを裂くように、白い雲を追い越していく。


「グアァァ!!」


ア―ジャが唸りをあげた。

視界が揺れる。

俺はこの赤いドラゴンの背中をバンと叩いた。


「落ち着け!!どうってことない!!」


突風に体がもっていかれそうになっていたのだ。


俺は手綱を限界まで引っ張るようにしながら、支配を取り戻す。

やがて、「グアッ!!」と小さく声を漏らしたア―ジャは大人しくなり、荒れた天候を乗り越えた。


「よおし。行け!!」


きりがついたところで俺は体制を低くすると、思いっきりア―ジャをけしかけた。


「ギャァォ!!!」


鋭い咆哮。

そのまま両翼をバサッと広げると、今までにない速度で空を駆ける。


「はは!!あははははは!!最高だ!!ア―ジャ!!」

「リーダ!!リーダ!!」

「もうダメだ!!この天候じゃあ!!」


うなるような天空の中で。

目線が追い付かないほどのスピード。

身を切る様な風。

風景が細切れになっていく。


「はは!!あははははははははは!!!」


速度と共に高まる鼓動。

その興奮も、空に呑まれていった。


「リーダ!!リーダ!!」

「キャプテン!!くそ!!あの人は!!」


意識の片隅で、あいつらの声が聞こえる。

このスピード。向こう見ずさ。

あいつらなりに心配しているのだろう。


だが、それはただのノイズでしかない。


ほそめた目で、どこまでも続く青を見つめる。

とうに感覚は攪乱し、ア―ジャと一体となっている。

硬い皮膚に、睥睨する緑の眼。

その全身に、心地よい、吹き寄せる圧力を受けていた。


「はははは!!!はははははは!!!」


なんて幸福なんだ!!


俺は、スピード狂いだ。


どこまでも、速度を追い求める。


どこまでも、快感を楽しむ。


こんな俺でさえ、こんな感覚を楽しめるのだ。


この速さなら、全てを置いていける。


憎しみも。


妬みも。


怒りも。


悲しみも。


現実も。


全てを置いて、ただ駆ける。


そこに残るのは快感だけだ。


「グアッォ!!」

「あははは!!最高だ!!最高すぎる!!!」


右手を出せば右の翼がはためき、雲を裂き、天を感じさせる。

鋭いかぎ爪を、さらにとがらせていく。


「リー―ダ!!!」

「キャプテン!!!!」


自分が視えなくなるほど高まるスピード。


そして。


それから…………


「あははははは!!!!」

「ギャァオオオォォォッ」


湧き立つ興奮の後。


ガツン、と音がして。


視界が、まっくらになった。


*・*・*


私には仕事があった。


塔に住み、この国に季節をもたらす。


それはずっとずっと、昔から続いてきたことで。


母も、祖母もそうやって生きてきた。


私は冬を司る女王だった。


四季の女王は四人いる。


春の子と、夏の子と、秋の子と、私。


それぞれが定まった時期になると、この塔に住む。


そして、この国に、自分の季節をもたらすのだ。


「はあ……」


ため息が、白い氷となり、窓の外から這い出していく。


また、「季節」を与えに行ったのだろう。


手をかざせば、太陽の光ですら凍り付く。


私の周りには、温かさなどかけらもない。


存在することすら許されないのだ。


そして、私の心も冷えている。


「なんで、こうなったのかしら……」


そんな光景を見ると、ますます落ち込んでしまう。


生まれた時から、ずっと他の生き物が羨ましかった。


あの辺を歩いているドワーフは、いつも仲睦まじく、春の訪れを待ちわびて、体を揺らしている。


あの背の高いエルフは、いつもと同じように、醜悪な顔をしたオークに追いかけられている。


あのパンパイアも、あのゴーレムも。


他のあらゆる生き物は皆、それぞれの人生を存分に楽しんでいる。


私だって、彼等と比べて、見劣りしているわけではない。


胸もまずまずの大きさだし、鼻も高い。

スタイルも良い。

とくにこの絶妙にくびれた腰なんか、賞賛の的だと思う。

整っていると言っていい顔立ちでもあるのだ。


でも、私は「女王」だった。


「季節」を統括し、それを与える生き物。


生まれた時からそうだった。


他の生き物達とは違う。

彼等は彼等なりに、人生を選べる。


それぞれの物語を送れる。


でも、私は違うのだ。


私が担うのは、「季節」。


それは、物語の前提条件。


勝手は許されず、ただ粛々と、次の季節が訪れるのを待つだけ。


他の女王達も一諸だ。


ただ黙って、この塔に住まい、門と同じく心を閉ざす。


ここには何もない。


いや、一人でやっていくのに必要なものは、全て揃っている。


食事は抜群だし、娯楽だって、書籍が豊富にある。


籠る分には最適だろう。


でも、私を本当に喜ばせるものはなにもなかった。


鏡を見ても映るのは、孤独な自分だけ。


言わば孤独を運命付けられて生まれてきた。


何もない空っぽな心。


そんな感情が糧になり、益々この国を冷やしていく。


このままこんな仕事が永遠に続くのだろうか。


必要な帰還だけ塔にこもって、後の季節はただ眠るだけ。


刺激もなにもない。


同じことの繰り返し。


それでも文句を言うことは出来ない。


だって、私は前提条件なのだ。


自身の物語を望んではいけない。


それなら、いっそ、このまま…………


*・*・*


王は冷徹だった。


この寒々とした地上においても、尚、彼を上回る冷血漢にはお目にかかったことがない。


この御仁に取り入り、どうやって生き残るか。


それが、彼の臣下達の、唯一の関心事だった。


「冬だな。」


ある時、王が言った。


その日の彼はどういうわけか機嫌が悪く、居並ぶ重臣達は困窮を深めるばかりだった。


しかし彼が玉座から窓越しに、ぽつりと呟いたその言葉で、彼等の背筋は寒さに震えあがった。


王はその見事に伸びた金色の顎鬚を撫でながら、最前に控える公安隊長に尋ねる。


「して、聞くがな、ポイス」


「な、なんでございましょうか?」


へりくだりすぎて滑稽なくらいなポイスは、普段の威厳をかなぐりすてて、おどおどしながら尋ねた。


王は「うーむ」と低くうなってから、鋭い目で


「儂がアノお触れを出してから、幾日経ったかな?」


途端に、重臣達の間に戦慄が走る。


目と目で恐怖を交わし、いっそう体をこわばらせる。


ポイスはがくがくと震えながら答えた。


「丁度、今日で半年でございます。」


「ポイスよ」


「は、はい、我が君」


「一年は何日だ?」


「365日でございます。」


「して、半年は?」


「え、ええ~~~と、『半』年と申すくらいですから、つまり、その『半分』でして……」


「ポイスよ。」


「……はい、我が君」


「冬だな。」


「……はい。」


「まだ冬だ。」


「……はい。」


もし彼等が国中の粋を集めた重臣達でなければ、この時点で逃げ出していたあろう。 


それほど、今の王は恐ろしかった。


表面上は、表情を大きく変えていないのがまたそれを強めている。


王が再び黙り込んでしまったので、重臣達はそっと互いの様子を窺い、その状況を嘆いた。


王が言わんとしていることは明らかだった。


この国の「季節」は、四人の女王達が担っている。


春・夏・秋・冬。


ある塔にそれぞれの季節の女王がこもり、この国にはその季節が訪れるのだ。


今は冬だから、冬の女王が塔に住んでいることになる。


それだけならなんの問題もなかった。


だが。


彼女は、「こもりすぎていたのだ」。


本来なら、せいぜい三カ月がいいところだというのに。


どういうわけか、塔から出てこない。


王が寄越した部下の話を聞こうともしない。


ただ引きこもって、この国に、冬を与え続けている。


おかげて、この国の農業は冷え込み、王の心身も益々冷え込んでいくというわけだった。


彼の傍で働く彼等にしてみても、これは由々しき事態だった。


なんとかしようとして、急遽「お触れ」を出し、国民の力を借りようとまでしたものの。


結局、半年経ってしまった。


「冬」は相変わらず引きこもったままで。


これでは「春」も出てこられない。


「冬だな、ポイス。」


「……はい、冬でございます。」


事態は大変まずいところにあった。


このうえ、もしもこれ以上のトラブルが起こりでもしたら……


悪いニュースというのは重なるものらしい。


重臣たちが渋面を作りながら、内心戦々恐々lとしていたところ。


王の間の扉が勢いよく開かれたかと思うと、いきなり近衛兵の一人が駆けこんできた。


「どうした?」


「冬だ冬だ」と呟いていた王も驚いて、そちらを見やる。


臣下達は固唾を呑んでそれを見守った。


兵は口を開いた。


「あ、あの暴走男のアクセルが、れ、れいの塔に!!」


アクセル!!!


あのドラゴン使いの、スピード狂いだ。


最近大怪我をして、暴走できなくなっていたアイツ。


やっとうるさいのがいなくなったと国民全員が喜んでいたところだとういうのに。


まさかよりにもよって、こんな時に動き出すとは!!!!


頭を抱える臣下達。


「……冬だな」


王が呟いた。


*・*・*


封印を開いたのは、驚いたことに、人間だった。


もう二度と、出ていくまい。

どうせこんな人生なら、全員の生活を凍てつかせてやる。


そう決意して、半年もこの塔に住まわっていたというのに。


にこやかな笑みを浮かべて、人間の男が入ってきた。


封印されていた塔の扉は、何等かの魔力を受けて、ひん曲がっている。


「お前は……」


「やっと入れた」


その青髪の男は、気味が悪いほど醜悪な笑みを浮かべる。


あちこち怪我をしており、立っているのもやっとという風情なのに。


「お前が女王だな?」


「ちょ、ちょっと待て、お前は誰だ?そもそも、封印をどうやって……」


「封印はこれだ」


青髪の男は、古びた巻物を床に放り投げた。


「本気で取り組んでな。こういう魔法も、たまには役に立つらしい。」


「解除魔法?しかもそうとう旧式の……」


それこそ、祖母の代、いや、それよりもさらに前の……


「そんなことはどうでもいい。」


混乱を深める私をよそに、男はびしっと指を突き付けてくる。


「お前が、冬の女王だな?」


「……そうよ。そうだとしたら?」


「俺の役に立ってもらう。俺は……スピード狂なんだ。」


*・*・*


一目見て、この女は使えると確信した。


女王と言っても、なんのことはない、ただの孤独にまみれた女だ。


その力を持て余していると言うのなら、俺の役に立ってもらおう。


「さあ、はじめてくれ」


俺はバっと両手を広げる。


胸は高く、目は女をしっかりと据えている。


女王はまだ決心がつかないようだった。


「し、しかし、そんなことをしたら」


「構わないよ、俺は」


「お前だけじゃない。私が、この国を追い出されてしまう」


「なんだ、やっぱり未練があるんじゃないか。その仕事に」


「!?ッ……そ、それは」


「パーッとやってくれればいいんだ。そうして、ここを出ていけばいい。好き勝手やって、満足したら、また、季節を与えに戻ってくればいいさ。」


そうして俺は目を閉じた。


「……ッ!?」


困惑の時間。


苦悶の時間。


深い沈黙。


それら全てを経て、決意が固まっていく。


「本当に、いいんだな?」


「くどいぞ。」


俺はそれだけ言った。


「……」


女王が頷いた気がした。


そして。


突然、押し寄せる冷気。


今まで感じたことのない冷たさが、俺をおそう。


凍える皮膚。


駄目になった耳。


かじかんだ手。


体中に痛みが走る。


「…………」


女王の吐息だ。


全身にそれを浴びる俺。


止まらず吐き出し続ける女。


まっくらになる視界。


ああ。


これだよ、これ。


「はは!!はははははははは!!!!」


ア―ジャが死んだ時はどうなるかと思った。


両足を折った時はどうなるかと思った。


もう二度と、アレが体験できないのではないか。


だが、今、俺は「それ」を感じている。


うなるような轟音の中で。

感覚が追い付かないほどの衰弱。

身を切る様な風。


人生の風景が、細切れになっていく。


「あはははは!!!これだよ、これ!!!」


この『速さ』なら、全てを置いていける。


憎しみも。


妬みも。


怒りも。


悲しみも。


現実も。


そして、人生を。


この『速さ』。


急速に、『終わり』に近づいていく。


視界が途絶え。


感覚がなくなり。


呼吸が消え入り。


鼓動が止まって。


再び、俺は『スピード』を味わえたのだ。


*・*・*


ある日のこと。


「春だな」


王は嬉しそうに、そう呟いた。






























































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